1577:お話しませんか。
風邪が治って、普通に仕事を始めた日のお昼過ぎ。
ユーリの部屋へ行こうと私が廊下を歩いていると、ヴァルトルーデさまとジルケさまが後ろをついてくる。いつもであればヴァルトルーデさまは図書室に、ジルケさまはおばあの背の上で昼寝をしている。
だというのに私にくっついているのは何故だろう。ジルケさまは私に引っ付いているというより、ヴァルトルーデさまのお守り役として一緒に歩いているようだけれど。クロもいつもとなにかが違うと感じているようで、後ろをチラチラを見ていた。埒が明かないと私は廊下の真ん中で立ち止まり後ろへと振り返れば、ヴァルトルーデさまとジルケさまも歩みを止める。
「ヴァルトルーデさま、なにか?」
「どうもしない」
私がヴァルトルーデさまと視線を合わせたと思いきや、あからさまに外されてしまう。何故と疑問を抱いていれば、ジルケさまが揶揄うような表情を浮かべる。
「姉御はな、またナイが倒れやしないかって心配してんだよ。鴨の仔かよって言いたいけどよお、強く言えねえつーか、なんつーか」
はあとジルケさまは息を吐きながら、後ろ手で頭を掻く。たしかに鴨の雛のように、ヴァルトルーデさまは私のあとをついてきている。もしかして別邸に顔を見せていたのも、心配だから一緒に赴いてくれたのだろうか。人間の営みに興味はあれど、個人にはさして興味がなさそうなヴァルトルーデさまだというのに。とはいえずっと後ろをついてこられるのは、変な感じがすると私は言葉を紡ぐ。
「治ったので大丈夫です。また風邪を引いて寝込むことがあるかもしれませんが」
人間だから私も風邪を引くことだってある。まあ記憶にある限りでは、転生してから初めて寝込んでしまったけれど。ジークとリンも心配していたし、クロたちも心配してくれていた。
屋敷の皆さまとアルバトロス上層部や仲の良い方たちに、各国の皆さまにも耳に届いて贈り物の嵐となったけれど。健康には気を付けようと言いたいが、こればかりは風邪菌の仕業だしなあと私は苦笑いになってしまう。するとヴァルトルーデさまが片眉を上げ、あまり見たことのない表情になる。
「ナイが倒れると大変。父さんも悪いことをしてしまったって。母さんも『あちゃー』って顔に手を当てていた」
あれ、グイーさまとテラさまにも私が風邪を引いたことが伝わったのか。どうやらヴァルトルーデさま経由で知らされたようである。気を使われると嫌だから黙っていたわけだけれど、まさか西の女神さま経由でグイーさまとテラさまに私が風邪を引いたと伝わるとは思いもしなかった。ヴァルトルーデさまが喋り終えるとジルケさまが肩を竦める。
「会合の直後だったからな」
会合が切っ掛けで風邪を引いたと思われても仕方ないタイミングである。あまり気にしないようにと伝えるべきだろうかと迷い始めれば、ヴァルトルーデさまが小さく息を吐いた。
「どうしようって右往左往している父さんも珍しい。母さんは自分の星の風邪薬持ち込もうか悩んでた。でも他の星の物を持ち込むのは駄目だしって」
グイーさまとテラさまは一応、責任を感じてくれているようだ。ナターリエさまとエーリカさまは『気にし過ぎでは』『ナイも人間だったということですわ』と口にしていたそうである。
ふと、グイーさまに声掛けした方が良さそうな状況に陥っていないだろうかと頭に浮かぶ。テラさまとの通信は距離があるため少々手間が掛かる。うーんと悩むよりも、勢いでグイーさまに繋げた方が良さそうだと私は魔力を練った。
『ああ、ご当主さま!? いきなりはちょっと……! しかし不承ヘルメス。ご当主さまの魔力を御してナンボの錫杖でございます。例えご当主さまの魔力に気圧され散り果てようとも、役目を果たしてみせましょう!!』
最近、ヘルメスさんの主張が凄く激しい。ただ私の魔力の制御に関してはピカイチなので散り果てて貰っては困る。困るけれど、今は一旦グイーさまと繋がることを優先しなければと、グイーさまの姿を頭の中で思い描く。
「本当に煩せえ錫杖だな」
「元気だ」
ジルケさまとヴァルトルーデさまがなにか言っているけれど構っている暇はない。神さまの島のある方角を意識して、ご本神さまに魔力を届けるようなイメージだ。ふん! と再度気合を入れれば、なにかふっとした感覚に襲われる。
――ナイ! 大丈夫なのか!?
