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神々のいない食卓~日本の消えた異世界で、料理好きの俺は和食を作る~  作者: ちゃむたろう
第十章 神々が消した国

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第97話 世界樹は、傷を縫う

王都大神殿の地下にあるという「根室」。


そこへ行けば、ハルが描いた銀色の枝――日本が消えた夜の記録が残っているかもしれない。


だったら、すぐ王都へ向かう。


昔の俺なら、たぶんそうしていた。


でも今回は。


「その前に、世界樹についてちゃんと調べよう」


俺が言うと、レオルが少し意外そうな顔をした。


「珍しいな」


「何が?」


「目的地を知っているのに、先に別の調査を挟むとは」


「俺だって成長する」


「祭壇の石を勝手に動かしたのは、つい最近だった気がするが」


「痛いところだけ正確に刺すな」


とはいえ、レオルの言う通りだった。


俺たちは「世界樹」を知っているつもりでいた。


この世界では、どこへ行っても見かける。


神殿の像。


紋章。


祝祭。


魔術理論。


子供でも名前くらいは知っている。


でも。


改めて考えると。


俺は世界樹について、驚くほど何も知らなかった。


「神様なの?」


昼食の席で聞いてみる。


ナギが首を傾げた。


「世界樹が?」


「うん」


「違うんじゃない?」


フィアも同じ反応だった。


「神々が住む世界をつなぐ樹、でしょ?」


レオルが補足する。


「正確には、人の世界を含む複数の領域を結ぶ基盤、と教わる」


「基盤……」


俺は匙を止めた。


神様ではない。


世界を支える構造。


それは、俺が前世で聞いた北欧神話のユグドラシルとも近い。


でも。


この世界では神話ではない。


魔術師たちが、世界の仕組みを説明する時に普通に使う言葉だ。


「じゃあ」


俺は聞く。


「世界樹が何かする、っていう話は?」


「何か?」


「枝が伸びるとか。土地に根を張るとか」


レオルの表情が変わった。


「ある」


「あるの!?」


「なぜお前が驚く」


早く言ってほしい。


レオルが言うには、生活魔術ではほとんど扱わないが、高等魔術理論では古い世界樹教義に触れることがあるらしい。


世界樹は通常、動かない。


ただし。


世界そのものの魔力構造が大きく乱れた時。


**「枝が降りる」**


と表現される現象がある。


俺は立ち上がった。


「それ!」


「座れ」


座った。


ヒムカ東部には、この地方で一番古い世界樹神殿がある。


王都ほど大きくはないが、古い教典の写本を保存しているという。


翌日。


俺たちはそこへ向かった。


神殿は、ヒムカの田園風景から少し浮いて見えた。


石造り。


尖った屋根。


中央には巨大な樹の彫刻。


ヒムカの古い祭壇が、土や水や米に近い場所にあるのに対して、世界樹神殿は空へ伸びている。


俺はその違いを初めて意識した。


迎えてくれたのは、五十歳くらいの神官だった。


名をロヴァンという。


事情をどこまで話すか迷ったが、レオルが学院の東方調査補助員として正式な書状を見せると、古い教義についての閲覧は許可された。


ただし。


「世界樹に関する危険指定記録はありませんよ」


ロヴァン神官は言った。


「調べたいのは危険な魔術ではなく、古い表現です」


レオルが答える。


「『枝が降りる』とは、何を指すのでしょう」


ロヴァンは少し考えた。


「現在では比喩とされることが多いですね」


「現在では?」


俺が聞く。


神官が俺を見る。


「古い教典では、もう少し具体的に書かれています」


来た。


奥の書庫から出てきたのは、分厚い写本だった。


紙は新しい。


でも元になった教典は数百年以上前のものだという。


文字を追う。


世界の創造。


神々。


ミズガルド。


世界樹。


難しい。


かなり眠くなる。


でも。


途中。


レオルの指が止まった。


「ここだ」


読み上げる。


**『世界の継ぎ目裂けし時、銀枝は天より降り、乱れし地を縫い留める。』**


鳥肌が立った。


銀枝。


天より降りる。


ハルが見たものと同じ。


「縫い留めるって?」


俺が聞く。


ロヴァン神官が説明する。


「古い時代には、世界は今ほど安定していなかったとされています」


「世界が?」


「土地そのものではありません。魔力の流れ、異界との境界、神々の影響。そうしたものです」


レオルが頷く。


「現代魔術でいう、大規模な位相不安定に近い概念かもしれない」


俺には半分しか分からない。


「つまり、世界が破れたら」


「世界樹が補修する」


神官が言った。


俺は黙った。


日本を消した夜。


空から銀色の枝。


もし。


あれが攻撃じゃなく。


**修復だったとしたら?**


嫌な考えだった。


「続きがある」


サヨが言った。


さらに読む。


**『枝は裂け目を囲み、根は異なる理を断つ。二つの世界を一つに保つため、相容れぬ根を退ける。』**


俺の背中が冷たくなった。


「異なる理?」


フィアが聞く。


ロヴァン神官も少し困った顔をする。


「解釈の分かれる部分です」


「昔の宗教?」


サヨが聞いた。


「それも含むという説があります。ただ、通常は異界由来の魔術法則などを指すと教えます」


相容れないものを切る。


世界を一つに保つため。


その言葉が。


あまりにも。


日本の話に重なる。


日本には。


日本の神々がいた。


天照。


八幡。


稲荷。


数え切れないほど。


もし、この世界を支える仕組みとは別の「理」を持っていたなら。


世界樹にとって。


日本は。


傷だった?


