1600:呼び方を決めよう。
シェクトさまと連絡を取って暫くすれば、グイーさまの許可を取れたとのことである。グイーさまからも連絡があり、シェクトさまがグイーさまの星にくることを私に教えてくれた。普段であればグイーさまから連絡が届くことは稀なので、シェクトさまが私に連絡を入れて欲しいとお願いしてくれたのだろうか。
なににせよ、今の状況を収められそうな方がきてくれると私は安堵の息を吐き、お茶を飲みながらシェクトさまの登場を待つ。すると東屋付近の地面に幾何学模様が浮かび、眩いばかりの光が発せられた。次の瞬間には幾何学模様の上にちょこんとシェクトさまの姿があり、相変わらずスライムボディーを七色に光らせている。すると黒と白の神さまが席から立ち上がって、シェクトさまの方へと走って行った。
「父上!」
「父上、こられないはずでは?」
黒と白の神さまはシェクトさまの側で地面に膝を突く。シェクトさまの下へと駆けて行った行動は凄く幼い気がする。
『ナイが困っているカラ』
「シェクトさま。お越し頂き感謝申し上げます。お二方について事情を説明して頂けると嬉しいのですが」
私がそう告げればシェクトさまは『分かった』と告げる。東屋で話をしようと伝えてシェクトさまを席に案内するのだが、椅子に座って貰うとお姿が見えなくなるのは確実だった。仕方ないから机の上で構わないかと問えば、シェクトさまは申し訳なさそうに『かまわない』と仰ってくれた。
そうしてシェクトさまは黒と白の神さまの間にちょこんと座って私の方を見ている。目がないので雰囲気で察するしかないけれど、多分。さて、説明をお願いしたのは私だから、話を仕切るのは私で良いだろうか。ヴァルトルーデさまとジルケさまは他の星のことだからと、席を外してしまっている。ジークとリンは私の後ろで控えてくれていた。クロたちも側にいてくれるものの、関わる気はないようである。
ただ毛玉ちゃんたち三頭は『この人たち誰?』と興味を持っているが、雪さんと夜さんと華さんに今は我慢しなさいと止められている。また少し離れた場所ではジャドさんたちグリフォンの皆さまとエルとジョセの天馬さま方がこちらを見守ってくれていた。お茶を出してくれた侍女の方は顔を青く染めているため私は下がって良いと伝える。そして私は息を吸って吐いてを繰り返し頭の中をなるべく落ち着かせる。一瞬でできれば苦労しないけれども。
「何故、お二方は私に会いにこられたのですか?」
先ずは、私の下へと黒と白の神さまがこられた理由を問うてみた。すると黒と白の神さまは嬉しそうな顔を浮かべて言葉を紡ぐ。
「父が我々を創造したことは本能で理解できます。しかし我々を形成する一部は貴女の力でできております」
「ですので、一目会いたいと父に願い出ました」
シェクトさまが部下の神さまを創造することは知っていたし、私に似ることも理解していた。でも、実際にこうして会いにこられると自分に似ていることで困惑してしまうというか。
本当に私とそっくりな部下の神さまを創造なされたのだなと感心するとともに、私の姿に似せて良かったのかという不安がある。次の言葉はなにを紡ぐべきかと私が考えていると、シェクトさまがぽよんと身体を動かした。
『ナイ。困ってイル?』
「知っていたので驚きはさほどありませんが、私の下へこられると思っていなかったので」
困ってはいないが、戸惑いが大きいと言うべきか。未婚とだし、生んだ記憶もない上に、成人した姿の神さまから『母上』と呼ばれることに違和感を覚えている。私が苦笑いを浮かべながら答えると、シェクトさまがスライムボディーを凹ませていた。
『それは、申し訳ないことをシタ』
「ご迷惑でしたか」
「母上、申し訳ございません」
