表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神々のいない食卓~日本の消えた異世界で、料理好きの俺は和食を作る~  作者: ちゃむたろう
第十一章 名を呼べば、神は帰る

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

102/111

第102話 神様の名前を、書くだけにした

根室で見つけたヴァル・ヘイムの記録。


**『東方の名を呼べば、敗れた神々は戻る。戻れば、勝者もまた目を覚ます。』**


その一文を読んでから、俺たちは日本の神々について調べ始めた。


ただし。


最初に決めたことがある。


「名前は、なるべく口に出さない」


俺が言うと、ナギが変な顔をした。


「調べるのに?」


「祭りで痛い目見たから」


「それはそう」


反論なし。


悲しい。


でも本当に重要だった。


今までの記録を見る限り、神格反応にはいくつかの要素がある。


名前。


供え物。


祭祀の形。


それを複数人が共有すること。


どれがどれだけ効くのか、まだ分からない。


だから一度に全部やらない。


まず。


**書くだけ。**


読むのは俺とサヨ。


ただし声には出さない。


供物も置かない。


世界樹系の魔力測定具を置き、エルナが異常の有無を見る。


学院へいた頃なら、


「名前を書くだけで何か起きるわけないだろ」


と笑っていたかもしれない。


今は笑えない。


場所は大神殿の研究室ではなく、史料庁の独立実験室になった。


理由は単純。


「神殿で日本神の名前を試すの、なんか怖い」


俺が言ったからだ。


セヴァンにも、


「珍しく妥当な判断です」


と褒められた。


最近、褒められ方がおかしい。


机の上。


紙。


筆。


測定石。


そして俺。


サヨ。


エルナ。


レオル。


フィア。


ナギ。


セヴァン。


観察者が多い。


「緊張するな……」


「名前書くだけでしょ?」


ナギが言う。


「そう思って石を一個動かした結果を思い出して」


「納得した」


俺は筆を取った。


最初に選ぶ名前は決まっている。


昔。


村の地下で見つけた石板。


そこに刻まれていた。


俺が前世から知っていた、もっとも大きな名の一つ。


紙へ書く。


一文字ずつ。


**天照大御神。**


書き終える。


何も起きない。


測定石。


変化なし。


エルナの祭司章も光らない。


「……普通だ」


ナギが言った。


「普通が一番いい」


五分。


十分。


何もない。


レオルが記録する。


「文字のみでは、少なくとも即時反応なし」


次。


サヨが、自分の家に残っていた祭祀記録の中から、神名ではない古い呼称を書く。


何もない。


さらに。


八咫烏。


俺が書く。


ちょっと緊張する。


あいつは実際に何度も出ている。


でも。


何も起きない。


「本当にただの文字なら平気なのかも」


フィアが言う。


俺も少し安心しかけた。


そこで。


サヨが紙を見て、ぽつりと呟いた。


「……やたがらす」


全員が止まった。


サヨ自身も。


口を押さえる。


「すみません!」


測定石。


一秒。


二秒。


三秒。


ピシ。


小さな音。


机の端に置いていた水の表面が。


揺れた。


風はない。


レオルの顔が変わる。


「魔力上昇。微弱」


エルナが祭司章を見る。


「世界樹側は反応なし」


俺は紙を見る。


八咫烏。


文字だけの時は、何もなかった。


声にした瞬間。


反応。


「じゃあ、名前を知るだけじゃなく」


俺が言う。


「呼ぶこと自体に意味がある?」


セヴァンが記録する。


「可能性は高まりました」


まだ断定しない。


でも。


嫌なほど分かりやすい。


しばらく待つ。


反応は消える。


何も出てこない。


黒い鳥も。


声も。


俺は息を吐いた。


「一回なら大丈夫そう」


レオルが睨む。


「その言い方やめろ」


学習している。


次の試験。


今度は名前を声に出すが。


誰もその神について考えないようにする。


無茶な条件だ。


「考えるなって言われたら余計考えるよ」