ぱっとグイーさまの気配を感じ取れば、直ぐに声が聞こえてきた。ヴァルトルーデさまとジルケさまにもグイーさまの声は届いているようで、繋がったのかと安堵しているようだ。私は北の方角を見つめ――壁だけれど――グイーさまへ声が届くようにと願う。
「完治したので大丈夫です。会合の直後に寝込んでしまったので、余計なご心配をお掛けして申し訳ありません」
いや、うん。本当に風邪を引いたタイミングが無礼極まりない時期だったというか。転生してから風邪なんて引いたことがなかったといのに。でもまあジークとリンが側にいてくれて、クロたちも心配してくれ、屋敷の皆さまも気を使って頂いたので、なんだかちょっと温かかったというか。
前世では風邪を引いても看病してくれる人はおらず、一人寂しく布団の中で寝ているしかなかった。信頼している人が弱った時に側にいてくれることの安心感を始めて知ったというか。気恥しいし、風邪は引かない方が良いけれど良い経験だったはず。
――治ったのであれば一安心だ。人間は風邪でも死んでしまうからなあ。本当にすまんかった。なにか詫びの印で欲しいものはあるか?
私の気配を伺うようにグイーさまが問うてくる。なんとなくグイーさまの後ろでナターリエさまとエーリカさまが『お父さま、背を丸くして』『こういうこともあるのですねえ』と感心しているような。
しかし見舞いの品はたくさんいただいているし、神さまからなにか頂くとなれば地上は大騒ぎになる。特に聖王国にダメージがいくのだが、グイーさまの申し出を断るのも駄目であろう。それならばと私は天上を見上げる。
「特には。またグイーさまとテラさまとお喋りする機会があれば嬉しいです。流石に二十柱さまも集まると大変なので……加減はして欲しいですが」
この辺りが無難だろうか。グイーさまとテラさまであれば屋敷にきて貰ったことがあるので問題なく対応できる。あとは日時かなあと考えていれば、グイーさまの気配がぱあっと明るいものとなった。
――お前さんは欲がないのう。こう、金が溢れ出てくる石とか願うものではないか? いや、でもナイだしなあ……ならば次は儂の島へ正式にナイたちを招待するか! 暇で仕方ないしな!
創星神さまにお願いすれば、金より価値のある石を頂きそうなので勘弁して欲しい。とんでもな原子結合した宝石とかくれそうだよねえと私は遠い目になる。現に七色に光る石が私の部屋には鎮座しており、私が持っているどの宝石よりも立派なものなのだ。通信用といえどシェクトさまがわざわざ創ってくださったのだ。もう神話級の品はいらないのである。
「あれ?」
――あれ、とはなんだ、ナイ。
ぶうと不貞腐れたグイーさまの顔が勝手に頭の中に描かれた。
「てっきりグイーさまがこちらへくるのかと」
本当に。なんだかんだで、地上に降りることを楽しみにしているようだから。でなければ二十五柱さまもアストライアー侯爵領領主邸へ連れてこないだろう。テラさまは地球の日本で質素な生活を送っているから、屋敷のご飯が美味しいようだし。
彼らの娘である二柱さまも屋敷で過ごしているので、アクセスし易いというか。私が神さまの島へ行くとなれば、ミズガルズ神聖大帝国にお願いして北の果ての漁村まで行くことになりそうだ。私が天井から壁へ視線を戻せば、グイーさまが『ん?』と首を傾げる。
――ああ、そういう意味か。そちらへ行っても構わんが、またナイたちに負担を掛けては意味がないからな。移動に関しては娘たちに任せれば問題なく行えよう。
どうやら神さまの島行きは決定事項となったようだ。グイーさまは暇を持て余しているから、神さまの島へ訪れるのはいつでも構わないそうである。ただ準備もあるから、数日前には連絡を寄越して欲しいと。テラさまにも声を掛けるけれど、ゲームの発売時期に被っていたり、嵌っているゲームがあれば連れ出すのは難しいとグイーさまが渋い雰囲気になる。
「では屋敷の者と相談して日時と向かう者たちを決めますね」
――うむ。誰でも連れてきて構わないぞ!
