表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神々のいない食卓~日本の消えた異世界で、料理好きの俺は和食を作る~  作者: ちゃむたろう
第一章 日本のない世界で、妹に料理を

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/111

第5話 日本という国は存在しない

「この辺に島は?」


俺は地図を指差した。


謎の男が首を傾げる。


「どこだ?」


「この大陸の東。ここ」


「何もない」


「小さい島とかは?」


「ないな」


「昔は?」


男は少し考えた。


「知らん」


頭が冷たくなる。


そんな馬鹿な。


地形が似ているだけ。


そう思えばいい。


偶然だ。


異世界なんだから。


でも、俺の指は震えていた。


「坊主?」


父さんが心配そうに肩へ手を置く。


「大丈夫」


大丈夫じゃない。


俺はもう一度地図を見る。


西側の大陸。


南の大陸。


位置関係。


海。


何もかも少しずつ違う。


だが地球に似すぎている。


そして日本だけがない。


「この世界って、何ていうの?」


男が笑った。


「ずいぶん変な質問をするな。この世界はミズガルドだ」


ミズガルド。


聞き覚えがある。


どこで?


漫画?


ゲーム?


いや。


もっと昔。


じいちゃんだ。


前世。


神社の縁側で、じいちゃんが俺に色々な神話の話をしていた。


日本神話だけじゃない。


海外の神話も。


『北欧神話では、人の住む世界をミズガルズと呼ぶんだ』


そんなことを言っていた気がする。


「……北欧神話?」


俺が呟く。


男の表情が変わった。


ほんの一瞬。


だが見逃さなかった。


「坊主」


声が低くなる。


「今、何と言った?」


「え?」


「ホクオウ……何だ?」


しまった。


男の目が明らかに警戒している。


「いや、何でもない」


俺は笑って誤魔化した。


男はしばらく俺を見ていた。


やがて地図を畳む。


「そうか」


それ以上は聞かなかった。


だが去り際。


「東の海には近づくな」


男はそう言った。


「どうして?」


「何もないからだ」


変な答えだ。


何もないなら、危険でもないだろ。


男は背を向ける。


「何もない場所ほど、恐ろしいものはない」


そう言って人混みへ消えた。


その夜。


俺は眠れなかった。


隣ではリナがすやすや寝ている。


父さんと母さんも疲れて眠っている。


俺だけが天井を見ていた。


日本がない。


ミズガルド。


北欧神話という言葉への反応。


偶然?


考えすぎ?


俺は布団から出た。


窓の外。


見知らぬ星空。


前世の日本で見ていたものとは違う。


……いや。


本当に?


俺は星に詳しくない。


だから分からない。


「俺、何でここにいるんだ?」


初めて口にした。


そうだ。


そもそも俺は――


死んでいない。


少なくとも、死んだ記憶がない。


鶏肉を切っていた。


妹の夕飯を作っていた。


その次の記憶が出産だ。


事故もない。


病気でもない。


神様にも会っていない。


突然。


ぷつり。


人生が切れた。


「……お兄ちゃん」


振り返る。


リナが目をこすっていた。


「ねむれないの?」


「ごめん。起こした?」


「ううん」


リナが布団から這い出し、俺の袖を掴む。


「おなかすいた」


俺は思わず笑った。


世界の謎より夜食。


三歳児は強い。


「しょうがないな」


台所へ行く。


昨日余った黒麦のパン。


硬い。


そのままだとまずい。


水を少し。


卵は高いから使えない。


獣乳を少量。


果実の汁。


パンを浸す。


弱火でじっくり焼く。


簡単なパン粥と焼きパンの中間。


リナが嬉しそうに食べる。


「おいしい」


「そっか」


その顔を見ると落ち着く。


日本がない。


この世界が何なのか分からない。


俺がなぜここに来たのかも分からない。


でも。


今はいい。


俺にはやることがある。


美味いものを作る。


リナに食わせる。


家族にも。


そのために道具が欲しい。


食材が欲しい。


金も必要だ。


世界の謎なんて、そのついででいい。


――その時の俺は、本気でそう思っていた。


だから気づかなかった。


窓の外。


夜空を覆う雲の向こう。


誰にも見えない遥か高みで。


一つの巨大な瞳が開いたことに。


そして。


『見つけた』


低い声が世界に響いたことに。


『まだ、日本を覚えている者がいる』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