1598:日常回帰。
――随分、静かに感じてしまう。
我の星は誕生から一兆年近く経ても知的生命体が誕生しておらず、他の星でいう動物の鳴き声や人間の声というものはどこにも響いていない。ただ、風がそよぐ音、天から大地を目指す稲光の音、海水が陸地へ打ち上がり音を立てており、自然の音しか響いてこない。
グイーに誘われ、彼の星へと初めて辿り着き、知的生命体がどんなものか我は初めて知った。騒がしくもあるが、我は話すことが楽しいという感情を抱くことができたのだ。そしてナイという一人の人間から、食事は生きていく上で大切なものであり、味を楽しむことができる環境は恵まれていると。人間が我に食事を薦めてきたのは初めてだったし、グイーの星で食べた品も初めてのものだらけだった。
たしかに植物や生き物ごとに『味』というものが違うことを知った。我の口に合わない食べ物があるということも知った。
我が誕生してからというもの、本当に初めて尽くしのことだし、人間と触れ合うことも初めてだったのだ。最初こそ煩いと考えていたのに、いつの間にか誰かと会話することが楽しいと我が思うようになるとは驚きである。
またグイーの星へ向かい、神の島でナイと再会したときは感慨深い気持ちを抱いてしまった。そして、宴が終われば自身の静かな星に戻らなければならないことも。だからこそだろう。我に部下である神を設けようと考えてしまったのは。グイーからの助言であったが、素直に我が受け止めたのは単に寂しいという気持ちを誤魔化すためである。
ナイに似た神であれば嬉しいと考えて、彼女に力を少し分けて貰い、我の部下となる神の素を創っておいた。しかしまさか、ナイが力を込めれば我が創り出したものを壊してしまうとは誰が考えるだろう。二つに割れたものは、部下となる神の素として誕生するように我が再度調整しておいた。だから、最後に部下である神が誕生するように我が力を込めれば良いだけ。
我は、我の星で孤独に佇み、ナイに力を込めて貰った神の素を二つ身体から出す。地面に転がった神の素に自身の力を込めた。あまり入れすぎると壊れるだろうと、きちんと加減をする。
ナイが力を放出する際には調節することが難しいようだ。グイーかテラにきちんと出力を出せるようにして貰った方が良いのではと考えてしまうものの、彼女のいい加減さで我が創った神の素は二つとなった。それはそれで面白いかと考えた我は神の素に最後の力を込める。
『――我の下へ』
そう口にした途端に我の力が神の素へと注ぎ込まれている。神の素の一つは眩く光り輝き、もう一つは黒より黒い黒を発していた。どうやら既に神の素は我の意思を離れて、個性を主張しているようだ。
どのような神の部下が誕生するのだろうか。ナイのような子であれば、きっと我は我の星で過ごすことを楽しいと思えるようになるかもしれない。創造神から与えられた命を忠実に守ってきただけの我であるが、他の創星神たちのように己の星に特徴を持たせても良いだろう。ふっと我の心に『楽しみだ』という感情が湧き起こる。本当に我がこのように感情の波に襲われるようになるとは。そしてこの先の未来に我の星がどうなるのか楽しみになってくるとは。
眩く輝く光と黒より黒い黒がお互いに混ざり合ってから、反発するように一瞬で離れた。我より五メートルほど下がった位置に知的生命体、もとい我の部下が誕生している。なんとなく彼らはナイに似ているだろうか。彼女より背が高く、我は随分と顔を見上げねばならないが……ほどなくして彼らは我の前に歩み寄り、膝を突いて礼を執った。
「……」
「…………」
どうやら言葉を発せられないようで黙ったままである。それとも我がなにか告げるのを待っているのか。部下を持ったことのない我が答えを出すには時間が掛かるのだろう。
ただグイーとテラに『名前は大事だぞ』『そうそう。部下を迎えたなら、名前と役割を授けなさいな』と言っていた。目の前にいる部下たちには星の管理と行く末を見守り、そして彼らが思い描く星へと導いて欲しい。我は星を誕生させ、一定のところまで育てきっている。だから星の次の行き先を決めるのは部下である目の前の二柱で良いだろう。
『我の子よ。星に宿る命の先を生み出せ。共に星を歩め。そして偶に我の下に戻り、君たちが見てきたものを我に伝えてくれ』
我が部下たちに願うことはコレだろう。そして彼らの名は……ふむ、と考え込んで幾百、幾万と浮かんだ名前の候補から我は良き名を彼らに贈る。
『ヴォイド。プライム。君たちの名だ。これからそう名乗りなさい』
見た目が男の部下には『ヴォイド』という名を贈り、見た目が女の部下には『プライム』という名を贈った。気に入ってくれたかわからないし、何故、我がその名を選んだのかはっきりとした理由もない。ただ、良い名前だと我は身体を揺らせば、ヴォイドとプライムが下げていた顔を上げた。
「承知致しました、父上」
「父上から授かった名に恥じぬよう、働いて参ります」
黒髪のヴォイドが地面から立ち上がり礼を執り、白髪のプライムも地面から立ち上がって小さく笑う。目の前の部下にナイの面影を感じて、我は懐かしい気持ちに駆られた。我が部下を設けることはグイーもテラもナイも知っていることだ。こんなことをいちいち報告していては迷惑を掛けるだけである。だが、ナイには部下の素に力を注ぎ込んで貰っている。
「父上。父上がいらっしゃるのであれば、母上はいずこに?」
