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神々のいない食卓~日本の消えた異世界で、料理好きの俺は和食を作る~  作者: ちゃむたろう
第十一章 名を呼べば、神は帰る

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108/111

第108話 神様は、習慣のふりをする

危険な神の記録を読んだ翌日、俺たちは少し方針を変えた。


神名の残っている資料ばかり追うのをやめたのだ。


理由は単純だった。


名前が残っているものは、旧神話災害対策局がかなり徹底して封じている。逆に、名前が消えてしまったせいで「ただの地方習慣」と判断され、放置されたものも大量にある。


だったら。


「神様本人じゃなくて、神様がいなくなった後の癖を探す」


俺が言うと、ナギが首を傾げた。


「癖?」


「誰に供えてたか忘れた。でも毎年やる。なんでやるか知らない。でも親がやってたから子もやる。そういうの」


フィアが頷いた。


「商売でもあるよ。理由は誰も知らないのに、開店前は必ず入口を右から掃く店とか」


「それ神様関係ある?」


「知らない。だから例として言ったの」


なるほど。


セヴァンが持ってきたのは、根室ではなく通常書庫に置かれていた地方民俗調査の束だった。


危険指定なし。


神名なし。


魔術反応の記録もほぼなし。


要するに。


今まで誰も重要だと思っていなかった資料だ。


そこには、変な習慣が山ほど載っていた。


新しい家へ入る前に、四隅へ塩を置く。


最初に収穫した麦を家族が食べず、畑の端に一晩置く。


漁へ出る朝、船首へ酒を数滴垂らす。


山へ入る前、木を三度叩く。


炊いた米の最初の一口だけ、窓辺へ置く村。


「……多いな」


俺は呟いた。


日本で見たことがあるもの。


似ているもの。


全然知らないもの。


ごちゃ混ぜだ。


しかも、どれが日本由来なのかも分からない。


北方の習慣かもしれない。


この世界で独自に生まれたものかもしれない。


だから。


「似てるやつだけ拾うのは危ない」


レオルが言った。


俺も同意する。


日本を探したいと思っている俺が資料を見ると、何でも日本っぽく見えてしまう。


それは駄目だ。


そこで。


俺は前世の授業で聞いた程度の考え方を持ち出した。


「一個の習慣じゃなくて、重なりを見るのは?」


「重なり?」


「たとえば、米を最初に少し取り分ける村だけ探すんじゃない。その村に、古い赤い門みたいな物が残ってるとか、狐を追い払わないとか、特定の日に油で揚げたものを作るとか。別々の特徴が同じ場所に集まってたら、偶然じゃない可能性が上がる」


