1563:他方では。
ナ、ナイさまは創星神さま方と普通に喋っている。
どうして平然と話せるのかと不思議であるものの、きっとグイーさまとテラさまとの出会いがナイさまの感覚を麻痺させているのだろう。屋敷にはヴァルトルーデさまとジルケさまが食客として過ごしていらしているのだから耐性は高いはず。
「本当にナイお姉さまは凄いお方です」
「またアストライアー侯爵家の名が大陸中に広まりますわね……アルバトロス王国の名も必然的に」
アストライアー侯爵家の迎賓室の一角。私の隣に控えているアリアさんとロザリンデさんが、少し離れた位置にいるナイさまに視線を向けて感心の声を上げた。私は聖王国の大聖女として創星神さまの会合に参加させて頂いているが、聖王国の評判はどうなってしまうのか。教皇猊下とシュヴァインシュタイガー卿――先々代の教皇猊下――は私が参加したことにより、国の面子がどうにか保てたと安堵していた。せっかくなら教皇猊下も参加すれば良かったのに、アストライアー侯爵が気を遣うだろうと遠慮して辞退している。
私はナイさまに誘われ、エーリヒさまと会える一心で参加を決意した。昨日の夜に前入りさせて頂いていたのだが、話を聞くにエーリヒさまは一週間前から侯爵邸に滞在して料理の腕を振るっていたとか。試作品をたくさん作ってナイさまやジークフリードさんとジークリンデさんに屋敷の方々とヴァルトルーデさまとジルケさまが味の評価を下していたようだ。
――好きな人の料理を食べ損ねた!
という悔しさはあるものの、私がくると分かったエーリヒさまは納豆料理を用意してくれている。料理人姿のエーリヒさまを見ることができた上に、昨夜は二人――もちろん護衛アリだ――で話す場もあった。本当に気遣いのできる素敵な恋人だ。
声を大にして『好きです!』と叫びたい気持ちと、そろそろ『愛しています』という感情にグレードアップしても良いのではという気持ちで私の頭の中は一杯になっていた。そんなことを考えていたからか、私の隣でアリアさんとロザリンデさんが顔を覗き込んでいる。
「フィーネさま。如何なさいましたか? 体調が優れないのであればナイさまに申し出て、下がらせて頂いた方が良いのではないでしょうか?」
「神妙な表情になっておられました。神さま方に圧されたのでは……?」
凄く心配そうな上に真面目な表情でお二人が私に問うてきた。流石に惚気ていたとは言えないと私は緩んでいたであろう表情筋を引き締める。
「少し創星神さま方について考え事をしておりました」
私はアリアさんとロザリンデさんに身体を真正面に向けて、ぱっと思いついたことを口にする。創星神さま方がたくさん集まっておられるのだから、彼らのことを考えていたとしてもなんらおかしくはない。
現にナイさまはスライムっぽい創星神さまと若い男性の創星神さまと綺麗な創星神さまと談笑されている。なにを話しているのか聞き取れないけれどナイさまのことだ。侯爵家自慢の料理の数々を紹介しているに違いない。納豆を使った料理もあったから、気に入ってくださる創星神さまがいれば良いけれど、なかなか手に取って頂けない……と私は目を瞑り、そして目を開けば、ぱちくりと瞬きさせたアリアさんとロザリンデさんが少し驚いていた。
「考え事、ですか?」
「お聞きして宜しいでしょうか?」
アリアさんは首を傾げ、ロザリンデさんが真面目な声で問うてくる。まさかそんなことを聞かれるとは露とも思わないが、私の頭の中がエーリヒさまで占拠されていたと知られるのは聖王国の大聖女としての沽券に関わる。なにか面白い……い、いや、真面目な話題はないだろうかと私は空っぽだった頭の中に聖王国の教典を引っ張り出してくる。そういえば教典には創星神さまの『そ』の字もなかったなと私は口を開く。
「聖王国の教典には西大陸の女神さまの記述しかありません」
