1565:会合終了後。
グイーさまとテラさまも『帰る』と言い残して姿を消していた。
騒がしかったアストライアー侯爵領領主邸はいつもの静けさに戻りつつある。というのも、応援で駆けつけてくれていた方たちがまだ残っているからだ。会場警備に当たっていた皆さまは、重要な任務が無事に終わったことにほっと息を吐いている。肝の据わっている方は前代未聞の出来事に良い経験ができたと顔を緩ませているけれど。
誰が、とは言わずとも分かってしまうだろう。胆力が座っている方は本当に限られているのだから。その胆力が異様に座っている方の内、約二名が私の側へとやってきた。にこにこ顔で私を見下ろしているのだが、なにかあっただろうか。
「アストライアー侯爵閣下。お疲れさまでした」
「お疲れさま」
副団長さまと猫背さんが小さく礼を執り、今日の出来事を軽く振り返った。創星神さまが二十七柱も揃う場に同席できたのは私のお陰だと言葉を付け足す。私のお陰ではなく、副団長さまと猫背さんがアルバトロスの国王陛下に認められているからだと返せば嬉しそうな微妙そうな表情になった。
副団長さまは一応、アルバトロス王国に忠誠を誓っているはず。そんな顔をして良いのかと不思議に思うものの『副団長さまだし』で納得できてしまった。アルバトロス王国に対して彼が不利益は齎すまいという確信めいたものはある。単に研究費が貰えないから我慢しているだけのような気もするけれど。そんなことを私が考えていれば、副団長さまが少し聞き辛らそうに話題を変える。一体なんだろうと私が首を傾げれば、副団長さまは目をかっと見開いた。
「申し訳ありませんが、侯爵閣下が創星神さまから下賜された品を見せて頂くことは可能でしょうか?」
ああ。シェクトさまから通信用の石を譲り受けたところを副団長さまはしっかりと見ていたようだ。そりゃ興味を示して当然だと私が苦笑いを浮かべれば、彼の隣に立つ猫背さんも私に顔を近付ける。
「触らない。約束する」
「構いませんよ。私以外の方が触れるとどうなるのか分からないので、触れない方が無難でしょうね。シェクトさまに確認しないと」
お二人ならば問題はなかろうと、私は袋に入れていた七色に光る石を取り出す。取り出した石を手のひらの上に置いて改めて見るのだが、光の反射で石の色味が変わることが通常の物ではないという実感が湧いてくる。光の入り方で宝石の色の見え方が変わることがあるけれど、シェクトさまから譲り受けた石は光が入った故の輝きではなく、石自体が発光しているようだった。クロが私の肩の上で不思議そうに覗き込んでいるし、副団長さまと猫背さんも興味津々な様子……ではなく小さく首を傾げている。
「おや?」
「名前の部分、聞き取れなかった」
副団長さまと猫背さんが少し驚いた顔になるものの直ぐに鳴りを潜めさせていた。クロとジークとリンは聞こえていたのかと私は後ろを振り返えれば微妙な顔になっている。クロは『ナイと他の創星神さまだけみたいだねえ』と呑気に声を上げれば、副団長さまと猫背さんがにんまりと笑った。
「閣下は創星神さまに随分と気に入られたのでしょう」
「石本体が発光している……どうなっているのかな。ね、ハインツ」
名前の話題はそこそこに、副団長さまと猫背さんはまじまじと石を見つめる。たしかに石はどう発光しているのだろう。
「創星神さまがお創りになられた品ですからねえ。光ってもおかしくはないのでしょう。魔術師として敗北した気もしますが……きっと深く考えてはなりません」
副団長さまは猫背さんの純粋な疑問に大人の対応を取っていた。触って良いなら彼らは遠慮なく触れていただろうから、内心は調べたくて仕方ないのかもしれない。でも、まあ。シェクトさまが私にと譲ってくださったものだと弁えているようであった。
お二人はこの辺りの分別が付いているから、アルバトロス王国から派遣されたのだろうと苦笑いを浮かべていれば誰かの気配を感じ取る。気配の方へと視線を向ければ、面白そうな表情でアリーさまがこちらへきている。少し待てばアリーさまが私たちの前で立ち止まって、私の手のひらに乗っている七色に光る石と副団長さまと猫背さんを見たあとに口を開いた。
「なにをしているんだ?」
アリーさまも会場の警備員として配置されていた。集会の最中は凄く真面目な表情を浮かべながら壁際で控えていたのだが、終わった今はいつも通りの彼女に戻っている。
「陛下」
「うーむ。ナイにそう呼ばれるのはどうにも違和感がある。アリーで構わんぞ? 公式な場でも構わないと言いたいが、ナイが周りから白い目で見られるからなあ……!」
私がアリーさまを見上げれば、カラカラと笑っている。たしかにアリーさまの名前を公式な場で平然と呼べな、周囲の皆さまから白い目で見られるだろう。仲が良いのだろうと好意的に捉えてくれる方もいるかもしれないが極少数である。
「して、ナイの掌の上にある不思議な石はなんだ? 光っているぞ?」
「とある創星神さまから通信用にと賜りました」
