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神々のいない食卓~日本の消えた異世界で、料理好きの俺は和食を作る~  作者: ちゃむたろう
第十章 神々が消した国

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第95話 神様の話より、漬け魚を信じる

翌朝。


俺は、マキさんから聞いた話を紙へ書き直していた。


空に白銀の樹。


下へ伸びる枝。


音が消える。


日本が世界から抜き取られる。


そして、


**「神様が、国を殺した」**


昨夜から何度読み返しても、背筋が寒くなる。


でも。


「これだけじゃ、証拠にはならないよな」


俺が言うと、レオルが頷いた。


「百年以上、口伝された話だ。内容が変化している可能性は高い」


冷たい言い方に聞こえる。


でも正しい。


ハル本人がそう言ったとしても、極限状態で見た光景だ。


まして今聞いたのは、ハルから何世代も後のマキさん。


フィアも記録を覗き込んだ。


「だからって嘘だとも言えないけどね」


「うん」


信じたいものほど、確かめる。


学院で何度も失敗して、ようやく身についた癖だった。


ナギだけが朝飯を食べながら言う。


「じゃあ、どうやって百二十五年前の人の話を確かめるの?」


「そこなんだよなあ」


死んだ人に質問はできない。


神様を呼ぶ?


絶対嫌だ。


この前、祭りで痛い目を見たばかりだ。


俺が悩んでいると、マキさんが魚の入った桶を運んできた。


「難しい顔してないで食べな。昨日の魚飯漬け、まだあるよ」


俺の目が桶へ行く。


酸っぱい香り。


米と魚。


昨日聞いた。


これはハルが村へ伝えた料理だと。


「マキさん」


「ん?」


「この作り方って、昔から変わってない?」


「そりゃ少しは変わってるだろうけど、海爺のやり方って言われてる部分はあるね」


俺は立ち上がった。


ナギが警戒する。


「その顔なに」


「料理する」


「歴史は?」


「歴史を料理で調べる」


レオルが額を押さえた。


「結局そこへ戻るのか」


戻る。


だって俺は料理人だ。


マキさんに教わった「海爺漬け」には、ヒムカ周辺の似た保存食と少し違う特徴があった。


魚をいきなり米へ漬けない。


まず塩をかなり強めに振る。


重石をして一晩以上置く。


出てきた水を捨てる。


魚の表面を乾かしてから、初めて炊いた米と合わせる。


ナギが言う。


「こっちの山でも似た魚漬けはあるけど、ここまで先に水を抜かない」


「味は?」


「海爺漬けの方が硬め。でも夏は失敗しにくいって聞く」


そこ。


気になる。


俺は小さな魚を同じ重量に分けた。


条件も揃える。


片方は村で一般的な方法。


もう片方は海爺漬け。


塩の量も記録。


容器も煮て乾かす。


当然、数日で百年の歴史が証明できるわけじゃない。


でも工程の意味なら確かめられる。


一晩後。


海爺漬け側の魚を取り出す。


底にかなり水が溜まっていた。


魚も軽くなっている。


フィアが秤を見る。


「減ってる」


「水が抜けた分だと思う」


前世で「水分活性」なんて言葉を聞いた覚えはある。


でも俺は食品科学者じゃない。正確な数式も基準も知らない。


だから、分かる範囲だけ言う。


「腐る原因になる小さい生き物も、水が多い方が動きやすいものがいるはずなんだ」


ナギが水を見る。


「じゃあ先に抜けば?」


「腐りにくくなる可能性がある。塩そのものも効くだろうし」


完全な証明ではない。


ただ。


海爺漬けは、ちゃんと理由のある保存工程だった。


数日後の初期状態でも差が出た。


通常の方は液が多く、香りの変化が早い。


海爺漬けは水分が少なく、変化が穏やか。


ナギが両方の匂いを嗅いだ。


「こっち、確かに夏向きかも」


マキさんが笑う。


「だから昔から、海爺は暑い時ほど塩を惜しむなって言ったらしいよ」


俺の手が止まった。


暑い時ほど。


保存。


塩。


脱水。


ハルがどこでそれを覚えたのかは分からない。


日本でも、ヒムカへ来てからでも。


でも少なくとも。


この村には、ハルが伝えたとされる技術が百年以上残っている。


昔話だけじゃない。


味として。


手順として。


「神様の話より、こっちの方が信じやすいな……」


俺が呟くと、ナギが怒った。


「漬け魚と神様を比べるな」


「だって漬け魚は食べられるし」


「判断基準そこ?」


俺にとっては重要だ。


**真実が一つでも、証拠は一つじゃ足りない。**


話。


帳簿。


料理。


別々のものが同じ人物へつながれば、少しずつ確かになる。


その日の午後。


マキさんが、家の奥から古い木箱を持ってきた。


「料理の話で思い出した」


「何を?」


「海爺の書き物は残ってないって言っただろ」


俺たちは頷く。


「正確には、持っていかれたらしいんだ」


空気が変わった。


「誰に?」


レオルがすぐ聞く。


「役人」


マキさんは箱を開ける。


