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神々のいない食卓~日本の消えた異世界で、料理好きの俺は和食を作る~  作者: ちゃむたろう
第三章 町へ――料理人、世界を知る

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第25話 初めての料理勝負【後半】

料理勝負をすることになったのはいい。問題は、俺たちがいる場所が厨房でも家でもなく、市場のど真ん中だということだった。


「で、どこで作るんだ?」


俺が尋ねると、カイルは当然のように露店の奥を指差した。


「ここ」


覗き込んでみると、石を組んだ簡素なかまどが一つ。その上に鉄板が置かれ、横には肉を切るための木台がある。調理器具と呼べそうなものは包丁、木べら、鍋が二つ。それから水桶くらいしかない。


前世の台所を思い出せば、設備としては比べるまでもない。温度を細かく調節できるコンロもなければ、用途ごとに使い分ける包丁もない。冷蔵庫を開けば調味料が揃っている、なんてことも当然ない。


それでも俺は、むしろ少し楽しくなっていた。


「十分だな」


「だろ?」


カイルが笑う。


ないものを嘆くより、今あるものでどう美味くするかを考える。そもそも俺が料理へ本気になったきっかけからして、そうだった。


前世でも金はなかった。高い肉も珍しい調味料も買えなかった。それでも妹に美味しいものを食わせたくて、安い材料をどう使うか何度も試した。


場所が狭いくらい、今さらどうということはない。


「勝負するのは構わねえが、俺の肉を使うんだ。無駄にするなよ」


さっきまでカイルと怒鳴り合っていた露店の店主が、いつの間にか完全に面白がる側へ回っていた。


店主が用意したのは、赤身の多い獣肉だった。見た目だけなら前世の豚肉に少し似ているが、脂は少なく、表面には太い筋がいくつも走っている。


指で押してみる。


硬い。


さっきカイルの料理で感じた硬さは、焼き方だけの問題ではなさそうだ。


「材料は同じ肉。あとはこの店にあるものと、周りの露店から借りられるものだけ。日が向こうの屋根に隠れるまでだ」


店主が通りの向こうを指差す。太陽はすでにかなり傾いていた。おそらく三十分ほど。


「勝敗は?」


「俺が決めてやる」


「おっさんが?」


カイルが露骨に嫌そうな顔をした。


「俺の店だ!」


周囲から笑い声が上がる。


いつの間にか人だかりは、さっきよりさらに大きくなっていた。


そこで初めて、少し緊張した。


村で料理を作る時、周りにいるのはほとんど知っている人間だった。前世でも家族に食わせることが多く、人前で料理の腕を競うような経験はない。


今は違う。


俺を見ているのは知らない人ばかりだ。


しかも、七歳児が包丁を持って料理勝負をする。


どう考えても目立つ。


「レン君」


ハーゲンが人垣から近づいてきた。


「やめるなら今ですよ」


「やめない」


即答すると、ハーゲンは予想していたらしく肩をすくめた。


「でしょうね。ただし、勝つことばかり考えないことです」


「どういう意味?」


「料理なのでしょう?」


それだけ言うと、ハーゲンは少し離れた。


妙に胸へ残る言葉だった。


勝負なんだから勝ちたい。当然だ。カイルの料理は美味かったし、だからこそ俺の料理の方が美味いと言わせたい。


でも、料理だ。


最後に食べる人間がいる。


そこを忘れて、自分の技術を見せることだけに夢中になったら、料理人ギルドで言われたことと同じになってしまう。


俺は一度息を吐き、肉へ向き直った。


まず問題は硬さだ。


カイルの肉が硬かった最大の原因は火を入れすぎたことだと思う。ただし、本人が言っていたように、この肉は獣臭さが強い。焼く時間を単純に短くすれば、今度は匂いが気になる可能性がある。


