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神々のいない食卓~日本の消えた異世界で、料理好きの俺は和食を作る~  作者: ちゃむたろう
第十章 神々が消した国

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第101話 国を消したのは、神々だった


根室を閉じたあと、俺たちはすぐに銀枝降下図をもう一度開こうとはしなかった。


正確には、誰もそんなことを言い出さなかった。


白銀の光。


赤い光。


二つの声。


そして俺の頭へ流れ込んだ、前世の日本らしい夜の街。


あれを見た直後に「もう一回確かめよう」と言えるほど、俺たちは馬鹿じゃない。


……少なくとも、今は。


「まず、起きたことを全部残す」


セヴァンが会議室の机へ紙を並べた。


史料庁。


大神殿。


学院。


俺たち。


同じ出来事を、それぞれ別々に記録する。


時刻。


観察位置。


誰が何を見たか。


誰が何を聞いたか。


魔力測定値。


絵のどこから光ったか。


根室の術式が反応した順番。


エルナが聞いた言葉。


サヨの勾玉に起きた変化。


そして、俺が見た光景。


書いていくうちに、少しずつ頭が冷えた。


「レン」


レオルが俺の記録を見る。


「『白銀の裂け目の前に複数の巨大な人影』。人数は?」


「分からない。三つ以上はいたと思う」


「形は?」


「人っぽい。でも、人間サイズじゃなかった」


「顔は?」


「見えてない」


そこは正直に書く。


見たいものを見た可能性だってある。


俺は日本が消されたと思っている。


神が関係していると疑っている。


だからこそ、自分の記憶まで証拠扱いしすぎちゃいけない。


エルナも同じだった。


「私が聞いた『接続を固定せよ』という声が、世界樹そのものの意思なのか、世界樹を利用した何者かの声なのかは分かりません」


サヨが続ける。


「私の勾玉が反応した声も、日本の神のものだとは断定できません。ただ、言葉はレンが使う古い東方語と同じでした」


古い東方語。


つまり日本語。


そこまで。


一つずつ。


分ける。


その作業が終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。


普通なら今日はここまでだ。


でも。


セヴァンが席を立たなかった。


「銀枝降下図そのものは、しばらく再開封しません」


「賛成」


俺は即答した。


全員に見られた。


「何?」


フィアが笑う。


「いや、レンが即答するんだなって」


「俺だって命は惜しい」


「祭壇では?」


「反省してるって!」


話を戻す。


セヴァンは一冊の目録を机へ置いた。


「ただし、根室には図絵以外にも関連史料があります」


俺の身体が少し前へ出る。


……成長はしている。


興味がなくなったわけではない。


「安全なもの?」


「少なくとも、直接的な神性反応が記録されていない資料です」


それなら読む。


もちろん、三者立会いで。


根室全体を開放する必要はなく、前室側から個別の封印箱だけを取り出せる仕組みになっていた。


ヴァル・ヘイム。


本当に用心深い。


最初に出てきた箱には、


**『東方消失直後・神殿間緊急通信』**


と書かれていた。


百二十五年前。


日本が消えた直後。


各地の神殿が送り合った通信記録。


世界樹聖火の消失。


樹像の亀裂。


魔力流の異常。


そこまではヒムカでも見た。


でも王都側には、もっと詳しい情報が残っていた。


三日目。


北方大神殿。


**『天上領域より複数の高位神性反応を確認。』**


俺の指が止まる。


「高位神性……」


レオルが読む。


「人間の魔術師ではない、という意味だ」


続き。


**『反応は世界樹主幹を介してミズガルド東方へ集中。』**


世界樹を通して。


東へ。


日本へ。


さらに。


**『同時刻、東方より異系統神性反応多数。干渉激化。』**


二つ。


やっぱり。


世界樹側だけじゃない。


東方――日本側からも、神々が反応していた。


俺は息を整える。


次の通信。


今度は王都大神殿。


文字が乱れている。


緊急時だったのだろう。


**『主神級反応を複数確認。神性識別不能。』**


識別不能。


まだ名前はない。


だが。


その次の一文。


俺より先に、レオルの顔が変わった。


**『世界樹北枝を介する反応群の中心に、片眼の王を象る神性紋を確認。』**


片眼。


王。


前世の神話知識が、嫌でも答えを出す。


でも。


俺は言わなかった。


まだ。


名前を口にすること自体が何を起こすか分からない。


それに。


「片眼の王」というだけで断定はできない。


サヨが俺を見る。


俺が何か知っていると気づいたらしい。


でも黙ってくれる。


さらに頁をめくる。


もう一つ。


**『黒き二鳥、主幹上空に出現。』**


心臓が跳ねた。


二羽の黒い鳥。


前世で聞いた神話。


片眼の神。


二羽の鴉。


ここまで来ると。


偶然と言うには、かなり苦しい。


「レン?」


フィアが呼ぶ。


俺はゆっくり答えた。


「……似た神話を、知ってる」


全員が俺を見る。


「どんな?」


レオルが聞く。


言える範囲で。


「片方の目を失った王みたいな神と、二羽の黒い鳥が一緒に出てくる話」


エルナの表情が強張る。


「この世界の正統教義には?」


「ない」


セヴァンが即答した。


意外だった。


「世界樹はあるのに?」


「あります。しかし、現在の正統世界樹信仰では、その神を中心神としては扱いません」


なぜ?


そう聞こうとして。


気づく。


世界樹だけ残って。


神の名前が薄れている?


日本と同じように?


