1595:伸びた、延びた。
グイーさまの島にあるお屋敷の来賓室でお喋りと軽食を口にしながら、結構な時間が経っていた。
アリーさまとボルドー男爵さまはグイーさまと楽しそうにお酒を楽しんでいる。貢物としてお酒をたくさん持ち込んでいるのだが、全て飲み干しそうな勢いがあった。グイーさまに飲み友達はいないとのことだから、お酒が進むのは仕方ない。
楽しんでいることを止めろとは言い辛いから、北大陸の北の端でオーロラの現れる回数が増えることがないように祈るしかないだろうか。テラさまも見守りに徹しているようだし、四女神さまも不満はあるものの楽しそうなグイーさまになにも言えないようだ。
私はもう一度、軽食コーナーでエビフライを貰おうとすれば、副団長さまと猫背さんとエンカウントする。外に出ていたのに戻ってきたのなら、そろそろ解散の時間となるはずだ。エビフライを味わってお腹に納めることを誓い、私は副団長さまと猫背さんに視線を合わせた。
「お帰りなさい。なにか収穫はありましたか?」
私の声にお二方はにっこりと笑みを深める。
「ええ。それはもちろん!」
「アルバトロス王国で見ない植物と生き物がたくさんいた。面白い」
神さまの島の植生はグイーさまの趣味が反映されている。地上で綺麗な花があれば神さまの島で再現し、昆虫や小さな生き物も同様だとか。グイーさまの趣味が反映されているお陰で亜熱帯地域の植物と寒冷地域の植物が同じ場所で育っている。
ヘンテコな雰囲気はあるが神さまの島らしいことなのかもしれない。副団長さまと猫背さんは短時間で神さまの島をぐるっと回ってきたそうだ。案内役の神さまが乗りの良い方で、楽しい時間を過ごせたらしい。まさか副団長さまと猫背さんの研究者気質に対応できる神さまがいらっしゃるとは。まあ、神さまにもいろいろな方がいるのだから、お二人と波長が合う方がいてもおかしくはないはず。
「動き回ってお腹が空いていませんか? ディオさまが腕に縒りを掛けてくれた品がたくさんありますよ」
私は美味しい料理を再度頂くべく、お二人も誘ってみた。すると副団長さまと猫背さんが顔を見合わせる。
「せっかくです。頂きましょうか」
「僕、神さまの力に拒否反応がでると失礼だから……」
そういえば猫背さんは食べ物に含まれている魔素に拒否反応が出てしまう方であった。いわゆるアレルギー持ち、という表現で良いのだろう。私の魔力は親和性が高いため、屋敷の畑で穫れた品は猫背さんとの相性が良かった。神さまが作ってくださった料理には魔素ではなく神力が宿っているはず。たしかに拒否反応が出れば失礼なことであるが、神さまも鬼ではない。アレルギー持ちの方の苦労は理解してくださるはずだ。
「なら経緯を説明しておきましょう。怒られはしないかと」
私は副団長さまと猫背さんに『行きましょう』と声を掛け、きょろきょろと顔を動かす。すると目的の方は軽食コーナーの直ぐ側にいた。
「ディオさま」
「ナイさん。どう致しました? 口に合わない品がありましたか?」
にこりと笑ったディオさまが私を見下ろし、そして副団長さまと猫背さんとも軽く視線を合わせている。私は猫背さんの体質をディオさまに説明すると、それはそれはと言いたげな表情になって眉尻を下げた。
「それは……大変ですね。人間にとって食事は大事なものです。ご苦労をされてきたのですね」
ディオさまは猫背さんの体質を直ぐに理解してくれたようだ。神さまの島にある素材で作った料理なので、地上で食べるより拒否反応は出辛いそうである。
猫背さんの食べられる品が増えたと喜んで良いのか分からないが、なににせよ食べられるなら食べてしまおう。猫背さんは相変わらず標準体重より軽いようだから。猫背さんはディオさまと視線を合わせて、礼を執れば言葉を紡ぐ。
「侯爵さまのお陰で、僕の食事環境は随分変わりました。食事を摂ることの楽しさが初めて理解できたのです」
猫背さんの言葉をディオさまが咀嚼していた。すると説明がなくとも理解できたようで、ディオさまが『ああ』と声を上げる。
「ナイさんの力は他者との親和性が高いですものね。だからこそグイーさまは力を取り込み、海に浮かぶ孤島を大きくしたわけですし」
本当に南の島で魔力を注ぎ込んだ時は驚いたものである。まあ声が聞こえて私が答えることができたというのも大概だとは思うけれど。私の魔力の膨大さはなにが原因なのだろう。今更気にしても遅いのかもしれないが、理由が分かったならすっきりするはず。それに親和性が高い理由も何故だろうか。私が悩んでいればディオさんがじっと私を見下ろしていた。
「たしかナイさんは事故に巻き込まれたのですよね? で、あるならば、テラさまが無意識で力を与えた可能性は十分にありそうです」
たしかにテラさまがグイーさまにお願いして私たちの魂は生まれ変わったわけだから、地球の創造神さま由来の力というのが筋であろうか。でも、それならフィーネさまとエーリヒさまにも同等の力が宿っていてもおかしくはない。私だけ力を授かったというのは不公平ではなかろうか。しかし強大な力を与えられても困るだけだなあと、私はディオさまを見上げる。
「力の由来よりも、身長が伸びない方が由々しき事態です」
