1597:大事なことを。
グイーさまのお屋敷から、聖王国に戻ってきていた。初参加だったカルヴァイン枢機卿さまと教皇猊下は出発前と後で随分と雰囲気が変わっている。生気が取られているというか、凄く疲れているというか。大丈夫かと私がこっそり見守っていると、竜のお方の背から降りたお二人が顔を見合わせる。
「無事に戻ってこられた……」
「はい。教皇猊下にお会いできたうえに、大陸を司る四女神さまと、創星神さまとお話ができるなとは……」
お土産の酒瓶を抱えた教皇猊下とカルヴァイン枢機卿さま――ちなみにボルドー男爵さまとアリーさまは倍量、グイーさまから頂いている――の声に出迎えを担ってくれている聖王国の方々が『教皇猊下……なんという奇跡を体験なされたのでしょう!』とか『ああ、聖王国に神の奇跡が!』と涙を流している。
えっと。西の女神であるヴァルトルーデさまを前にしているのだから貴方方も奇跡を体験しているのでは。グイーさまはヴァルトルーデさまより格上の神さまとなるため、聖王国の方たちはいろいろとなにかをすっ飛ばしているようだ。まあ、彼らは放置で良いかと私は一緒に向かっていたフィーネさまとアリサさまとウルスラさまの前に立った。今日はお世話になりましたと挨拶を交わせば、フィーネさまが不思議そうな顔になる。
「ナイさま。ジークフリードさんと婚約を結んだことをグイーさまにお伝えしましたか?」
フィーネさまの疑問を私は頭の中で反芻した。そういえばグイーさまとは世間話をしただけで、ジークと私が婚約を果たしたことを伝えていない。私は忘れていたなあと、黙ったまま視線を右へ左へと動かした。
「忘れていたのですね! 凄く大事でおめでたいことを!!」
凄い勢いでフィーネさまが声を上げた。どうして忘れるかなあとフィーネさまがぼやいて、私をじっと見つめていた。可愛らしい方なので怖くはないけれど、彼女から発せられている圧がいつもより強い。
「ご飯、美味しかったので……」
初っ端の挨拶以外でもグイーさまと話をする機会はあったけれど、ご飯は美味しいし、シェクトさまとも語っていたし、他の方も気にしなけいけないと私は動いていた。それにヴァルトルーデさまとジルケさまは知っているのでグイーさまに話は伝わっているはず。改めて告げなくても問題ないのではと、私が苦笑いしながらフィーネさまに伝えると頬をぷーと膨らませた。
「もうっ! グイーさまに伝えれば、既成事実ができたようなものなのに!! 周りの皆さまは、ナイさまとジークフリードさんのことをずっとやきもきしていたんですよ!!」
フィーネさまはグイーさまに婚約の話を伝えれば、ジークと私が別れることはないと考えたようである。でも、グイーさまなら『別れちゃいました』と言っても『そうか。そういうこともあろう』とか言ってくれそうである。ということは、グイーさまに報告をした事実を周りの皆さまが欲しかっただけなのでは。グイーさまに認めて貰った婚約となれば確かに別れられない。
しかし周りの皆さまがジークと私の関係を随分と心配していたというのは初耳である。
アストライアー侯爵邸の皆さまはいろいろ見ていたから、私がジークに告白したことを大層喜んでくれている。アルバトロス王国上層部の皆さまも、侯爵位を持つ私が独身なのは不味いと随分と心配していた。だが、まさか、聖王国の皆さままで私が独り身であることに関心を寄せていたなんて驚きだ。
「気付いてない! やっぱり気付いていませんよ! このニブチンは!!」
むきーと言いたそうにフィーネさまが眉尻を上げていた。アリサさまはうんうんと頷き、ウルスラさまはまあまあと片割れの大聖女さまを落ち着かせようとしていた。
「何気に酷いような……?」
「ジークフリードさんというイケメンを捕まえているのに、どうして自慢もなにもしないんですか! あ、エーリヒさまは超カッコいいです。異論は認めません。背が高くて、騎士で爵位持ちで、穏やかな方なんですよ!!」
勢いに押された私にフィーネさまが顔をずいと寄せた。たしかにジークはイケメンだと私も認識している。でも付き合いが長い所為かときめくようなことはない。
フィーネさまはご自身の彼氏を褒め称えているが、どっちがカッコいいかと話が向けば私はジークと答えるだろう。エーリヒさまもジークと同様に顔は整っているけれど。一緒にいて落ち着くのはジークの方であり、エーリヒさまには気を遣うはず。
「良かったな、エーリヒ」
「本当に隙あらば惚気ておられますねえ」
「……嬉しいけれど、恥ずかしい」
私たちと少し離れた場所で、件の方たちが声を上げていた。某お方の顔は少々赤いけれど気にしたら負けだし、天馬さまに乗って彼女を奪いにいくのだから、このくらいで恥ずかしがっては駄目である。件の方たちから私は視線を外して前を見れば、フィーネさまが腰に両手を当ててぷりぷりしている。
「ナイさまだから仕方ありませんが、きちんとグイーさまにお知らせしてくださいね!」
フィーネさまが続けて本当にもうと呆れているので、私は黙って頷くしかない。周りの方たちはなにも言わないから、フィーネさまの言葉が正解のようである。私が苦笑いを浮かべると、フィーネさまがふうと息を吐いて空気を変えた。
