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神々のいない食卓~日本の消えた異世界で、料理好きの俺は和食を作る~  作者: ちゃむたろう
第九章 ヒムカ――消せなかった国の味

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第82話 東へ――料理人、旅に出る

学院を卒業して三週間後。


俺は、東へ向かう商隊の荷馬車に揺られていた。


荷台には小麦、塩、乾燥肉、薬草、布、鉄製品。それから交易用の魔石が積まれている。俺の荷物は、その隙間に押し込まれた包丁箱と着替えと料理記録、それにサヨから預かった古い資料だけだ。


隣の馬車にはフィア。


さらに後ろにはサヨ。


ノルン商会が組んだ東方交易路の調査隊に、俺たちはそれぞれ別の理由で参加していた。


フィアは正式な商会員として、交易路と現地商品の調査。


サヨはヒムカに残る祭祀や古い伝承を調べるため。


そして俺は――


「食料管理兼、調理担当」


御者台からフィアが振り返った。


「格好つけて言ってるけど、料理人だよね」


「いいだろ。希望通りの就職だよ」


「無給だけど」


「そこを言うな」


卒業早々、世知辛い。


とはいえ旅費と食費は商会持ちだ。ヒムカへ向かえる上に、現地の料理まで調べられる。


俺としては十分すぎる条件だった。


アウルムからヒムカまでは、順調でも二十日以上かかる。


王都方面の整備された街道と違い、東へ行くほど道は細くなる。途中には峠もあり、大きな川も越える。宿がない区間では野営になる。


つまり、飯が重要だ。


出発前。


俺は食料担当から渡された帳簿を見て、最初に首を傾げた。


「これ、どういう順番で食べる予定?」


「順番?」


担当の商人は不思議そうな顔をした。


「一日ごとに麦、干し肉、豆を割り当ててある。なるべく均等になるようにな」


確かに量は計算されている。


一人一日何グラム――なんて細かい単位ではないが、袋と樽ごとの配分はある。


問題は。


「干し肉、一番最初から同じ量で使うの?」


「そうだ」


「途中の村で肉が買える予定なのに?」


「……あ」


フィアが横から帳簿を取った。


そして俺より先に気づく。


「野菜も同じ。最初の補給地までは生の根菜を持つのに、その前から乾燥野菜を使ってる」


俺たちは顔を見合わせた。


食料が足りないわけじゃない。


でも使い方がもったいない。


そこで、荷物を全部並べ直した。


まず、傷みやすいもの。


次に、途中で補給しやすいもの。


最後まで残すべき保存食。


さらに、重さ。


乾燥肉は長持ちするが重い。


豆も重い。


逆に乾燥野菜は軽い。


塩は減らせない。


燃料も忘れてはいけない。


「これ、食べ物だけ見ても駄目だな」


俺が言うと、フィアが頷いた。


「煮込みばっかりにすると薪を使う」


「水もいる」


「山道だと補給できない区間がある」


いつの間にか、地面に三枚の紙が広がっていた。


旅程。


食料。


水と燃料。


全部を重ねる。


最初の五日間は生の根菜と買い足しやすい麦を優先。


川沿いでは水を多く使う料理もできる。


山へ入る前に保存食を補充。


峠越えの二日間は、短時間で作れるものを中心にする。


干し肉は全部同じ量ずつ食べるのではなく、補給が途切れた時の予備を残す。


フィアが指で計算しながら言った。


「これなら、予定より三日分くらい余裕を持てる」


「三日?」


商隊長が驚いた。


「食料を増やしてないぞ?」


「増やしてないです」


俺は答えた。


「食べる順番を変えただけ」


商隊長が帳簿と荷物を交互に見る。


「……学院ってのは、こんなことまで教えるのか?」


俺とフィアは同時に答えた。


「教えてないです」


先生たち、ごめんなさい。


でも、多分こういうのも勉強ってことでいいと思う。


旅が始まって四日目。


早速その計画が役に立った。


予定していた村で、肉が買えなかったのだ。


家畜の病気が出て、外へ売る分を止めていた。


以前の計画なら、そこで干し肉を多めに開けるところだった。


でも俺たちは、その村で安く手に入った豆と玉葱を買った。


夕食は豆の煮込み。


干し肉は細かく刻んで、味を出す程度。


骨付きの燻製肉を一つ鍋へ入れるだけで、汁全体に旨味が回る。


「肉少なくない?」


若い護衛が鍋を覗き込む。


「食べてから言って」


