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神々のいない食卓~日本の消えた異世界で、料理好きの俺は和食を作る~  作者: ちゃむたろう
第七章 魔法で料理を、料理で魔法を

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第69話 十二歳、帰った村は同じじゃなかった

十二歳になった春、俺は三年ぶりに長い休みを使って村へ帰った。


馬車から見える景色は、覚えているものと同じだった。


山。


畑。


森。


村の入口に立つ古い木の柵。


なのに、不思議なくらい違って見えた。


「……小さくなった?」


もちろん村が縮んだわけじゃない。


俺が大きくなったのだ。


八歳でここを出た時には高く感じた柵も、今では普通に向こう側が見える。


背負った荷物を直して歩いていると、畑の向こうから声が飛んできた。


「兄ちゃあああん!」


振り向く。


女の子が走ってくる。


一瞬、誰だと思った。


次の瞬間には腹へ突っ込まれた。


「ぐえっ」


「兄ちゃん!」


「リナ!?」


顔を見る。


間違いない。


でも大きい。


俺の記憶の中では、まだ三歳の幼児だった。


それが今は七歳。


髪も伸びているし、言葉もしっかりしている。


「兄ちゃん、遅い!」


「いや、ちゃんと予定通り――」


「遅い!」


理不尽である。


でも笑ってしまった。


リナの頭を撫でる。


昔なら簡単に抱き上げられたのに、今やったら腰が危ない気がする。


「大きくなったな」


「兄ちゃんも」


「そりゃ四年近く経ってるからな」


リナは俺の顔をしばらく見た後、突然言った。


「ちょっと変」


「何が?」


「兄ちゃんっぽいけど、学院の人っぽい」


どういう判定だ。


家へ着くと、母さんが泣いた。


正確には、泣きながら怒った。


「もっと手紙を寄越しなさい!」


「送ってたよ!」


「短い!」


父さんは横で笑っている。


「男の手紙なんてそんなもんだ」


「あなたは黙って」


父さんが黙った。


家庭内序列は変わっていなかった。


昼にはサヨも来た。


そして俺が何より驚いたのは、その日の午後だった。


「田んぼ、見に行くか?」


ヨルンに言われ、当然ついていった。


昔、十二粒から始めた稲。


あの時は、芽が出ただけで全員が息を詰めた。


今は。


「……増えたな」


一枚。


二枚。


さらに奥にもある。


まだ村全体を支えられるほどじゃない。


それでも、小さな試験区画ではなくなっている。


水田として形になり始めていた。


「去年から三つに分けた」


ヨルンが説明する。


「水を多めにする区画。少なめ。肥やしの量を変えたところもある」


木札まで立っている。


そこには日付と、芽の高さ、水量、天気。


簡単な記録。


俺は目を丸くした。


「記録つけてるの?」


「お前が学院でやってるって聞いたからな」


サヨが少し得意そうに笑う。


「私も字を覚えました」


見せてもらう。


去年よりかなり読みやすい。


俺がいない間。


みんな、普通に進んでいた。


当たり前なのに。


なぜか胸へ刺さった。


「乾燥も温度を測ると――」


言いかけたところで、ヨルンが小屋を指した。


「それならもうやってる」


そこには学院から以前送った試作温度計が一本。


「……え?」


「サヨが街へ行った商人に頼んで、似たやつを手に入れた」


サヨが頷く。


「レンが送ってくれた手紙に、穀物の乾燥でも役立つかもしれないと書いてあったでしょう」


そうだった。


完全に忘れていた。


俺は口を閉じる。


学院帰りの俺が、颯爽と最新知識を持ち込む。


そんな展開を少し想像していた。


現実は違った。


村は俺の帰りを待って、時間を止めていたわけじゃない。


「……なんか悔しい」


ヨルンが笑う。


「何がだ」


「俺が『知らないだろ、教えてやる』って顔してた」