「我らの知識の中に、おしべとめしべや雄と雌が存在し、次の命を育んでいると。我らが父上の子であるならば、母上もいるはずです」
ヴォイドとプライムが顔を動かして周囲を見渡すものの、この場には木々が広がるばかりで誰もいない。しん、と静まり返る木々に囲まれた場所で、我はヴォイドとプライムが誕生する経緯を伝えるのであった。
◇
神さまの島から戻ってきて半年という時間が経っており、騒がしくもありながら日々を過ごしてきた。
グイーさまにジークと私が婚約したことを伝え忘れていたことを平謝りしたあとは、アストライアー侯爵領内で企画していたことがいろいろと動き始めている。
先ずは領都内にできた『種苗開発室』が稼働し始め、研究者の方たちが暑さと寒さと病気に強い品種を生み出そうとしていた。
禁忌の森の近くでは町を築くための造成工事が始まっており、禁忌の森で過ごしている天馬さまと竜の方たちのお陰で計画よりも前倒しで造成が完了した。ここから先は必要な区画を整理して、必要な建物を築いていく予定だ。アストライアー領主邸内にある別邸もそこに移築予定だが、まだ少し先の話だろう。別邸の扱いは改修して教会と孤児院にしてみては、という案も出ており、せっかくならば一つに機能を纏めても良いのではとなっていた。
そのため、教会と孤児院と森の警備を担う方たちが住まう場となりそうである。本当にいろいろと動いているけれど、おめでたいことが最近発表された。
ソフィーアさまとギド殿下とセレスティアさまとマルクスさまの婚姻の日取りが決まったのだ。半年先のことだけれど、六ヶ月という時間はあっという間に過ぎていく。
ソフィーアさまとセレスティアさまには大層お世話になっているから、婚姻祝いになにを贈ろうかと私はジークたちと思案中である。候補をいくつか絞っているのだが、出過ぎた真似はできないので無難な品になりそうだ。なににせよ、めでたいことである……が、お二人はまだアストライアー侯爵領の執務室で通常通り作業をしていた。お昼前、執務室で私はふと顔を上げる。
「えっと……お二人とも、ご実家に戻らなくても宜しいので?」
そう。ソフィーアさまとセレスティアさまの婚姻が半年後に控えているというのに、今日も元気に屋敷でお仕事を務めてくれていた。家宰さまは私の声を聞いて苦笑いを浮かべて、仕事に精を出している。女同士の話題に入って迂闊なことを言ってしまえば顰蹙を買うことになる。家宰さまの選択は正しいだろうと、私は彼を横目で見つめたあとお二人へと視線を戻した。
「まだ時間はあるし、準備は他の者に任せているからな。日取りの間近まではナイの側で仕事をするさ」
「他の者に今の座を明け渡すわけにはなりませんものね。敵は近くにおりますもの……はあ」
ふっと笑うソフィーアさまとセレスティアさまが憂鬱そうに溜息を吐く。辺境伯ご令嬢さまが溜息を吐くには理由があった。アストライアー侯爵領領主邸を離れれば魔獣や幻獣と触れ合う機会がめっきり減ってしまう。そして、もう一つ。
「セレスティアさまが不在の間は代わりを果たすことができると、アルティアさまから手紙が届いたばかりですからね」
私はセレスティアさまを見ながら苦笑いを浮かべる。そう。彼女のお母上であるアルティアさまが側近が不在となれば不都合が生じるだろうと、私にセレスティアさまの代わりを務めると連絡が入ったのだ。
セレスティアさまが子を儲けることもあろうから、二年間は私の下で従事できるように辺境伯さまと交渉したそうだ。セレスティアさまは私の側仕えの座を取られてしまうと心配になっているらしい。とはいえ私はお二人が側仕えでなければ困るので、やはりアルティアさまは期間限定となるのではないだろうか。苦笑いを受かベル私に今度はソフィーアさまが申しわけなさそうな声を上げる。
「ナイ、すまない。私の母からも同様の手紙が近日届くはずだ……」
ソフィーアさまが大きな溜息を吐いた。ソフィーアさまのお母上であるセシリアさまも私の期間限定の側仕えとして勤める準備ができているとか。
「家宰さまが認めてくださるなら、私は良いのですが……ご実家は大丈夫なのですか? 女主人としてお屋敷の切盛りをしなくて良いのでしょうか」
貴族家当主の奥方さまであれば、屋敷の切盛りは彼女たちの仕事となる。アストライアー侯爵家の当主は独身であるため、女主人としての仕事はいろいろな方に分配されているけれど。ハイゼンベルグ公爵家もヴァイセンベルク辺境伯家も大きな貴族家だから、屋台骨が二年近く不在となるのは不味い気がしてならない。私が片眉を上げていれば、ご令嬢さまお二人は机の上で溜息を吐いた。
「弟がいるからな」
「同じく、兄がいますから」
どうやらお仕事は次代に引き継がれているようで、セシリアさまもアルティアさまも半引退状態だとか。だからこそ、屋敷を出ても問題ないということらしい。それに彼女たちが短い期間不在になって問題が起きるような家ではないとか。
とりあえず返事をしなければならないと、ソフィーアさまとセレスティアさまと家宰さまと私でセシリアさまとアルティアさまに応援を頼むか決めていると、首筋に違和感を覚える。なんだと右手で首を抑えると、耳がキンっと鳴った。
――ナイ! そっちに神が向かうぞ~
凄く気の抜けた声でグイーさまが語り掛けてきた。ソフィーアさまとセレスティアさまと家宰さまたちにも聞こえているし、クロたちにも声が届いているようである。お客人というより、神さまがくるって一体誰がと疑問を抱く間もなく、屋敷の正門に大きな力を感じるのだった。