中には土地の売買証。


税の納付書。


結婚記録。


家畜の帳面。


普通の家の書類ばかり。


その底。


折り畳まれた一枚の紙。


「祖母が、『返してもらう時に必要だから捨てるな』って言われたらしい」


フィアが先に内容を読む。


そして。


顔が変わった。


「レン」


紙を渡される。


上部には日付。


約九十年前。


つまり、日本消失から三十年以上後。


その下。


**『旧神話災害対策局・東方史料調査班』**


背中が冷えた。


さらに。


引き取った物品。


**『異邦人・春 証言録 一冊』**


**『東方消失時図絵 三枚』**


**『私記 一束』**


俺の指が震える。


ハル本人が残したものが。


あった。


空の樹を描いた絵まで。


でも。


持っていかれた。


「返ってきた?」


分かっていて聞いた。


マキさんは首を振った。


「一つも」


レオルが紙の下部を見る。


そこには。


銀色の印。


樹。


枝。


幹。


根がない。


そして担当責任者。


名前。


**ヴァル・ヘイム。**


俺たちは、しばらく何も言えなかった。


学院で見つけた名前。


東方資料が大量に「修繕」へ回され、消え始めた時期の文書整理責任者。


偶然じゃない。


ヴァル・ヘイムは。


ヒムカまで来ている。


日本消失を見た生存者の家まで。


「これで少なくとも」


フィアが低い声で言う。


「根のない樹が、何を集めてたかは分かったね」


日本を消した証拠ではない。


そこは大事だ。


日本が消えた時。


この組織がやったとは限らない。


むしろ三十年以上後。


彼らは。


**日本がどう消えたかを知っている証拠を集めていた。**


「危険だから封じた」


セヴァンの言葉を思い出す。


もしかすると。


彼らなりに理由はあった。


でも。


「それなら、なんで返さない」


俺は紙を見る。


貸出でも。


一時保管でもない。


欄外には、小さく追記があった。


**『第一種・再発現危険史料として永久移管』**


再発現。


何が?


日本?


神?


それとも。


空に現れた、あの樹?


さらに下。


引取物の詳細。


証言録。


図絵。


私記。


その中で、一つだけ赤い印が付いている。


**『図絵第二号――銀枝降下図』**


レオルが息を呑んだ。


「やっぱり」


「世界樹?」


俺が聞く。


「まだそうとは言えない」


レオルはすぐ否定する。


でも。


顔は険しい。


銀色の枝。


空から地上へ。


日本消失。


そして現在、この世界を象徴するのは。


銀にも似た巨大な世界樹。


俺は紙を握りそうになり、慌てて力を抜いた。


駄目。


証拠を壊すな。


マキさんが俺たちを見る。


「それ、そんなに大事なのかい?」


「……かなり」


俺は答えた。


「百年以上、よく残してくれました」


「役所の紙なんて捨てたら面倒だって、昔から言うだろ」


フィアが深く頷いた。


「正しいです」


商人と役所の書類に対する信頼がすごい。


でも。


本当にその通りだった。


ヴァル・ヘイムたちは。


ハルの証言を持っていった。


絵も。


日記も。


日本が消えた夜を直接伝えるものを。


でも。


持っていかなかったものがある。


返却証。


土地の帳簿。


そして。


魚の漬け方。


彼らにとって重要ではなかったから。


だから残った。


俺は朝から仕込んだ魚を見る。


百二十五年前の日本人が、この村へ残したかもしれない味。


記録を奪われても。


家族へ伝わった。


料理になった。


食べられ続けた。


消そうとした人間は。


そこまで重要だと思わなかった。


たぶん。


そこが彼らの間違いだった。


文化を残すのは。


偉い本だけじゃない。


世界の真相を書いた証言だけでもない。


「マキさん」


「何だい」


「この魚漬け、作り方を全部書かせてください」


レオルが俺を見る。


「今?」


「今」


「銀の枝の資料が出た直後だぞ?」


「だからだよ」


俺は答えた。


持っていかれた記録は、まだ取り戻せるか分からない。


でも。


目の前に残っているものは。


今、残せる。


「今度は一か所じゃなく」


フィアが続ける。


「何枚?」


「最低四枚」


ナギが笑った。


「また増やすんだ」


「増やす」


日本の国土は消えた。


証言も消された。


それでも。


百二十五年前の男が作った魚の味は。


今日もこの村にある。


だったら。


俺たちが今から残すものは。


もっとしぶとくしてやればいい。


そして同時に。


ヴァル・ヘイムが持ち去った、


**『銀枝降下図』。**


それだけは。


必ず見つける。


日本が消えた夜。


空から何が降りてきたのか。


その答えは。


九十年前に一度。


人間の手へ渡っていた。


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