第35章 ③
温泉から出る。
体を拭く。
サラも拭く。
髪も拭く。
拭いても拭いても、まだ濡れている。
ミラは自分で髪を絞っていた。
長いと大変だ。
もう一枚、手拭いを渡す。
「ありがとう」
「うん」
服を着る。
体が温かい。
少し暑い。
囲いの外へ出ると、イナが待っていた。
私を見る。
サラを見る。
ミラを見る。
濡れている髪を見る。
少し下がる。
「終わったよ」
まだ疑っている。
男側から声がした。
「待って!」
カイルだった。
しばらくすると、三人が出てくる。
カイルの服はちゃんとしている。
ルークもちゃんとしている。
ニコも着ている。
一応。
前と後ろが逆だった。
「ニコ」
「きたよ」
「服が逆」
ニコは自分の服を見る。
分からないらしい。
カイルが溜息を吐いた。
「動くから」
「うごいてない」
「動いてた」
ルークが笑っている。
さっきより普通に。
良かった。
カイルがニコの服を直す。
その間、イナは少しずつ近付いて来た。
私達の匂いを嗅ぐ。
温泉の匂いがするのかもしれない。
鼻を鳴らす。
「入らないよ」
尻尾が少し動いた。
やっと信じたらしい。
家へ戻る。
風が気持ちいい。
冬なら帰る間に冷えた。
今日は冷えない。
春はいい。
家へ入る。
重ねたままの器が見えた。
壁際には荷物。
朝と同じ。
でも。
今は何か飲みたい。
水でもいい。
でも、今日は違う。
私はカートを見る。
入っているものを確認する。
ミルクティー。
二リットル。
あと二本。
大事に取っていた。
大事にしすぎても仕方ない。
いつかは飲む。
開けたら、今日中に飲む。
今日は全員いる。
飲むなら今日だ。
私は一本取り出した。
子供達が見る。
大きなペットボトル。
中は薄い茶色。
ニコが近付く。
「なに?」
「ミルクティー」
「みるく?」
「牛乳のお茶」
ニコは分かっていない。
サラも首を傾げている。
ルークはボトルを見ていた。
カイルとミラも見る。
全員見ている。
開けにくい。
でも開ける。
蓋を回す。
小さく音がした。
もう戻れない。
未開封は、あと一本。
私は器を六つ並べる。
同じくらいずつ注ぐ。
少し泡が立った。
「甘い飲み物」
「甘い?」
サラの目が大きくなる。
「甘い」
ニコも嬉しそうだった。
分かりやすい。
全員へ渡す。
「ゆっくり飲んで」
ニコが先に飲む。
止まった。
器を見る。
もう一度飲む。
「おいしい」
サラも口を付ける。
目が丸くなった。
「甘い!」
「うん」
「お茶なの?」
ミラが聞いた。
「お茶」
多分。
牛乳も砂糖も入っている。
でもお茶。
私も飲む。
冷たくない。
常温。
湯上がりに飲むなら、冷たい方がいい。
でも。
甘い。
久しぶりだった。
美味しい。
カイルは少しずつ飲んでいる。
ルークも静かに飲んでいた。
二人とも、器の中を見ている。
「どう?」
私が聞く。
カイルが頷いた。
「甘くて、おいしい」
ルークも頷く。
「おいしい」
良かった。
ニコが空になった器を差し出した。
「もっと」
早い。
「一杯だけ」
「もういっぱい」
「違う」
もう一杯ではない。
一杯だけ。
難しい。
サラも器を持ち上げる。
まだ少し残っていた。
急いで飲む。
そして差し出す。
「もういっぱい」
増えた。
私はペットボトルを見る。
まだ残っている。
たくさんある。
でも、今全部飲む必要はない。
「残りは夜」
「夜?」
「ご飯の後」
ニコが考える。
分かったのか分からない。
「ごはん、いま?」
分かっていなかった。
「夜」
「いま?」
「違う」
サラが笑った。
ミラも笑う。
カイルがニコの器を取る。
「夜まで待つんだよ」
「よる、まだ?」
「まだ」
ニコは残念そうだった。
でも諦めたらしい。
イナが私の横へ座る。
空になった器を見る。
ミルクティーを見る。
「駄目」
まだ何もしていない。
でも駄目。
イナは伏せた。
少し不満そうだった。
私はペットボトルの蓋を閉める。
取っておいても悪くなる。
残りは夜に飲む。
今日中に一本。
最後の一本は、まだ取っておく。
いつ開けるかは決めていない。
また。
全員で無事に帰って来た日がいい。
そう思った。
でも。
そんな日は、もう要らない。
どこかへ行って。
危ない目に遭って。
無事に帰る日。
それより。
何も起きなかった日に飲みたい。
畑を見て。
ご飯を食べて。
温泉に入って。
皆で眠る日。
最後の一本は、そんな日に開ける。
多分。
私は空になった器を重ねる。
朝の器もある。
洗う物が増えた。
今日は何もしないつもりだった。
でも。
少しくらいならいい。
皆で飲んだ後だから。
私は立ち上がる。
するとカイルが器を持った。
「洗うよ」
ミラも朝の器を重ねる。
ルークは残ったパンを片付ける。
サラとニコは何かしている。
見てみる。
手拭いを畳んでいた。
二人で一枚。
全然畳めていない。
丸くなっている。
でも。
やっている。
イナは邪魔をしていた。
いつもの家だった。




