1593:飲めるのこれ。
シェクトさまが酔っぱらったようで、水を多めに飲んでくださいとアドバイスを送れば、身体から細い身を伸ばしてグラスの水を飲んでくれた。少し時間を置けば、でろんと潰れていたシェクトさまの身体が少し張りを取り戻している。
酔ってとんでもない事態にならなくて良かったと安堵すれば、テラさまに『なにをしているのよ!』と怒られて、小さくなっているグイーさまの姿が見えた。創星神としての威厳が全くないのだが、神さま一家と関係を持つようになって感じることは、グイーさま一家の中では割と普通の光景だったりする。
とはいえ初めて見る方――カルヴァイン枢機卿さまや教皇猊下――からすれば、凄い光景のようで目ん玉が落ちてしまいそうなほどに目を見開いていた。ウルスラさまも驚いているものの、南の島で神さま一家と過ごした時間が彼女を強かにしている。
『グイーとノミクラベ。イツできるかワカラナイ』
ぷすんと排気音を出しそうなシェクトさまが疲れた様子で呟いた。その姿を見た私はシェクトさまの下に屈んで言葉を紡ぐ。
「無理して飲めるようにならなくても。お酒が入っていない飲み物もありますよ」
飲み比べをしたいとグイーさまは仰っていたから、お酒を一緒に飲める方が良いのだろう。でも、同席しているならばお酒ではなくとも話を弾ませることはできる。ようするにテンションが合わせられれば良いのだが、シェクトさまとグイーさまの性格的温度が一緒になるのはなかなか難しそうだ。
『デモ、グイーは我とイッショにサケをノミタイ、とイッテイタ』
「そうですね。でもお酒がなくともお話できますから」
私の言葉にシェクトさまがうんうんと悩み始めた。どうやらお酒がなくとも楽しくグイーさまと会話するにはどうすれば良いのか考えているようである。神さまが悩む姿は珍しいと私は苦笑いを浮かべた。するとお説教を切り上げたテラさまがこちらへとやってきて、シェクトさまに大丈夫と声を掛ける。シェクトさまは『ヘイキ』と声を上げれば、テラさまが片手を腰に当てて、小さく息を吐いた。
「創星神だから、酔うはずはないんだけれどね。うーん、雰囲気で酔えちゃったのかしら」
「雰囲気で酔ってしまうようなお方ではない気もしますが」
テラさまがシェクトさまを見下ろしながらうんうん悩んでいる。どうやらグイーさまがシェクトさまにお酒を飲ませたことは意外な行動だったようである。そしてシェクトさまがお酒を飲んで酔うとは思っていなかったようだ。シェクトさまはテラさまの声を聞いて少し考えたあとぽよんと身体を揺らす。
『グイーがヨッテいるところをマナンデ、ワレも真似した』
「そういうところは古参組の力よねえ。わからないからと言って私たちの真似ができるのは」
少し呆れた雰囲気でテラさまが息を吐く。テラさまの口振りからすると、シェクトさまはテラさま方の先輩にあたるようだ。でも立ち振る舞いを見ていると、年齢はそんなに変わらないように思えてしまう。
「一応、シェクトの方が先輩になるけれど……歳の差はあまりないわ。ナイたちからすれば凄く歳が離れているとツッコミが入りそうだけれどね」
どれくらいの期間が空いていれば、神さま界隈では先輩後輩とか年上年下となるのだろう。私が首を傾げるとテラさまが肩を竦め、シェクトさまが『どうしたの』と言いたげである。
「一億、二億という時間でも誤差ねえ」
どうやら神さま方は十億、二十億という単位になれば歳の差があるという感覚に陥るそうだ。
「……神さまの時間間隔って凄いんですね」
「まあ、デカい星を創り出しているんだから、壮大な規模になっちゃうのは必然というか。だからこそ私は人間が産み出した創作物が好きなのかも」
たしかに創星神さまは文字通り星を生み出し、運命を見守る存在である。規模がデカくなるのは仕方ないことだろう。しかし地上に降りて乙女ゲームや他のカルチャーを楽しんでいる俗物的な神さまは少ないのではなかろうか。テラさまが稀有な存在なだけではと言いたい気持ちを抑えていれば、シェクトさまが声を上げる。
『テラはジブンの星のチジョウでスゴシテいる?』
「私はね。結構楽しいわよ。まあ、シェクトの星と違って知的生命体がたくさん存在しているから、かもしれないけれどねえ」
たしかに知的生命体がいなければテラさまも地上でエンジョイすることはなかっただろう。しかし今日のシェクトさまは言葉数が多い。
『……』
「ありゃ、黙り込んじゃった。しばらく戻ってこないわね。シェクトの面倒は私が見ているから、ナイは楽しんできなさいな。あと緊張している面々に声を掛けて頂戴な」
おやとテラさまがシェクトさまを上から覗き込んでいる。私はテラさまに従って、シェクトさまの下から立ち上がった。シェクトさまの面倒を私が見ていたわけではないが、テラさまがシェクトさまの下にいてくださるなら場を離れても問題ない。
「それなら私は皆さまに声を掛けて、ディオさまの料理を頂いてきますね」
「ええ。いってらっしゃい」
軽く片手を振るテラさまに私は礼を執り、一塊になっている皆さまの下へと向かう。慣れている方……いや、慣れてしまった方たちは緊張している雰囲気を醸し出してはいるものの、各々料理を食べたり談笑している。
