1594:家庭内ヒエラルキー。
カルヴァイン枢機卿さまと聖王国の教皇猊下の緊張は飲み物を口にしたことで、少しばかり和らいだようである。それでもまだ緊張が残っているようだが、流石にグイーさまをけしかけるようなことはしたりしない。
これは最終手段だと考えているので、本当にお二方が困ったことになればグイーさまに相談してみよう。アリーさまはボルドー男爵さまと喋っているし、ちょいちょい神さま方とも会話を交わしている。
亜人連合国の方たちも二度目の訪問のため問題はなさそうだ。エーリヒさまとユルゲンさまにフィーネさまも同様である。ウルスラさまは緊張しているものの、アリサさまが上手くフォローを入れてくれていた。
アリアさまとロザリンデさまとソフィーアさまとセレスティアさまも南の島での経験で緊張はしているものの、過度なものではない。カルヴァイン枢機卿さまと教皇猊下以上に緊張している方はいなさそうで、私は迎賓室を見渡して軽く息を吐けば肩の上のクロが声を掛けてくれる。
『ナイはなにか食べないの? ディオさまが料理を作ってくれたんだよねえ?』
「うん。楽しみにしているから絶対に食べるよ。お誘いした人が孤立してたら先に声を掛けようと思っていたけれど、大丈夫そうだね」
やはり最大の楽しみはディオさまの料理である。腕によりを掛けて作ってくださったそうだから期待しない方が失礼だろう。クロが相変わらずだねえと苦笑いを浮かべると、後ろに控えてくれていたジークとリンが静かに笑う。
「食べに行くか?」
「行っても良さそう」
ジークもリンも今日は楽しまなければ。神さまの島にあるグイーさまの屋敷で行われているから、会場に不審者なんて絶対にいない。だから私の側を離れても問題なかったのに、二人はいつも通りに護衛役を務めてくれていた。
多少は気を抜いても許されるだろうし、偶には三人で楽しむのもアリだろう。もちろんクロたちも一緒だから、まあいつもの面子となるけれど。私は後ろを振り返り、そっくり兄妹の顔を見上げる。
「行こうか」
ジークとリンに告げて私は一直線に軽食コーナーを目指す。辿り着いた楽園にはいろんな種類の料理が取り揃えられている。私が取り分け用の小皿を手に取れば、ジークとリンも小皿を手に取っていた。
クロたちは人間の味付けは食べられないから、私たちだけが楽しむので少々申し訳ない気持ちがある。そんな私の気持ちを察知したのか、クロは『美味しそうだねえ。ボクたちのことは気にしなくて良いよ~』と肩の上で告げてくれた。私はクロにありがとうと伝えて、いざ、料理の前に立つ。
「美味しそう。どれを食べよう……迷うなあ」
私の目の前にはアストライアー侯爵家の料理人さんたちの得意料理がたくさん並んでいる。ハンバーグの前身となった料理に、ポテトサラダやコロッケ、サンドイッチ。朝食で提供されているパンやスープも揃えられていた。軽食コーナーだというのに、料理の数が本当に充実している。これをディオさま一柱で作られたのだろうかと私はきょろきょろと周りを見渡した。するとディオさまと視線が合って、軽く頭を下げてくれる。
「ジーク、リン。料理を取り終わったらディオさまのところに行って良い?」
「分かった」
「ん」
そっくり兄妹に断って私は食べたい料理を手に取った。メインのお肉料理をいくつか取り分け、お野菜が足りないとサラダをこんもりと盛る。ジークとリンも興味がある品を選んでいるようだ。
どれも美味しそうだから迷うと美味しそうな料理を更に探していれば、揚げ物のエリアに辿り着いていた。ポテトチップスもあれば、アヒージョもあって、本当に種類が多岐に渡っている。油物も太ることさえ気にしなければ、いくらでも食べられると、私は目についた品を片っ端から取り分けていった。そしてとある一角に視線が釘付けになる。
「エビフライがある!」
その隣はトンカツのようである。ここは揚げ物の天国かとにんまりと顔を緩ませて、私はエビフライを数本取り分けた。きっちりとタルタルソースも用意されており、たっぷりとエビフライに掛けておく。
市販のタルタルソースが勿体なくて、以前は遠慮気味に掛けていたけれど今日は気に掛けなくて良いのが有難い。凄く贅沢をしているなあと感謝の念を抱きながら私は美味しいよと言ってエビフライをジークとリンのお皿に盛る。
勝手に取り分けたけれど、ジークとリンはどんなものか知らないのできちんと挑戦してくれるようだ。二人のお皿に乗せたエビフライにタルタルソースをたっぷり掛けるのも忘れない。そうして取り分け用のお皿が一杯になる。ジークとリンも取り分けは完了したようで、私がそっくり兄妹へと視線を向けると、ディオさまのところに行こうとなった。
「お久しぶりです、ディオさま」
「ナイさん、お久しぶりでございます」
私が声を掛けるとディオさまがコック帽を脱いで礼を執ってくれた。相変わらず物腰の低い神さまだ。
「ディオさんの料理、堪能させて頂きますね」
