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神々のいない食卓~日本の消えた異世界で、料理好きの俺は和食を作る~  作者: ちゃむたろう
第十章 神々が消した国

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第96話 消した役人は、燃やしていなかった

マキさんの家に残っていた返却証を見つけてから、俺たちはもう一度アサヒ村の古い役場へ向かった。


目的は一つ。


ヴァル・ヘイムが持っていった、


**『銀枝降下図』**


の行方を追うためだ。


「九十年前の役所の荷物なんて、本当に分かるの?」


ナギが聞く。


「分からない」


俺は正直に答えた。


「でも、人の物を持っていったなら、何かしら記録があるはず」


フィアが横で頷く。


「誰が受け取ったか、どこへ送ったか、運送費を誰が払ったか」


「……商人怖い」


「褒め言葉?」


違うと思う。


アサヒ村の旧役場は、今では倉庫として使われていた。


村長に事情を話すと、


「火だけ出すなよ」


と言われた。


最近、古文書を調べるたびに似た注意を受ける。


信用って積み重ねだと思う。


俺の場合、何か別の方向へ積み上がっている気がする。


中には税帳。


土地台帳。


住民記録。


農具の貸出。


橋の修繕。


見るだけで眠くなる紙が山ほどある。


レオルはむしろ嬉しそうだった。


「こういう記録の方が改竄されにくい」


「なんで?」


「誰も後世の歴史家に読ませるために書いてないからだ」


なるほど。


格好いい英雄譚は、書く人間の都合が入る。


でも、


「荷車三台、縄四束、代金銀貨七枚」


みたいな記録は、格好つけても仕方ない。


俺はちょっと感心した。


「帳簿、強いな」


フィアが言う。


「でしょ?」


なぜお前が誇る。


三時間後。


俺は机へ突っ伏していた。


「強いけど、多い……」


「起きて」


フィアに額を叩かれる。


その時。


サヨが一冊の薄い記録を持ってきた。


「これでは?」


表紙。


**『官有荷送記録』**


荷物を役所間で移動した時の記録らしい。


時期は。


約九十年前。


俺たちは一気に目が覚めた。


頁をめくる。


穀物標本。


宗教用具。


古い石板。


地方祭祀記録。


東方航路図。


嫌なほど見覚えのある分類が続く。


そして。


あった。


**『異邦人・春 私記 一束』**


その下。


**『証言録 一冊』**


さらに。


**『東方消失時図絵 三枚』**


俺の指が止まる。


「送り先」


フィアが欄を見る。


**王都・旧神話災害対策局中央保管室。**


王都。


やっぱり。


でも、そこで終わりじゃなかった。


図絵三枚の横に、小さな記号がある。


一号。


三号。


そして。


二号だけ。


赤い印。


**『別送』**


「別?」


俺が聞く。


レオルが次の頁を探す。


「理由があるはずだ」


あった。


**『通常封箱への収納を禁ず。神性干渉物として単独輸送。』**


空気が変わった。


「神性干渉物?」


ナギが顔をしかめる。


ただの絵じゃないのか?


ハルが描いた。


空から銀色の枝が降りてくる光景。


それを描いただけの紙に。


神性干渉?


「絵そのものに魔力があった?」


俺が聞く。


レオルは首を振る。


「可能性はある。ただ、九十年前の用語だから、現在の魔術分類と同じ意味とは限らない」


そこは慎重だ。


さらに欄外。


ヴァル・ヘイム本人の署名。


そして。


短い指示。


サヨが読み上げる。


「『焼却を禁ず』」


俺は顔を上げた。


「え?」


もう一度見る。


確かに。


**『焼却を禁ず。』**


その下。


**『破棄も禁ず。』**


さらに。


**『閲覧のみ封ず。』**


誰もすぐには喋らなかった。


俺の中で。


ヴァル・ヘイムという男の像が、少し崩れる。


今まで。


日本の記録を消した男。


そう思っていた。


でも。


「燃やしてない」


フィアが言った。


「むしろ、燃やすなって命令してる」


「じゃあ何で隠した?」


ナギが聞く。


それが問題だ。


レオルは帳面をさらに読む。


ヴァル・ヘイムの追記は続いていた。


**『忘却は必要なれど、事実の消滅を許してはならず。』**


俺は、その一文を二度読んだ。


忘れさせる。


でも。


記録そのものをなくしてはいけない。


矛盾しているようで。


どこか。


セヴァンに似ていた。


危険だから広めない。


しかし。


完全に消すのも違う。


「この人」


俺は呟く。


「俺たちが思ってたより、ややこしいぞ」


「人間なんだから普通だろ」


レオルが言った。


妙に納得した。


悪の秘密組織のボスなら、分かりやすい。


全部燃やせ。


誰にも知らせるな。


それで終わる。


でもヴァル・ヘイムは。


隠した。


持っていった。


名前を削った。


その一方で。


燃やすことは禁じた。


なぜ?