時折、グイーさまの部下の方たちや四姉妹さまが声を掛けているので交流はできている。副団長さまと猫背さんは屋敷で過ごすよりも、外がどうなっているのか気になったようで、早々にグイーさまに許可を取り外出していた。案内役の神さまがいるので、お二人が迷惑を掛けることはないはず。私は係の方に飲み物を頂き、他の方たちより更に緊張しているカルヴァイン枢機卿さまと聖王国の教皇猊下の前に立つ。するとギギギと首を動かしたお二人とようやく視線が合った。
「教皇猊下、カルヴァイン枢機卿。楽しんでおられますか?」
私はそう声を上げるのだが、居心地悪そうなお二人が楽しんでいないのは明らかである。とはいえ、大丈夫ですかと声を掛けるにもいかず、定番で無難な言葉をチョイスしたのだが、目の前のお二人は顔を青くしながら口を開く。
「アストライアー侯爵……」
「閣下」
なんだか声に張りのないお二方に私は少し離れている給仕役の神さまに声を掛ける。
「あ、すみません。飲み物を二つ頂けませんか?」
承知しましたと小さく礼を執った給仕役の方に私はお酒以外でと言葉を付けるのも忘れない。私の姿を見たカルヴァイン枢機卿さまと教皇猊下は去っていく給仕役の方の背をじっと見ている。見ていてもなにも出てこないと私は彼らへと顔を向けた。
「お二人ともグイーさまの姿を見て幻滅なさっておられませんか?」
私の質問にカルヴァイン枢機卿さまと教皇猊下が目を見開いた。当のグイーさまは来賓室の隅っこでしゅんとなって正座をさせられていた。この星で一番偉い方だというのに、威厳もなにもない姿にお二人は信仰心を捨てようと思っていないだろうか。けれど西大陸の教会と聖王国は西の女神さまを崇めているから関係ないのかもしれないが。
「幻滅などと」
「はい。創星神さまから発せられているお力は凄いものだと分かります」
たしかにグイーさまから発せられている圧は凄いけれど、今はしゅんとしているためか圧を感じづらい。テラさまは地上での生活に慣れているためか、発せられる圧は柔らかい。そういえばヴァルトルーデさまの圧も最初はトゲトゲしていたけれど、随分と丸くなったように思える。
ジルケさまは熱いなという感じであったが、屋敷で過ごしている時に熱さは感じなかったから抑えてくれていたのだろう。隅っこで正座をしているグイーさまに私が視線を向けると、考え込んでいるシェクトさまを抱えたテラさまが彼の下へと歩いている。そうして両腕で抱えたシェクトさまをグイーさまの膝の上に落とした。ぽよんと跳ねるシェクトさまに耐えられなかったグイーさまはたまらず声を上げた。
「あ、テラ。止めてぇ! 足が! 足ぃい!」
シェクトさまの重みに耐えられなかったのか、グイーさまは正座を崩して床へと倒れ込む。のたうち回ることはないけれど、少しばかり涙目になっていた。ひとしきり見届けた私は視線を元の位置に戻す。
「愉快なご家族ですよね」
本当にグイーさま一家は仲が良い。勝手な想像に過ぎないかもしれないが、一家の大黒柱が嫌われるなんてザラにあることだ。娘さまたちが呆れているものの、家を出ることはないから本気で嫌っているわけではない。
私がお二方に同意を求めてみれば、気まずそうな顔を浮かべて『なにも言えません』と言葉にならない声が頭に勝手に浮かんできた。でもまあ、立場のある方が創星神さまに『愉快ですね』とは言えないのだろう。この世界におけるオーロラの原因がグイーさまのガスと知っているため、私はグイーさま一家を愉快枠にはめ込んでしまっているようだ。はははと誤魔化すように私が笑えば、給仕の方が飲み物を持って戻ってきてくれた。
「お待たせいたしました。どうぞお取りください」
シルバートレイの上に乗っている飲み物は色とりどりであった。色味から判断するに、オレンジジュースとリンゴジュースにブドウジュースだろう。美味しそうだと私は持っていたグラスの中身を飲み干して、お代わりを頂こうと決意する。
先にカルヴァイン枢機卿さまと教皇猊下に選んで貰って、残った品を頂くことにした。カルヴァイン枢機卿さまはオレンジジュースを、教皇猊下はブドウジュースを選び、私はリンゴジュースを手に取る。私が乾杯しようとすれば、それぞれに行き渡ったことを確認した給仕の方がにこりと笑みを浮かべた。
「我が主がお創りになられた品が元です。それをディオが調理いたしました」
給仕の方の言葉に、カルヴァイン枢機卿さまと教皇猊下の動きがピタリと止まった。にこりと笑みを深めた給仕の方は己の仕事は終わったと言わんばかりに踵を返す。
「わ、私よのような者が、の、飲んでしまって良いのだろうか」
「覚悟を決めましょう、猊下。わ、我々が食事を摂っていないと知った創星神さまが悲しめば本末転倒です……!」
戸惑う教皇猊下に覚悟を決めたカルヴァイン枢機卿さまがガンギマリの表情で右手に持ったグラスを口元へと動かした。聖職者の方だから事態を重く捉えるのは仕方ない。気軽に招待状を送った私も申し訳ないことをしてしまったのだろう。なら、共犯者になるためにたくさん飲み物や食べ物を食べるべきだろうかと、彼らと一緒に私もグラスの中身を飲み干すのだった。




