第35章 ④
器を洗い終わる。
手拭いも干した。
丸くなっていたものは、ミラが畳み直した。
サラとニコも手伝っている。
多分。
端を持っているだけだった。
それでも手伝いだった。
片付けが終わる。
壁際には、まだ荷物が積んである。
引っ越すためにまとめたもの。
戻すかどうかは、まだ決めていない。
今すぐ決めなくてもいい。
私は外を見る。
明るい。
まだ昼だった。
温泉へ入って。
ミルクティーを飲んで。
もう一日が終わった気がしていた。
終わっていない。
「畑見る」
私が言うと、サラが立ち上がった。
「みる!」
ニコも立つ。
「みる!」
何を見るのかは分かっていないと思う。
カイルとミラも外へ出る。
ルークは少し遅れて付いて来た。
イナが一番先に走る。
「畑には入らないで」
聞いていない。
走って行く。
でも畑の前で止まった。
偉い。
少しだけ。
前足が土へ入っている。
「イナ」
前足を戻す。
分かっているらしい。
最初から戻してほしい。
畑へ近付く。
土の上に、小さな緑が並んでいた。
前に見た時より増えている。
多分。
私はしゃがむ。
一つ。
二つ。
三つ。
数えようとする。
途中で分からなくなった。
同じような芽が多い。
それに。
撒いた覚えのない場所にも生えている。
私は見る。
種を撒いた列を見る。
その横を見る。
似ている。
少し違う。
でも。
どちらが野菜か分からない。
「増えた?」
ルークが聞く。
「増えた」
「どれが?」
私は黙る。
ルークも畑を見る。
「これ?」
小さな芽を指す。
「多分」
「こっちは?」
少し離れた芽。
「それは違う」
「草?」
「多分」
多分ばかりだった。
畑は難しい。
種を撒けば野菜だけが出てくると思っていた。
そんなことはなかった。
当然だった。
サラがしゃがむ。
「ぬく?」
手が伸びる。
「待って」
止める。
危なかった。
サラの指は、撒いた列の芽を掴んでいた。
「これは抜かない」
「こっち?」
隣の芽を掴む。
それも似ている。
「それも待って」
「こっちは?」
「待って」
全部待って。
ニコもしゃがんでいた。
両手で土を掘ろうとしている。
「ニコも待って」
「なにもしてない」
指が土に入っている。
している。
カイルがニコを畑から離す。
ニコは持ち上げられたまま、足を動かした。
「てつだう」
「今は見てるだけ」
「てつだう」
「見てるのも手伝いだよ」
カイルが言う。
便利な言葉だった。
ニコは少し考える。
畑を見る。
じっと見る。
「てつだってる」
「うん」
納得した。
サラも隣に座る。
「サラも、みる」
「うん」
二人で畑を見ている。
近い。
顔が土に付きそうだった。
ミラが服の後ろを掴んだ。
私は芽を見る。
研究所へ行く前にも、少しだけ出ていた。
昨日は畑を見る余裕がなかった。
その前は引っ越すかもしれないと思っていた。
この畑も置いていくつもりだった。
せっかく耕したのに。
せっかく種を撒いたのに。
仕方ないと思った。
子供達の方が大事だった。
今も、それは変わらない。
でも。
置いていかなくて済むなら、その方がいい。
小さな葉に触れる。
柔らかい。
ちゃんと育っている。
私達が研究所にいても。
所長と話していても。
国のことを考えていても。
芽には関係なかった。
勝手に出て。
勝手に少し伸びていた。
いいと思う。
それで。
「水いる?」
ミラが聞く。
土を見る。
表面は少し乾いている。
指で触る。
下はまだ湿っていた。
「少しだけ」
皆で水を運ぶ。
大きな桶は私が持つ。
小さな器は子供達。
サラは両手で持っている。
ニコも真似をする。
歩くたびに水がこぼれた。
畑へ着く頃には半分になっている。
丁度いい。
多分。
「少しずつね」
私が言う。
サラが芽の横へ水を流す。
勢いが強い。
土が少し沈んだ。
「もっと少し」
今度は慎重になる。
一滴ずつだった。
少なすぎる。
難しい。
ニコも器を傾ける。
全部出た。
芽のない所へ。
「できた」
満足そうだった。
「うん」
水やりではない。
でも、できた。
ルークは芽の根元へ静かに水を落としている。
上手だった。
カイルとミラも列に沿って撒く。
私は残った場所へ水をやる。
畑の土が少しずつ濃くなる。
イナは離れた場所から見ていた。
今日は入らない。
偉い。
そう思った時だった。
何かが飛んだ。
小さな虫。
イナが追う。
畑へ入る。
「あっ!」
全員の声が重なった。
イナが止まる。
前足の下を見る。
芽のすぐ横だった。
踏んではいない。
ぎりぎり。
「出て」
イナはゆっくり足を上げる。
慎重に畑から出た。
耳が下がっていた。
虫はいなくなっている。
「畑は駄目」
もう一度言う。
イナは伏せた。
反省している。
多分。
ニコがイナの横へ行く。
頭を撫でた。
「みるだけ」
さっきカイルに言われたことだった。
イナはニコの顔を舐めた。
「わっ」
ニコが笑う。
サラも笑う。
ルークも少し笑った。
私は畑を見る。
芽は無事だった。
増えている。
少し伸びている。
雑草も増えている。
どれを抜けばいいかは分からない。
後で町の人に聞こう。
畑をやっている人なら分かるはず。
商人は駄目だ。
多分。
全部売り物にしようとする。
風が吹く。
小さな葉が揺れた。
壁際には引っ越しの荷物がある。
中央研究所がどう動くかも分からない。
この家に、ずっといられるかも分からない。
それでも。
今日は水をやる。
明日も見に来る。
芽が伸びたら喜ぶ。
虫に食べられたら困る。
雑草と間違えて抜くかもしれない。
それは困る。
でも。
今は育てる。
ここにいる間ではない。
ここで育てる。
私は空になった桶を持つ。
「戻ろう」
「もう終わり?」
サラが聞く。
「今日は終わり」
「明日も?」
「明日も見る」
サラは頷いた。
ニコも頷く。
イナまで尻尾を振った。
畑には入れない。
それだけは、明日までに覚えてほしい。