「そんな……」


声に出ていた。


フィアが俺を見る。


俺は教典へ視線を戻す。


腹が立った。


傷って何だ。


そこには人がいた。


家族がいた。


飯を食って。


学校へ行って。


仕事をして。


普通に生きていた。


それを。


世界を守るための異物みたいに。


「レン」


サヨの声。


俺は息を吐く。


決めつけるな。


まだ。


これは教典だ。


日本のことだとは、一言も書かれていない。


「別の頁も見よう」


自分に言い聞かせるように言った。


調査は夕方まで続いた。


面白いことが、もう一つ分かった。


世界樹神殿には。


食べ物を神へ供える習慣が、ほとんどない。


これは俺が幼い頃から気になっていたことだ。


「どうして?」


ロヴァン神官へ改めて聞く。


「世界樹は食べないからです」


「神々には?」


「神々へ食事を供える地方習慣もありますが、正統神殿では一般的ではありません」


「なんで?」


神官は少し笑う。


「世界樹は人々から食を受け取るものではない。逆です」


祭壇に刻まれた樹を指す。


「世界樹が世界を支え、その恵みを人へ与える」


俺はサヨを見る。


彼女も俺を見る。


まるで逆だ。


日本の神々。


人が米や酒を供える。


食を通して。


人と神がつながる。


この世界の中心宗教。


世界樹は何も食べない。


上から世界を支える。


どちらが正しいとかではない。


ただ。


関係の形そのものが違う。


サヨが小さく言った。


「だから、食が残ったのでしょうか」


「何が?」


「世界樹の側から見れば、食事は重要ではなかった」


俺は息を止めた。


資料は消した。


神名を消した。


祭祀を禁じた。


でも。


ミソ。


むすび。


魚飯漬け。


毎日の飯。


それは。


重要な「神話の記録」だと思われなかった。


だから。


残った。


「……皮肉だな」


俺は呟いた。


神様につながる道を消そうとして。


一番身近な道を見落とした。


夕方。


ロヴァン神官が俺たちへ簡単な食事を出してくれた。


麦のパン。


豆のスープ。


干し肉。


質素だけど、温かい。


俺は食べながら、まだ教典の一文を考えていた。


**世界の継ぎ目裂けし時、銀枝は天より降りる。**


レオルが向かいから言う。


「まだ世界樹が日本を消したと決まったわけじゃない」


「分かってる」


「ならいい」


「でもさ」


俺はスープを飲む。


「もし本当に世界を守るためだったとしても」


匙を置いた。


「消される側にとっては、関係ないよな」


レオルはすぐには答えなかった。


「そうだな」


静かな返事。


世界を救うため。


大勢を守るため。


正しい仕組み。


そういう言葉で。


誰か一人を切り捨てることはできる。


でも。


切られる側にも。


世界がある。


家族がいて。


食卓がある。


俺は昔の妹を思い出した。


今のリナも。


両方。


もし誰かに、


「世界を守るためだから」


と言われて。


どちらかを消されても。


納得なんかできない。


食事を終えた頃。


ロヴァン神官が一通の古い写しを持ってきた。


「そういえば、『根室』を調べていると仰っていましたね」


俺たちは顔を上げた。


「知ってるんですか?」


「名前だけです」


紙を置く。


約九十年前。


王都大神殿から各地方神殿へ出された内部通達。


**『地下根室、封鎖区画増設。東方災害史料を移管。』**


そして。


その下。


責任者名。


ヴァル・ヘイム。


さらに。


もう一人。


俺たちは初めて見る名前だった。


**神殿側監督官――エーギル・ローデ。**


レオルが呟く。


「ヴァル・ヘイムだけじゃなかった」


当然だ。


国家側。


神殿側。


二つが一緒に動いていた。


そして、その通達の最後。


俺は目を疑った。


**『銀枝に関する史料は、世界樹本体との共鳴を防ぐため、根より最も遠き区画へ置くこと。』**


「……待って」


俺は紙を指す。


「根室なのに、根から遠ざける?」


フィアも気づく。


つまり。


銀枝の絵は。


世界樹へ近づけるために地下へ持ち込まれたんじゃない。


逆。


**世界樹から隔離するために、最も管理の厳しい地下へ封じられた。**


俺たちは。


また一つ。


ヴァル・ヘイムという男を読み違えていた。


そして同時に。


もっと嫌な疑問が生まれた。


世界樹信仰の神殿自身が。


なぜ。


世界樹との共鳴を。


恐れていた?


俺は通達を見る。


銀枝。


日本。


世界樹。


全部。


すぐそばまで近づいている。


でも。


まだ。


最後の一本がつながらない。


その答えは。


王都大神殿の地下に。


本当に眠っているのかもしれなかった。


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