1596:最後にお願い。
神さまの島へ向かった面子の様子を伺いつつ、軽食コーナーに私が陣取ってからそれなりの時間が経っている。グイーさまとボルドー男爵さまとヤーバン王国のアリーさまの酒盛りの輪はいつの間にか外れおり、それぞれ違う方たちとの交流を図っているようだ。
グイーさまの部下となる神さま方と顔合わせできたし、テラさまとシェクトさまとも話すことができた。提供されている料理は美味しいとディオさまにも伝えている。ヴァルトルーデさまとジルケさまもディオさまの料理に満足していたし、ナターリエさまとエーリカさまも小食ではあるものの賞味していた。
ディオさまは『北の娘さまと東の娘さまがたくさん食べておられる!』と感動していたので、普段の食生活が窺い知れる。ナターリエさまとエーリカさまは雰囲気に押されてたくさん食べたのでは――それでも姉神さまと末妹さまに比べると凄く少ない量だ――なかろうか。やはり大勢いる場で食べるご飯は美味しいよねと、最後のエビフライを私が食べているとグイーさまが来賓室の壇上に立った。
「そろそろお開きの時間にしよう!」
主催者さまの合図で解散となるのは人間も神さまも変わらないようだ。提供されていた料理は一通り口にできたから思い残すことはない。あとはグイーさまと挨拶をすれば、アルバトロス王国に戻ることになるのだろう。
手に持っているお皿を戻すのが少し惜しいけれど、軽食コーナーから離れなければと私は『またね』と心の中で告げて場を去った。グイーさまの下へ向かう途中に私はカルヴァイン枢機卿さまと教皇猊下に声を掛ける。
他の方であれば自主的にグイーさまの下へ向かうだろうけれど、お二人は遠慮しそう、というか信仰心の高さから挨拶を躊躇いそうである。強制してしまい申し訳ないが、私と一緒にグイーさまへの挨拶を送ろうと伝えれば、何故かお二人から『閣下!』『アストライアー侯爵!』と名前だけを呼ばれるのだった。
「行きましょうか」
「は、はは、はい!」
「う、うむ」
私の声に緊張した様子でお二人が答えてくれた。グイーさまはお酒が入って上機嫌だから、お二人は神さまのイメージをどんがらがっしゃんと崩していないだろうか。宗教上の神さまは完全無欠のスーパーヒーローのような描かれ方をしているから、彼らの夢を壊している可能性がある。
その時は平謝りするしかないのだろうか。私は気さくなグイーさまが好きであるが、お二人はどう思っているのだろう。ふと気になって後ろを振り返れば、カルヴァイン枢機卿さまと教皇猊下は口を真一文字に結んで神妙に歩いていた。余計な事は聞かない方が良さそうだと、私は前を向き壇上を目指して歩を進める。途中、ヴァルトルーデさまとジルケさまとナターリエさまとエーリカさまが『お疲れさま』と声を掛けてくれた。
「今日はありがとうございました」
私の声にクロも一緒に『ありがとうございました』と言葉を紡ぐ。すると四女神さまは少しだけはにかんだ。
「父さんの思い付きだから。ナイが楽しめたならそれで良い」
「まあ、ナイが風邪引いたつって親父殿も気にしてたみたいだからなあ」
ヴァルトルーデさまとジルケさまが肩を竦める。今日はグイーさまの思い付きで神さまの島へと向かうことになったけれど、お客として招かれることが滅多にないから新鮮だった。
美味しいご飯もたくさん頂くことができたので、私は満足だと伝えれば『一番食べていた』『本当にどこに入ってんだ?』とヴァルトルーデさまとジルケさまに訝しがられる。ゆっくり食べて良いなら私の胃に『制限』という文字は適用されない。本当に今日はよく食べたなあと私が笑うと、今度はナターリエさまとエーリカさまが口を開く。
「ナイが元気に食事を摂っていたので、お父さまは安心したようですわ」
「お母さまもナイが倒れるなんて、と仰っていましたからねえ」
くすくすと北と東の女神さまが笑う。カルヴァイン枢機卿さまと教皇猊下は二柱さまと顔を合わせる機会は少なかったためか『ひ』と息を呑んでいた。たしかに雰囲気のある女神さまだから、お二人が息を呑むのは仕方ない。ナターリエさまとエーリカさまはそんなお二人を気にした様子はないため私は頭を小さく下げた。
