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神々のいない食卓~日本の消えた異世界で、料理好きの俺は和食を作る~  作者: ちゃむたろう
第十章 神々が消した国

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第92話 神様より先に、帳簿を調べる

八咫烏が海の向こうへ消えた翌朝。


俺は、白い飯を食べながら考えていた。


**『次は、なぜ消されたかを知れ』**


簡単に言ってくれる。


こっちは「日本が本当にあった」というところへ、ようやく辿り着いたばかりだ。


しかも相手は神様――らしき何か。


普通なら神殿へ行く。


古代の祭壇を探す。


山奥の賢者に会う。


そういう流れなのかもしれない。


でも。


「帳簿、見せてもらえないかな」


俺が言うと、レオルの匙が止まった。


「……何の?」


「昔の港の」


フィアだけが、すぐに反応した。


「交易記録?」


「うん」


ナギが呆れたように俺を見る。


「昨日、三本脚の鳥と喋ってなかった?」


「喋った」


「で、今日は帳簿?」


「神様が『なぜ消えたか調べろ』って言ったから」


「それで帳簿?」


俺は頷く。


「神様より、商人の方が数字残してそうだし」


フィアがちょっと嬉しそうな顔をした。


「それはそう」


レオルは額を押さえた。


「お前たち、神話の謎まで商取引で調べる気か」


「船が行き来してたなら、何か運んでたはずだろ」


昨日見つけた地下貯蔵庫。


米。


塩。


魚。


酒。


御饌。


あそこが祭祀だけの場所だったとは思えない。


港だったなら。


船が着いた。


荷物を下ろした。


積んだ。


税を取ったかもしれない。


保管料を払ったかもしれない。


つまり。


誰かが数えたはずだ。


村長へ聞くと、港の古い記録は海沿いの共同倉へ移されたという。


「残ってるかは知らんぞ」


と言われた。


それでも行く。


共同倉の二階には、木箱が二十以上積まれていた。


潮で傷んだ帳面。


船の修繕記録。


漁獲量。


土地の貸し借り。


何でもある。


フィアの目が輝く。


「これ、全部?」


管理していた老人が笑う。


「好きなだけ読め。ただし戻せよ」


フィアが俺を見る。


「レン」


「何?」


「ここに住みたい」


「商人だなあ」


俺たちはまず、古い港が使われていた年代の箱を探した。


問題は。


日付の形式が途中で変わっていることだった。


古いヒムカ暦。


王国暦。


地方領主の代替わりを基準にした記録。


混ざっている。


俺は五分で諦めた。


「レオル」


「最初から呼べ」


強い。


彼が年号を対応させる。


フィアが帳簿の種類を分ける。


ナギは古いヒムカ語の品名を読む。


俺は――


「レンは?」


フィアに聞かれた。


「料理関係の品名なら分かる」


「じゃあそれ」


適材適所ということにしてほしい。


昼過ぎ。


最初の手掛かりが出た。


古い港の入出荷帳。


百三十年ほど前。


東方面から入っていたもの。


乾燥海藻。


魚油。


塩。


陶器。


木材。


そして。


「これ何?」


俺が指す。


ナギが覗く。


「『白粒』かな」


「米?」


「違うと思う。米なら別に書いてある」


フィアが数量を見る。


「高い」


かなりの値段で取引されている。


何かの加工品か。


それは今は置いておく。


重要なのは。


船の出入りだ。


一か月に数隻。


季節によって増減。


行き先の欄には、島名らしきものが書かれている。


大部分は読めない。


削られているわけではない。


単純に字が古い。


でも。


一つだけ。


俺にも読めた。


**日ノ本。**


息が止まる。


「またある」


昨日の木札だけじゃない。


交易帳簿にも。


国名として。


ちゃんと。


レオルが数字を追う。


「東へ向かう船に何を積んでいた?」


フィアが別の頁を開く。


麦。


鉄。


羊毛。


薬草。


魔石。


ヒムカから日本へ。


逆に東からは。


海産物。


陶器。


酒。


布。


紙。


「普通に交易してる」


俺は呟いた。


当たり前のことなのに。


衝撃だった。


神話じゃない。


伝説でもない。


誰かが商品を売った。


誰かが買った。


代金を払った。


船乗りが往復した。


日本は。


普通の国として、ここにあった。


「次の年」


フィアが頁をめくる。


まだある。


さらに翌年。


ある。


船は少し減る。


でも続いている。


さらに。


「……待って」


フィアの手が止まった。


ある年の途中。


記録が。


消えた。


正確には。


日ノ本行きだけが消えている。


他の航路は残っている。


北の港。


南の島。


川沿いの交易。


全部通常通り。


でも。


東だけ。


ある月を境に。


ゼロ。


「嵐?」


ナギが言う。


「港が壊れたとか」


「だったら翌月以降に再開するかもしれない」


レオルが次の帳面を取る。


翌月。


なし。


半年後。


なし。


一年後。


なし。


二年後。


なし。


俺の背中が冷たくなる。


「船が沈んだだけじゃない」


フィアの声も低い。


交易相手そのものが。


消えた。


さらに調べる。


その年の港税。


異常なし。


ヒムカ側で大災害が起きた記録もない。


船の建造数。


通常。


