1576:新たな土地。
風邪が完全に治り、普段通りの状態に戻っていた。大聖女さま方の聖痕は元に戻っていると返事を頂いた。
――結構な量だなあ……。
アストライアー侯爵領領主邸の敷地内にある別邸――前回、倉庫代わりにしたところ――には、各国から送られてきた見舞いの品が鎮座している。親しい方が贈ってくれたのは、私が好むであろう食料品関係だ。
贈られた品を紙面で見るだけでは分からないと、私とソフィーアさまとセレスティアさまと家宰さま――ついでに某二柱さまも――は別邸に足を運んで贈り物のチェックをしている最中だ。私が風邪を引いたという話は大陸を超えたようで、アガレス帝国のウーノさまやミズガルズ神聖大帝国の皇太子殿下と第一皇女殿下からも心配の手紙が届いていた。南大陸のA国やC国からも手紙が届いているため、完治したと返事を認めたところである。亜人連合国の方たちにも随分と心配を掛けていたようで、竜の方たちが様子を伺いに頻繁に屋敷へと飛来していた。
本当にお騒がせをしてしまったと、反省するばかりである。
とはいえ、お見舞いの品には食料品が大量に混じっているため凄く有難い。滋養に良い品をと厳選してくれているそうで、しばらくの間は領主邸で提供される品が豪華になりそうだ。楽しみにしているのは現金であろうか。でも、風邪が治って味覚が戻り、ご飯の美味しさを噛みしめられる。たった三日程度の出来事ではあったけれど、味覚が失われると楽しみにしているご飯が苦痛となってしまう。
本当に治って良かったと、仕分けられた荷物の一角に私は視線を向ける。そこには私との縁の薄い国から届いている品が置かれていた。親しい国から届いた品よりも随分とこじんまりとしているというか。まあ、縁が薄い相手だから軽い気持ちで選んだ品を届けてくれたようである。中身を確かめようと箱を手に取って、開封すればキラキラと輝く宝石を加工した品が入っていた。
「貴金属……使わないから死蔵するだけだなあ」
指輪や首飾りに腕輪を頂いたとしても夜会に参加する機会はなく披露することがない。中には絹っぽい布も贈ってくださっている方もいるのだが、ドレスを仕立てることはあるのだろうか……いや、でも寝間着を仕立てるのはアリだろうかと一人で唸っていれば、私の小声を聞いたお三方が苦笑いを浮かべる。
「まあ、私たちも相手も貴族だからな。持っておいて損はない。有難く頂こう」
「アストライアー侯爵家は無縁でしょうけれど、資金繰りに困れば売り払うこともできますわ。まあ、そうなった時の効果は微々たるものでしょうけれど」
ソフィーアさまとセレスティアさまが仰った通り、頂いた品が活躍するのは困った時にお金に換金するくらいだろうか。宝石たちも誰かに身に着けて貰い、綺麗だと褒められるために作られたとうのに、私の下へと渡ったばかりに仕舞い込まれるのは少々可哀そうな気もする。
とはいえ私の指には既に魔力制御用の指輪をいくつも嵌めているため、装飾用の指輪を付けることはなさそうだ。首にはジークから貰った品を付けているし他に身に着ける気はない。
残りは腕輪やら足輪になるわけだけれど……重い品が多くなるので気が進まないというか。ごちゃごちゃしたのは好んでいないため、儀式の時に着飾るくらいで十分である。その儀式も聖女業から遠のいているため、更に自身を着飾る機会がないわけだけれど。私が溜息を吐けば、家宰さまが苦笑いを浮かべた。
「質はどれも最高級品ですからね。それに、ご当主さまが使用する機会がどこかであるかもしれませんよ?」
片眉を上げながら家宰さまが告げる。夜会に参加していないからなあと私が息を吐けば、次は付き合いの深い方たちから頂いた品を見てみようとなった。こんもりと山積みになっているのは、食料品関係が多いからである。
ハイゼンベルグ公爵家にヴァイセンベルク辺境伯家にボルドー男爵さま、リヒター侯爵さま、ロステート伯爵さま、フェルカー伯爵さまに、フライハイト男爵さまと早々たる名が連なっていた。フソウはフィーネさま経由で私が風邪を引いたことを知ったようである。どうやら高級な納豆はありませんかとフィーネさまがフソウに問い合わせをした際に、納豆を贈る相手が私と知り、何故と聞いたようである。
亜人連合国からもマンドラゴラもどきがたんまり届いているし、リーム王国、ヴァンディリア王国からもお野菜関連の品が届いていた。ヤーバン王国からは『治って時間が取れれば、快気祝いでBBQをしよう!』というお誘いが届いている。
ヤーバン王国の特徴的なホロホロのお肉は美味しいので是非参加したいけれど機会はいつ訪れるのやら。エーリヒさまからは滋養に良いレシピをいくつか受け取っていた。食べるのが楽しみだと私が笑っていれば、アルバトロス王国の紋章が刻まれた箱が目に入る。
「アルバトロスの陛下からの品だ……今回もいろいろとご尽力いただいたから、見舞いの品を頂くのは申し訳ないような……」
本当に今回も神さま関連のことで迷惑を掛けてしまっている。通常業務だってあるだろうに、アストライアー侯爵家だけでは人手が足りないだろうと手配をしてくださった。
各国の皆さまにも感謝しなければならないから、グイーさまにお願いして挨拶回りをするのはどうだろう。思いついたことを場にいる皆さまに相談すると『止めておけ』と全力で止められる。ヴァルトルーデさまは西大陸限定なら『私が行っても良いよ』と仰ってくれ、ジルケさまは南大陸限定なら『あたしがナイの代わりに礼を言っといてやるよ。神力で』と告げる。それはそれで騒ぎになる……けれど、グイーさまが出歩くよりマシだと気付いて私は考え直す羽目になる。どうにも二十七柱の創星神さまが集まったことにより、私の感覚は随分とアッパーな方向へ入っているようだ。