そう。聖王国の教典にはふくよかな姿の西の女神さまが昔、昔に人間に知恵を授け、時折奇跡を起こしたという話しかない。今回、グイーさまが他の星の創星神さまをお連れになったことを新たな歴史として、本に刻まれることになるのだろうか。本当にとんでもない事態が起こっていると私は改めて思い直せば、アリアさんとロザリンデさんも少し視線を逸らして記憶を掘り返しているようだ。
「聖王国が大陸教会の本山ですから、アルバトロス王国の教典にも創星神さまについて記されていませんよね」
「ですわね。前回、ナイさまが創星神さまの使いを果たされたことは偉業となりましょうが、今回も奇跡のような出来事でございます。未来の歴史書や教会が編纂した奇跡の記録に残されるのでしょう」
アリアさんが『ナイお姉さまは凄いです』と零し、ロザリンデさんは遠い目になっていた。私がナイさまの立場であれば今頃はテンパっていただろう。落ち着いて創星神さまたちと話せる自信はないし、おもてなしするにしても屋敷の皆さまを差配しなければならない。
大陸各国に食材を提供してくださいなんて問い合わせもできる気がしないし、人員の受け入れだって大変だったはず。ナイさまの周りを固めている方たちが優秀ということもあるけれど、やはりトップの人が確りしていなければ失敗に終わるはず。
「本当にナイさまは凄い方です」
真似できないし、真似したくはない……かもだけれど。私は聖王国の大聖女としてグイーさまとテラさま、そして二柱さまの娘となる四女神さまとは挨拶させて頂いている。アリアさんとロザリンデさんも同様に挨拶を果たした。聖王国の大聖女とアルバトロス王国教会の筆頭聖女と筆頭聖女補佐としては十分な働きをしたはずである。あとは解散まで無事に終わりますようにと私たちは願うのだった。
◇
フィーネさまは会場の一角で創星神さま方を静かに見守っているようだ。彼女の隣にはアルバトロス王国教会の筆頭聖女であるフライハイト嬢と筆頭聖女補佐であるリヒター嬢も一緒だ。彼女たちが隣にいるなら、フィーネさまは寂しい思いをすることはないだろうと、俺は被っている白帽子を手に取った。
調理場の慌ただしい状況は随分とマシになり、創星神さま方が提供した料理を美味しく食されているのか気になり、料理長に許可を取って会場に足を運んでいる。軽食コーナーでは談笑しながら料理を食べてくれている創星神さまがおられ、俺は安堵の息を吐く。創星神さま方がどんな品を好む――一応、グイーさまとテラさまからはどんな品でも大丈夫と聞いていた――のか分からなかったため、本当に数多くの料理を作り上げたのだ。
ナイさまの命により、食材には困らなかったし、大量に作っても材料が底をつくことはなかった。一生分の料理を作った気がすると息を吐き、手に取った帽子を胸に当てれば創星神さまの声が耳に届く。
「美味いな、コレ!」
「そうか? 俺の星の飯の方が美味いぞ?」
声が聞こえた方へと俺が視線を向けると、二柱の男性姿の創星神さまが嬉しそうな顔と微妙な顔で語り合っている。喜んでくれるのは有難い。ご自身の星の方のご飯が美味しいというのであれば、是非、自分の口に入れてみたいと願ってしまう。
とはいえ遠く離れた星にいけるわけはなく、そもそも微妙と評した創星神さまとは会話もなにもしていないのだから、こうして見守る他ないのである。なにか美味しい料理を作れるヒントのようなものが聞けると良いけれど。でもまあ、神さま方の話声を耳にしているだけで奇跡のようなものだ。欲張ってはいけないと俺が頭を振ると、二柱の男性姿の創星神さまが話を続ける。
「なんだ、そうなのか? だったら今度食いに行っても良いか?」
「……本気で言っているのか?」
星に行きたいと乞う創星神さまに相手の創星神さまが片眉を上げていた。どうやら星を行き来するような交流は滅多にないようである。グイーさまとテラさまのように夫婦にならなければ、安易に向かうことはできないのだろうか。神さま世界のルールに詳しくない俺が疑問を抱いても解決できる方法はなく。黙ったまま、会場の様子を見守りながら話の続きを聞くしかないようだ。
「こうして偶には自分が管理している星以外に出ることも必要かもしれないと、今日思った」
