第105話 十人で食べると、神様は近くなる?
同じ白米でも、何を思って食べるかによって神格反応が変わる。
そこまでは、かなり確からしくなってきた。
次の問題は、人数だった。
「百人で名前を呼んだら百倍になる、とか?」
ナギが言う。
「それを確認するために百人集めるのは絶対嫌だ」
祭りで学んだ。人数が増えた状態で予想外の反応が起きると、止めるのが一気に難しくなる。
レオルも同意した。
「一人、三人、十人。そこまでにしよう。それ以上は結果を見てからだ」
「人数を増やせばそのまま強くなるとも限らないしね」
フィアが言う。
その通りだ。
**「人数十倍、神様の戦闘力も十倍、とかいう雑な計算だったら困る」**
「また戦闘力」
最近、この言葉だけは妙に通じるようになってきた。
今回も神名は使わない。
食べるのは白米と、ヒムカのミソ汁。
言う言葉は「いただきます」。
参加する全員には、言葉の意味を同じように説明する。
食材。
作った人。
命。
それらへの感謝を込めて、食べ始める前に言う。
そして最初は、一人ずつ。
史料庁の職員十人に協力してもらい、別々の時間に同じ場所で食事をしてもらった。
一人目。
「いただきます」
測定石が、ごく弱く動く。
二人目。
同じ。
三人目。
似たようなもの。
十人終わっても、大きな変化はなかった。
「足せばそれなりだけど、一人の反応が強くなってるわけじゃない」
フィアが集計を見る。
次。
三人一組。
同じ卓へ座る。
説明も料理も同じ。
三人が顔を見合わせて。
「いただきます」
測定石。
少し大きく動いた。
俺は身を乗り出す。
「今、さっきより高いよな?」
「高い」
レオルが測定値を確認する。
ただし。
三人分を単純に足したより、ほんの少し高い程度だった。
誤差かもしれない。
組を変える。
もう一度。
また少し高い。
「一緒に言うこと自体に意味がある?」
エルナが聞く。
「まだ分からない」
俺は答えた。
人数が原因か。
同時に声を出したからか。
同じ食卓を囲んだからか。
条件がまだ混ざっている。
そこで、フィアが言った。
「じゃあ同じ十人を、二通りでやれば?」
「二通り?」
「同じ時間に食べる。でも別々の部屋。それと、一つの部屋で同じ卓」
なるほど。
同じ人数。
同じ料理。
同じ時刻。
同じ言葉。
違うのは。
互いを意識できるかどうか。
「フィア、研究者向いてるんじゃない?」
「商売でも同じだよ。何を変えたら売れたか分からないと困るでしょ」
強い。
実験は翌日に回した。
十人を五つの小部屋へ二人ずつ分ける。
全員へ合図を送り、同じ瞬間に「いただきます」と言ってもらう。
反応。
ある。
でも強くない。
次。
同じ十人。
今度は大きな卓を一つ囲む。
料理も同じ。
昨日と同じ説明。
俺は見学側に回った。
「では」
一人が周囲を見る。
他の九人も。
誰かが少し笑う。
そして。
十人が手を合わせた。
「いただきます」
測定石が。
光った。
今までとは明らかに違う。
「上がった!」
レオルの声。
でも警報水準ではない。
全員へそのまま食べてもらう。
会話が始まる。
「このミソ汁、昨日より濃くない?」
「同じ鍋です」
ナギが即答する。
「じゃあ腹減ってたからか」
笑い。
一人が白飯のおかわりをする。
隣の人間もつられて頼む。
普通の食事だ。
それなのに。
測定石の反応は、食事が進むにつれて少しずつ上がっていった。
「言葉を言った瞬間が最大じゃない」
エルナが気づく。
本当だ。
ピークは、その後。
十人が食べ。
話し。
同じ料理について感想を交わしている時。
「……共有?」
俺が呟いた。
単に十人が「いただきます」を言ったからじゃない。
同じ卓を囲み。
同じ料理を食べ。
「あれ美味いな」
「これは何だ」
「もう一杯くれ」
そうやって。