きちんと俗世に即した思考でなければ、いろいろと弊害が起きてしまうと私は頭の中で常識を降臨させる。
「常識……常識……常識」
念仏のように唱える私に周りの方たちがなにをやっているだと訝し気に見ていた。とはいえ常識は大事。ズレると周りの方から顰蹙を買ってしまうと、常識が戻ってくるようにと願うものの、アルバトロスの王立学院に入学して以降、常識から外れたことばかり起こっている。
「あれ、最初から薄い?」
ふと声にすれば、ソフィーアさまとセレスティアさまと家宰さまがきょとんとした顔で『今気付いたか』と言いたそうな顔になり、ヴァルトルーデさまとジルケさまは『ナイは変だから』『常識、意識できんのかよ?』と大変失礼極まりないことを言っている。まあ、良いかと私は再度、別邸の中を見る。荷物がたくさんあるけれど、もうしばらくすれば綺麗に片付くだろう。うんうんと頷いていれば、家宰さまが声を上げる。
「創星神さま方を迎えるための食料は消費できましたから、別邸の扱いはどういたしましょうか」
そう。今日の本題は別邸の扱いを今後どうするかである。神さま方用の食材は使い切っているし、見舞いの品の保管も一時的なもの。となると、領主邸にある今いる別邸はただの空き家と化してしまうのだ。身内の方を住まわせようとも、私の身内が誕生するのはまだ先である。聖女さま方の下宿先は王都のアストライアー侯爵邸のため、わざわざ侯爵領へと足を運んで貰う必要はない。やはり今回は。
「移築させて、庭を広げても良いのかなと。天馬さま方とグリフォンさんたちの居場所が少し確保できますから」
「禁忌の森で過ごされる方が多いですからねえ」
二十頭の天馬さま方に赤仔が誕生しているため、侯爵邸の庭は凄く広い筈なのに手狭に見えてしまう。産まれた仔たちも体力をつけるために、走り回れる広い土地は必要だろう。いくら侯爵邸の魔素濃度が高いからと言って運動しないのは、健康な肉体を手に入れられないはず。
「エルとジョセの話では、屋敷の庭で誰がどのくらいの期間過ごすのか相談しているとのことなので。それにグリフォンさんの卵四つもありますし、ポポカさんたちの卵も預かっていますからね。庭が広いに越したことはないというか」
天馬さま方とジャドさんたちグリフォンさんは上手く共生ができているそうだ。禁忌の森で過ごす天馬さま方に危険が迫らないようにと、ジャドさんたちグリフォンさんが目を光らせてくれている。
時折、グリフォンさんたちを庭で見ないのは禁忌の森へ足を運び、天馬さま方に危害を加える魔物を狩ってくれているそうだ。小型の竜の方たちも飛来して、遊び場としてウロウロしているそうである。そのうち他の魔物や魔獣が居着いてもおかしくないなあと目を細めると、どこぞの辺境伯令嬢さまが特徴的な御髪をぶわっと広げた。
「ナイ! それは是非、移築の方向で進めてみては!?」
「移築させるのは良いのですが、移転先をどこにするか悩みますよね。侯爵領の領都内に空き地らしい空き地はないですし……」
ほぼ別邸は移築することで決まりではあるものの、移築先の選定が難しい。侯爵領領都内は歴史が長い故に空いている土地が少ない。領主命令で更地にすることもできるけれど……強権を発動できるはずもない。なにか他に良い手はないだろうかと考えていれば、ソフィーアさまとセレスティアさまと家宰さまも考え込んでいた。
「安直だが、そうなると領都以外の大きい町への移築が無難だろうな」
「ええ。町を治めている者に下賜するという手もありますわね」
たしかに功績を挙げている代官さま方の誰かに譲るという手もあるのか。中古で申し訳ないけれど、元公爵邸の建物故に造りは立派なものだ。上に立つ者として部下の方を褒めるのは必要なことだけれど、過剰にやると摩擦が起きそうで怖い。匙加減が難しいと苦笑いを浮かべると、家宰さまも案を出してくれるようだ。
「長い目で見て、新規に土地を造成させても宜しいのでは? 入領希望者が増えていますから、建物さえあれば直ぐに埋まることでしょう。そうすれば侯爵家への収入も増えますからね」
その手もあるなあと私は考えを巡らす。入領希望者が増えていることは知っていたけれど、本当に入ってくれる方はどれだけいるのやら。それならば。
「移入者を募るより、領内に住んでいる方で、出て行かざるを得ない方たちの新しい居場所になる方が良いのかなあと」
元公爵領故に教育機関は王都ほどではないにしろ存在している。奨学金で入学し卒業した方が外に流出するのは惜しいから――もちろん絶対に駄目とは言えない――新しい土地に入って頂き、地に根を下ろして貰うことを考えても良いのではないだろうか。
「ああ。たしかにそちらの方たちのことも考えねばなりませんね。他の領地へ向かわれるのは惜しいですから」
家宰さまの声にひとまず、新規開拓できる場所を探そうとなり、ヴァルトルーデさまが興味深そうに私たちの話に耳を傾けている。ジルケさまは『妙なところに興味を持つのな、姉御は』と少し呆れていた。そうなるならば禁忌の森近くに新しく町を築くのもアリかなと、別邸で荷物に囲まれながら私たちは話をするのだった。