そう。強大な力を得たお陰か私の身長は低い。一ケ月ぶりに会ったアリアさまに背が伸びたかと言われたけれど、微々たるものである。成長期の一ケ月であれば、身長が一センチか二センチ伸びても良いはずだ。そして一センチか二センチ伸びていたならば成長痛が私を襲うはずである。だというのに成長痛を感じたことはない。むーと私が唸っていればディオさまが苦笑いを浮かべた。
「ですが、少し伸びておられますよね?」
「少しだけ伸びたようですが、微々たるもの……あと十センチは高くなりたいです」
あれ、ディオさまも私の背が伸びていると感じたようだ。でもやはり微々たるもののため実感が薄い。時間が掛かっても良いから、せめて百六十センチにはなりたいものである。とはいえ私はもう直ぐ二十歳を迎えるから、成長期を脱している可能性の方が高い。無念と言いたくなるのを我慢していると、苦笑いを浮かべたディオさまが言葉を紡ぐ。
「ナイさんの願いが叶うと良いですねえ」
くすくすと笑うディオさまに私は栄養を摂ってきますと伝えて、副団長さまと猫背さんとジークとリンと共に軽食コーナーへ再度出陣するのだった。
◇
ナイさま。堂々と軽食コーナーを陣取って、幸せそうな顔を浮かべて食事を摂れるのは世界広しと言えど、ナイさまくらいのものです。うん。ナイさまの側でジークフリードが穏やかな顔で彼女を見守っているのもいつも通りと言えるだろう。
俺はユルゲンと一緒に神さまの島にあるグイーさまの屋敷の来賓室の片隅で、そんなことを考えていた。神さまの島には何度か足を運んでいるものの慣れることはなく、常に緊張している。
ナイさまが気を使って祝福を施してくれているから、以前より神さま方から圧力を感じることはないが、やはり島や屋敷の中の雰囲気は特殊といえよう。グイーさまの部下である神さま方がたくさんいらっしゃるし、大陸を司る女神さまも同席している。二十七柱の創星神さま方が揃った場よりマシかもしれないが、地上のナイさまの屋敷で行っていたのだ。神さまの島へ足を踏み入れた瞬間から、俺たちはソワソワしているというか。
本当にナイさまは俺たちとは一線を画していると、軽食コーナーで幸せそうにエビフライを頬張る彼女を見た。
「ナイさまは本当に健啖だな」
先程も、ナイさまはエビフライを取り分けていたが、余程美味しかったようで、もう一度胃に納めているようだ。俺が隣にいるユルゲンに視線を向けると、彼もまた俺と同じ光景を目にしていたようだ。
「アストライアー侯爵閣下ですからねえ。彼女くらいの胆力があれば、僕たちはもっと出世していたかもしれませんね」
苦笑いを浮かべながらユルゲンは肩を竦める。たしかに俺たちにボルドー男爵閣下とヤーバン王国の国王陛下のようにグイーさまと酒盛りができるような心構えがあれば、出世していただろう。
とはいえ今も十分に出世しているはずだ。一応、外務部の若手の中で一番高い地位に就いているし、ナイさまのお陰で、領地付きの爵位持ちとなった。今日、神さまの島に赴いたことで、俺たちはまた再評価を受けるはずである。
「目立っていない伯爵家の三男坊だったのになあ……本当によくここまでこれたと自画自賛したくなるかも」
「僕は一度失敗しているというのに、皆さまから更生の機会を頂くことができましたからね。運が良かったと」
ふふとお互いに笑い合っていれば、フィーネさまが俺たちに向かって手を振っていた。どうしたのだろうと視線を合わせれば、彼女はにっこりと笑みを深める。相変わらず俺の彼女は可愛いと心の中で見惚れていれば、俺たちが動かないことに『あれ?』となっていた。
「一緒にお話しませんか?」
フィーネさまはそう声を上げれば、側にいたイクスプロード嬢と大聖女ウルスラも小さく頭を下げた。俺とユルゲンは断る理由はないと彼女たちの下へ歩いて行く。
「楽しまれていますか?」
彼女たちの下に合流した俺が一番に声を上げれば、三人が苦笑いを浮かべる。
「流石に緊張しますね。グイーさまのご家族だけではなく、他の神さま方もいらっしゃいますから」
ヴァルトルーデさまとジルケさまとは顔を合わせる機会が多いから、少しは慣れている。今日はグイーさまとテラさまと四女神さまに他の神さま方が揃っていらっしゃるため、雰囲気が凄いことになっていた。神さま方はいつも通りなのだろう。グイーさまに命じられた職務を淡々とこなしているが、同席している俺たちは肩身が狭いというか、場違いというか。
「ボルドー男爵閣下とヤーバン王国の陛下とアストライアー侯爵閣下が規格外なだけでしょうね。あと魔術師の方たちも」
ユルゲンが苦笑いを浮かべて、酒盛りをしている方へと視線を向ける。あそこは例外だろうと、集まっているみんなが苦笑いになった。
「で、ですが、神さま方と語り合う時間を頂けたことは奇跡以上の出来事です!」
「本来ならあり得ないですからねえ……」
大聖女ウルスラとイクスプロード嬢がフォローを入れている。聖王国に所属する者としては今回のことは価値あることのはず。フィーネさまも聖王国での立ち位置を確たるものにしているだろう。うーん。俺が彼女を迎えに行くことが遠のいた気がしてならないものの、決めたことは男として遣り遂げようと決意を新たにするのだった。根回し、頑張ろう。