なんなら前回島へと向かった面子全員と、今回の会合で警備や料理に関わった他の方たちも連れてきても良いとのこと。あまりに大勢となれば、ヴァルトルーデさまとジルケさまも先導役として大変なことになりそうだと伝えれば、それなら儂が直接皆を招くとグイーさまが仰る。なんだか勢いよく、神さまの島へ向かうことが決定していくなあと目を細めると『うむ』と力強く頷いたグイーさまが楽しみだなと口にした。そして。
――ではな!!
そう告げればグイーさまの気配が霧散する。
「あれ、大事になっています?」
と私がヴァルトルーデさまとジルケさまに問えば『さあ?』『細かいことは気にしなくて良いんじゃねえか? 親父殿は楽しそうだし』と告げた。
「病み上がりなのは事実だ、時間は置けよ。ナイ」
「だね」
そう告げたジルケさまとヴァルトルーデさまはユーリの部屋へ行こうと歩き出す。私は二柱さまの背中を見つめながら、伝えることがあると口を開いた。
「皆さまの予定を調整しないといけませんし、数日後に、なんてことにはなりませんよ」
日時や向かう面子が決まる頃には風邪は治り切っているし、なんならもう一度風邪を引いていることだってあるかもしれない。すたすたと前を歩くヴァルトルーデさまとジルケさまの背を眺めるのは新鮮だ。
いつも私の後ろを歩いているのが二柱さまの日常である。女神さまを引き連れておいて、なにを言っているのかと言いたくなるものの、これが私たちの関係なのだ。そうしてユーリの部屋へと辿り着き、乳母の方に声を掛けてから中に足を進める。
相変わらずユーリは可愛く、私のことを『にゃいねー』から『ナイお姉ちゃん』とはっきりと言えるようになってきた。時折、噛んでしまうことがあるけれど、成長著しい姿を見れて嬉しいものである。私の半妹だからいろいろと背負わせてしまっているけれど、ユーリの未来が明るいものでありますようにと願うしかない。そう思った瞬間、ふとしたことを思いて私はユーリの前にしゃがみ込んだ。
「ユーリは神さまの島に興味あるかな? まだ早いかな? フソウのお相撲さんが赤子を抱いて健康を祈るみたいに、グイーさまに抱っこして貰えば縁起が良いよね」
私が語り掛ければ、ユーリは不思議そうに見上げている。真ん丸お目眼が可愛いぞと私の頬が緩むのが分かる。うん。グイーさまにユーリを抱いて貰って健康祈願して貰うのもアリだろう。神社のご祈祷で願うよちも効果は凄くありそうだ。良くわからないとユーリがポカンとしていれば、私の肩の上のクロが声を上げる。
『創星神さまとフソウのオスモウサンを一緒に語るのはどうなのかなあ?』
仮定の話だから問題なさそうだけれど、クロ的に比べるのは失礼だと感じるようだ。
「父さん、気にしなさそう」
「ユーリは小さいからなあ。会わせたら、だらしねえ顔浮かべそうだな」
そして肝心の二柱さまはあまり気にしないし、グイーさまも深くは考えないと口にする。まあ、なににせよ、神さまの島行の面子を募ろうと私はユーリの部屋を後にするのだった。




