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神々のいない食卓~日本の消えた異世界で、料理好きの俺は和食を作る~  作者: ちゃむたろう
第十章 神々が消した国

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第98話 世界樹は、一度死んでいる

王都大神殿へ向かう前に、もう一つだけ確かめたいことができた。


九十年前の内部通達には、こう書かれていた。


**『銀枝に関する史料は、世界樹本体との共鳴を防ぐため、根より最も遠き区画へ置くこと。』**


世界樹を信仰している神殿自身が、世界樹との共鳴を恐れていた。


ならば。


過去に一度くらい、その「共鳴」が実際に起きているんじゃないか。


俺がそう言うと、ロヴァン神官はしばらく考え込んだ。


「通常の神殿史には、そうした記録はありません」


「通常じゃない方は?」


「……君は嫌な聞き方をしますね」


褒められてはいない。


ただ、神殿には一般の歴史書とは別に、祭事を行った日付だけを延々と残した記録があるという。


神殿祭事録。


何月何日に灯火を交換した。


誰が祈祷を担当した。


世界樹像を清掃した。


新しい神官が入った。


そんな、俺なら三頁で寝そうな記録だ。


でも今は。


そういうものの方が信用できる。


歴史書は書き直せる。


祭事録を百年分全部辻褄が合うように直すのは、大変だ。


「フィア」


「何?」


「また帳簿みたいなのだ」


「神殿にもあるんだね」


なぜ嬉しそうなんだ。


古い祭事録は地下ではなく、鐘楼の横にある記録室へ保管されていた。


百年以上前。


日本との交易が消えた時期を、レオルが年代対応表から割り出す。


俺たちは前後一年分を並べた。


最初は何もない。


春季祈祷。


種蒔きの祝詞。


雨乞い。


灯火交換。


普通。


その普通が、ある日を境に崩れた。


「ここ」


サヨが指を置いた。


一行。


**『夕刻、聖火消失。』**


俺は顔を上げた。


「消えた?」


ロヴァン神官も驚いている。


「聖火は魔力供給が続く限り、自然には消えません」


「風でも?」


「多少の風なら」


次の日。


**『再点火を試みるも定着せず。』**


さらに翌日。


**『世界樹像、中央幹部に亀裂。』**


俺の背中が冷たくなる。


見た。


昔。


まだ村にいた頃。


日本の神へ食べ物を供えた時。


世界樹像に異変が起きた。


あの時は。


偶然じゃなかった?


「続き」


レオルが言う。


三日目。


聖火戻らず。


四日目。


近隣三神殿からも同様の報告。


五日目。


東方上空に異常発光。


六日目。


魔力流の大規模変動。


そして。


七日目。


たった一行。


**『根定まる。聖火、再び灯る。』**


俺はその言葉を何度も見た。


「根……定まる?」


ロヴァン神官が古語辞典を開く。


「現在では使わない表現です。おそらく……世界樹の根が再び安定した、という意味でしょう」


レオルが隣の地域の記録も調べ始めた。


一冊。


二冊。


三冊。


全部。


日付が近い。


地方ごとに一日程度のずれはある。


でも。


世界樹神殿の聖火が。


広い範囲で。


同時期に消えている。


「これ」


フィアが低い声で言った。


「日ノ本との交易が途絶えた時期と同じ?」


レオルが計算する。


何度も。


そして。


頷いた。


「ほぼ一致する」


静かになった。


百二十五年前。


日本側。


東の空に銀色の枝。


国が世界から抜き取られる。


ヒムカ側。


海が荒れる。


航路が消える。


そして世界樹神殿側。


聖火消失。


樹像亀裂。


世界の魔力が乱れ。


七日後。


**『根定まる』**


俺は嫌な想像をしてしまった。


「日本が消えたから、世界樹が安定した……?」


誰も答えない。


言った本人が、一番聞きたくない答えだった。


ロヴァン神官が眉を寄せる。


「逆かもしれません」


「逆?」


「世界樹に何かが起きた結果、東方が消失した」


そうだ。


順番はまだ分からない。


世界樹が壊れた。


だから日本を切り離した?


日本と何かが衝突した。


だから世界樹まで傷ついた?


