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神々のいない食卓~日本の消えた異世界で、料理好きの俺は和食を作る~  作者: ちゃむたろう
第五章 食卓は村を越えて――料理が商売になる日

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第48話 貴族にしか食べられない料理

ディルクの料理を食べた翌日、俺はもう一度領主の屋敷へ呼ばれた。


今度は料理長からではなく、屋敷の主人本人からだった。


「……俺、昨日何か失礼なことした?」


門の前で聞くと、ハーゲンは少し考えてから首を振った。


「私の見ていた範囲では、厨房で料理長へ質問を二十回ほどした程度ですね」


「そんなにした?」


「少なくとも」


それが原因なら謝ろう。


ところが案内されたのは厨房ではなく、屋敷の食堂だった。


長い卓の上には、昼食とは思えないほど料理が並んでいる。大きな鳥の丸焼き、香草を詰めた川魚、柔らかく煮込まれた肉、色鮮やかな野菜、果物。それに、村では見たこともない白いパンまであった。


卓の奥に座っていたのは、この地方を治める領主――オルバンという四十代ほどの男だった。貴族というからもっと威圧的な人間を想像していたが、見た目は意外と普通だ。ただ服だけは、俺の家族全員分より高そうだった。


「君がレンか」


「はい」


「七歳と聞いた」


「最近それ確認されること多いです」


オルバンが笑った。


隣にはディルクも立っている。


「昨日、ディルクが珍しく他人の料理を褒めていてな」


「珍しくはありません」


「いや、珍しい」


料理長本人が少し嫌そうな顔をした。


どうやら領主相手でも付き合いは長いらしい。


オルバンは卓の料理を示した。


「食べてみなさい」


遠慮する理由はない。


俺は一番近くにあった肉料理を少しもらった。


柔らかい。


香辛料も複雑だ。


昨日ディルクが作ったものと同じで、俺ではまだ出せない味だった。


次に魚。


これも美味い。


野菜も。


パンまで美味い。


「どうだ?」


「すごく美味しいです」


「それだけか?」


試されている気がした。


俺はもう一度卓を見る。


料理人として見れば、文句なんてほとんどない。


でも。


気になることはあった。


「これ、全部食べるんですか?」


オルバンが少し意外そうな顔をした。


「全部ではない。来客用に多めに作るのが普通だからな」


やっぱり。


「残ったら?」


今度はディルクが答えた。


「一部は使用人へ回す。保存できるものは翌日にも使う。それでも残るものは出る」


昨日俺が作った骨のスープを思い出す。


ディルクは残り物を何も考えず捨てる料理人ではない。


それでも、これだけ料理を出せば余る。


「もったいない」


思わず口にした。


オルバンは怒らなかった。


むしろ少し面白そうに俺を見る。


「村では、これほどの料理は出ないか」


「祭りでも無理だと思います」


「なら、羨ましいか?」


聞き方が少し意地悪だ。


でも、答えは決まっていた。


「羨ましいです」


正直に言うと、オルバンが笑った。


「そうか」


「こんな食材、使ってみたいです」


「食べたい、ではないのか」


「食べるより作りたい」


自分でも料理馬鹿だと思う。


ただ、卓を見ているうちに別のことも考え始めていた。


これだけの料理に、どれだけ金がかかっているんだろう。


食材を作る農家。


運ぶ商人。


仕入れる人間。


調理する料理人。


皿を洗う使用人。


貴族が高い飯を食う。


それだけ聞けば、前世の俺なら「金持ちはいいよな」と思って終わったかもしれない。


でも今は、その一皿の後ろに何人いるか少し分かる。


「ハーゲン」


小声で聞く。


「こういう宴会って、農家とか商人は儲かる?」


「もちろん。特に質の良い食材には高値がつきます。珍しい香辛料を扱う商人も、こういった屋敷がなければ商売にならないでしょう」


やっぱりそうだ。