いや。


同じとは限らない。


でも。


何かがおかしい。


箱の底に、さらに別の文書があった。


表紙。


**『東方消失事案・暫定結論』**


作成年。


事件から七年後。


まだ根のない樹の組織ができる前。


つまり。


日本消失直後の人間たちが。


調査して出した結論。


俺の喉が乾く。


セヴァンが開く。


最初の頁。


自然災害説。


否定。


理由。


海底変動だけでは、土地・航路・魔力構造・記録上の神性反応を説明できない。


大規模人為魔術説。


否定。


当時確認された人間の魔術技術を遥かに超える。


異界侵食説。


一部該当。


ただし単独では説明不足。


そして。


最終分類。


**『複数高位神格による世界構造干渉。』**


俺は、その文字から目を離せなかった。


難しい言い方。


でも。


意味は分かる。


神々が。


世界そのものへ手を出した。


次。


**『東方領域は神格間衝突の結果、ミズガルド現行構造より切断された可能性が極めて高い。』**


切断。


ハルは言った。


消えたんじゃない。


抜かれた。


ほとんど同じだ。


「……戦争」


俺が呟いた。


今度は。


誰も否定しなかった。


その先には。


もっと嫌な文章があった。


**『東方神格群は領域保持を試み、世界樹系神格群は接続固定および異系統根の排除を実行した形跡あり。』**


接続を固定せよ。


断つな。


あの二つの声。


意味が。


つながった。


世界樹側は。


この世界を一つの構造へ固定しようとした。


日本側は。


切り離されるのを止めようとした。


その衝突の中で。


日本が。


消えた。


俺の手が震えている。


怒り。


怖さ。


悲しさ。


どれか一つじゃない。


「じゃあ」


ナギが、珍しく小さな声で聞いた。


「国一つが……神様同士の喧嘩でなくなったってこと?」


単純な言い方。


でも。


人間から見れば。


そうだ。


神がどんな理由を持っていたとしても。


世界の安定。


神話体系。


存在領域。


そんなもの。


普通に飯を食ってた人間には。


関係ない。


俺の父さん。


母さん。


妹。


学校の友達。


名前も知らない何千万人もの人。


誰も。


神々の戦争に参加した覚えなんてなかったはずだ。


「ふざけるな」


声が出た。


自分でも驚くほど低かった。


誰も止めなかった。


「勝手に戦って」


拳を握る。


「勝手に世界の形決めて」


息が苦しい。


「それで人間の国を一つ、なくした?」


腹が立つ。


今までで一番。


日本を消した神を知りたいと思った。


見つけて。


問い詰めたい。


何を考えていた。


何の権利があった。


そう。


でも。


そこで。


第87話の祭壇を思い出した。


俺も。


「少しだけなら」と。


自分の知っている正しい形へ戻そうとして。


子供を倒した。


規模は違う。


全然違う。


でも。


自分が正しいと思っているものを。


他人が生きる場所へ押しつける怖さ。


ほんの少しだけ。


分かる。


だからこそ。


余計に。


「理由は聞く」


俺は言った。


レオルが見る。


「でも、理由があったら許すのか?」


「許さない」


即答した。


「世界を守るためだったとしても。日本側が先に何かしたとしても」


そこは。