目の前のお三方が揃って謝罪をくれるのだが、神さまが人間に早々頭を下げて良いのだろうかと私は訝しむ。いや、きっと駄目だと私は悟り、慌てて言葉を口にする。
「迷惑ではなく、お二方に母と呼ばれることに対して困惑しているというのが正直な気持ちです……私は子供を生んでいないので」
うん。やはり私は自身の胎に命を宿し、十ヶ月近く共に過ごすという考えが強いようである。ユーリは私の子供というより、妹だと認識しているのだから。目の前のお二方に『母上』と呼ばれることに違和感を覚えるのは当然だろう。
『ナイは人間ダカラ、ヴォイドとプライムがいるコトが不思議?』
「そうですね。私は子供を創造することはできないので」
身体をぽよんと揺らすシェクトさまに私は苦笑いを浮かべるのだが、ふと黒と白の神さまの名をシェクトさまが零したことに気付いた。
「シェクトさま、先程の名前はお二方のものですか?」
『ン』
シェクトさまがスライムボディーを凹ませて頷き、黒と白の神さまはうんうんと首を縦に振っている。そういえばと私はお二方に名乗っていないことを思い出した。
「申し遅れました。私はナイ・アストライアーと申します。グイーさまの星にあるアルバトロス王国にて侯爵位を賜り、貴族として働いております」
私は席から立ち上がって礼を執ると、お二方も席から立ち上がり綺麗に微笑む。
「父上からヴォイドと名を贈られました。我々も名乗り遅れましのでお気になさらないでください、母上」
「私はプライムと名乗るようにと父から名を授かりました。母上とお会いすることができ、嬉しく思います」
私には出せない神々しさ――神さまだから出せて当然かもしれないが――をお二方は持っていた。誕生して間もない方というのに、律儀なのはシェクトさまが創造なさった神さまだからであろうか。しかし、名乗ったというのに母上呼びが継続されている。今、私が訂正しておかなければ未来永劫呼ばれることになりそうだ。
「恥ずかしいので、ヴォイドさまとプライムさまには私のことを名前で呼んで頂けると有難いのですが……」
「我々の名を母上が紡いでくださるとは……!」
「心が歓喜で満ち溢れております! しかし母上は我々がそう呼ぶことに抵抗があるのですね」
困り顔を浮かべる私に、ヴォイドさまとプライムさまは少し困惑しているようだ。とはいえ、強行して私を母上と呼ぶ気はないようである。ヴォイドさまとプライムさまはそっくりな顔を見合わせて、一つ頷いた。
「ナイさま」
「ナイさま」
そうなるのねと私は片眉を上げる。
「呼び捨てで構いませんよ」
再度、私がお願いすればヴォイドさまとプライムさまが『どうしよう』と迷っている。するとシェクトさまが身体を揺らした。
『ヴォイド、プライム。ナイと呼んで』
鶴の一声とはこういうことだろうか。シェクトさまの一言でヴォイドさまとプライムさまは私を呼び捨てにする決意をなさってくれたようで『分かりました』と告げる。お二方の創造主であるシェクトさまの言葉は絶対なのかと感心するが、グイーさまと娘である四柱さまの関係は結構適当なもののである。もしかしてグイーさまは創星神さまとして威厳が足りないのではと訝しんでいれば、
「ナイ」
「……ナイ」
「はい?」
ぽつりと私の名を呟いたヴォイドさまとプライムさまに返事をするのだが、彼らは目を丸く見開いたあと小さく首を振った。
「あ、いえ、申し訳ありません。貴女さまを呼び捨てにできるのかと言葉を紡いでみただけなのです」
「紛らわしいことをしてしまいました。少し抵抗がありますが、貴女さまを呼び捨てにすることで何故か心がざわついています。今、我々が抱いている感情をどう現せば良いのか分かりませんが」
