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神々のいない食卓~日本の消えた異世界で、料理好きの俺は和食を作る~  作者: ちゃむたろう
第十一章 名を呼べば、神は帰る

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第106話 神様は、物語で顔を持つ

金色に光った水差しは、翌朝にはただの水差しへ戻っていた。


魔力を測っても異常なし。中の水も普通。レオルが念のため成分まで調べたが、変なものは出てこなかった。


「持って帰って飾る?」


ナギが聞く。


「やめて。新しい御神体みたいになるから」


何となくありがたそうだから飾る。人が拝む。由来が付く。毎年何か供える。


今まで分かったことを考えると、それだけで本当に何かが始まりかねない。


セヴァンも同意して、水差しは他の食器と混ぜて保管することになった。番号だけ振る。特別な名前は付けない。


名前を付けない。


その言葉で、俺は一つ引っかかった。


「名前が神につながるならさ」


資料を整理していたレオルへ聞く。


「名前を忘れても、話だけ残ってたらどうなるんだ?」


ヒムカの祭守がまさにそうだった。


神名は消えていた。それでも、祭壇の配置や供え物の形は残っていた。


レオルが筆を止める。


「神格そのものではなく、性質だけが残る可能性か?」


「そう。たとえば名前は分からないけど、『太陽に関係する女神がいた』って話だけ覚えてるとか」


サヨの顔が少し強張った。


俺も具体的な名は言わない。


フィアが横から口を挟む。


「商品ならあるよ」


「商品?」


「名前を忘れても、『東の港で売ってた酸っぱい魚の調味料』って特徴を覚えてれば探せるでしょ。逆に名前だけ知ってても、何なのか知らなきゃ買わない」


なるほど。


神様を商品扱いするのはどうかと思うが。


分かりやすい。


「つまり、名前が住所で」


俺が言う。


「物語が顔写真みたいなもの?」


レオルが嫌そうな顔をした。


「例えは雑だが、考え方としては使える」


褒められたことにする。


そこで次の調査が決まった。


ただし今回は、いきなり新しい話を作らない。


根室に保存されていた東方資料から、神名だけ削られた古い説話を探す。


すると。


見つかった。


九十年前の整理で「民間寓話」と分類され、危険指定を免れていた短い話だった。


東の国。


高きところを治める女。


光。


田畑。


機織り。


そして、洞窟のような場所へ隠れたことで世界が暗くなる。


俺は読んだ瞬間に分かった。


かなり変形している。


細部も違う。


でも。


元になった話は。


たぶん。


知っている。


「名前は?」


エルナが聞く。


「書いてない」


サヨも読み込む。


「私の家にも、よく似た断片があります。ただ……順序が違います」


そこが大事だった。


同じ神の話だったとしても。


百年以上残る間に。


形が変わっている。


まず、その説話を誰にも読み聞かせず、紙のまま測定する。


反応なし。


次。


意味を知らない人に音読してもらう。


微弱。


次。


内容を理解した人が、自分の言葉で別の人へ話す。


少し上がった。


「上がるんだ」


フィアが測定石を見る。


「名前、一回も出てないのに」


さらに興味深かったのは。


話した人によって。


反応の出方が違ったことだ。


レオルが読むと、淡い白。


サヨが語ると、少し金色。


ナギが語ると。


なぜか赤みが混じった。


「なんで私だけ違うの?」


「話し方じゃない?」


俺が聞く。


「どんなふうに考えた?」


ナギは腕を組んだ。


「だって、この女の人、引きこもったせいで周りが困ったんでしょ?」


「まあ……」


「だったら周りも悪いじゃん。そこまで追い詰めたんじゃないの?」


俺は固まった。


前世で知っていた神話。


俺はずっと。


「太陽神が隠れて世界が暗くなった話」


として覚えていた。


ナギは。


「一人の女が追い詰められて閉じこもった話」


として受け取った。


同じ物語。


なのに。


見えている人物像が違う。


レオルが、測定石と記録を交互に見た。


「認識内容によって、神性反応の性質が変化している可能性がある」


「ちょっと待って」


俺は嫌な予感がした。


「じゃあ、人がどう覚えてるかで」


口の中が乾く。


「神様の方も変わる?」


誰もすぐに答えなかった。


それは。


かなり怖い。


忘れられれば遠ざかる。


名前を呼べば近づく。


食事や祭りで意味を共有すれば強くなる。


さらに。


人間がどんな物語として覚えているかで。


神の「形」まで変わる?