腕を組んだアリーさまが首を傾げて私に問うたため素直に伝えられることを口に出した。
「何故そうなるんだ? しかし、ナイは例の星の者からも通信用の道具を預かっていたな。そういうことに縁があるのか」
アリーさまは首を逆の方へと傾げる。たしかにAさまの婚約者の方から通信用の機器を預かっているが、まさか創星神さまからも譲り受けることになろうとは。しかし預かった経緯を話すのは少々憚られるというか。グイーさまとテラさまの名誉にかかわる気がして私はどうしたものかと考える。
「いろいろとありまして……」
結局、微妙な物言いになるもののアリーさまはそうかと言っただけで突っ込んではこなかった。副団長さまと猫背さんも気にはなるものの聞いてはいけない話の可能性があると捉えてくれているようである。
本当にシェクトさまが『グイーとテラは適当だから、妙なことが起きれば我が対処する』と仰ってくださったなんて告げれば、この星の創星神さまの面子が丸潰れだろう。元地球に住んでいた身とすればテラさまも言われてしまっている。
うん。本当に限られた方にしか告げられない。
深入りしようとしないため私は違う話題を振るために、会場に残っている警備の皆さまへと顔を向け息を大きく吸い込んだ。
「皆さま、お疲れさまでした。ご助力くださり感謝致します。大きな催しではありませんが、明日は慰労会を開く予定です。気軽にご参加ください」
明日は今いる迎賓室を使用して、集まってくださった方たちに向けた慰労会を開く。といっても飲んで食べて喋って、気ままに解散して良いよというものなので、夜会のような堅苦しさはない。調理部の皆さまには迷惑を掛けるし、給仕部隊の方にも迷惑を掛けてしまうが、集まってくださった方を接待しないまま戻れとは言い辛い。
「お酒も提供致しますので、飲んでも飲まれるなを掲げ楽しみましょう」
まあ、ようするに過度な態度は咎めるぞということである。副団長さまと猫背さんとアリーさまも参加してくれるし、亜人連合国のディアンさまとベリルさまとダリア姉さんとアイリス姉さんに赤竜さんと青竜さんと緑竜さんも参加してくださるとのこと。
ダリア姉さんとアイリス姉さんは調理場を借りてエルフ料理を提供してくれるそうだ。ヤーバン王国からも兵士の方がお肉料理を作ってくださるそうだから期待して良いのだろう。
ギド殿下とフィーネさまとアリアさまとロザリンデさまも今日は領主邸に泊まり、明日の慰労会に参加してくれる。もちろん、エーリヒさまとユルゲンさまもだ。
参加される方は爵位をさほど気にしない方が多いため、楽しい慰労会になりそうだ。一先ず、会場の片付けを始めようと私は屋敷の皆さまに命を出し、私は報告書の第一報を入れようと執務室へと戻るのだった。
◇
無事、アストライアー侯爵領の領主邸で創星神さま方の集会が終わり解散となったそうである。
アルバトロス城の執務室で私はアストライアー侯爵からの第一報を受け取り安堵の息を吐いたところである。まさかこんなことになろうとは誰が思うだろうか。それでもまあ無事に終えられたのは、アストライアー侯爵の差配のお陰であろう。
彼女も創星神さまからの申し出を断れなかったところがあるはずである。問題を持ち込むなと強く言えず悶々としていたが、しばらくは平穏な時間が流れるはずだと、私は窓の外に浮かぶ双子星へと視線を向ける。双子星の前に黒い物体は存在せず、平時の美しい星空を取り戻していた。
「無事に終えたようでなによりだ。創星神さまが地上でお怒りになれば、大変なことになっていただろうからな」
「そうですね。して陛下、続きはなんと記されているのでしょう?」
私が安堵の息を吐けば、執務室で作業をしていた宰相が一旦手を止めて報告書の続きを読むようにと催促する。
「最後まで目を通していなかったな」
私は宰相の声に従い、残りの報告書に目を通すべきと視線を下に向けた。アストライアー侯爵の力強い文字を読み進める。詳細な報告書は後日送られてくるだろうが、おおまかなことは今回の報告書で知ることができるだろう。
さまざまな創星神さまが領主邸に訪れ、アストライアー侯爵は言葉を交わしたそうである。言葉を交わすだけでも凄いことだというのに、創星神さまに料理を薦めたり、興味を示したものの解説を担ったようだ。
そして最後の三行を読むだけとなり、私はこの比較的平和――起こっていることは奇跡であるが――な内容の報告書に目を細める。
そして、最後に『グイーさまとテラさまは信用ならないから、他の創星神さまから困った時は頼れと通信用の石を預かりました』という文字が踊っていた。
「何故、そうなるのだ…………!」
私の声に宰相が反応して、報告書を覗き込んできた。彼もまた目を見開きながら、息を吐いて吸ってを何度か繰り返す。落ち着いた頃合いに。
「アストライアー侯爵ですからね」
頭を抱えている私の腹が痛みを訴え宰相が苦笑いを浮かべながら、薬草茶を淹れるようにと命じているのだった。