金持ちが高い料理を食べること自体が、全部悪いわけじゃない。


でも。


俺は食堂の端へ目を向けた。


皿を運んでいる若い使用人がいた。


少し痩せている。


ノアを思い出した。


「使用人の飯って、何食べるんですか?」


オルバンが眉を上げる。


ディルクが答えた。


「黒パン、豆、野菜の煮込みが多い。肉は切れ端か、宴の残りだ」


「今日も?」


「そうだ」


なんとなく引っかかった。


目の前では、食べきれないほどの肉が並んでいる。


厨房では腕のいい料理人が何人も働いている。


でも、同じ屋敷で働く人間の食事は別だ。


それが悪いと断言するつもりはない。


食材には値段がある。


高級食材を全員へ出せないのも分かる。


なら。


「安い材料なら、美味しくしていいですよね?」


オルバンが笑う。


「誰に許可を求めている?」


「ここの主人」


「面白い。何をする気だ」


俺はディルクを見る。


「使用人の昼飯、俺に作らせて」


食堂が少し静かになった。


ディルクは驚かなかった。


むしろ、そう言うと思ったような顔だった。


「条件は?」


「高い食材は使わない。普段捨てるものと、使用人の食事用の材料だけ」


オルバンが椅子の背へ身体を預ける。


「それで私を驚かせられるか?」


なぜ領主を驚かせる話になった。


「使用人に美味しいって言わせたいだけです」


「なら、私も食べる」


面倒な人だ。


厨房へ移る。


ディルクに今日捨てる予定のものを見せてもらった。


鳥の骨。


肉の筋。


野菜の皮に近い外側。


形の悪い根菜。


昨日焼いたパンの端。


そして、使用人用に用意されていた豆。


十分だ。


むしろ、俺にとっては慣れた材料だった。


前世を思い出す。


給料日前。


冷蔵庫に残った半端な野菜。


安売りの鶏むね肉。


妹に「またこれ?」と言われないように、味や食感を変えることばかり考えていた。


俺は骨と肉の筋を鍋で軽く焼いた。


焦がさない。


でも、しっかり焼き色をつける。


そこへ水を入れる。


香草は少量。


「先に骨を焼くのか」


横で若い料理人が聞く。


「その方が香りが強くなる」


出汁を取りながら、別の鍋で豆を煮る。


形の悪い根菜は細かく切り、固い部分から順番に入れる。


野菜の端も、傷んでいないところは使う。


肉の筋は長く煮込めば柔らかくなる。


問題はパンだ。


そのまま出せば硬い。


だから薄く切って焼き、砕いて鍋へ入れた。


水分を吸わせる。


とろみが出る。


味を見る。


薄い。


塩を追加。


でも塩を増やしすぎると、材料の味が消える。


骨の出汁がもう少し欲しい。


火を少し強める。


そこでディルクが声をかけた。


「焦っているぞ」


手が止まった。


昨日の俺なら、そのまま火を強くしたかもしれない。


「……ありがとう」


火を戻す。


急がない。


時間をかければ、安い部分からも味は出る。


一時間ほどして、大鍋いっぱいの煮込みが完成した。


見た目は地味だ。


貴族の卓に並んでいた料理とは比べものにならない。


茶色。


豆。


根菜。


細かな肉。


でも香りはいい。


使用人たちが集まってくる。


最初に一人へ渡した。


若い女の人。


一口食べる。


目が少し大きくなった。


二口目。


「……これ、いつもの豆ですか?」


「たぶん」


「肉、入ってますよね?」


「切れ端だけ」


その声を聞いて、他の人たちも食べ始める。


静かだった。


一瞬だけ。


その後。


「うまい!」


厨房の奥から声が上がった。


「パン入ってんのか、これ?」


「この肉、いつも筋っぽくて食えねえやつだろ?」


「おかわりある?」


一気に騒がしくなる。


俺は鍋を見る。


まだある。


「一人一杯食べてから! 足りたらおかわり!」


自分の家みたいに仕切ってしまった。


でも誰も気にしていない。


次々に椀が差し出される。


その光景を見ながら、胸の奥が熱くなる。


これだ。


