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神々のいない食卓~日本の消えた異世界で、料理好きの俺は和食を作る~  作者: ちゃむたろう
第十一章 名を呼べば、神は帰る

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第103話 神様は、白い飯を覚えている

八咫烏の名前を呼ぶ実験から三日後。


俺たちは、次の段階へ進むことになった。


今度は名前ではない。


**食べ物。**


「本当にやるんですか?」


エルナが、机の上の白米を見つめている。


「怖いならやめる」


俺が言うと、彼女は首を振った。


「怖いから、条件を決めてやるんです」


強くなったな。


村で出会った頃のエルナは、世界樹の教えに疑問を持つこと自体を怖がっていた。


今は違う。


怖い。


でも調べる。


それは俺たち全員、同じだった。


今回の実験は、王都の外れにある史料庁管理の小さな研究棟で行う。


大神殿から離す。


人も増やさない。


神名も口にしない。


祭祀用具も使わない。


用意したのは、ヒムカから持ってきた米だけ。


それを普通に炊く。


「つまり昼飯?」


ナギが聞く。


「最初はね」


「研究費で昼飯食べてない?」


「必要経費」


フィアが帳簿を見る。


「米代はノルン商会持ちだけど」


「すみません」


研究は世知辛い。


炊飯そのものは、もう難しくない。


水を量る。


米を洗う。


吸水させる。


火を入れる。


沸いたら弱める。


蒸らす。


学院で温度を測り始めた頃なら、俺は全部数字にしたがった。


でも米は面白い。


品種。


乾燥具合。


新米か古米か。


鍋。


水。


数字だけでは足りない。


蓋から漏れる蒸気の匂いも見る。


音も聞く。


ナギが横から覗いている。


「火、もう少し弱くない?」


「この米だとこっち」


「ヒムカならもっと早く落とす」


「こっちの水、少し硬いんだよ」


「……分かるようになったね」


褒められた。


ちょっと嬉しい。


炊き上がる。


蓋を開ける。


白い湯気が立つ。


その瞬間。


測定石は。


動かない。


「反応なし」


レオルが記録する。


当然といえば当然だ。


ヒムカでは毎日米を炊いている。


それだけで神格反応が起きるなら、とっくに毎朝大騒ぎになっている。


次。


茶碗へ盛る。


普通に食卓へ置く。


反応なし。


俺が食べる。


「いただき――」


全員が俺を見る。


止めた。


「あぶな」


習慣って怖い。


今日は言葉を混ぜない。


黙って一口。


反応なし。


ナギも食べる。


フィアも。


何もない。


「米そのものが神を呼ぶわけではない」


エルナが書く。


「少なくとも食べるだけならね」


次。


同じ飯を。


一皿だけ。


誰も食べない場所へ置く。


ただ置くだけ。


反応なし。


そして。


サヨが聞いた。


「では、供え物として置きますか?」


空気が少し張る。


ここからだ。


でも。


日本の作法を完全には再現しない。


祭壇は作らない。


神名も書かない。


俺が知っている神饌の配置もしない。


ただ。


「これは、誰かへ差し出す食事だ」


と。


意味だけを持たせる。


問題は。


誰へ?


