第17話 神様に飯を供えてみた
「実験しよう」
俺が言うと、エルナは嫌そうな顔をした。
「あなたの『実験』という言葉、最近怖いんですが」
失礼な。
今回試したいのは一つ。
神への供物。
この世界の神々は食事を必要としないという。
そして食べ物を供える文化もない。
だが日本では違った。
俺は神社で育った。
詳しい作法は覚えていない。
ただ。
米や酒や塩、魚、野菜。
神様に食べ物を供える光景だけは覚えている。
「でも米ないよな」
「コメとは?」
「……白くて最高な食べ物」
いつか絶対探す。
今は黒麦。
村で採れた野菜。
燻製肉。
水。
塩。
豪華ではない。
でも、この家で食べているものだ。
「これを供えるのですか?」
「うん」
「誰に?」
そこで詰まった。
天照大御神。
名前を呼ぶと危険らしい。
なら名前を呼ばなければいい。
俺は小さな木皿に料理を載せた。
家の裏。
東を向く。
なんとなく前世の神社を思い出す。
「作法、全然覚えてないんだよな……」
二礼二拍手一礼だったか。
神社ごとに違った気もする。
とりあえず。
ぱん、ぱん。
手を叩く。
「えーっと」
何を言えばいい?
結局。
「今日も家族が飯を食えました。ありがとうございます」
それだけ言った。
エルナは呆然としている。
「それで終わりですか?」
「たぶん」
「もっと荘厳な祈りとか……」
「知らん」
数秒。
何も起きない。
「ほら」
エルナがため息。
「何も――」
風が止まった。
鳥の声も。
虫の音も。
世界そのものが息を止めたような静寂。
皿の上。
湯気が真っ直ぐ空へ伸びる。
そして。
一瞬だけ。
朝でもないのに、東の空が赤く染まった。
「……レン」
「俺も見てる」
地面が淡く光る。
草。
土。
木。
村の向こうまで。
光は数秒で消えた。
残った料理を見る。
何も変わっていない。
恐る恐る食べてみる。
「食べるんですか!?」
「もったいないじゃん」
一口。
普通。
いや。
「……美味い」
いつもと同じ料理。
なのになぜか懐かしい。
前世。
祭りの後。
家族で食べた夕飯。
妹が笑っていた。
父さんと母さんもいた。
俺は急に胸が苦しくなった。
「レン?」
「大丈夫」
泣くな。
今の俺にも家族がいる。
その夜。
奇妙なことが起きた。
村中の畑で。
季節外れの芽が、一斉に出た。
そしてヴァルドが血相を変えて俺の家へ来た。
「お前、何をした!」
「飯を供えた」
「誰に!」
「分からない」
ヴァルドが頭を抱える。
「いいか、レン」
「うん」
「二度と気軽に神に飯を食わせるな」
「なんで?」
彼は東の空を見た。
「今夜、この大陸中の神殿で――」
息を呑む。
「聖樹の火が、一瞬すべて消えた」