「お騒がせを致しました」
私が下げた頭を上げれば、ナターリエさまとエーリカさまが『お父さまには良い機会だったのでは』『人間が寝込むところなど見たことないでしょうから』とぼやいている。そういえばグイーさまは最近まで地上に降りたことがない様子。もしかして私はグイーさまに結構心配を掛けてしまっていたのかと首を傾げると、ヴァルトルーデさまがカルヴァイン枢機卿さまと教皇猊下に視線を向けた。
「二人は楽しんだ?」
ヴァルトルーデさまの声にお二人が伸ばしていた背を更に伸ばした。息ができているか気になるところだが、聖職者魂を発揮したのか、お二人はどうにか口を開くことができたようだ。
「に、西の女神さま! は、はい!」
「私のような者が奇跡を体験できるとは!」
少し慌てた様子でカルヴァイン枢機卿さまと教皇猊下が礼を執る。それはもう直角九十度の綺麗なお辞儀であった。ヴァルトルーデさまはお辞儀をしたお二人を見て『そんなに謙らなくても』と言いたげである。するとジルケさまが『姉御、西の女神として二人になにか言ってやれよ』と助言を送った。ナターリエさまとエーリカさまは面白そうに成り行きを見守っている。
「気が向いたら、またくれば良い?」
「姉御、あたしらの力添えがねーと、ここにこれないだろ」
「あ、そっか」
なんだかヴァルトルーデさまとジルケさまが間抜けなやり取りをしている。信仰対象である西の女神さまがこんな抜けた感じで良いのだろうかと、カルヴァイン枢機卿さまと教皇猊下を見れば恐れ多いと言いたげになっていた。い、良いのかなと私が目を細めれば、ヴァルトルーデさまがじっとこちらを覗き込んでいた。
「ナイ。なにを考えているの?」
「いえ、なにも。カルヴァイン枢機卿、猊下。グイーさまの下へ行きましょう。皆さま、また後程」
ヴァルトルーデさまに私は誤魔化しの言葉を紡いで、グイーさまに挨拶に行こうと再度カルヴァイン枢機卿さまと教皇猊下に告げた。緊張した様子で返事をくれるお二人に私は苦笑いを浮かべながら、グイーさまがいる壇上へと向かう。グイーさまの足下にはシェクトさまも一緒でぽよんと身体を揺らしていた。
「グイーさま。本日はありがとうございました」
「お、ナイ。今日は楽しめたか?」
私の声にグイーさまがにっと笑みを深めた。美味しいご飯をたくさん頂けたから私は満足している。他の方たちも各々交流を深めていたようだし、副団長さまと猫背さんは神さまの島を探検できて満足していた。グイーさまが誘ってくれなければ、神さまの島へと早々に向かうことはできないだろう。ヴァルトルーデさまとジルケさまは移動を担ってくれたから、手間が掛からなかった。それに。
「はい。シェクトさま、またお会いできて嬉しかったです」
私がシェクトさまと視線を合わせるためしゃがみ込む。
『我もナイと再会デキテ嬉シイ……』
なんとなくシェクトさまの声に覇気がないような。不思議に感じた私はつい首を傾げてしまう。
『星に戻れば、我とシャベル者、イナイ』
シェクトさまはご自身が管理する星に戻れば、誰とも話をすることはないようである。それは寂しいと私は目を細めれば、グイーさまが腕を組んで笑みを更に深めた。
「なんだ、シェクトは寂しさを覚えるようになったか! それこそ部下として新に神を設ければ良いではないか! 儂が創ってやろうか?」
『グイーが創るナラ、我が創る』
にたりと笑うグイーさまにシェクトさまの身体が微妙に発光していた。どうやらグイーさまに新たな神さまを創って貰うくらいなら、シェクトさまはご自身で神さまを生み出す方を選ぶようである。
「なんぞい。面白くない」
むーと不貞腐れるグイーさまを他所にシェクトさまは私に半歩距離を詰めた。
『ナイ。少し、キョウリョクして欲しい』
「私が、ですか?」
