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神々のいない食卓~日本の消えた異世界で、料理好きの俺は和食を作る~  作者: ちゃむたろう
第十一章 名を呼べば、神は帰る

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第107話 いい神様だけが、帰ってくるわけじゃない


「物語で神様の形が変わるなら、作り話でも神様を作れるのかな」


翌朝、フィアがそう言った。


かなり怖い疑問だった。


昨日、神名を一度も呼んでいないのに、失われた女神の物語を語っただけで神格反応が出た。しかも、語った人がその物語をどう受け取ったかによって、光の性質まで少し変わった。


だったら、人間が新しい話を作って、みんなで信じれば。


存在しなかった神まで生まれるのか。


「……試したくないな」


俺が言うと、レオルが即座に返した。


「調べるぞ」


「お前、こういう時だけ容赦ないよな」


「危険だからこそ、条件を小さくして確かめる」


正論だった。


ただ、本当に神を一柱作ってしまったら困る。


そこで俺たちは、「絶対に神様とは思えない話」を用意することにした。


考えたのは俺だ。


名もなき厨房の妖精。


鍋の蓋を開けっぱなしにすると現れ、燃料を無駄にした料理人の頭を木べらで叩く。


好物は豆。


嫌いなものは、生乾きの布巾。


「……レン」


フィアが真顔で言った。


「何?」


「それ、本当に前の――じゃなくて、昔聞いた話じゃないよね?」


危ない。


サヨまでこっちを見た。


「違う。今考えた」


「妙に具体的なんだけど」


「厨房には敵が多いんだよ」


ナギが妙に納得していた。


名前も付けない。


絵も描かない。


俺が一人で作り、他の参加者には「古い厨房の伝承」とだけ説明する。


もし単に「昔からある話だと思うこと」や「物語へ感情移入すること」だけで反応するなら、これでも何か起きるはずだ。


三人へ聞かせた。


「鍋の蓋を開けた料理人は、翌朝、額に木べらの跡をつけて目覚めたそうです」


史料庁の職員が真面目に聞いている。


一人が尋ねた。


「なぜ豆が好物なんです?」


「……たんぱく質?」


「タンパク?」


余計なことを言った。


ともかく。


話し終える。


測定石。


無反応。


もう一度。


語り手を変える。


ナギが妙に怖く語る。


「そして、生乾きの布巾を置いていた料理人は――」


「勝手に話を増やすな!」


それでも。


無反応。


フィアが少し笑った。


「木べらの妖精はいないみたいね」


「よかった」


「ちょっと残念」


何でだ。


ただし、これで一つ切り分けられた。


人間が物語として受け入れれば、何でも即座に神格化するわけではない。


少なくとも。


数人。


数回。


一日や二日。


その程度では。


「元から何かが存在していて、物語がそこへ接続する可能性の方が高い」


レオルが結論を書く。


俺も頷く。


つまり。


昨日の女神の反応は。


俺たちが新しく作ったわけじゃない。


どこかに残っている存在へ。


古い物語が道を作った。


少し安心した。


人間が思いつきで神様を量産できる世界だったら、本当にどうしようかと思った。


問題は。


次だった。


根室の資料には。


別の説話も残っていた。


セヴァンがそれを机へ置いた時から、サヨの顔が硬い。


「知ってる?」


俺が聞く。


「似た話を」


表紙に神名はない。


本文も、かなり削られている。


ただ。


内容は。


俺にも分かった。


高き国にいた荒々しい男。


怒る。


暴れる。


田を壊す。


神聖な場所を汚す。


追放される。


その後。


地上へ降り。


巨大な怪物を討つ。


そして。


人を助ける。


悪い奴なのか。


いい奴なのか。


一言では言えない。


俺の知っている神話にも、よく似た神がいる。


「これ、読むの?」


ナギが聞く。


「今日は読まない」


俺は答えた。


レオルが見る。


「なぜ?」


「昨日の話と違う」


女神の話は、比較的静かだった。


でもこっちは。


怒り。


破壊。


追放。


戦い。


もし、人がどう語るかで反応が変わるなら。


これを適当に再現するのは危ない。


「だから先に、資料だけ比べたい」


俺たちは根室の同系統資料を集めた。


ヒムカの昔話。


東方の古い航海記。


農村の伝承。


子供向けの寓話。


名前は消されている。


でも。


同じ人物らしき話が。


妙に多い。


ある村では。


嵐を起こす恐ろしい神。


別の地域では。


田を荒らす災厄。


さらに別の地方では。


大蛇を倒して娘を救った英雄。


「同じ人?」


ナギが疑う。


「たぶん」


俺が答える。


「性格変わりすぎじゃない?」


「人間だって見る相手で変わるだろ」


フィアが言った。


「商人から見た父さんと、レンから見た父さんが同じとは限らないし」


分かりやすい。


物語は。


履歴書じゃない。


誰かが、その神のどの面を覚えたか。


それが残る。


俺は複数の話を並べた。


そこで。


別の違和感に気づいた。


「レオル」


「何だ」


「年代」


古いものから並べる。


最初期。


荒ぶる。


田を壊す。


追放。


次。


怪物を倒す。


さらに後。


農地を守る。


病を退ける。


船乗りを助ける。


「……変わってる」


エルナが言った。


ただ話が増えただけじゃない。


時代が下るほど。


人間との関係が近くなっている。


怖い神から。


守る神へ。


「神が変わったのか」


レオルが言う。


「人間が見方を変えたのか」


サヨが続ける。


「あるいは、その両方」


俺は昨日聞いた声を思い出した。


**『そうではなかった。けれど、それでもよい』**


人間が語り。


神がそれを受け入れ。


また人間が語る。


それを何百年も繰り返した結果。


最初とは違う神になる?


