第36章 ③
赤ちゃんが眠っている間に、籠の中を整えた。
クッションを戻し、その上へ柔らかい布を敷く。
ここで寝かせればいい。
多分。
ミラが赤ちゃんを見ながら聞いた。
「名前、何だろう」
「分からない」
手紙はなかった。
布にも籠にも、名前は書かれていない。
「女の子?」
「うん」
オムツを替えた時に分かった。
分かったのは、それだけだった。
サラが赤ちゃんの顔を覗き込む。
「あかちゃん、ずっと、あかちゃん?」
「見つかるまでは」
勝手に名前を付けるのも違う気がする。
家族が捜しているかもしれない。
この子には、もう名前があるはずだった。
私達が知らないだけ。
戸が開いた。
「ただいま」
ルークとカイルが、大きな包みを抱えて戻ってきた。
イナがすぐに走っていく。
「おかえり」
二人が包みを床へ置いた。
さらしが二巻き。
小さな服も何枚かある。
頼んだ物より多かった。
柔らかい古布。
小さな匙。
口の浅い器まで入っている。
「商人が入れた」
カイルが言った。
分かっている。
さすがだった。
「何で赤ちゃんの物が必要なんだって聞かれた」
「言った?」
「森で拾ったって」
私は頷く。
そのままだった。
ルークが続ける。
「商人、しばらく動かなかった」
多分。
頭が痛くなったのだと思う。
「今は忙しくて来られないって。籠と、包んでいた布は捨てないで取っておけって言ってた」
「うん」
研究所から子供達を連れ帰って、まだ一週間しか経っていない。
食べ物。
服。
寝る場所。
必要な物は多い。
商人も走り回っているはずだった。
赤ちゃんまで増えたと聞けば、止まりたくもなる。
私はさらしを一巻き取った。
広げる。
長い。
これを切れば、オムツが何枚も作れる。
もう一巻きも広げようとして、手を止めた。
長い布を見る。
赤ちゃんを見る。
「こっちは切らない」
ルークが聞く。
「何に使うの?」
「おんぶ」
赤ちゃんを抱いていたら、両手が使えない。
ご飯も作れない。
洗濯もできない。
子供は六人。
私の手は二本。
背中にも働いてもらうしかなかった。
オムツに使う方のさらしへ、今使っている布を重ねる。
同じくらいの長さで印を付けた。
ルークとカイルにも手伝ってもらい、次々に切っていく。
切り終えた布は桶へ入れた。
新品だから、まだ硬い。
水を含ませ、何度も揉む。
擦る。
すすぐ。
もう一度、揉む。
一度洗っただけでは、赤ちゃんに使えない。
今日は洗って干す。
乾いたら、また洗う。
それを三回くらい繰り返せば、柔らかくなるはずだった。
切らなかった一巻きも洗う。
赤ちゃんを背負うなら、硬い布は嫌だった。
みんなで布を揉んでいると、ミラが動きを止めた。
赤ちゃんを抱いたまま、自分の膝を見ている。
「みー」
「何?」
「温かい」
私も手を止めた。
ミラの服を見る。
濡れていた。
赤ちゃんは静かだった。
泣いていない。
むしろ、すっきりした顔をしている。
「出たね」
ミラが困った顔で私を見る。
オムツカバーはない。
だから、出たらすぐ分かる。
分かりやすい。
被害も分かりやすかった。
私は手を洗い、赤ちゃんを受け取った。
オムツを替える。
服も替える。
ミラにも着替えてもらう。
濡れた布が増えた。
洗濯物も増えた。
まだ新品のさらしは使えない。
商人が入れてくれた古布を開く。
何度も洗われていて、柔らかかった。
「助かった」
これがなければ、さらしが乾くまで何を巻けばいいのか困るところだった。
新しいオムツを当て、着替えさせる。
赤ちゃんを籠へ戻そうとして、私は止まった。
漏れたのが抱いている時で良かった。
ここで漏れたら、クッションまで濡れる。
厚い。
洗うのも大変そうだった。
中まで濡れれば、乾くのにも時間がかかる。
替えもない。
困る。
私は少し考えた。
それから、冬にカートの防寒へ使った物を思い出す。
指定ごみ袋。
風を通さない。
水も通さない。
まだたくさん残っている。
一枚持ってきて、籠のクッションの上へ敷いた。
その上に厚手の古布を重ねる。
さらに、柔らかい布を敷いた。
これなら赤ちゃんの肌には触れない。
漏れても、濡れるのは上の布だけ。
ごみ袋は拭けばいい。
クッションも守れる。
「これでいい」
カイルが袋の端を触った。
かさり。
音がする。
「薄いのに?」
「水、通さない」
「すごい」
カイルがもう一度触る。
かさかさと音がした。
赤ちゃんが少し動いた。
私は止まる。
起きるかと思った。
でも、赤ちゃんは目を開けなかった。
口を小さく動かし、そのまま眠っている。
こういう音で大人しくなる赤ちゃんもいると聞いたことがある。
息子には効かなかった。
ガサガサ鳴らしても、普通に泣いていた。
この子には効くのだろうか。
分からない。
もう一度、かさ、と鳴った。
赤ちゃんは眠ったままだった。
「平気そう」
少なくとも、嫌いではないらしい。
冬は風を止めた。
今度はオムツの被害を止める。
赤ちゃんまで眠らせてくれるなら、もっと助かる。
指定ごみ袋は働き者だった。
籠へ寝かせると、赤ちゃんは小さく息を吐いた。
自分の寝床が改良されたことも知らない。
名前も分からない。
家族も分からない。
いつ迎えが来るのかも分からなかった。
でも、それまではここにいる。
洗う物が増えた。
干す物も増えた。
食べる物も必要になる。
小さい。
でも、手間は一人分より多そうだった。
私は桶の中のさらしを見る。
それから、眠っている赤ちゃんを見る。
「頑張ろう」
誰に言ったのかは分からない。
みんなが頷いた。




