1567:そろそろ良いのかな。
二十七柱の創星神さまが集まっていた中で普通に会話をしている人間は変わっている存在なのだろうか。
私の身体に備わっている魔力量が比較的に他の方たちより多いから、神さま方の圧を感じづらいという仮説は立ててくれている。それならば竜であるクロやディアンさまたちも私と同じように神さま方と喋れるはずだ。
でも、クロとディアンさまたちは積極的に会話をすることはないし、凄く創星神さまを慮っているというか。こう言ってしまえば、私に信仰心というものが欠片もないということになるのだが、改めて考えると信仰心ってなんだろうとも考えてしまう。
神さまが絶対的な存在で敬うべきである、という考えはないし、神さまが絶対的に正しいとも思えない。
むしろ創星神さま方とお会いして、いろいろな方がいると知れている。宗教は人間が都合よく解釈したものだから、神さま的にも迷惑な可能性だってあるのではなかろうか。グイーさまなら『儂のこと大袈裟に讃えすぎだ』とか言って渋い顔を浮かべそうである。
そもそも神さまに助けを求めよと言われて、仮に助けを求めても手を差し伸べてくれた試しはない。聖王国の大聖女さまの聖痕だって、ヴァルトルーデさま的には大昔に施した奇跡の残滓であり、付与についてはランダム選出である。
慰労会が続いている迎賓室の中。やはり神さまは適当だと私が苦笑いを浮かべていると、お酒が入った方たちが庭へと出て行く。
「なにがあったの?」
警備部の方がほとんどを占めていたけれど、私が考え事をしている間になにが起きたのやら。私の後ろに控えていたジークとリンを見上げれば、片眉を上げたそっくり兄妹の顔があった。
「誰が一番強いかと、勝負するそうだ」
ジークがふうと息を吐けば、上がった眉が下がる。呆れているけれど、咎めることまではしないようだ。
「意味あるのかな……」
勝負して意味があるのかと私は不思議に感じるものの警備部の方たちである。毎日、過酷な訓練を乗り越えて身体を鍛え、屋敷や領地の警備に就いてくれている。偶には楽しいことも必要かと苦笑いを浮かべれば、リンが窓の外へと視線を向けていた。
「強い、弱いは分かりやすい指標。勝てば暫く話題の人物」
リンが窓の外へ向けていた視線を私へと戻す。呆れているけれど『まあ、仕方ない』という感情を抱いているようである。たしかに強い弱いは分かりやすい指標だ。
前世で起きていた、学校のいじめのようになにかが発展するならば、私は侯爵家の当主として止めなければならないけれど。おそらくそうなる可能性は低いと判断すれば、アリーさまが残念そうな表情を浮かべてこちらへとやってくる。
「私も参加させてくれと言いたかったが……娯楽の邪魔をしてはならんしな。しかしナイ。ご老体と手合わせを願いたいのだが……場を設けてくれるだろうか?」
アリーさまも警備部の方たちのやり取りを見ていたようだ。そして珍しく邪魔をしてはならないと判断したようである。彼女であれば嬉々として参加しそうなのに……と訝しんでいえれば、答えは直ぐに提示された。
フソウの風魔と服部のご老体とアリーさまは面識があるのだが、ご老体二人はアリーさまとの手合わせを以前に行ったものの、力を流されていると感じたそうである。本気を見せてくれていないと悟ったアリーさまは再戦の機会を伺っていたとか。
「構いませんが、もう少し時間を空けませんか?」
手合わせの取り付けであれば、訓練と称してご老体も受けてくれるはず。何気にご老体たちは強い相手を未だに求めている節がある。時折、手応えのある者はいないかと嘆いているらしいから、アリーさまであれば丁度良い相手となろう。とはいえ、産後一ケ月ほどしか経っていないのだ。もう少し御身を慈愛してくださいと言いたくなるのは仕方ない。
「何故?」
アリーさまが物凄く不思議そうな表情を浮かべる。魔力が存在する世界で元居た世界の常識を解くのはナンセンスかもしれないが、心配なものは心配だと私はアリーさまに告げる。
「私の再戦願いは彼らに出してくれるのだな?」
「もちろんです。ただもう少しあとにしましょうと言うだけです」
「分かった。あまり我が儘を言っても仕方ないしな。その時を楽しみにしていよう」
片手を腰に当てたアリーさまがふうと息を吐く。するとヤーバン王国の護衛の方は『陛下のご活躍する姿を見られないのか』と少し残念そうにしていた。陛下の活躍はもう少しあとですよと言いたい気持ちを我慢していれば、アリーさまがそうだと言わんばかりに腰に当てていた手を放して、ぽんと手で太鼓を打つ。
「そうだ、ナイ」
「どう致しましたか?」
アリーさまがニヤッとした顔を浮かべながら私を再度見下ろした。
「かれーくろっけ? という品を食してみたのだが、面白い風味がしてな。肉のディップとして使えそうだと皆と話していたのだが……あれはどうやって味を出しているんだ?」
「詳しいことは料理長さまかベナンター準男爵にお聞きいただければと。南大陸の香辛料の匂いと辛さですね。確かにお肉にも合うかと」
ああ、どうやらアリーさまはカレーコロッケを食べたようである。エーリヒさまはカレーライスを作ろうとしたけれど、納得できる味が出せなかったそうである。その代わりにカレーコロッケを試してみたところ、皆さまに提供できる味とヴァルトルーデさまとジルケさまが太鼓判を押したそうだ。