俺が知っている料理。


高いものをもっと豪華にする技術じゃない。


「これしかない」を、「これなら食べたい」に変える料理。


「私の分は?」


背後から声がした。


オルバンだった。


本当に来た。


「使用人の分が先」


俺が言うと、周囲の料理人たちが固まった。


しまった。


領主相手に言う言葉ではなかったかもしれない。


でもオルバンは怒らなかった。


「なるほど。では待とう」


本当に並んだ。


領主が使用人の後ろに。


さすがにみんな困っている。


「先どうぞ!」


「いや、君が先に並んでいた」


妙なところで律儀だ。


全員に行き渡った後、残りをオルバンへ渡した。


ディルクも一緒に食べる。


オルバンが一口。


何も言わない。


二口。


俺は少し緊張する。


さっきまで食べていたのは、ディルクが作った豪華な料理だ。


それと比べられたら勝てるわけがない。


「ディルク」


オルバンが言う。


「はい」


「これ、一杯いくらだ」


料理長が材料を確認する。


ハーゲンも呼ばれ、簡単に計算した。


提示された数字を聞いて、オルバンの眉が上がった。


「……本当に?」


「ほとんど廃棄予定の材料ですので」


「先ほど私が食べた鳥料理一皿で、これは何人分作れる?」


ハーゲンが計算する。


「おそらく、三十人前以上は」


今度は食堂にいた使用人まで静かになった。


オルバンが俺を見る。


「同じ厨房で、同じ火を使っているのにな」


「高い料理とは別物だよ」


俺は言った。


「ディルクの料理の方がすごい。俺にはあれ作れない」


「だが、これは君にしか作れなかった」


その言葉には、すぐ頷けなかった。


「似た料理なら作れる人いると思う」


「そういう意味ではない」


オルバンは椀を見る。


「ここにあるものを見て、『貧しい材料だ』ではなく、『どう美味しくするか』を最初に考えた。その発想だ」


厨房にいる人たちを見る。


誰も笑っていない。


少し恥ずかしくなった。


でも、嬉しかった。


俺がずっとやってきたこと。


前世では必要に迫られて覚えたこと。


金がなくても妹に美味しいと言わせたくて、安い食材ばかり見てきたこと。


それが、この豪華な屋敷で初めて「強み」だと言われた。


オルバンはディルクへ向き直った。


「今日から、使用人の食事についても一度見直せ」


「承知しました」


「食材費を増やせ、という意味ではない」


「分かっています」


ディルクは俺を見る。


「捨てるものを減らし、同じ材料でも調理法を変える。そういうことだろう?」


俺は頷いた。


「うん」


その瞬間、厨房の奥から拍手が起きた。


一人。


二人。


昨日の市場とは違う。


今度は使用人たちだった。


俺は一気に顔が熱くなった。


「やめてよ!」


笑い声まで起きる。


でも。


ちょっとだけ。


かなり嬉しかった。


帰り道、ハーゲンが言った。


「今日はずいぶん目立ちましたね」


「俺は普通に飯作っただけ」


「その普通が、普通ではないのでしょう」


屋敷を振り返る。


貴族の料理には、貴族の料理の意味がある。


高価な食材を使うことで、それを育てる農家や運ぶ商人にも金が回る。宴会そのものが仕事を生むこともある。


だから、高級料理をなくせばいいとは思わない。


ディルクの料理は美味かった。


俺だってまた食べたい。


ただ、それとは別に。


安い料理には、安い料理にしかできないことがある。


金がない日でも食べられる。


大勢へ出せる。


捨てるはずだった食材を使える。


そして、腹いっぱいになれる。


前世で妹のために覚えた料理は、俺が思っていたよりずっと強かった。


貴族にしか食べられない料理を作れる人はいる。


なら俺は、貴族じゃなくても美味しく食べられる料理を、もっと増やしていけばいい。


それがたぶん、俺がこの世界で一番得意な料理だった。


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