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神々のいない食卓~日本の消えた異世界で、料理好きの俺は和食を作る~  作者: ちゃむたろう
第五章 食卓は村を越えて――料理が商売になる日

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第46話 料理に値段をつける

ノアの働く姿を見た翌日、俺はベルクの市場で妙な看板を見つけた。


**『長持ち! 新式保存肉! 村で評判の燻し肉!』**


店先には、茶色く燻された肉の塊が山のように積まれている。燻製自体はもう珍しくない。俺が村で作り方を教えてから、ハーゲンを通じて少しずつベルクにも広がっていた。


だから最初は、嬉しかった。


俺のやり方が俺の知らないところでも使われている。それは、料理が広がっている証拠だと思ったからだ。


「ずいぶん増えましたね」


隣にいたハーゲンも看板を眺めている。


「うん。俺が作らなくても、みんな作れるようになるのはいいことだと思う」


「カイル君は怒りそうですが」


「なんで?」


「『俺より先に真似しやがって』と」


ありそうだ。


そんなことを話しながら通り過ぎようとした時、店の前にいた男が大声を張り上げた。


「三十日腐らねえ保存肉だ! 旅に持ってくならこれしかねえぞ!」


足が止まった。


「……三十日?」


今はかなり暖かい。


きちんと塩漬けし、十分に乾燥させ、適切に燻製すれば長く保つ肉は作れる。でも、店先に並んでいる肉は妙に厚い。表面も湿っているように見えた。


近づく。


嫌な匂いがした。


燻製の香りに隠れているけれど、肉の奥からわずかに酸っぱい臭いが混じっている。


「これ、どうやって作ってるの?」


俺が聞くと、店主は一瞬こちらを見てから笑った。


「坊主には分からねえよ。特別な作り方だ」


「塩に何日漬けてる?」


店主の笑顔が少し止まった。


「企業秘密だ」


「乾燥は?」


「だから秘密だって言ってるだろ」


怪しい。


俺は肉を一つ持ち上げた。


思ったより重い。


水分が抜けていない。


「買うなら金払え」


「一切れだけ売って」


「一塊からだ」


ハーゲンを見る。


「買っていい?」


「また借金ですか?」


「調査費」


「便利な言葉を覚えましたね」


文句を言いながらも払ってくれた。


肉を受け取り、市場の端へ移動する。包丁を出して中央から切った。


断面を見た瞬間、嫌な予感が確信へ変わった。


外側は茶色く燻されている。


でも中はほとんど生肉と変わらない。


しかも中心部に水分がかなり残っている。


鼻を近づける。


やっぱり酸っぱい。


「これ、保存食じゃない」


俺が言うと、後ろから店主の声が飛んできた。


「何だと?」


振り返る。


どうやら聞こえていたらしい。


「燻してあるだろうが!」


「表面だけ」


「燻し肉は燻し肉だ!」


「でもこれ、長く置いたら危ないよ」


店主の顔が険しくなった。


周囲にいた客たちも、何事かとこちらを見始める。


「坊主が商売の邪魔すんじゃねえ。うちはちゃんと村から来た作り方でやってんだ」


「誰に教わったの?」


「村の保存肉を見りゃ分かる。塩振って煙に当てりゃいいんだろ」


思わず頭を抱えそうになった。


そこだけ見たのか。


確かに燻製の見た目だけなら簡単だ。


塩をする。


乾かす。


煙に当てる。


でも、それぞれに意味がある。


肉の厚さ。


塩の量。


漬ける時間。


表面だけでなく内部の水分をどう減らすか。


保存食にするなら、ただ煙の匂いをつければいいわけじゃない。


「それじゃ駄目だよ」


「何が駄目なんだ!」


店主の声が大きくなる。


俺も少し腹が立ってきた。


真似されたことではない。


俺だって、作り方を独占したいわけじゃない。村のみんなにも教えたし、ベルクの料理人が自分で工夫して作るならむしろ食べてみたい。


でも、これは違う。


「食べる人が腹壊すかもしれない」


周囲がざわついた。


店主の顔が赤くなる。


「証拠あんのか!」


「今切ったこれ」


「見ただけで分かるわけねえだろ!」


確かに、そこは正しい。


見た目だけで「絶対に食中毒になる」とまでは言えない。


俺は医者でもないし、この世界の細菌を全部知っているわけでもない。


だから言い直した。


「絶対に腹を壊すとは言わない。でも、三十日安全だって言える作り方じゃない」


「だったら同じだろ!」


「同じじゃない」


今度は別の声だった。


人だかりを割って、ローデンが出てきた。


その後ろにはカイルもいる。


「朝から何してんだ?」


「ローデン」


「魚の仕入れに来たら、七歳児が市場で喧嘩してるって聞いた」


情報が伝わるのが早すぎる。


ローデンは切った肉を手に取った。


指で押す。


匂いを嗅ぐ。


断面を見る。


それだけで眉間に皺が寄った。


「これを三十日売るつもりか?」


店主の勢いが少し弱くなった。


「今まで問題は出てねえ」


「何日売ってる」


「五日だ」


三十日の実績、まだないじゃないか。


周囲から失笑が漏れた。


店主が慌てる。


「でもな、こいつは村で評判の方法なんだ! 実際、他の店だって似たようなもん作ってる!」


カイルが肉を一切れ見て、露骨に嫌そうな顔をした。