その答えらしきものは、帳面の次の頁にあった。


別送理由。


長い文章ではない。


役人らしく、短い。


**『銀枝の形を正確に認識した者三名に、夜間幻視および神殿樹像への共鳴を確認。』**


ぞくっとした。


「絵を見ただけで?」


ナギが言う。


「三人だけだ」


レオルが訂正する。


「全員ではない」


重要だ。


誰でも危険になるわけじゃない。


でも。


少なくとも何かが起きた。


さらに。


**『一名、睡眠中に未知の言語を反復。』**


未知の言語。


その下に。


聞き取った音が残されていた。


古いヒムカ文字で、無理やり音を写している。


俺には読めない。


ナギが発音する。


「……ユグ……ドラ……シル?」


レオルが固まった。


俺も。


知っている。


この世界の神殿で。


何度も聞いた名前。


世界樹。


**ユグドラシル。**


俺は椅子から立ち上がった。


「待って」


頭の中で。


線がつながる。


百二十五年前。


日本が消えた夜。


ハルは空に銀色の樹を見た。


九十年前。


その光景を描いた絵を見た人間が。


世界樹の名を寝言で口にした。


そして今。


この世界では。


世界樹が。


宗教の中心にある。


「偶然?」


フィアが聞く。


誰も答えられない。


レオルが低い声で言う。


「偶然とするには、かなり材料が増えた」


でも。


まだ足りない。


世界樹が日本を消した?


樹が意思を持って?


それとも、世界樹を使った神がいる?


ハルが見た「人ではない何か」は?


俺は帳面を見る。


そこにはまだ続きがあった。


ヴァル・ヘイムの最終指示。


**『図絵第二号を、中央保管室へ送るべからず。』**


「え?」


さっき送り先は王都だった。


でも中央保管室へは送るな。


では。


どこへ?


次の行。


文字が薄い。


レオルが灯りを斜めに当てる。


俺たちはもう、この方法に慣れている。


影が浮く。


**『王都・大神殿地下 根室へ移管。』**


根室。


嫌な名前だ。


根のない樹の組織が。


「根室」。


フィアが気づく。


「根を切る組織なのに、保管場所は根なんだ」


確かに。


ヴァル・ヘイムは。


何をしようとしていた?


日本神話の根を断つ。


でも証拠は、世界樹の根元へ隠す。


「これ」


サヨが静かに言った。


「消したかったのは、日本そのものではないのかもしれません」


俺は彼女を見る。


「じゃあ?」


「日本へつながる『道』を、隠したかった」


道。


名。


料理。


祭祀。


記憶。


それらを通じて。


神が戻る。


もし。


銀枝降下図そのものが、世界樹へもつながるものなら。


日本神話だけじゃない。


もっと大きな危険を。


ヴァル・ヘイムは見ていた?


俺は深く息を吐いた。


昨日までは。


ヴァル・ヘイムのところへ辿り着けば、


「なぜ隠した」


と問い詰めればいいと思っていた。


今は。


聞くことが増えすぎた。


なぜ日本の記録を隠した。


なぜ燃やさなかった。


なぜ銀枝の絵を恐れた。


そして。


なぜ。


その絵を。


世界樹信仰の中心である大神殿の地下へ運んだ。


帰り道。


俺たちは無言で歩いていた。


途中。


ナギが急に言う。


「難しい話しすぎて腹減った」


全員が止まる。


「……俺も」


俺が答えると、フィアも頷いた。


結局。


道端で昼飯を広げた。


むすび。


塩漬け魚。


ミソを焼いたもの。


神様と世界樹の話をした直後なのに。


食べれば普通にうまい。


俺はむすびを頬張りながら思う。


ヴァル・ヘイムは。


文化を消そうとした人間だ。


それは多分、間違いない。


でも。


単純に悪人ではない。


そして。


もしかすると。


俺たちよりずっと早く。


**世界樹そのものを疑った人間**


だったのかもしれない。


次に探すべきものが決まった。


王都大神殿。


その地下。


根室。


そこに。


日本が消えた夜を描いた絵が。


まだ残っている可能性がある。


そして同時に。


俺が八歳の頃から見続けてきた、


この世界のどこにでもある世界樹。


あれを。


もう。


ただの神聖な印として見ることはできなくなっていた。


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