料理と似ている。


味噌だって。


むすびだって。


元の形から変わった。


でも。


変わったから偽物とは限らない。


そこでフィアが一枚の紙を抜いた。


「これ、時代が違う」


約九十年前。


ちょうど。


旧神話災害対策局が本格的に動き始めた頃。


内容は。


昔話ではなかった。


**『東方神格再発現事例』**


俺たちは黙った。


日本が消えてから三十年以上後。


ある山村で。


古い祭りが偶然復元された。


長い干ばつの年。


村人たちは、祖父母から聞いた「嵐を呼ぶ古い祭り」を思い出した。


酒。


米。


塩。


剣を模した木札。


そして。


失われていた神名。


誰かが古い墓石から見つけた。


「名前は?」


ナギが聞く。


「ここでは削られてる」


セヴァンが言った。


記録は続く。


最初。


雨が降った。


村は喜んだ。


翌日も。


雨。


三日目。


暴風。


五日目。


川が氾濫。


そして。


祭壇の上に。


人型の神性反応が現れた。


記録には。


村人が聞いた言葉が残っている。


**『もっと呼べ』**


ぞっとした。


次。


**『我が名を隣村にも伝えよ』**


さらに。


**『忘れた者に思い出させよ』**


俺は紙を握りそうになり。


また手を緩めた。


危ない。


「自分から広げさせようとした?」


フィアが言う。


「神様が?」


そう。


今まで。


人が神を思い出す。


人が名前を呼ぶ。


その結果、神が戻る。


そう考えていた。


でも。


戻りかけた神の側が。


もっと自分を覚えろと。


人間へ要求することもある。


当たり前といえば。


当たり前かもしれない。


神に意思があるなら。


消えたくない。


強くなりたい。


もっと世界へ触れたい。


そう考える神がいても。


不思議じゃない。


「その後は?」


俺が聞く。


頁をめくる。


村人の一部は祭りを続けようとした。


一部はやめようとした。


対立。


神格反応はさらに不安定化。


最終的に。


近隣の神殿と行政魔術師が祭壇を解体。


神名の使用を禁止。


反応は七日ほどで消えた。


死者。


三人。


負傷者。


四十二人。


田畑の損害。


甚大。


俺は何も言えなかった。


これが。


旧神話災害対策局ができた理由の一つ。


ヴァル・ヘイムが。


日本の名を隠した理由。


「これを見たら」


レオルが静かに言う。


「封印という判断そのものは理解できる」


「うん」


俺も。


否定できなかった。


名前を消すなんて酷い。


文化を奪うなんて間違っている。


今でもそう思う。


でも。


三人死んだ村で。


「文化だから自由に語らせろ」と簡単に言えるか。


俺には。


言えない。


サヨが長く黙った後。


小さく言った。


「神々は、人に覚えていてもらわなければならない」


誰も口を挟まない。


「ならば、人を大切にするはずだと……どこかで思っていました」


俺も。


たぶん同じだった。


でも。


必要とすることと。


大切にすることは。


同じじゃない。


支配する神もいる。


脅す神も。


自分を忘れるなと強いる神も。


そして。


人間を守る神もいる。


日本の神々。


という一括りでは。


何も分からない。


被害者だった。


でも。


善人ではない。


そもそも。


神だけど。


夕方。


俺たちは記録を閉じた。


今日はもう実験しない。


代わりに。


厨房へ行った。


怖いものを読んだ日は。


温かいものが欲しくなる。


干し肉。


根菜。


豆。


少しのミソ。


大鍋で煮る。


アクを取る。


火を弱くする。


そこで、史料庁の若い職員が鍋を覗き込んだ。


「もっと強火の方が早く煮えるんじゃないですか?」


「沸いた後は、ずっと強くしても水の温度はそんなに上がらない」


「え?」


来た。


俺は木べらを持ったまま説明する。


「普通に開いた鍋なら、沸いてる間は入れた熱のかなりの部分が、水を蒸気にする方へ逃げるんだ。強火にし続けても、燃料の割に煮える速度は増えにくい」


職員が鍋と火を交互に見る。


「では……弱くしていい?」


「沸騰を維持できるくらいでいい。蓋も使えばもっと燃料を減らせる。ただ、吹きこぼれには注意」


レオルが横から言う。


「学院で測定済みだ。鍋と量によるが、かなり差が出る」


「本当に?」


職員の目が変わる。


史料庁なのに。


明日から厨房の薪代が減るかもしれない。


こういうのでいい。


神様の戦争なんて。


俺一人には大きすぎる。


でも。


目の前の鍋なら。


少し良くできる。


出来上がった汁を。


みんなで食べる。


「いただきます」


今日は。


測定石を置かなかった。


何かを測るためじゃない。


神を呼ぶためでもない。


ただ。


腹が減ったから食う。


俺はそれでいいと思った。


そして。


一つだけ。


はっきり決めた。


日本の神々を。


まとめて取り戻すなんて。


もう考えない。


一柱ずつ。


何を望むのか。


人間をどう見るのか。


この世界へ戻ったら何をするのか。


それを知る。


もし。


人間へ。


「もっと呼べ」


と命令する神がいるなら。


俺は料理人だろうが。


ただの人間だろうが。


言わなきゃいけない。


神様だからって。


人の食卓を。


勝手に自分のものにするな、と。


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