「レンの村のやつ、こんなんじゃねえぞ」


「お前も知ってんの?」


「食った。もっと水抜けてたし、塩も中まで入ってた」


「それに、これは肉が厚すぎる」


俺も続けた。


「同じ時間で作るなら、もっと薄くしないと中まで状態が揃わない。厚いままなら塩漬けも乾燥も時間を変えないと駄目」


店主が俺たちを睨む。


「じゃあ、お前ならできるってのか」


その言い方で、胸の奥に火がついた。


「できるよ」


ハーゲンがため息をついた。


「始まりましたね」


市場の一角を借り、同じ肉を二つ用意してもらった。


俺はその場で一方を店主と同じくらいの厚さに切り、もう一方を薄くする。


「燻製を一日で作って見せる気か?」


ローデンが聞く。


「完成品は無理。でも違いは見せられる」


塩を振る。


同じ重さの肉に、同じ量。


一つは厚いまま。


もう一つは薄く切り分ける。


少し時間を置いてから表面を見る。


薄い方は水が出始めている。


「塩って味付けだけじゃないんだ」


俺は集まった人たちにも聞こえるように話した。


「肉から水分を出す。保存するなら、この水分をどう減らすかが大事になる」


店主の肉をもう一度持ち上げる。


「これは外側に煙の匂いはついてる。でも中に水分が残りすぎてる。だから、見た目だけ真似しても同じ保存肉にはならない」


「じゃあどうしろってんだ」


店主が不機嫌そうに言った。


俺は少し驚いた。


てっきり最後まで言い返すと思っていた。


「知りたいの?」


「……売れなくなったら困る」


正直だ。


店の後ろを見る。


若い女の人が一人と、小さな男の子がいる。家族かもしれない。


そこで少し冷静になった。


こいつが雑な保存肉を売ったことは駄目だ。


でも、ここで客の前で叩き潰して終わったら、この家族はどうなる。


俺が欲しいのは、勝つことではない。


危ない肉を売らなくすることだ。


「ちゃんと作るなら教える」


店主が目を丸くした。


「金取るのか?」


その問いに、今度は俺が止まった。


料理の作り方に値段をつける。


今までほとんど考えたことがない。


無料で教えるのは簡単だ。


でも、ローデンたち料理人は技術で飯を食っている。何でも無料で広げればいいとも限らない。


「今回は取らない」


俺は答えた。


「ただし条件がある」


「何だ」


「今ある肉を『三十日持つ』って売らないこと。それと、教えた作り方を勝手に省略して同じものだって言わないこと」


店主は黙った。


ローデンが腕を組む。


「妥当だな」


ハーゲンも頷いた。


「さらに、保存期間を表示するなら、実際に確認した範囲だけにするべきでしょう」


「表示?」


俺が聞く。


「何日作ったか。いつまでなら品質を保証できるか。売る側が記録するのです」


なるほど。


前世で言う製造日とか消費期限に近い。


完全に同じ制度は無理でも、考え方は使える。


店主はしばらく悩んだ末、看板を外した。


『三十日腐らない』の文字が地面へ伏せられる。


人だかりから、誰かが拍手した。


一人。


二人。


やがて、少し大きくなる。


俺は急に恥ずかしくなった。


「なんで拍手?」


カイルが笑う。


「勝ったからだろ」


「勝負じゃないって」


「でもあのおっさん、さっきまでめちゃくちゃ偉そうだったじゃん」


それはそう。


少しだけ、すっきりした。


店主は俺を睨んだ。


でも最初とは違う。


「明日、店閉める」


「え?」


「作り直す。教えろ」


「……うん」


「ただし、美味くなかったら金は払わねえぞ」


「今回は無料だって言っただろ!」


やっぱり腹立つ。


周囲から笑い声が上がった。


その日の夕方、料理人ギルドではローデンとハーゲンを中心に、保存食を売る店の最低限の決まりについて話し合いが始まった。


塩漬けの日数。


乾燥の確認。


保存方法。


作った日を記録すること。


まだ簡単なものだ。


それでも、今まで「作った本人の勘」だけだったものを、少しずつ他人へ伝えられる形にしていく。


カイルは面倒そうに紙を見ていた。


「料理って、こんな字書かなきゃいけねえの?」


「俺も思ってる」


「焼いて食えば分かるだろ」


「腐ってたら食った後じゃ遅いんだよ」


二人で黙った。


確かに。


帰り道、俺は市場を振り返った。


真似されることは嫌じゃない。


俺の知らないところで料理が広まり、誰かがさらに美味しくしてくれるなら、それは嬉しい。


でも、広まれば俺の手を離れる。


良いところだけじゃない。


間違った作り方も広がる。


名前だけ使う人も出てくるかもしれない。


料理に値段をつける。


技術に値段をつける。


そして、その技術を使う責任をどうするのか。


俺にはまだ答えがない。


ただ、今日一つだけ分かった。


美味しい料理を広めたいなら、「自由に真似していいよ」だけでは足りない。


誰が作っても、少なくとも人を傷つけないところまでは伝えなければならない。


俺が作った一皿なら、自分で最後まで見られる。


でも、世界へ広がった料理はそうはいかない。


たぶんここから先は、レシピより面倒なものまで一緒に作らなければならないらしい。


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