俺は統計の専門家じゃない。


相関係数なんて正確には覚えていないし、計算方法も怪しい。


でも。


一個の共通点だけで決めつけず、複数の特徴が同じ場所へ集まるかを見る。


その考え方くらいなら分かる。


レオルの目が変わった。


「地域ごとに項目化する」


「できる?」


「できる。いや、むしろ今までなぜやらなかった」


そこからが速かった。


地方。


作物。


供物らしき行為。


色。


動物。


門や柱の形。


祭日。


使われる言葉。


誰が行うか。


何を食べるか。


フィアは途中から、商会の物流表を作る時みたいな速度で欄を増やし始めた。


「米の多い地域と少ない地域を分けた方がいい。油を使う料理は交易路の影響もあるから、油の入手性も必要」


「そこまで見る?」


「見ないと、『その神様がいたから揚げ物を作った』のか『油が安かったから作った』のか分からないでしょ」


強い。


レオルも負けない。


「年代も必要だ。古い記録と新しい記録を混ぜるな」


サヨは祭祀の形を分類する。


ナギは料理の違いを見る。


そして俺は。


みんなが出した表を見て。


少しずつ。


変な偏りに気づいた。


ヒムカ北東部。


米作地帯。


十二の村。


そのうち七つで。


**新米を最初に炊いた日、一椀だけ家の外へ置く。**


六つで。


**狐を田の守り獣として扱う。**


五つで。


**赤く塗った二本柱と横木の古い門が残る。**


四つで。


**油で薄い豆皮を揚げ、秋の収穫日に食べる。**


しかも。


重なっている。


「……これ」


俺の声が変わった。


サヨも表を見る。


「多すぎますね」


ナギはまだ分からない顔をしていた。


「何が?」


俺には。


分かる。


米。


狐。


赤い鳥居みたいなもの。


油揚げ。


あまりにも。


それっぽい。


でも。


名前は。


言わない。


まだ。


「この地域、昔の神名記録は?」


俺が聞く。


セヴァンが調べる。


「ほぼありません。九十年前の整理でも、危険指定はされていない」


「なんで?」


「神格反応が確認されなかったからでしょう」


つまり。


名前が消えていた。


祭りも。


大きな神殿も。


ない。


だから。


見逃された。


でも。


生活だけは。


残った。


「行ってみよう」


俺が言った。


目的地は、王都から二日の農村。


名をコハク村という。


収穫期にはまだ少し早かったが、稲は青々と伸びていた。


村へ着いて最初に見つけたのは。


赤い門だった。


高さは人の胸ほど。


古い。


傾いている。


誰も祈っていない。


門の向こうには、小さな石。


それだけ。


「これは何ですか?」


俺が村人へ聞く。


「さあ?」


本当に知らないらしい。


「畑へ入る道に昔からある。倒れたら直す」


「なんで赤いんです?」


「昔から赤い」


強い。


理由が全部「昔から」。


それでも。


毎回直す。


夕方。


一軒の農家へ泊めてもらった。


家の娘が、炊き上がった米を椀へ盛る。


一番最初の一杯。


食卓へ運ばない。


裏口を出る。


俺たちは黙ってついていった。


家の隅。


小さな台。


そこへ置く。


「誰に?」


サヨが尋ねた。


娘は笑う。


「知らない」


「知らない?」


「おばあちゃんも知らなかったって。でも最初の米は『先の人』にあげるの」


先の人。


神様とも言わない。


祖先とも。


「いつ回収するの?」


ナギが聞く。


「朝。鳥が食べてたら、そのまま」


「狐が食べたら?」


「今年は豊作」


俺の胸が、妙にざわついた。


誰も。


名前を知らない。


物語もない。


祝詞もない。


ただ。


最初の飯を置く。


それだけ。


その夜。


俺たちも同じ家で夕飯を食べた。


白飯。


青菜。


豆。


川魚。


そして。


豆腐を薄く切って油で揚げたもの。


ナギが一口食べる。


「これ好き」


「味付けは?」


俺が聞く。


農家のおばさんが答える。


「甘辛い汁で煮ることもあるよ」


危ない。


俺の中の日本人が。


ものすごい勢いで何かを叫んでいる。


でも。


黙れ。


まだ名前を呼ぶな。


俺は油で揚げた豆腐を食べた。


普通にうまい。


周囲では、みんな普通に飯を食っている。


誰も神様の話なんてしていない。


それなのに。


サヨがそっと俺の袖を引いた。


「レン」


視線。


庭。