海難事故。


多くない。


なのに。


東方交易だけが。


突然終わる。


「日付、どのくらい前?」


俺が聞く。


レオルが対応表を確認した。


「およそ百二十五年前」


全員が黙った。


百二十六年前。


学院で見つけた航海記録には、東の島影が描かれていた。


そして。


約百二十五年前。


交易が途切れる。


なら。


その間に。


何かが起きた。


「その後、九十年くらい前に資料の処理が始まる」


フィアが言った。


俺も気づいた。


根のない樹。


ヴァル・ヘイム。


東方資料の移管。


削除。


封印。


つまり。


順番が違う。


先に日本が消えた。


その数十年後。


日本に関する記録まで消され始めた。


「……二段階」


俺が呟く。


レオルが頷く。


「そう考えるのが自然だ」


怖い。


ずっと。


誰かが日本を歴史から消したのだと思っていた。


でも。


違う。


最初に。


**土地そのものが消えた。**


その後。


**残った記憶まで消そうとした。**


別の事件なのか。


同じ者たちの後始末なのか。


まだ分からない。


「これ」


ナギが別の帳面を指した。


交易が途絶えた直後。


港の出費記録。


一気に増えている項目がある。


「救難?」


遭難船の探索。


東海岸の監視。


漂流者の保護。


三か月続いている。


人々は、何が起きたか分からなかったのだ。


船が帰ってこない。


向こうから船も来ない。


だから探した。


さらに一冊。


港守の日誌。


字が汚い。


急いで書いたような線。


ナギがゆっくり読む。


「『東へ出した三艘、戻らず』」


次。


「『水平線、赤し』」


俺の指が止まる。


赤い?


「続き」


「『夜半にもかかわらず東天明るく、雷鳴のごとき音、海より届く』」


誰も喋らない。


さらに翌日。


**『沖の潮、逆巻く。』**


その次。


**『東方へ向かうも、海深く、旧航路を見失う。』**


レオルが顔を上げた。


「旧航路を……見失う?」


船乗りは地図だけで進まない。


潮。


風。


深さ。


星。


山影。


全部を使う。


それが。


突然使えなくなった?


俺の頭に。


嫌な想像が浮かんだ。


土地が沈んだ。


いや。


日本列島全部が一晩で?


そんな規模。


自然災害で説明できるのか?


魔法なら?


この世界なら。


神なら?


「レン」


フィアが呼ぶ。


俺は無意識に拳を握っていた。


「大丈夫じゃない」


先に言う。


フィアが少し笑った。


「学習したね」


「怖いよ」


俺は帳簿を見る。


百二十五年前。


その日までは。


人が住んでいた。


米を食べて。


魚を獲って。


酒を造って。


商売していた。


それが。


ある日。


なくなった。


俺の前世の記憶は。


高校生だったところで途切れている。


死んだ記憶がない。


事故も。


病気も。


最後の日すら。


はっきりしない。


ただ。


次に気づいた時には。


赤ん坊だった。


今まで。


転生とはそういうものなのだと思っていた。


でも。


もし。


俺が死んだんじゃないとしたら?


日本そのものが。


俺ごと。


「消された」のだとしたら?


身体が冷えた。


そこまで考えて。


俺は口を閉じた。


フィアたちに言える話じゃない。


まだ。


サヨだけが、少し遠くから俺を見ていた。


彼女だけは。


俺が日本をただ「知っている」わけではないと知っている。


目が合う。


サヨは何も言わなかった。


夕方。


俺たちは帳簿の該当箇所をすべて複写した。


日付。


船数。


荷物。


交易額。


救難費。


港守の日誌。


一つの資料だけなら。


読み違いかもしれない。


でも。


税の帳簿。


船の記録。


倉庫の入出荷。


救難費。


別々の人間が。


別々の目的で書いた記録が。


同じ時期を指している。


これなら。


かなり強い。


「神話を調べてるのに」


帰り道。


俺は言った。


「一番怖いのが会計帳簿ってどうなんだろ」


フィアが真顔で答えた。


「会計帳簿は怖いよ」


「意味が違う」


ナギが笑う。


レオルは複写した紙を抱えたまま、まだ考え込んでいた。


「学院へ送る」


「うん」


「ただし、原本の場所は広めすぎない」


俺も頷く。


祭りの件以来。


「見つけたから広める」ではなくなった。


知識には扱い方がある。


残す。


でも。


無防備に晒さない。


そのバランスを。


俺たちはまだ学んでいる途中だ。


宿へ戻ると。


夕飯は白飯と焼き魚だった。


俺は米を一口食べる。


百二十五年前。


海の向こうでも。


誰かが同じように夕飯を食べていたはずだ。


その人たちは。


次の日も普通に来ると思っていた。


妹も。


両親も。


俺も。


そうだったのかもしれない。


胸が痛い。


でも。


箸は置かなかった。


食べる。


考えるために。


調べるために。


次へ進むために。


八咫烏は言った。


なぜ消されたかを知れ。


その答えはまだ遠い。


でも。


一つだけ。


はっきりした。


日本は。


ゆっくり衰えて消えたんじゃない。


ある日まで、普通に生きていた。


そして。


その翌日には。


海の向こうから。


いなくなっていた。


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