分ける。


理由を知ることと。


被害をなかったことにするのは違う。


セヴァンが静かに頷いた。


「その考え方は必要でしょう」


文書の最後。


作成者名。


複数。


神官。


魔術師。


行政官。


その中に。


若い頃のヴァル・ヘイムの名前があった。


「いた」


事件から七年後。


彼はすでに調査へ関わっていた。


つまり。


ヴァル・ヘイムは。


後から日本の記録を消し始めた役人ではない。


**日本が消えた理由を調べた当事者の一人。**


そして。


その約二十数年後。


根のない樹を作り。


記録封印を始めた。


「何を見たんだ」


俺は呟いた。


神々が国を消したと知った。


それでも彼は。


証拠を燃やさなかった。


でも人々からは隠した。


その間に。


何があった?


答えは。


箱の一番下に残っていた。


小さな紙。


ヴァル・ヘイム個人の追記。


たった数行。


**『神々が国を消した。』**


俺たちは息を止めた。


**『ゆえに神々を再び戦わせてはならない。』**


次。


**『東方の名を呼べば、敗れた神々は戻る。』**


そして。


最後。


**『戻れば、勝者もまた目を覚ます。』**


背中が。


一気に冷えた。


日本の神々を戻す。


それだけじゃない。


それをきっかけに。


日本を消した側も。


再び動き出す。


祭りで起きた神格反応。


世界樹の聖火消失。


銀枝降下図の共鳴。


全部。


その兆候?


俺は紙を見る。


今まで。


日本の神を戻すことだけ考えていた。


でも。


神話戦争には。


相手がいる。


日本の神々が目を覚ませば。


もう一度。


戦争が始まるかもしれない。


そして今度。


巻き込まれるのは。


消えた日本だけじゃない。


フィアも。


レオルも。


ナギも。


サヨも。


父さんも。


母さんも。


リナも。


この世界全部。


俺は長く息を吐いた。


第十章で。


ようやく分かった。


日本を消したのは。


人間の秘密組織じゃない。


自然災害でもない。


ただ一柱の悪い神でもない。


神々だった。


複数の神話。


複数の正義。


複数の恐怖。


それらが。


世界を引っ張り合った結果。


一つの国と。


そこで生きていた人間たちが。


切り捨てられた。


そして。


ヴァル・ヘイムたちは。


その戦争を二度と起こさないため。


日本へつながる道を。


人間の手で。


封じた。


正しかったとは。


まだ思えない。


でも。


理由は。


見え始めた。


俺は最後の紙を閉じた。


「次は」


サヨが言う。


「戻ろうとしている神々のことを、知らなければいけませんね」


俺は頷いた。


日本の神々。


天照大御神。


八咫烏。


そして。


まだ名前すら分からない神々。


俺は今まで。


彼らを。


被害者だと思っていた。


たぶん。


それは間違っていない。


でも。


被害者だから。


正しいとは限らない。


もし。


日本を取り戻すためなら。


今の世界を壊してもいいと考える神がいるなら。


俺は。


そいつにも。


聞かなきゃいけない。


それは本当に。


俺が帰りたかった日本なのか、と。


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