「でも……まあ。本当におめでとうございます。お二人の幸せをずっと願っていますからね」
綺麗に笑ったフィーネさまが私を見ており、アリサさまとウルスラさまも続けて『おめでとうございます』と頭を下げてくれる。
「ありがとうございます」
私が礼を執って頭を上げると、フィーネさまが苦笑いを浮かべていた。
「そして本日はありがとうございました。毎回、聖王国に声を掛けて頂いて申し訳ありません」
どうやら彼女は私が毎回、神さま案件となれば聖王国に声を掛けていたことを気にしていたようである。聖王国に声を掛ける、というよりもフィーネさまとアリサさまとウルスラさま個人に私は話を持って行っているつもりだ。とはいえ今回はアルバトロス王国の国王陛下から『聖王国の面子を気にして欲しい』ということで、教皇猊下に神さまの島行きの話を持ち掛けた。だからこそのお礼のようだと、私はフィーネさまと視線を合わせる。
「気にしないでください。聖王国が亡国になっては困りますから」
そう。聖王国が潰れると、私……というよりアストライアー侯爵家が宗教の本尊となりそうなのだ。だから聖王国には末永く栄えていて欲しい。だから私は聖王国の出迎えに出てきている面々の顔を見渡す。
「ひっ!」
何故か私と視線が合った方が短く声を上げるのだが、やましいことでもしているのだろうか。シュヴァインシュタイガー枢機卿さまと目が合えば、普通に礼を執っているというのに。それとも私から漏れ出ている魔力が怖かったのか。彼らが考えたことは分からないままであるが、今のが牽制になっていたのならそれで構わないか。
「では、また」
「はい」
私が礼を執れば、フィーネさまたちも頭を下げてくれた。エーリヒさまとフィーネさまがなにか話しているところを目の端に映しながら、アルバトロス王国を目指して私たち一行は竜の方の背に乗るのだった。
◇
――アストライアー侯爵一行が神の島からアルバトロス王国へ戻っている。
風邪で寝込み、グリフォンの卵が四つ孵り、また竜の卵を二個預かり、神さまの島へと旅立って行ったアストライアー侯爵がだ。昨日、戻ってきていた侯爵は報告書を早々に仕上げて、我々アルバトロス上層部へと届けてくれている。
またボルドー男爵、ベナンター準男爵とジータス子息にヴァレンシュタイン魔術師団副団長とファウスト魔術師からも報告書が上がってきていた。神の島へと向かった一行は無事に戻り、間を置かぬまま仕事に精を出している。
皆、真面目な者だと褒めてやりたいが、創星神さまから土産物を賜ったそうである。かくいう私も『酒を貰っておるからな!』と告げられて、渡すように創星神さまから預かったそうだ。
そしてアルバトロス城の執務室にある応接机には創星神さまから賜った酒、三本がどんと置かれていた。なんともない酒瓶であるが、創星神さまが好みの味を創り出されたそうである。
「う。腹が……」
「陛下。ご参加なさらなかったことが仇になったのでは?」
私を見る宰相の目が細められる。たしかに参加していれば、もしかすると少しは胃の痛みがマシになっていたかもしれない。報告書に目を通せば、カルヴァイン枢機卿と聖王国の教皇猊下も創星神さまから酒を賜ったそうである。
「まさか私のような者にまで創星神から土産を賜るとは……飲んでみたい気持ちと、飲みたくない気持ちがせめぎ合っている」
「だからこそ、保存用、観賞用、賞味用と三本、同じ品をご用意してくださったのでしょう?」
本当に何故、創星神さまは私にまで土産を用意してくださったのか。私が創星神さまにワインを贈ったことは事実であるし、美味いとお言葉をくださったことも知っている。
だが、まさか、創星神さまが気を使ってくださるとは思いもよらず、賜った品をどうしようかと悩んでしまうのは当然のことであろう。しかも、賞味用、観賞用、保存用と銘打って下賜されたものである。ということは賞味用と銘打たれた品は私が口にして、味の感想をアストライアー侯爵かボルドー男爵に伝えねばならない。
「分かってはいるが……何故そこで、そのような気遣いを神さま方は発揮してくださるのか」
「陛下……諦めてくださいませ。アストライアー侯爵は他の星を創り給うた神と懇意になさっております。以後も神関連の出来事は起こりましょう」
肩を落とした私に宰相が苦笑いを浮かべていた。まるで他人事のようだと思ってしまうのは私が狭量故なのか。
「まだ、事が起きるというのか」
「はい」
苦虫を噛み潰したような顔になるのを自覚しつつ、私は宰相に視線を向けた。
「そうか。宰相、頼みがある」
少し間をおいて、王太子と外務卿と内務卿と財務卿を呼んできてくれと私は宰相に頼んだ。
「承知致しました」
涼しい顔に礼を執る宰相に私はにっと口角を上げる。
「皆で賞味しよう……君も飲み給え!」
「え?」
用件を伝えたあと、私は間を置かずに宰相も巻き込んでしまう。創星神さまから私宛に賜った品であるが、アルバトロス王国を盛り立てていく者たちも関係ないはずがない。私たちは死ぬまでアルバトロス王国に忠誠を誓うものだと宰相の肩を叩き、皆を呼んでくれと再度頼む私であった。