なら、先に臭みを取る。


酒と香草。


ただし時間は三十分しかない。漬け込むだけでは足りない。


俺は肉を木台へ置き、包丁の背を使って軽く叩き始めた。


トントン、と乾いた音が続く。


隣で準備していたカイルがこちらを覗き込んだ。


「何やってんだ?」


「肉を柔らかくしてる」


「叩いて?」


「筋を少し壊すんだよ。やりすぎると駄目だけど」


カイルは半信半疑の顔をしていたが、俺の手元をじっと見ていた。


少しだけ得意な気分になる。


こういう時、前世の知識はやっぱり強い。


そう思った直後だった。


カイルは自分の肉へ包丁を入れ始めた。


表面へ浅い切れ目を斜めに入れ、今度は反対側からも切る。格子状に細かな傷がついた。


「それ何してるの?」


今度は俺が尋ねた。


「味が入りやすくなるんだよ。厚い肉だと表面にしか味がつかねえから」


「なるほど」


素直に感心した。


理にかなっている。


俺の知らない技術を、こいつはちゃんと持っている。


少し嬉しくなった。


俺が教えて、カイルが驚くだけではつまらない。こいつには、俺の知らないものをいくつも持っていてほしい。


だから競える。


だから面白い。


俺は叩いた肉へ塩を少量振り、酒と香草を揉み込んだ。さらにラミの実を潰して混ぜる。ただ、そのままでは甘味が強すぎる。


欲しいのは酸味だ。


周囲の露店へ目を走らせると、小さな緑色の果実が積まれているのが見えた。


「あれ、一つ!」


「酸っぱいぞ?」


「それがいい!」


一個買う。


財布を見る。


また金が減った。


ちらりとハーゲンを見ると、離れた場所で額を押さえていた。


今は見なかったことにする。


果実を切って汁を絞り、ラミの実へ加える。舐めてみると、舌がきゅっと縮むほど酸っぱい。


でも悪くない。


甘味、辛味、酸味。


そこへ肉汁が入れば、まとまりそうだ。


次は火だ。


かまどへ薪を入れ、火をつける。


問題は火力調節。


この世界では、薪を足すか減らすかで調整するのが普通だ。俺も最初はそうしていたが、今は魔法がある。


ただ炎を出すのではなく、炎の燃え方そのものを変える。


前世の知識では、火は空気が多ければ強くなり、少なければ弱くなる。


もちろん俺は科学者ではないし、細かい理屈を説明できるわけでもない。それでも、料理をするには十分だった。


風魔法をほんの少しだけ使い、かまどへ入る空気の流れを調節する。炎がゆっくりと小さくなった。


「おい」


カイルが手を止めた。


「今、何した?」


「火を弱くした」


「どうやって?」


「風魔法」


「風で火を弱く?」


カイルが本気で不思議そうな顔をする。


「逆に強くもできるよ」


「そんな使い方、聞いたことねえぞ」


「俺も料理以外で使ってる人は見たことない」


「料理のために魔法覚えたのか?」


「だいたいそんな感じ」


カイルは俺をしばらく見た後、「変な奴」と呟いた。


否定はしない。


鉄板を十分に熱し、肉を置く。


ジュウッ、と心地よい音。


表面へ一気に焼き色をつける。


香ばしい匂いが立ったところで裏返し、もう片面にも焼き色をつけた。


ここから。


火を弱める。


外は香ばしく、中にはゆっくり熱を通す。


焦るな。


前世の俺なら、温度計が欲しいと思ったかもしれない。でも今は、音と匂いと肉の弾力を見る。


七年間。


この世界の道具で料理してきた。


俺は前世の知識だけで料理しているわけじゃない。


この身体で失敗して、覚えたこともちゃんとある。


その事実に、少しだけ自信が持てた。


肉を火から外し、短く休ませる。


その間にソースを作った。


潰したラミの実へ緑の果実の汁と酒を加え、鉄板に残った肉汁を混ぜる。それを弱火で煮詰めていくと、ばらばらだった甘さと辛さ、酸味が少しずつ一つの香りへ変わっていった。