だから神さま方の集会に提供されていたし、慰労会にも軽食コーナーの一角で黄金色の丸い形で存在を光らせていた。私も食べたいのだが、挨拶回りやらで手に取れないでいる。食べたいなあとカレーコロッケに想いを馳せれば、自然に私のお腹が『ぐう』と鳴った。お腹の音は割と響いてしまったようで、目の前のアリーさまが目を丸く見開いた。
「ハハハ! 流石に私はナイの腹には勝てないな!」
『元気なのは良いことだよ』
アリーさまはクロの声を聞いた途端に破顔一笑するが私は恥ずかしい。食べ物の話を始めた途端にお腹が反応するとは。食い意地が張っているのは承知しているけれど、自己主張の激しいお腹だなあと右手を当てる。
「お恥ずかしい限りです……」
「良いではないか! クロ殿が仰られた通り元気な証拠だ。私はそんなナイに好感を持っているぞ!」
今は慰労会の最中で身内しかいない場だから、私のお腹が鳴っても『ああ、ご当主さまか』とか『さもありなん』で許されている。これが夜会会場であれば……。
「貴族としては顔を顰められることですが……」
他のお貴族さまは怪訝な表情を浮かべ私に非難の目線を送るだろう。
「今更、ナイを貴族という縛りでアレコレ言う者がいるなら、ソイツの目は腐っているぞ!?」
アリーさまがカラカラと笑う。私のお腹が鳴ったのは事実で、貴族としてははしたない行為であることは重々承知しているから、非難の目は重く受け止める。ただ私と仲の良い方が夜会会場にいれば、非難してきた貴族の方たちに厳しい視線を向けそうだ。
目の前のアリーさまがいれば『くだらぬことで嫉妬を向けるな!』と口にしそうだし、亜人連合国の皆さまも『腹が鳴るのは生きている証拠だろう。人間の立場で見るならば恥ずかしことかもしれぬが、鳴ってしまったものは仕方ないだろう』と援護射撃をしてくれそうである。ウーノさまも『周りの者の目など気にしなくて良いのですよ、ナイさま』とか言ってくれそうだし、フソウの帝さまやナガノブさまも笑い飛ばして、食事をたくさん出してくれそうだ。
そう考えると私の人間関係は恵まれているのだろう。
何時の間にか味方がたくさんできたなあと目を細める。今、名前を挙げた方以外にも私に手を貸してくれる方は多いし、十年以上付き合いのある幼馴染たちが私の下から離れていかないのも奇跡なわけで。だからこそ。
「目が腐っていても貴族ですから。私も貴族の一員なのでしきたりは守らないと……お腹が鳴るのを止めるのは至難の業ですが」
目が腐っていようが、不正を働いていようが貴族は貴族なのである。長い時間築き上げてきたものを守ってきたからこそ、貴族というものが成り立っているわけで。私は新興の貴族だから、古いしきたりを守ってきた家からすれば『あんなのが貴族?』と言いたくなるのは分かるわけで。いろいろと考え込んでいる私にアリーさまが肩に手を置く。
「ナイの気概は認めたいが、あまり気にするものではないぞ?」
アリーさまが仰ったように貴族を超える功績を私は挙げているから、必要以上に気にすることはないはずだ。
「アリーさまの言いたいことは理解しています。ただ私が貴族の枠からはみ出れば体制が崩れかねないかなあと」
そう。あまり貴族の枠を超えた言動をすれば、アルバトロス王国が崩壊しかねない。もしくはアルバトロスの国王陛下から『独立しない?』と話を持ち掛けられそうである。私が一国を背負えるような能力は持っていないし、誰かにお願いするとしても指揮を執るのは随分と骨を折るだろう。そもそも今の時点で婚姻を果たしていないため、次代は? と問題にされそうだ。
婚姻相手としてジークが名乗りを上げてくれているし、手を差し伸べてくれてもいる。
幼馴染の枠から一歩踏み出すべきと考えてはいるものの、その一歩がなかなか難しい。アリーさまのように相手のことを軽く見られると良いけれど……ジークの気持ちを踏みにじるような行為だし……創星神さまと話をするより、自身の恋愛をどう進めるべきかの方が超難しい。
「ナイ?」
フィーネさまやアリアさまのように感情を素直に表に出せる人間であれば良かったけれど……自分の大事な部分の感情を晒すことには抵抗がある。昔からの悪癖だなあと自嘲していれば、アリーさまがぐいぐいと私の肩を揺らした。
「ナーイ! どうした、人間に踏まれたスライムのような情けない顔になっているぞ?」
「例えが酷いです! アリーさま!!」
一体どういう顔だと今まで考えていたことが吹き飛んだ。
「あ、反応した」
「…………」
少し呆けたような顔でアリーさまが私を見下ろしている。むうと私が口をへの字にすれば、アリーさまの表情が苦笑いに変わった。
「扱いが悪いと言いたげだが、考え込むナイも悪いぞ?」
「申し訳ありません」
それはそうだと私は素直に頭を下げた。反論できる余地はないし。
「いや、気にするな。今は身内の集まりだ。野暮は言いたくない。ナイがなにを考えているかは分からないが、難しく考えすぎれば立ち回れなくなるぞ?」
アリーさまの言いたいことは理解できた。いろいろ起きてしまい、先延ばしにしていた答えをちゃんと出す……というよりは。いい加減にぐだぐだと理由を付けて迷っている私の心に決別しなければなあと目を細めるのだった。