フィアが言う。


その通り。


だから代わりに。


知らない言葉として発音する人を使う。


ナギ。


彼女は日本神話をほとんど知らない。


紙に書かれた八咫烏の読みだけを教える。


意味は説明しない。


「ヤタガラス?」


測定石。


わずかに反応。


でも。


サヨが言った時より弱い。


俺たちは顔を見合わせる。


「意味を知ってる方が強い?」


エルナが言う。


ここで。


俺の背中がぞくっとした。


名前。


音だけじゃない。


その名前が何を指すのか。


その存在を知っているか。


思い浮かべているか。


そこも関係する?


さらに。


今度は俺。


俺は八咫烏を知っている。


神話も。


三本足の姿も。


実際に会っている。


でも。


声には出さない。


紙を見るだけ。


測定石。


ほぼ反応なし。


つまり。


知っているだけでは弱い。


名前を口にする。


意味を知っている。


その二つが重なると。


強くなる。


「認識と呼称」


レオルが呟く。


「神格への接続条件かもしれない」


セヴァンが頷く。


「旧災害対策局の『名を呼ぶな』という命令にも合理性が出ます」


胸が重い。


エルナが昔聞いた声。


**『まだ――名を呼ぶな』**


あれは。


単なる警告じゃなかった。


本当に。


名前を呼ぶだけで。


神へ道がつながるから?


「じゃあ」


ナギが言う。


「みんなで呼んだらどうなるの?」


全員が彼女を見る。


「やらないよ?」


「分かってる!」


心臓に悪い。


でも。


そこが次の問題だ。


一人。


二人。


十人。


百人。


名前を知る人間が増えたら。


神は強くなる?


俺は学院で「いただきます」が広がっていった時のことを思い出す。


最初は俺一人。


家族。


村。


学都。


今では。


俺がいなくても言う人がいる。


もし。


それも。


神々に力を与えているのなら。


俺は。


すでに相当なことをやっている。


「レン」


フィアが俺を見る。


「また一人で悪い方向に考えてる」


「分かる?」


「顔で」


俺は苦笑した。


「俺が広めたもののせいで、神が戻ってるなら」


「でも、戻ること自体が悪いって決まってない」


「戦争になったら?」


フィアはすぐには答えなかった。


「だから今、調べてるんでしょ」


正しい。


俺は紙を見る。


天照大御神。


八咫烏。


ただの文字。


でも。


人が意味を持って呼んだ瞬間。


それは。


ただの音じゃなくなる。


昼過ぎ。


実験を終える。


最後に全員で結果を整理した。


文字だけ。


弱い。


音だけ。


弱い。


名前と意味を結びつけて呼ぶ。


強くなる。


そして。


まだ試していない。


供え物。


祈り。


集団。


それらが加われば。


もっと強くなる可能性がある。


俺は紙の一番下へ書いた。


**『神は、名前だけでは帰らない。だが、人がその名を意味とともに呼ぶ時、道が開く。』**


書いて。


少し手が止まる。


前世。


神様の名前なんて、普通に口にしていた。


神社。


昔話。


漫画。


アニメ。


授業。


誰も。


そのたびに本当に神様が近づいてくるなんて思わない。


でも。


もし。


あの世界でも。


本当はそうだったのなら?


人が忘れるほど。


神は遠くなり。


人が語るほど。


近くなる。


だったら。


日本の神々が弱ったのは。


敵に負ける前から。


俺たちが。


少しずつ。


忘れていたから?


その考えは。


日本を消した神への怒りとは別の痛みを。


胸の中に残した。


そして。


夕方。


実験室を出ようとした時。


窓の外。


王都の屋根の上に。


黒い鳥が一羽。


止まっていた。


三本の脚。


呼んでしまったから。


来たのか。


それとも。


最初から見ていたのか。


八咫烏は。


俺を見て。


一度だけ。


頭を下げた。


そして。


飛び去った。


今度は。


何も言わなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