協力するのは良いけれど、一体なにをすれば良いのだろう。また首を傾げれば、シェクトさまの身体が細く伸びて、宝石のような玉が出てくる。それは以前私が預かった通信用の石にそっくりだった。
『我が新ニ神を創り出しても、きっとシャベラナイ。だからナイの魔力をスコシ込めて』
シェクトさまの神力で新たな神さまを生み出すことは凄く簡単なことらしい。でも、元々喋ることのないシェクトさまが新たに神さまを生み出したなら、余計に口下手な神さまが誕生し易いとのこと。
だから、シェクトさまの因子を色濃く受け継がないように、他の神さまや人間を混ぜ込めば避けられるらしい。グイーさまの因子を貰えば煩い神が誕生しそうだし、テラさまの因子を譲り受ければ面倒なこと――テラさまに惚れている神さまから嫉妬される――が起きるから避けたいとのこと。
それならばと、シェクトさまは私を選んだようである。以前は勝手に魔力を貰ったけれど、今回はきちんとシェクトさまはお伺いを立ててくれたようだ。なんだか光栄なような、他の神さまの方が良いようなと迷いつつも、創星神さまからお願いされたなら断れやしない。
「本当に私で良いのですか?」
一応、私はシェクトさまに念を押せば『ン』と短く返事が戻ってくる。差し出された玉はそのままだし、ならばさっくりと魔力を玉へ込めましょうかねえと私は魔力を練った。すると気を使ってくれたヘルメスさんが出力の微調整を担ってくれている。
『錫杖ノ力、借りないで』
『私の活躍の場が! 酷いです、どこかの創星神さま!!』
シェクトさまの声でヘルメスさんが嘆く。魔力の出力調整はヘルメスさんに任せれば良いかと私は適当に魔力を練っていた。シェクトさまは差し出した石に『少し魔力を込めて』と言っていた。シェクトさまの少しの概念がどれほどのものか分からないが、今の状態だと割と石に魔力が込められてしまったのではなかろうか。大丈夫かなと私は薄目でシェクトさまの下にある石を見た。
「……あ」
シェクトさまの下にある石に皹が入って、綺麗に真っ二つに割れた。やばいと思うものの、時すでに遅しであり、なにも対処できない状態である。そして一緒に見ていたグイーさまも目を丸めて驚いていた。
「おお……シェクトが創り出したものを人間が破壊するとは……」
『ダイジョウブ。二個ニ増えたダケ。ナイ、気ニシナクテ良イ。神ヲ二柱創ル』
驚いているグイーさまを他所にシェクトさまはぽよんと身体を動かして、割れた石を自身の身体の中へと取り込んだ。割れてしまった石は何故か二柱さまを生み出すために使用されるようである。
カルヴァイン枢機卿さまと教皇猊下が私の背後ではくはくと口を動かしているような気がしてならない。ジークとリンも呆れているような雰囲気を醸し出している。グイーさまは『良かったなあ』とシェクトさまに零しているが、本当に良かったのだろうか私は甚だ疑問だ。
『アリガトウ、ナイ』
「石を割ってしまって申し訳ありません。ヘルメスさんの力を借りないと出力の調整が難しくて……」
お礼を告げるシェクトさまに私は再度謝罪を入れる。するとグイーさまが『ナイの魔力は規格外だからなあ。上手く操れないのはさもありなんというか』となにかを考えるように口にした。
これ以上、この場に居続けると更に魔力を込めてとお願いされても困ると私はカルヴァイン枢機卿さまと教皇猊下に視線を向けて、グイーさまへ挨拶するようにと促した。そうしてどうにかこうにかグイーさまと挨拶を交わすお二人を見届けて壇上から離れる。
「あれ? 私の分身擬きがシェクトさまの星で神さまになるってこと??」
先程のやり取りを反芻していると、なんとなく私に似た神さまが誕生するのではと今更ながら思い至る。
『それに近い事柄だと思うよ……ナイ』
「だな」
「だね」
肩の上のクロが息を吐きながら答えてくれ、後ろに控えているジークとリンも頷いていた。カルヴァイン枢機卿さまと教皇猊下は微妙に顔を引く付かせている。しかし……私に似た神さまが誕生したとして、シェクトさまの話し相手を果たして務められるだろうか。