「名前のない相手でいいのかな」


フィアが言う。


「神様って思った時点で何か変わる?」


レオルが紙へ条件を書く。


食物。


供与意識。


神名なし。


具体的神格の想起なし。


俺は小さな器に白米を盛った。


箸を置かない。


塩も。


酒も。


米だけ。


それを机の中央へ置く。


手は合わせない。


俺は。


心の中だけで思った。


これは。


誰かへ渡す飯だ。


測定石。


変化なし。


五秒。


十秒。


三十秒。


「何も――」


ピ。


レオルが止まる。


「微弱上昇」


全員が息を止めた。


「俺、名前考えてないよ」


「分かってる」


「特定の神様も」


「今は喋らない」


怒られた。


測定石の数値は。


本当に微弱だった。


八咫烏の名をサヨが呼んだ時より弱い。


だが。


ゼロではない。


「ただ食べ物を置いた時は反応しなかった」


フィアが整理する。


「『誰かへ差し出す』と思ってから出た」


「偶然の揺れの可能性もある」


レオルが言う。


そこで繰り返した。


一回目。


反応。


二回目。


反応なし。


三回目。


弱く反応。


ばらつく。


俺は頭を掻いた。


「分からん」


「いい研究結果ね」


エルナが言った。


「分からないことが分かった」


学院で先生に似たことを言われた気がする。


次は。


少し条件を強くする。


「食べてもらう相手を、具体的に想像する」


ただし。


神ではない。


フィアに頼む。


「誰か一人思い浮かべて」


「誰でも?」


「うん。その人に食べてほしいと思って置く」


フィアは少し考え。


飯を置いた。


測定石。


反応なし。


「誰?」


俺が聞く。


「言わない」


「なんで?」


「条件に関係ないでしょ」


ナギがこっちを見て笑った。


なんだ。


気になる。


でも研究中だ。


次。


俺。


誰か一人。


最初に浮かんだのは。


リナだった。


今の妹。


村にいる。


白米を初めて食べた時、目を丸くしておかわりを要求した。


あいつに。


食べさせるつもりで。


小さな器へ飯を盛る。


反応なし。


普通だ。


次。


別の人。


前世の妹。


顔を思い浮かべる。


朝。


眠そうな顔。


俺が作った飯。


失敗した料理にも。


「美味しいよ」


と言ってくれた。


胸が痛くなる。


白飯を置く。


その瞬間。


測定石が。


跳ねた。


「レン」


レオルの声。


俺は動けなかった。


数値は。


さっきより明らかに高い。


「何を考えた?」


答えられない。


フィアたちには。


まだ。


でも。


サヨだけが。


俺の顔を見て。


気づいたらしい。


「……故郷の方ですか」


小さな声。


俺は頷いた。


レオルは詳しく聞かなかった。


代わりに記録する。


**強い記憶を伴う供与意識で反応増加。**


俺は。


紙を見た。


「食べ物じゃないのかもしれない」


「どういう意味?」


エルナが聞く。


「米だからじゃない」


俺は前世の妹へ置いた飯を見る。


「その食べ物に、何を重ねてるか」


思い出。


人。


家族。


故郷。


感謝。


祈り。


それが。


神格へつながる?


サヨが静かに言う。


「神饌も、ただ食べ物を置くことではありません」


「うん」


「誰に。なぜ。何を差し上げるのか。その意味がある」


名前と似ている。


ただ音を出すだけでは弱い。


意味を知り。


存在を思い。


呼ぶと強くなる。


食事も。


ただ置くだけでは弱い。


意味を込める。


誰かとつながる。


それで。


道が開く?


「じゃあ」


ナギが腕を組む。


「神様って、飯食べて強くなるんじゃなくて」


一度考え。


「人が、その飯で思い出したものを食べてる?」


誰もすぐには答えなかった。


変な言い方。


でも。


妙に近い気がした。


俺の前世で。


神様に食べ物を供える。


誰かの墓前に好きだったものを置く。


仏壇へ飯を供える。


祭りで同じものを食べる。


料理そのものに魔力があるわけじゃない。


そこに。


誰かを思う気持ちがある。


「記憶……」


俺が呟く。


その時だった。


研究室の窓。


コツ。


音。


見る。


黒い鳥。


三本脚。


また。


八咫烏。


でも今回は。


俺たちは名前を呼んでいない。


誰も。


神の名前さえ。


鳥は窓の外から。


机の飯を見る。


前世の妹を思って置いた。


白い飯。


「欲しいの?」


思わず聞いた。


八咫烏は首を傾げた。


そして。


頭の奥へ。


声が届く。


**『供物を欲するのではない』**


俺たち全員。


聞こえたらしい。


サヨが息を呑む。


鳥は続ける。


**『人が、誰を忘れぬか。』**


胸が。


締め付けられる。


**『それが、神の食だ』**


俺は白い飯を見る。


神様は。


米を食べるから戻るんじゃない。


人が。


飯を通じて。


誰かを思い。


物語を思い。


名前を思い出す。


そこに。


神が生きる。


だから。


俺が料理を作るたび。


日本を思い出した。


妹を。


家族を。


祭りを。


神社を。


「いただきます」を。


その一つ一つが。


道になっていた?


八咫烏が羽を広げる。


俺は慌てて聞いた。


「待って!」


鳥が止まる。


「じゃあ、日本の神々が弱ったのは」


喉が乾く。


「俺たちが、忘れたから?」


少しだけ。


沈黙。


そして。


声。


**『忘れられた神は、死なぬ』**


一瞬。


安心しかける。


でも。


続いた。


**『ただ、世界へ触れられなくなる』**


黒い鳥は飛んだ。


王都の空へ。


俺は追わなかった。


机の白米を見る。


冷め始めている。


前世では。


神様が弱っているなんて。


考えもしなかった。


でも。


神社へ行かない。


昔話を知らない。


神様の名前も。


祭りの意味も。


少しずつ忘れる。


それ自体が悪いとは思えない。


人の生活は変わる。


文化も変わる。


ヒムカで学んだ。


でも。


忘れられることを。


神々が怖がっていたとしたら。


その恐怖が。


あの戦争の原因の一つだったとしたら。


俺は。


また一つ。


嫌なところへ近づいている気がした。


そして同時に。


分かったこともある。


神を戻す方法は。


特別な魔法じゃない。


人が。


覚えること。


語ること。


名前を呼ぶこと。


そして。


同じものを食べて。


意味を共有すること。


それだけ。


だからこそ。


恐ろしい。


そして。


たぶん。


ものすごく強い。


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