夕暮れ。


赤い門。


その向こう。


何かいる。


狐。


白い。


一匹。


普通の狐に見える。


でも。


尾が。


淡く光っていた。


測定石を持っていたレオルが、無言で確認する。


微弱な神格反応。


ほんの。


わずか。


「名前、誰も呼んでない」


フィアが小声で言う。


「物語も」


「祭りもしてない」


ナギも言う。


それでも。


いる。


俺は分かった。


神様を残すのに。


必ずしも。


名前はいらない。


大きな神殿も。


立派な神話も。


必要ない。


最初の飯を少し取っておく。


古い門が倒れたら直す。


狐を追い払わない。


秋になったら。


同じ料理を作る。


理由なんて。


誰も知らなくてもいい。


その行動を。


百年。


二百年。


繰り返す。


それだけで。


道は消えない。


「……習慣のふりしてたんだ」


俺は呟いた。


神様が隠れていたわけじゃない。


人間の暮らしの中に。


神へつながる形だけが。


普通の生活として残っていた。


だから。


旧神話災害対策局にも。


消し切れなかった。


白い狐は。


こちらを見た。


俺も見る。


名前は呼ばない。


呼ばなくても。


向こうには分かっている気がした。


俺が。


何を思い出しているのか。


狐は一度だけ。


尻尾を揺らした。


そして。


赤い門の向こうへ歩く。


姿が。


薄くなる。


消える直前。


声は聞こえなかった。


代わりに。


風が吹いた。


稲が揺れる。


青い田んぼが。


大きな波みたいに。


端から端まで倒れ。


また起き上がる。


村のおばさんが。


それを見て。


何でもないことのように言った。


「今年も、よく実りそうだねえ」


俺は。


少し笑ってしまった。


そうか。


これでいいのかもしれない。


神様を守るために。


毎日祈り続けなくても。


名前を暗記しなくても。


人間は。


ずっと前から。


飯を炊いて。


畑を作って。


昔からそうだから、と。


小さな習慣を残してきた。


それが。


神々にとって。


想像以上に。


しぶとい根だった。

### 第108話 神様は、習慣のふりをする


危険な神の記録を読んだ翌日、俺たちは少し方針を変えた。


神名の残っている資料ばかり追うのをやめたのだ。


理由は単純だった。


名前が残っているものは、旧神話災害対策局がかなり徹底して封じている。逆に、名前が消えてしまったせいで「ただの地方習慣」と判断され、放置されたものも大量にある。


だったら。


「神様本人じゃなくて、神様がいなくなった後の癖を探す」


俺が言うと、ナギが首を傾げた。


「癖?」


「誰に供えてたか忘れた。でも毎年やる。なんでやるか知らない。でも親がやってたから子もやる。そういうの」


フィアが頷いた。


「商売でもあるよ。理由は誰も知らないのに、開店前は必ず入口を右から掃く店とか」


「それ神様関係ある?」


「知らない。だから例として言ったの」


なるほど。


セヴァンが持ってきたのは、根室ではなく通常書庫に置かれていた地方民俗調査の束だった。


危険指定なし。


神名なし。


魔術反応の記録もほぼなし。


要するに。


今まで誰も重要だと思っていなかった資料だ。


そこには、変な習慣が山ほど載っていた。


新しい家へ入る前に、四隅へ塩を置く。


最初に収穫した麦を家族が食べず、畑の端に一晩置く。


漁へ出る朝、船首へ酒を数滴垂らす。


山へ入る前、木を三度叩く。


炊いた米の最初の一口だけ、窓辺へ置く村。


「……多いな」


俺は呟いた。


日本で見たことがあるもの。


似ているもの。


全然知らないもの。


ごちゃ混ぜだ。


しかも、どれが日本由来なのかも分からない。


北方の習慣かもしれない。


この世界で独自に生まれたものかもしれない。


だから。


「似てるやつだけ拾うのは危ない」


レオルが言った。


俺も同意する。


日本を探したいと思っている俺が資料を見ると、何でも日本っぽく見えてしまう。


それは駄目だ。


そこで。


俺は前世の授業で聞いた程度の考え方を持ち出した。


「一個の習慣じゃなくて、重なりを見るのは?」


「重なり?」


「たとえば、米を最初に少し取り分ける村だけ探すんじゃない。その村に、古い赤い門みたいな物が残ってるとか、狐を追い払わないとか、特定の日に油で揚げたものを作るとか。別々の特徴が同じ場所に集まってたら、偶然じゃない可能性が上がる」