「してたな」


見抜かれていた。


でも記録を見ているうちに、一つ気づいた。


同じ温度で乾かしたはずなのに、保存後の状態に差がある。


「これ、乾かす前と後の重さって測ってる?」


ヨルンが首を傾げる。


「重さ?」


「うん」


近くにあった籾を一掴み取る。


「乾くって、水が抜けるってことだろ?」


「まあな」


「なら、水が抜けた分だけ軽くなるはず」


ヨルンの顔が変わった。


サヨも記録を見る。


俺は紙へ簡単に書く。


乾燥前の重さ。


一日後。


二日後。


三日後。


温度だけを見るのではなく、同じ量の籾がどれだけ軽くなったかも比べる。


完全に水分量を測れるわけではない。


中身の変化もあるだろう。


でも、毎回同じ量を測れば「前より乾いた」「まだ水が多そう」は数字で比べられる。


「温度が同じでも、雨の日と晴れの日じゃ乾き方が違うかもしれない」


「なるほど」


ヨルンが籾を手の上で転がす。


「軽くなるのを測るのか」


「ちゃんとした水分計とかは作れないけど、これなら秤でできる」


サヨがすぐ記録帳へ欄を作った。


ヨルンも頷く。


「次からやる」


それだけ。


大袈裟な歓声はない。


でも俺は、妙に嬉しかった。


俺が持ってきた温度計を、村はもう自分たちの道具にしていた。


そしてそこへ、今度は重さという別の見方を足す。


知識って、こういうものなのかもしれない。


誰かからもらって。


使って。


少し変えて。


また次へ渡す。


その時、田んぼの端から水音がした。


見ると、リナが小さな水球を浮かせている。


「兄ちゃん、見て!」


水球が二つに分かれる。


さらに四つ。


大きさが、ほとんど同じ。


俺は固まった。


「……誰に習った?」


「エルナ姉ちゃん」


四つの水球が田んぼの上を移動し、それぞれ別の場所へ静かに落ちた。


精度が高い。


俺が八歳の頃より高いんじゃないか?


「兄ちゃん?」


「リナ」


「なに?」


「もう一回やって」


「いいよ」


今度は六つ。


俺は遠い目になった。


**「……この子、まだ変身を残してるとか言わないよな?」**


「へんしん?」


「何でもない」


兄として嬉しい。


ものすごく嬉しい。


同時に、ちょっと怖い。


夕方。


久しぶりに家族四人で食卓を囲んだ。


母さんのパン。


父さんが獲ってきた肉。


リナが洗った野菜。


そして俺が作った、学院で覚えた煮込み。


一口食べた母さんが目を丸くする。


「味、変わったね」


「まずい?」


「違う。前より優しい」


意外な言葉だった。


火加減。


温度。


入れる順番。


何年も勉強してきた。


なのに母さんが最初に感じたのは、技術じゃなかった。


「学院でちゃんと食べてる?」


「食べてるよ」


「友達は?」


「いる」


「女の子は?」


「なんで急にそこ?」


父さんが飲み物を吹いた。


リナが食いつく。


「兄ちゃん、好きな子いるの?」


「いない!」


答えが少し速すぎた。


フィアの顔が一瞬浮かんだのは、たぶん気のせいだ。


その夜。


自分の昔の寝床へ横になる。


天井を見る。


今度は、本当に懐かしい天井だった。


学院へ行く前と同じ梁。


同じ壁。


でも俺も。


リナも。


父さんも母さんも。


村も。


田んぼも。


全部少しずつ変わっている。


帰る場所というのは、保存された景色じゃない。


自分がいない間にも生きて、変わっていく場所なのだ。


それでも。


「ただいま」


小さく言った。


隣の部屋から、リナの声がした。


「兄ちゃん、まだ起きてるの?」


「寝る!」


「おやすみ!」


「おやすみ」


目を閉じる。


変わっていた。


でも、ちゃんと帰ってきた。


それで十分だった。


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