「今日思ったのかよ。まあ、良いけど。でもまあ、俺の星の飯には劣るが、グイーの星の飯もそれなりだな」
うんうんと頷いて料理に興味を示した創星神さまに侯爵家の料理に納得できていなかった創星神さまが小さく笑う。今回のことが切っ掛けで創星神さま同士で交流を広めようとする気配がある。
もしかしてグイーさまとテラさまは、創星神さま同士の交流を活発化させることが目的だったのだろうか。
どうだろうと俺は二柱さまから視線を外して、グイーさまとテラさまの姿を探した。すると会場の一角、お酒を提供する場所に右瞼を大きく腫らしたグイーさま――なにがあったんだ?――と数柱の創星神さまと獣姿の創星神さまが集まっている。
お酒を賞味しているようで彼らの顔が仄かに赤い。獣姿の創星神さまもグイーさまと同様に右頬を酷く腫らしているが……喧嘩なんてなかったし、本当にどうなっているのだろう。とはいえグイーさまの周りの雰囲気は和気あいあいとしたもので、剣呑なものは全くない。
テラさまも女性の女神さまを数名連れられて、デザートを取り分けていた。かなりの量を皿の上に乗せられているが、テラさまの細い身体に入り切るのか謎である。とはいえきゃっきゃと黄色い声を上げながら楽しんでいる姿を見ると、外見相応の態度で親近感が湧いてくる。でも、やはり、皿の上のケーキやお菓子の量は半端なく、胃の容量を確実に超えていた。やはりその辺りは神さまである。俺は苦笑いを浮かべ、また視線を彷徨わせた。
「ナイさまは……普通に喋っている」
俺の視界にナイさまが映れば、とんでもない光景を彼女は作っていた。足元には七色の創星神さまがおり、少し離れた位置に今回の経緯に至った創星神さまと歳若い男性の創星神さまととんでもなく美人な創星神さまが話をしている。
内容は聞こえないけれど悪い雰囲気ではない。四柱の創星神さまに囲まれてもナイさまは動じていない。ジークフリードとジークリンデさんは護衛としてどうにか耐えているようだ。
クロさまは竜故か神さまに対する耐性が高いようで、こてんと首を傾げてみたり、尻尾を動かしながらナイさまの肩の上で過ごしている。本当に凄いなと感心していると、先程、料理が美味しいと評価してくれた創星神さまと微妙と口にした創星神さまが俺の目の前に立っている。
俺が慌てて頭を下げると、二柱の創星神さまが頭を上げろと口にした。俺はなにかしたかと心臓をバクバクさせながら二柱さまの声を待つ。
「アンタはこの屋敷の料理人か?」
首を傾げる二柱の創星神さまに俺は慌てて口を開いた。なにを喋れば良いのか見当もつかないが、一先ず無言は駄目だと口を開く。
「応援として屋敷に派遣されました。エーリヒ・ベナンターと申します」
「そうか。まあ、なんでも良い。飯、美味いな」
俺の名乗りを黙って聞き届けてくれ、二柱さまはにっと笑う。先程、料理が美味しいと評してくれた創星神さまが俺に向かってお褒めの言葉を下さった。創星神さまから頂く言葉は恐縮しっぱなしであるものの、こうして真っ直ぐに美味しかったと伝えてくれると嬉しくなる。俺は料理を作ることが好きなんだなあと再認識していれば、微妙と評した創星神さまも言葉を紡ぐ。
「まあまあだけどよ、若いのにそんだけ作れるなら上出来だろ」
肩を竦めながら俺を見下ろす創星神さまに美味しいと評した創星神さまがはあと溜息を吐いた。
「上から目線だな。自分で作らねえのに」
「良いじゃねえかよ」
二柱さまが笑い合っているが、俺はなにも言わないままなのは失礼だと背を正して、軽く頭を下げた。
「お褒めのお言葉、恐悦至極にございます。料理人一同、喜びましょう」
俺の言葉に二柱さまは『おう』『じゃあな』と告げて場を去って行った。まさかグイーさまとテラさま以外の創星神さまと言葉を交わすことになろうとは……人生、なにがあるか分からないと、手に持っていた帽子を被って俺は調理場に戻る。そうして先程の創星神さまの言葉を調理場の皆さまに告げれば、わっと盛り上がったあと感極まって泣く人に、やったやったと喜ぶ人、腰を抜かす人。様々な反応が見れたのだった。




