第35章 ⑤
家へ戻る。
空になった桶を置く。
サラとニコも器を置いた。
二人の器は、ほとんど濡れていない。
畑までに大半こぼしたから。
仕事はした。
多分。
私は壁際を見る。
荷物が積んである。
服。
食料。
寝具。
鍋。
引っ越すためにまとめたもの。
昨日は、全部持って出るつもりだった。
今は戻っている。
でも。
この先もいられるとは決まっていない。
町の研究所は終わった。
多分。
その上に何があるのかは、まだ分からない。
私は荷物の前へ座る。
一番上の袋を開けた。
手拭い。
着替え。
今日と明日、使う分だけ取り出す。
残りはそのまま。
カイルが隣へ来た。
「片付ける?」
「少しだけ」
「全部じゃなくて?」
「うん」
私はカートを見る。
「使うものだけ出す」
「また引っ越すの?」
「分からない」
分からないから、全部は戻さない。
何かあったら、袋ごとカートへ入れる。
箱も入れる。
それですぐ動ける。
ミラも荷物の前へ来た。
「食べ物は?」
「すぐ食べる分だけ」
パン。
干し肉。
豆。
芋。
今夜と明日の朝に使う分を取り出す。
ルークは鍋の入った箱を見ていた。
「鍋は?」
「一つ出す」
逃げるかもしれなくても、お腹は空く。
ご飯は必要だった。
サラとニコも近付いてくる。
「おてつだいする」
「する」
二人に毛布を任せる。
サラが端を持つ。
ニコも反対側を持つ。
二人で引きずる。
途中でイナが毛布に乗った。
止まった。
「おもい」
それは毛布ではない。
犬。
「イナ、降りて」
イナは少し考えてから立ち上がる。
毛布が急に軽くなった。
サラとニコが後ろへ転ぶ。
「わっ」
「いたい」
痛くはなさそうだった。
二人で笑っている。
イナも尻尾を振っていた。
原因はイナ。
分かっていない。
私は残った荷物をカートの近くへ寄せる。
袋の口を閉じる。
箱の蓋を確かめる。
入り口は塞がない。
カイルも一緒に運ぶ。
「ここでいい?」
「うん」
カートまで数歩。
これなら、すぐに入れられる。
片付けはすぐ終わった。
全部戻していないから。
壁際には、まだ荷物が積んである。
でも。
鍋がある。
毛布もある。
着替えもある。
今日食べる物も出した。
暮らすには足りる。
「しばらく、このまま?」
ミラが聞く。
「うん」
「邪魔じゃない?」
少し邪魔。
でも、安心できる方がいい。
サラが荷物を指した。
「おひっこしするの?」
「今はしない」
「あとで?」
「分からない」
サラは首を傾げた。
私はしゃがむ。
「今は、ここにいる」
今日は。
多分、明日も。
「でも、何かあったら、すぐ動く」
サラはカートを見る。
「みんなで?」
「みんなで」
「イナも?」
「イナも」
イナの尻尾が動いた。
自分の名前だけ分かったらしい。
「ご飯にする?」
ミラが聞く。
私は出した鍋を見る。
外はまだ明るい。
でも、朝はパンだけだった。
温泉へ行って。
畑も見た。
少し早くてもいい。
「作る」
火を起こす。
いつもの場所。
いつもの鍋。
壁際には荷物がある。
その横にはカート。
前とは違う。
でも。
全部戻さなくていい。
全部決めなくてもいい。
必要な物だけ出す。
逃げ道は残す。
それで今日は、ご飯を作る。