どうやらお試しで私の名前を呼び捨てで呼んだようである。ただなにかただならぬ感情が湧きだしており、それがどんなものか理解が及ばないらしい。長く生きていれば、彼らは自ら理解できるのではないだろうか。今、答えを出さなくても良さそうだから私は黙っていると、ヴォイドさまとプライムさまがはっとした表情になる。
「しかしナイが我々に呼び捨てを望むのであれば」
「ナイも我々を呼び捨てにしてください」
ヴォイドさまとプライムさまの言葉にヴァルトルーデさまとジルケさまが『攻めるね』『相手はナイだぞ。崩せるか?』とぼやいている。
「無理です。お二方はシェクトさまが創造なされた存在なのですよ?」
はい。ただの人間が神さまを呼び捨てにできようはずもありません。あれ、でもヴォイドさまとプライムさまには私の力がほんの少しだけ流れているのであれば、呼び捨てをする理由になり得るのだろうか。あれ、と私が悩んでいるとヴォイドさまとプライムさまはなんとも言えない顔になり、シェクトさまに視線を向けていた。
『ナイ。誰もいないところデ、ヴォイドとプライムの名を呼び捨てで呼ンデ?』
「そういうことであれば」
機会が訪れるか分からないけれど、私はシェクトさまの願いに答えることにした。するとヴォイドさまとプライムさまが『流石、父上!』『ありがとうございます、父上!』と嬉しそうに笑っている。ふいに、ヴォイドさまとプライムさまに再会できる頃に私は生きているのだろうかという疑問が生じた。トラブルに頻繁に巻き込まれているから、案外、早々に叶ってしまうかもしれないが。
『ヴォイド、プライム。戻ロウ』
シェクトさまが話を切り上げて解散を告げる。するとヴォイドさまとプライムさまは席から立ち上がり、お茶とお菓子をありがとうございましたと告げて礼を執った。丁寧なお二方だなと私は感心する。姿かたちは私に似ているお二方であるが、態度はシェクトさまの雰囲気を引き継いでいる気がした。そうして別れ際になり、私はシェクトさまの下にしゃがみ込む。
「そういえば急な話でしたね。驚きました」
『ン? グイーには数日前に連絡を入れた。もう少し間を持った方が良いカ?』
ぽよんと身体を揺らすシェクトさまは、グイーさまにはキチンと連絡を入れていたようである。それも数日前に。
「えっと……グイーさまは直前に連絡を寄越してくださいました」
『グイーだから……迷惑かけた』
「あとでグイーさまに苦情を入れておきますね」
私とシェクトさまは苦笑いを浮かべ、グイーさまには苦情を入れておこうと頷いた。そうして私は立ちあがって、シェクトさまとヴォイドさまとプライムさまにまた会いましょうと伝えれば、お三方がすっと消えた。
するとジークとリンが軽く息を吐き、ヴァルトルーデさまとジルケさまが部屋に顔を出す。二柱さま先ほど起こったことを説明すれば、グイーさまが私に連絡を直前に寄越したことに、申し訳ないと仰ってくれた。さて、苦情は早く入れた方が良いだろうと、私は魔力を練って神さまの島を意識する。直ぐにグイーさまと繋がり事情を伝えれば、明るい雰囲気が伝わってきた。
――伝え忘れていたんだもーん!
そう言ってのけたグイーさまにヴァルトルーデさまとジルケさまが微妙な雰囲気を醸し出す。そして私はある出来事を思い出した。
「ジークと私の婚約を伝え忘れたこと、まだ根に持っておられたのですね……」
私が呟くと、グイーさまが『だってナイは大事なことを言わないからなあ。儂、悲しいぞ』と呟いていた。その件に関しましては言い訳できませんが、シェクトさまが創造なされた神さまがこちらにくることは凄く大事なので知らせて欲しいとお願いする。
するとグイーさまは『悪い話ではないし良いと思ったのだがなあ』とぼやいていた。まあ、仕事で忙しいからという理由は神さまに理解し辛いものかと私は肩を竦め、シェクトさまとヴォイドさまとプライムさまと語ったことを伝えて、グイーさまとの通信を終えるのだった。




