第68話 料理魔法を、笑った先輩
十一歳の秋、アウルム学院では一年で最大の行事――研究祭が開かれた。
普段は学生と教師しかいない学院に、この日だけは街の商人、職人、貴族の使用人、軍の補給担当までやって来る。研究棟の廊下には魔導具が並び、中庭では上級生が大型術式を実演していた。
朝から爆発音が三回した。
「祭りって、爆発するものだっけ?」
俺が聞くと、レオルが平然と答える。
「魔術学院では普通だ」
嫌な普通だな。
俺たち四人も、中等科の実用研究部門へ出展することになっていた。
題目は、
**『少ない魔力で大量の食事を安定して調理する方法』**
である。
要するに厨房だ。
温度測定。
断熱。
工程表。
廃熱の削減。
加熱する順番。
食材の切り方を揃えること。
これまで学院で試してきたことを、一つの調理設備へまとめた。
派手さはない。
本当にない。
隣の展示なんて、人の背丈ほどある魔導装置が青白く光りながら回転している。
その前に立っていたのが、シオン・レイヴァルトだった。
十三歳。
濃い藍色の髪を短く整えた上級生で、魔導具技師として有名なレイヴァルト家の次男。中等科ではすでに何度か表彰されているらしい。
彼の展示は、複合加熱魔導炉。
一つの装置で焼く、煮る、保温するを切り替えられる。
正直に言う。
格好いい。
でかい。
光る。
魔法陣が回る。
低い音まで鳴っている。
男子が好きなもの全部盛りだった。
**「なんだよ……めちゃくちゃ格好いいじゃねえか」**
思わず呟く。
「レン?」
フィアが見る。
「敵を褒めるくらいの余裕はある」
「いつ敵になったの?」
そのシオンが、俺たちの展示を見に来た。
木製の作業台。
大鍋。
断熱箱。
温度計。
工程表。
彼は一通り見た後、悪意というより純粋な疑問として言った。
「これが研究なのか?」
レオルの眉が動いた。
「どういう意味です」
「悪く言うつもりはない。ただ、学院の魔術研究で、鍋を効率よく温める必要があるのかと思ってね」
俺も少しムッとした。
「鍋、毎日使うけど」
「だからこそ職人の仕事だろう。学院は、もっと高度な魔術を研究する場所じゃないのか?」
嫌な奴――。
と決めかけて、やめた。
彼の装置を見る。
難しい術式が何重にも重なっている。
たぶん、シオンは本気で魔術が好きなのだ。
だから「高度なものを作ること」に価値を感じている。
それ自体は間違いじゃない。
でも。
「じゃあ先輩」
俺は笑った。
「勝負しません?」
シオンが目を細めた。
「何で?」
「同じ魔石一個。同じ時間。同じ材料。何人分の温かい食事を、同じくらいの品質で出せるか」
フィアが横から俺の服を引く。
「勝手に始めない」
「ごめん」
「でも面白そうだから続けて」
止める気なかった。
話を聞いていた審査担当の教師も乗った。
研究祭の臨時比較実演。
制限時間、一刻。
同じ量の肉、豆、根菜。
使用できる魔石は同一規格で一個。
完成した料理について、提供数、温度、味のばらつき、魔力消費を評価する。
シオンは複合加熱炉を起動した。
すごかった。
一つの鍋へ均等に熱が入り、魔力制御だけで火力が細かく切り替わる。
肉を焼いて香りを出し、そのまま煮込みへ移行する。
「うわ、欲しい」
俺が言う。
レオルが呆れる。
「勝負中だぞ」
「いいものはいい」
でも、俺たちにも強みがある。
トーマが断熱した大鍋を準備。
レオルが必要最低限の加熱術式を組む。
フィアが材料と時間を管理する。
俺は料理工程を分けた。
まず骨と肉の端から取った出汁を使う。
火が通りにくい根菜を先。
豆。
肉は全部最初から煮ない。
一部は後から加え、固くなるのを防ぐ。
鍋には蓋。
保温中は火を切る。
余熱を使う。
「魔石出力、三割落として」
「温度下がるぞ」
「すぐには下がらない。鍋が持ってる熱を使う」
レオルが出力を下げる。
温度計を見る。
ほとんど落ちない。
フィアが笑った。
「消費、向こうの半分以下」
客が集まり始めた。
派手なのはシオンの装置だ。