あるいは。


もっと別の何か。


「決めつけない」


俺は自分に言い聞かせた。


レオルが頷く。


「それでいい」


しかし。


一つだけ。


かなり強く言えることがある。


日本が消えた事件と。


世界樹に起きた大異変は。


同じ時期に起きている。


そして俺は、もう一つ気になった。


「聖火って」


ロヴァン神官を見る。


「百二十五年前以外に、こんなふうに一斉に消えたことある?」


「調べれば分かると思いますが……」


調べた。


夕方まで。


結果。


大陸全体までは分からない。


この神殿に残る関連記録だけでも。


大規模な同時消失は、極端に少ない。


百二十五年前。


そして。


もう一つ。


ごく最近。


俺は日付を見た瞬間、呼吸を忘れた。


村にいた頃。


サヨと出会うより前。


俺たちが、初めて大勢で食事を分かち。


「いただきます」を言い。


神へ食べ物を供えた頃。


地方神殿から届いた古い連絡記録に。


短く。


残っていた。


**『複数地域にて世界樹聖火、一時消失。原因不明。』**


手が震えた。


「……俺だ」


声が出た。


フィアが見る。


「何?」


言える範囲を選ぶ。


「昔、俺の村で……古い形に近い供え物をしたことがある。その時、世界樹像にも異変が出た」


サヨは知っている。


彼女の顔が強張った。


「日本の神格が反応した時ですね」


レオルが二つの日付を見比べる。


「つまり、日本由来の神格反応が強くなると、世界樹側が弱まる?」


「まだ二例」


俺はすぐ言う。


学院で染みついた。


二回似たことが起きたからといって、全部決めるな。


でも。


二例目が。


俺自身の経験なのは。


重い。


俺は祭事録を見つめた。


日本が戻る。


世界樹が弱る。


もし。


本当にそういう関係なら。


どうなる?


俺はずっと。


日本の神々を戻したいと思っていた。


なくなったものを。


忘れられたものを。


もう一度。


でも。


そのたびに世界樹が壊れるなら。


この世界は?


フィア。


レオル。


ナギ。


今の家族。


村。


学院。


みんなが生きている世界。


そこまで壊れるのか?


胸の奥が冷えた。


昔なら。


「だったら世界樹を何とかすればいい」


と先に走っていたかもしれない。


今は。


怖いからこそ。


止まる。


調べる。


「王都へ行こう」


俺が言った。


レオルが見る。


「根室か」


「うん」


九十年前。


ヴァル・ヘイムたちも。


同じものを見たのかもしれない。


日本に関するものが戻る。


世界樹が反応する。


だから。


怖くなった。


名を消した。


資料を封じた。


祭祀を止めた。


もしそうなら。


彼らがやったことを。


俺は簡単に許せない。


でも。


以前ほど簡単に憎むこともできなくなった。


夜。


神殿に泊まることになった俺たちは、厨房の隅を借りて夕食を作った。


麦。


豆。


少しの干し肉。


それからナギが持ってきたミソ。


「神殿でミソ汁作っていいの?」


俺が聞くと、ロヴァン神官は笑った。


「厨房で何を作るかまで教義にはありませんよ」


よかった。


豆の汁へミソを溶く。


香りが広がる。


神殿の神官たちも興味を持って、一杯ずつ飲んでいった。


「不思議な味ですね」


「米にも合うよ」


「米はありません」


「今度持ってきます」


普通の会話。


それが。


少し怖くて。


同時に嬉しかった。


世界樹を信じる人が。


日本につながるミソを飲んでいる。


何も壊れない。


聖火も消えない。


神官も倒れない。


ただ。


「うまい」と言う。


俺はそれを見て。


ほんの少しだけ。


安心した。


もしかすると。


世界樹と日本は。


必ずどちらか一つしか残れないわけじゃない。


今はまだ。


そう信じる根拠はない。


でも。


目の前の食卓では。


両方が、普通に同じ場所にあった。


だったら。


いつか。


神話の方も。


そうできないだろうか。


その答えを知るためにも。


俺たちは。


王都大神殿の地下へ行かなければならなかった。


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