同じ体験を互いに確認している。
前世の学校給食を思い出した。
クラス全員で。
いただきます。
好きな献立の日。
誰かが牛乳をこぼす。
くだらない話。
何の宗教的意味もない。
神様のことなんて誰も考えていない。
それでも。
同じものを食べた記憶は残る。
「神様って」
ナギが測定石を見る。
「みんなで同じこと考えると強くなるの?」
「同じこと、というより」
サヨがゆっくり言った。
「同じ意味を、互いに確かめることなのかもしれません」
それだ。
誰か一人が神様を覚えている。
弱い。
十人が別々に覚えている。
それより強い。
でも。
十人が集まって。
「自分も知っている」
「あなたも知っている」
と確認する。
そこで。
単なる個人の記憶が。
文化になる。
背筋が震えた。
「だから祭りなんだ」
俺は言った。
祭りは。
一人でやらない。
同じ料理。
同じ日。
同じ物語。
同じ歌。
同じ神の名前。
毎年。
何十人。
何百人。
親から子へ。
文化を共有し直す場所。
それなら、神にとってものすごく強いはずだ。
だから旧神話災害対策局は祭祀を恐れた。
本一冊より。
一人の記憶より。
毎年みんなが繰り返す祭りの方が。
ずっと消しにくい。
「じゃあ、日本の神様を戻したいなら」
フィアが言う。
「大勢に教えて、一緒に食べれば早い?」
「たぶん」
俺は頷きかけて。
止めた。
「でも、やらない」
レオルが少し笑った。
「言う前に止まったな」
「俺を何だと思ってる」
誰も答えない。
答えて。
今は。
戻す方法を知りたい。
でも実行する段階じゃない。
日本の神々が何を望んでいるか。
世界樹側がどう反応するか。
何も分からない。
方法が分かったことと。
使っていいことは。
別だ。
実験を終え。
参加者たちは帰っていった。
俺たちは残った食器を片付ける。
そこでサヨが、ふと窓際へ目を向けた。
「レン」
「何?」
「光」
夕方だった。
日はかなり傾いている。
なのに。
部屋の壁へ。
細い光の線が落ちていた。
窓からではない。
机の上。
十人が囲んでいた卓の中央。
そこに置いた。
何の飾りもない銀色の水差し。
その表面が。
内側から。
淡く光っている。
「触らない」
俺が先に言った。
ナギが感心した顔をする。
やめろ。
レオルが測定石を近づける。
「日本系統と推定した反応に近い」
「名前、呼んでないよな?」
「誰も」
サヨが水差しを見る。
光は。
白というより。
金色に近い。
暖かい。
不思議と。
祭りの時のような圧迫感はない。
エルナも世界樹の祭司章を見る。
「世界樹側の低下は……ほぼありません」
それも重要だった。
日本系統の神格反応が出た。
でも。
聖火が消えるほどではない。
世界樹を押しのけてもいない。
「共存、できる……?」
フィアが小さく言った。
まだ。
そんな大きなことは言えない。
ただ。
一つ。
俺は思った。
名前を呼ばなくても。
神は。
自分につながるものを見つけられる。
米。
言葉。
食卓。
人の記憶。
それらが十分に重なれば。
向こうから。
こちらを見ることができるのかもしれない。
サヨが金色の光を見ていた。
目を細める。
「暖かい」
そして。
俺も。
なぜか知っている気がした。
この感じ。
村の地下。
石板。
天照大御神。
あの時に感じたものと。
似ている。
俺は名前を口にしなかった。
呼ばない。
まだ。
その代わり。
心の中だけで思った。
もし。
そこにいるなら。
いつか。
話をしたい。
日本を戻せ、と命令されるためじゃない。
敵を倒せ、と言われるためでもない。
一つだけ。
聞きたい。
あの夜。
日本の神々は。
何を守ろうとして。
何をしたのか。
水差しの光は。
一度だけ。
少し強くなった。
それから。
静かに消えた。
まるで。
質問を。
聞いたとでもいうように。