でも、実際に料理が配られ始めると流れが変わった。
シオン側は美しい。
一皿一皿の完成度が高い。
俺も食べて驚いた。
「うまっ」
シオンが少し得意そうにする。
「当然だ」
ただし、一刻で出せたのは二十四食。
俺たちは――。
「七十六!」
フィアが最後の皿を数えた。
周囲がざわめいた。
シオンの顔が変わる。
「七十六……?」
「同じ魔石一個です」
レオルが残量を示す。
しかも少し残っている。
審査員が両方を食べ比べる。
シオンの方が一皿の完成度は高い。
そこは素直に負けた。
でも俺たちの七十六皿も、味のばらつきが小さい。
温度もほぼ揃っている。
「なんで……」
シオンが俺たちの鍋を見る。
「装置の性能なら、僕の方が上だ」
俺は頷いた。
「うん。たぶん、ずっと上」
「ならなぜ」
「料理って、加熱装置だけで作るものじゃないから」
材料を切る。
順番を決める。
待つ。
余熱を使う。
作業を分担する。
保温する。
同じ動きを何度も繰り返さなくて済むようにする。
「魔法を強くする以外にも、速くする方法はあります」
静かになった。
そこで審査主任の老教師が、両方の装置を見比べた。
「シオン・レイヴァルトの魔導炉は、技術として明らかに優秀だ。一皿の品質ではこちらが上だろう」
シオンの肩が少し戻る。
「だが」
老人が俺たちを見る。
「レンたちの研究は、問題そのものを別の形で捉え直した」
そして、集まった人々へ言った。
「研究とは、難しいものを作ることではない。今までできなかったことを、できるようにすることだ」
実用研究部門。
第一位。
俺たち。
一瞬、耳を疑った。
それからトーマが叫んだ。
「勝った!」
レオルが拳を握る。
フィアは笑いながら俺の肩を叩いた。
俺も思わず両手を上げた。
かなり気持ちいい。
**「見たか。こっちの戦闘力は七十六食だ!」**
「何の戦闘力だよ」
レオルが即座に突っ込む。
「しかも人数じゃなくて食数なの?」
フィアまで冷静だ。
いいんだよ。
勢いだ。
ただ、シオンだけは笑っていなかった。
自分の魔導炉を見ている。
負けを認められないのかと思った。
違った。
彼は俺たちの鍋へ歩いてきた。
蓋を開ける。
断熱材を見る。
工程表を見る。
温度記録を見る。
長い沈黙の後、口を開いた。
「……この断熱構造」
「はい」
「僕の魔導炉にも入れられるか?」
驚いた。
「たぶん」
「そうすれば出力を下げても温度を維持できる?」
「できると思う」
シオンは少し悔しそうな顔のまま、それでも言った。
「教えてくれ」
俺は笑った。
「代わりに、その魔導炉の切り替え術式、教えてください」
今度はシオンが驚く。
「君、料理にしか興味ないんじゃないのか」
「料理に使えそうな魔法には全部興味あります」
数秒。
シオンは吹き出した。
「やっぱり変な奴だな」
否定はしない。
研究祭が終わる頃には、軍の補給担当者が俺たちの展示を熱心に見ていた。
宿屋の主人は工程表を写していた。
商人は断熱箱の値段を聞いている。
そしてシオンは、自分の魔導炉の横でトーマと一緒に断熱構造を描き始めていた。
俺たちが勝った。
でも、相手の技術が消えたわけじゃない。
組み合わせれば、もっと良くなる。
高度な魔法と。
地味な工夫。
どちらか一つを選ぶ必要なんてなかった。
帰り際、俺は改めてシオンの巨大な魔導炉を見上げた。
回転する魔法陣。
青白い光。
低く響く駆動音。
やっぱり格好いい。
「いつかあれ、厨房に置きたいな」
フィアが横から聞く。
「いくらすると思ってる?」
「夢くらい見させてよ」
「維持費も考えて」
「夢から現実に戻すの早すぎない?」
十一歳の秋。
料理魔法を笑った先輩は、その日の終わりには鍋の断熱構造を研究していた。
そして俺は思った。
たぶん、こういうのが一番面白い。
勝って終わりじゃない。
勝った後、一緒にもっとすごいものを作れる。
それなら研究祭で得た一番大きな賞品は、優勝札じゃなかったのかもしれない。