「侯爵家の料理人の皆さまの腕には敵いませんが、私の持てる技術を使って作り上げました。楽しんでいただけると幸いです」
ふふふとお互いに笑う。私はディオさまに料理の腕前を疑ってはいない。侯爵家で十分に学んでグイーさまたちの舌を満足させているのだから。ディオさまは私が手に持っているお皿に視線を向ければ苦笑いを浮かべている。
そんなに盛ったつもりはないけれど、でも確かにジークとリンと比べれば私は倍ほど量が多いかもしれない。取り分けた品をお腹が一杯だからもう要らないとは言わないので、その辺りは安心して欲しい。お皿に視線を向けた私はふとある料理が目に付いた。
「そういえばエビフライはどなたに教わったのですか?」
たしかアストライアー侯爵家の食事でエビフライが提供された記憶はない。
「テラさまからですね。食べたいと仰っておられて、どんな品か聞いてみると私でも作れるとなりましたから」
ディオさまはふふふと笑いながら理由を教えてくれる。どうやらテラさまからのリクエストだったようである。たしかに下拵えをして、衣をつけて揚げるだけの品だ。
でも、揚げ物はその手間が大変なのものである。油の後片付けも面倒だし、コンロ周りの掃除も重労働だろう。コックさんなので一日の最後に丁寧な掃除をするのは当たり前かもしれないが、それでも手間暇を掛けて作ってくれたことには違いない。
私は久しぶりにエビフライを食べることをディオさまに伝えると、嬉しそうに笑ってくれた。ディオさまに食べたいと言ってくれたテラさまにも感謝しなければ。私はお皿に盛った品が冷めないうちに食べようと、一旦ディオさまの下を離れて、空いていたテーブルを陣取った。
「いただきます!」
さっそく手を合わせて、取り分けた料理を口に運んでいく。どの品も美味しいと堪能しながら、お皿の上の料理を平らげていく。そうしてお楽しみとして取っておいたエビフライを最後に口の中へと放り込んだ。
冷凍食品のエビフライのような衣ばかりではなく、ディオアさまのエビフライは身はプリプリで、衣もカラリと揚がっていて触感が楽しい。エビの身の甘い味が口に広がり、アクセントとして調味料がしっかりと効いている。エビフライを久しぶりに食べたけれど、こんなに美味しいエビフライは初めて口にしたかもしれない。なんだか食べ終わるのが勿体なくて、私はつい尻尾まで食べてしまった。
「ナイ。流石に尻尾まで食べなくても良いんじゃない?」
ふいにテラさまが私たちの下へとやってきた。どうやらディオさまからエビフライの件を聞いたようで、私たちの様子を見にきたようである。尻尾まで食べた私にテラさまは少し呆れているようだ。でも、尻尾も十分に美味しいから捨てるなんてもったいない。カリカリしているからしっかりと噛まなければ口の中を切りそうではあるが。
「美味しいですよ、カリカリしていて」
タルタルソースを付けると味がなくても十分イケる。
「うーん、そうかしら? まあ食べている本人が良いって言うなら構わないけれど。あ、ジークフリードとジークリンデは無理して食べなくても良いからね。本来は残すところだし」
テラさまの助言にジークとリンはそうなのかと言いたげな表情を浮かべている。二人とも私を真似して、尻尾まで食べるものだと勘違いしていたようだ。私がなにも言わないままだったから、ジークとリンは疑問に思わなかったようである。なんだか申し訳ないと私がジークとリンを見上げれば、気にしなくて良いと無言で伝えてくれた。お皿を空にしたから、もう一度取り分けに行こうとすれば、来賓室の一角で賑やかな箇所へと視線が取られる。
「よし、乾杯だ!」
そこに視線を向けた途端に、グイーさまの声が上がった。
「シェクトは飲めなかったけれど、お酒に強い人間ってどこかに必ずいるものねえ」
テラさまは私の横で肩を竦めながら、その一角へと視線を向ける。呆れているのか、少し羨ましいと感じているのか、よくわからない顔になっていた。
「男爵さまとアリーさまがグイーさまと酒盛りを始めていますね……」
お三方は意気投合したのか、敷物を敷いた床へと直に腰を下ろしている。手にはそれぞれワインやら日本酒やらが握られているようで、グイーさまが凄く良い顔になっていた。その近くでは四姉妹さまが少し呆れつつも、なんとも言えない様子で酒盛りの姿を見守っている。
「娘たちも呆れているみたいだけれど、グイーは嬉しそうね。飲み友達はいないみたいだし、私もお酒は嗜む程度だし」
テラさまはグイーさまのようにお酒が好きではないようだ。お酒よりもゲームの方が楽しいようである。両手を胸の前で組んでテラさまは肩を竦めた。私はなんとなくグイーさまのことが心配になって言葉を紡ぐ。
「グイーさまの家庭内での立場が今以上に下がらなければ良いのですが」
「下がる場所がないから問題ないはずよ」
本当にこれ以上グイー家大黒柱さまの株が下がらなければ良いのだが、と心配していれば、テラさまが割と酷いことを言い放つ。でも、女系家族だから仕方ないのかなと思わないでもない。