味見。


「……よし」


皿へ肉を置く。


切った断面を確認し、少しだけ不安になる。


火は通っている。


でも前世の衛生観念がある以上、慎重になりすぎるくらいでちょうどいい。


勝負より、食べる人。


ハーゲンの言葉を思い出し、余熱でもう少し熱を通す。


その間にカイルを見る。


彼の料理も完成しかけていた。


同じ肉。


同じラミの実。


なのに、俺とは全然違う。


カイルは肉を少し薄く切り、強めの火で一気に焼いている。香草と塩は控えめ。ラミの実を潰したものを最後に肉へ塗っていた。


ただ、一つ気づいたことがあった。


「カイル」


「何だよ」


「さっきより焼く時間短くしてる?」


一瞬、手が止まる。


「別に」


「俺が硬いって言ったから?」


「うるせえ! 自分の料理やってろ!」


思わず笑ってしまった。


ちゃんと聞いていたらしい。


俺がカイルの技術を見て学んだように、カイルも俺の言葉を取り入れている。


勝負なのに。


相手から学ぶ。


なんだか、それがすごく楽しかった。


「時間だ!」


店主の声。


俺たちはほぼ同時に皿を出した。


人だかりが静かになる。


まず店主がカイルの肉を食べる。


一口。


しばらく噛み、もう一度食べた。


「……さっきより柔らけえな」


カイルの顔が明るくなる。


「だろ!」


「ラミの味もさっきより肉に合ってる。悪くねえ」


次に俺。


店主が肉を切る。


ソースをつけて口へ入れる。


噛む。


何も言わない。


俺の心臓が急にうるさくなった。


これまで村の人たちへ料理を出した時とは違う。


美味しいと言ってほしい。


勝ちたい。


でも、それ以上に。


俺が考えて作ったものが、本当に美味しいのか知りたかった。


店主は二口目を食べた。


今度はソースを多めにつけている。


そして俺を見た。


「坊主」


「はい」


「お前、本当に七歳か?」


「そこ?」


周囲から笑い声が上がった。


店主も笑う。


「俺はこっちだな」


指差したのは。


俺の皿だった。


「肉が柔らかい。それにこのタレがいい。甘いのに重くなくて、食った後にもう一口欲しくなる」


勝った。


その実感が胸の中へゆっくり広がった。


嬉しい。


思っていた以上に。


でも、すぐにカイルの方が気になった。


負けたと言われて怒るだろうか。


見る。


カイルは俺の皿を睨んでいた。


悔しそう。


やっぱり。


そう思った時、カイルが手を伸ばした。


「食わせろ」


「え?」


「お前の料理。食わせろ」


俺は皿を渡す。


カイルが一切れ取って口へ入れた。


すぐには何も言わない。


もう一口。


今度はソースもつける。


「……何でこんな柔らけえんだよ」


「最初に肉を叩いたから。それと火の入れ方」


「途中で弱くしてたやつか」


「そう」


カイルは皿と俺を交互に見た。


悔しそうな顔は消えていない。


でも。


そこに嫌なものはなかった。


「もう一回やるぞ」


「は?」


「次は負けねえ」


思わず笑った。


負けて。


悔しくて。


だからもう一度作る。


その感覚を。


俺は知っている。


前世で、妹に美味しいと言わせたくて。


何度も失敗して。


それでも作った。


「いいよ」


「明日な!」


「明日?」


「魚でやるぞ」


「ちょっと待て。俺の予定も――」


「逃げんのか?」


「逃げねえよ!」


「では逃げましょう」


後ろから襟を掴まれた。


「ぐえっ」


ハーゲンだ。


「宿へ行きます。もう日が暮れます」


「待って! まだ話の途中!」


「あなたは放っておけば夜中まで料理の話をしています」


否定できない。


俺は引きずられるように人だかりから離れていく。


背後からカイルの声が飛んだ。


「レン!」


振り返る。


「次は絶対負けねえからな!」


夕暮れの市場で、カイルが笑っていた。


俺も手を上げる。


「俺も負けないから!」


そのまま歩き出す。


胸の奥が、まだ熱い。


勝ったからだけじゃない。


俺の料理を食べて、悔しがって、もっと美味いものを作ろうとしている奴がいる。


そんな相手ができたことが、何より嬉しかった。


前世でも、この世界でも。


俺はずっと一人で料理を覚えてきた。


でも。


これからは、少し違うのかもしれない。


「レン君」


隣を歩くハーゲンがこちらを見る。


「楽しそうですね」


俺は少しだけ考えた後、素直に頷いた。


「うん。すごく楽しい」


村を出てよかった。


心からそう思った。


ただ、この時の俺はまだ知らなかった。


カイルとの出会いが料理だけで終わらず、やがて俺をこの世界の歴史そのものへ踏み込ませる、最初のきっかけになることを。


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