「でも、それなら」


エルナが言った。


「神話が地方ごとに違う理由にも説明がつくかもしれません」


神が先か。


物語が先か。


鶏と卵だ。


本当にあった出来事を人間が語り継ぎ。


語り継ぐうちに変わり。


変わった物語が。


逆に神へ返っていく。


神もまた。


人の記憶によって変わる。


俺は思わず頭を抱えた。


「神様、思ったより人間依存じゃん……」


「その言い方は不敬では?」


サヨが言う。


「でも事実じゃない?」


ナギが言う。


サヨが黙った。


その日の実験はそこで止めた。


理由は。


結果が十分に怖かったからだ。


でも。


俺にはもう一つ。


試したいことがあった。


危険なものじゃない。


料理だ。


夕食。


同じ白米。


同じ焼き魚。


同じミソ汁。


ただし。


食べる前に。


俺は一つだけ話をした。


「昔、海の向こうに国があった。そこでも、たぶんこんな飯を食べてた」


神様の話はしない。


戦争も。


消失も。


ただ。


親がいて。


子供がいて。


仕事から帰って。


同じ卓を囲んだ。


そんな普通の人たちの話。


「俺が知ってる家では、兄貴が飯を作ることもあった」


自分のことだ。


でも。


そこまでは言わない。


「上手くできない日もあった。でも、妹は美味しいって言った」


フィアが俺を見る。


サヨは視線を伏せた。


「その兄貴、たぶん後から気づいたんだ。妹が気を遣ったんだって」


少し笑う。


「だから、次はちゃんと美味しくしようって思った」


ただ。


それだけの話。


俺は手を合わせる。


「いただきます」


みんなも続いた。


測定石が。


淡く光った。


白でも。


赤でもない。


金色。


でも。


昨日ほど強くない。


俺は少し安心した。


そして。


一口。


米を食べる。


その瞬間。


胸の奥に。


何かが触れた。


声ではない。


映像でもない。


ただ。


懐かしい。


日向の匂い。


夏の日差し。


神社の石段。


祖父の背中。


そして。


ほんの一瞬。


女の人が。


笑ったような気がした。


顔は見えない。


名前も。


呼んでいない。


それでも。


誰なのか。


俺は知っている気がした。


次の瞬間。


頭の中へ。


とても静かな言葉が落ちた。


**『そうではなかった』**


俺の箸が止まる。


「レン?」


フィアが気づく。


「今……」


続き。


**『けれど、それでもよい』**


それだけ。


気配が消えた。


俺はしばらく動けなかった。


そうではなかった。


でも。


それでもいい。


つまり。


俺たちが覚えている神話は。


本当の出来事と。


違う?


それなのに。


神自身が。


違う形で覚えられることを。


受け入れている?


俺は金色の測定石を見る。


一つ。


分かった気がする。


文化を残すって。


昔の形を。


一文字も変えず保存することじゃない。


人から人へ渡る。


途中で少し変わる。


新しい意味が加わる。


それでも。


完全に忘れられなければ。


つながっている。


ヒムカのミソが。


俺の知っている味噌と違っても。


むすびが。


前世のものと少し違っても。


それでよかったように。


もしかすると。


神様だって。


同じなのかもしれない。


ただし。


そこまで考えて。


俺は根室で見た記録を思い出した。


日本側の神々も。


世界をかけて戦った。


全員が。


「それでもよい」


と言える神ばかりだったとは。


到底思えなかった。


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