第8話 神様は飯を食わないらしい
「神々への冒涜ですよ?」
銀髪の少女はそう言った。
俺は火蜥蜴の肉を抱えたまま固まる。
「……食べちゃ駄目なの?」
「駄目とは言っていません」
「じゃあいいじゃん」
「あなた、変わっていますね」
よく言われる。
少女の名はエルナ。
十三歳。
各地の神殿を巡っている見習い神官らしい。
俺は胸元の銀飾りを指差した。
「その模様、何?」
「聖樹です」
「聖樹?」
「世界を支える神々の樹。九つの領域すべてをつなぐとされています」
背筋がぞくりとした。
世界樹。
ユグドラシル。
頭の中にその名前が浮かぶ。
でも言わない。
前回「北欧神話」と口にした時、旅人の態度が変わった。
学習はした。
俺だって突っ走るだけじゃない。
……たぶん。
「神様って何人いるの?」
「神々を数えるなど畏れ多いことです」
「一番偉いのは?」
エルナの表情がわずかに硬くなった。
「レン」
父さんが止める。
宗教の話を根掘り葉掘り聞くのは危ないらしい。
俺は話題を変えた。
「神様って何食べるの?」
「……はい?」
「肉? 魚? パン?」
エルナが呆れた。
「神々は食事など必要とされません」
その言葉に。
俺はなぜか引っかかった。
「お供えは?」
「オソナエ?」
通じない。
「神様に食べ物を捧げたりしない?」
「なぜ、そのようなことを?」
今度は俺が驚いた。
神社育ちの俺にとって、神様と食べ物は遠いものじゃなかった。
米。
酒。
魚。
野菜。
果物。
じいちゃんに手伝わされて、神饌を並べたことだってある。
『レン。神様にお出しするものだから、つまみ食いするなよ』
『分かってるって』
『この前もそう言って栗を食っただろ』
懐かしい記憶。
俺は苦笑した。
じいちゃん、元気かな。
……いや。
そもそも俺は死んだのか?
「レン?」
エルナの声で現実に戻る。
「なんでもない」
「あなたは時々、不思議なことを言いますね」
「七歳だから」
「七歳は普通、神々に何を食べさせるかなんて考えません」
ごもっとも。
その夜。
俺は火蜥蜴の肉を煮込んだ。
乳と香草で臭みを抜き、薄切りにする。
鍋で野菜を炒めてから肉を入れ、水を加える。
弱火で長時間。
魔法で温度を一定に保つ。
出来上がった肉は驚くほど柔らかかった。
エルナにも出す。
「私は魔物など――」
ぐうううう。
腹が鳴った。
「……食べる?」
「少しだけです」
一口。
エルナの目が見開かれる。
二口。
三口。
「神々への冒涜じゃなかった?」
「食べてはいけないとは言っていません」
強情だな。
リナが笑う。
「おねーちゃん、いっぱいたべてる!」
「リナ!」
食卓が笑いに包まれる。
俺も笑った。
こういう時間が好きだ。
ところが食事の後。
エルナが、ぽつりと言った。
「不思議ですね」
「何が?」
「あなたの料理を食べていると……」
彼女は胸元の聖樹の紋章を握る。
「神殿で祈っている時より、ずっと温かい気持ちになる」
その瞬間。
銀の紋章が。
ほんの一瞬だけ――
黒く染まった。