俺は統計の専門家じゃない。


相関係数なんて正確には覚えていないし、計算方法も怪しい。


でも。


一個の共通点だけで決めつけず、複数の特徴が同じ場所へ集まるかを見る。


その考え方くらいなら分かる。


レオルの目が変わった。


「地域ごとに項目化する」


「できる?」


「できる。いや、むしろ今までなぜやらなかった」


そこからが速かった。


地方。


作物。


供物らしき行為。


色。


動物。


門や柱の形。


祭日。


使われる言葉。


誰が行うか。


何を食べるか。


フィアは途中から、商会の物流表を作る時みたいな速度で欄を増やし始めた。


「米の多い地域と少ない地域を分けた方がいい。油を使う料理は交易路の影響もあるから、油の入手性も必要」


「そこまで見る?」


「見ないと、『その神様がいたから揚げ物を作った』のか『油が安かったから作った』のか分からないでしょ」


強い。


レオルも負けない。


「年代も必要だ。古い記録と新しい記録を混ぜるな」


サヨは祭祀の形を分類する。


ナギは料理の違いを見る。


そして俺は。


みんなが出した表を見て。


少しずつ。


変な偏りに気づいた。


ヒムカ北東部。


米作地帯。


十二の村。


そのうち七つで。


**新米を最初に炊いた日、一椀だけ家の外へ置く。**


六つで。


**狐を田の守り獣として扱う。**


五つで。


**赤く塗った二本柱と横木の古い門が残る。**


四つで。


**油で薄い豆皮を揚げ、秋の収穫日に食べる。**


しかも。


重なっている。


「……これ」


俺の声が変わった。


サヨも表を見る。


「多すぎますね」


ナギはまだ分からない顔をしていた。


「何が?」


俺には。


分かる。


米。


狐。


赤い鳥居みたいなもの。


油揚げ。


あまりにも。


それっぽい。


でも。


名前は。


言わない。


まだ。


「この地域、昔の神名記録は?」


俺が聞く。


セヴァンが調べる。


「ほぼありません。九十年前の整理でも、危険指定はされていない」


「なんで?」


「神格反応が確認されなかったからでしょう」


つまり。


名前が消えていた。


祭りも。


大きな神殿も。


ない。


だから。


見逃された。


でも。


生活だけは。


残った。


「行ってみよう」


俺が言った。


目的地は、王都から二日の農村。


名をコハク村という。


収穫期にはまだ少し早かったが、稲は青々と伸びていた。


村へ着いて最初に見つけたのは。


赤い門だった。


高さは人の胸ほど。


古い。


傾いている。


誰も祈っていない。


門の向こうには、小さな石。


それだけ。


「これは何ですか?」


俺が村人へ聞く。


「さあ?」


本当に知らないらしい。


「畑へ入る道に昔からある。倒れたら直す」


「なんで赤いんです?」


「昔から赤い」


強い。


理由が全部「昔から」。


それでも。


毎回直す。


夕方。


一軒の農家へ泊めてもらった。


家の娘が、炊き上がった米を椀へ盛る。


一番最初の一杯。


食卓へ運ばない。


裏口を出る。


俺たちは黙ってついていった。


家の隅。


小さな台。


そこへ置く。


「誰に?」


サヨが尋ねた。


娘は笑う。


「知らない」


「知らない?」


「おばあちゃんも知らなかったって。でも最初の米は『先の人』にあげるの」


先の人。


神様とも言わない。


祖先とも。


「いつ回収するの?」


ナギが聞く。


「朝。鳥が食べてたら、そのまま」


「狐が食べたら?」


「今年は豊作」


俺の胸が、妙にざわついた。


誰も。


名前を知らない。


物語もない。


祝詞もない。


ただ。


最初の飯を置く。


それだけ。


その夜。


俺たちも同じ家で夕飯を食べた。


白飯。


青菜。


豆。


川魚。


そして。


豆腐を薄く切って油で揚げたもの。


ナギが一口食べる。


「これ好き」


「味付けは?」


俺が聞く。


農家のおばさんが答える。


「甘辛い汁で煮ることもあるよ」


危ない。


俺の中の日本人が。


ものすごい勢いで何かを叫んでいる。


でも。


黙れ。


まだ名前を呼ぶな。


俺は油で揚げた豆腐を食べた。


普通にうまい。


周囲では、みんな普通に飯を食っている。


誰も神様の話なんてしていない。


それなのに。


サヨがそっと俺の袖を引いた。


「レン」


視線。


庭。


夕暮れ。


赤い門。


その向こう。


何かいる。


狐。


白い。


一匹。


普通の狐に見える。


でも。


尾が。


淡く光っていた。


測定石を持っていたレオルが、無言で確認する。


微弱な神格反応。


ほんの。


わずか。


「名前、誰も呼んでない」


フィアが小声で言う。


「物語も」


「祭りもしてない」


ナギも言う。


それでも。


いる。


俺は分かった。


神様を残すのに。


必ずしも。


名前はいらない。


大きな神殿も。


立派な神話も。


必要ない。


最初の飯を少し取っておく。


古い門が倒れたら直す。


狐を追い払わない。


秋になったら。


同じ料理を作る。


理由なんて。


誰も知らなくてもいい。


その行動を。


百年。


二百年。


繰り返す。


それだけで。


道は消えない。


「……習慣のふりしてたんだ」


俺は呟いた。


神様が隠れていたわけじゃない。


人間の暮らしの中に。


神へつながる形だけが。


普通の生活として残っていた。


だから。


旧神話災害対策局にも。


消し切れなかった。


白い狐は。


こちらを見た。


俺も見る。


名前は呼ばない。


呼ばなくても。


向こうには分かっている気がした。


俺が。


何を思い出しているのか。


狐は一度だけ。


尻尾を揺らした。


そして。


赤い門の向こうへ歩く。


姿が。


薄くなる。


消える直前。


声は聞こえなかった。


代わりに。


風が吹いた。


稲が揺れる。


青い田んぼが。


大きな波みたいに。


端から端まで倒れ。


また起き上がる。


村のおばさんが。


それを見て。


何でもないことのように言った。


「今年も、よく実りそうだねえ」


俺は。


少し笑ってしまった。


そうか。


これでいいのかもしれない。


神様を守るために。


毎日祈り続けなくても。


名前を暗記しなくても。


人間は。


ずっと前から。


飯を炊いて。


畑を作って。


昔からそうだから、と。


小さな習慣を残してきた。


それが。


神々にとって。


想像以上に。


しぶとい根だった。


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