豆を潰して少しとろみをつける。


焼いた玉葱。


香草。


最後に塩。


大鍋から湯気が上がった。


護衛は一杯食べて。


もう一杯取りに来た。


「肉、少なくてもいけるな」


「だろ?」


こういう時は気持ちいい。


**「戦闘力は肉の量だけじゃないのだよ」**


「何の戦闘だ?」


「夕飯」


誰も分かってくれなかった。


旅の十日目。


景色が変わった。


平地が減り、山が近くなる。


街道の脇を流れる川は細く、速い。


そしてサヨは、日に日に口数が少なくなっていた。


野営の夜。


俺は焚き火のそばで、乾燥した靴を裏返しているサヨへ聞いた。


「緊張してる?」


「……少し」


火の向こうで、彼女は微笑んだ。


「私の家に伝わっていた話では、祖先は東から来たとされています。でも、何代前なのかさえ曖昧なんです」


「ヒムカへ行ったことは?」


「ありません」


やっぱり。


俺はずっと、サヨならヒムカのことを知っているような気がしていた。


でも違う。


彼女も、残された断片を受け取った一人だ。


「私は『最後の巫女』だと教わりました」


サヨは自分の勾玉へ触れる。


「だから、東へ行って何もなかったら……少し怖いです」


俺には、その気持ちが分かる気がした。


日本を探している俺と似ている。


期待して。


見つけたくて。


でも、本当に見つけてしまうのも怖い。


「何もなくても、サヨが受け継いだものまで消えるわけじゃないよ」


「レンに言われると、不思議と重みがありますね」


「なんで?」


「秘密です」


少し意地悪そうに笑われた。


俺の方が秘密を抱えているのに。


その後、火の番を交代して、フィアと二人になった。


山の夜は寒い。


俺は温めた香草茶を二つ作る。


一つには蜂蜜を多め。


フィアへ渡す。


彼女が一口飲んでから俺を見る。


「私の方、甘くした?」


「うん」


「やっぱり」


「嫌だった?」


「逆」


それだけ言って、また茶を飲む。


俺も自分の杯を見る。


なんか。


最近こういうの多いな。


好きな味を覚えている。


覚えているから変える。


特別なことをしているつもりはない。


でもフィアが気づくと、妙に落ち着かなくなる。


「レン」


「何?」


「ヒムカ、楽しみ?」


少し考えた。


「楽しみ」


それは本当。


「怖くもある」


それも本当。


フィアは焚き火へ小枝を一本落とした。


「私は楽しみ」


「商売?」


「それも」


少し間がある。


「レンがずっと探してたものが、何なのか見てみたい」


胸が妙に跳ねた。


フィアは、日本のことを全部は知らない。


俺がどこから来たかも知らない。


それでも、ずっと隣で見ていた。


米を見つけた時も。


消された地図を追った時も。


ヒムカを目指すと決めた時も。


「……ありがとう」


「急に素直」


「たまにはいいだろ」


「気持ち悪い」


「返せ、蜂蜜」


「もう飲んだ」


強い。


さらに六日。


東へ。


山道は険しくなった。


荷馬車を降り、歩いて押す区間も増える。


そして十六日目の昼。


長い峠を登り切った。


「もうすぐだ!」


先頭の案内人が叫ぶ。


俺は息を切らしながら顔を上げた。


道の向こう。


山と山の間が開けている。


まず見えたのは空。


その次。


光。


水面。


一枚。


二枚。


いや。


違う。


何十。


何百。


斜面に沿って、無数の水面が並んでいる。


階段のように。


空を映しながら。


その中には、まだ背の低い緑の苗が整然と植えられていた。


風が吹く。


水面が一斉に揺れる。


俺は動けなかった。


村で最初の稲が芽を出した日を思い出す。


一粒を食べるのも惜しかった。


増やして。


失敗して。


また植えて。


そうやって大事に大事に守った米。


それが。


ここでは。


山一つを覆っている。


「レン?」


フィアの声が遠く聞こえた。


俺は一歩前へ出る。


知っている景色だった。


完全に同じではない。


山の形も。


家も。


水路も。


前世で見たものとは違う。


それでも。


分かる。


喉の奥から、勝手に言葉が出た。


「……田んぼだ」


東の山肌いっぱいに。


稲が育っていた。


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