1553:しょっぺえ。
――翌日。創星神さまの集会まであと一日となっている。
お昼過ぎ。今日もまた味見ができるかと私はアストライアー領主邸の調理場に顔を出していた。今はジークとリンも午前の打ち合わせから戻ってきており、自由時間のため一緒にきている。ジルケさまとヴァルトルーデさまも調理場で味見をしていたのか『またきたのか』『ナイ。出されるもの全部、美味しい』と口にして、二柱さまの方へと私たちは誘われる。
「だいがくいもも美味かったから、今日のエーリヒの作る芋のパンケーキ、楽しみだな」
「末妹はご機嫌」
にへらーと笑うジルケさまにヴァルトルーデさまが突っ込んでいる。普段であれば長姉さまに末妹さまが突っ込むことが多いのに、食べ物関係では立場が逆転するようだ。姉妹仲が良くて良いことだと私は小さく笑えば、二柱さまがこてんと首を傾げる。私は仲が良いですねとは声にはせず、違う言葉を紡いだ。
「お茶の時間に芋羊羹を出して貰おうと考えていたのですが、芋尽くしなので少し期間を開けましょうか」
昨日も今日もお芋がメインのデザートを頂くのだから、少し期間を置いても大丈夫だろう。水羊羹もあるけれど、日持ちするので消費しなくてもまだ大丈夫だ。それにエーリヒさまが作ってくれたお芋のパンケーキに興味がある。料理長さま方も作ってくれたことがあるのだが、やはり高級品というオーラをヒシヒシと醸し出しているのだ。
エーリヒさまが作ったものなら、素朴で懐かしいような味がする気がしてならない。昨日の大学芋も凄く懐かしい気持ちに浸れたし、今日も同じ気分になれると良いのだけれど。まあ、私はお芋のパンケーキなんて洒落たものを前世で口にしたことがないのだが。まあ、気分の問題である。私が苦笑いを浮かべると、ジルケさまは慌てた様子で机に手を置き顔を近付けた。
「は? そりゃないぞ、ナイ!」
どうして出さないんだという抗議とそんな物が存在するのかという声があがる。ヴァルトルーデさまも芋羊羹に興味を示しているけれど、いずれは口にできると分かって特に問題ないようだ。ただ羊羹大好きなジルケさまは並々ならぬ様子で私の顔を覗き込んでいる。
「ジルケさまが羊羹取られたと恨めし気にしていたので、フソウから取り寄せていたんですよ」
「そんな話聞いてねえ!」
それはそうだ。私はジルケさまとヴァルトルーデさまには黙っておいたのだから。
「手に入れられるか分からなかったので、伝えてませんからねえ」
「……ぐっ!」
私の声にジルケさまはなにか言いたいことを堪えている。これ以上言ったところで意味はないと悟ったのか、それとも単に食べられなくなる可能性があると判断したのか。
「我慢すれば食べれる。耐えるしかない」
「けどよお、またあの創星神さまに取られると思うと気が気じゃねえんだよ」
ヴァルトルーデさまの言葉にジルケさまがしょぼんと項垂れている。そんなに羊羹を一欠片譲ったことにショックを受けていたなんて。念のためにと取り寄せておいて良かった。
芋羊羹があるかフソウに問い合わせをした際に飛竜便の竜のお方がフソウに残ってくれていたため、割と直ぐに届いたという経緯がある。竜のお方にもお礼を伝えなければなあと私は目を細めつつジルケさまが安心できるようにと目線を合わせる。
「人数分は確保しているので、そう心配なさらなくとも。それに水羊羹もありますから、冷やして食べてみましょう。寒くなってきているので、季節は外れていますが」
私の声にジルケさまが目をぱっと輝かせる。なんだか頭に犬耳が背後に尻尾がゆらゆら揺れているように見えてならない。
「いつ食べるんだ?」
「集会が無事に終われば、でしょうかね」
少し時期を空けると言ったのだから、これくらいが適当だろうか。ジルケさまがあと何日あるのかと考える素振りを見せれば、ヴァルトルーデさまが肩を竦める。
「ナイが口にすると無事に終わらない気がする」
少し待って欲しい。一体どういうことだろう。確かに無事に済めばと私は言ったが、なにか起こるとは確定していないのだ。そもそも創星神さまが二十から三十柱くるということだけでも、事件が起こっているような。それ以上になにが起こるというのだろうか。そもそもどこぞの創星神さまに常識を他の創星神さまが教える場なのだから、私が事件に巻き込まれる確率なんて凄く低い。それこそ、粗相してしまい誰かを怒らせてしまったとか。
集会に関わる気もないし、会場の隅っこで様子を見守るつもりだ。創星神さまからすれば私はちっぽけな存在に過ぎないし、無視されるのがオチだろう。ヴァルトルーデさまは心配症だなあと笑えば、ジルケさまがじっと私に視線を向けていた。
「……姉御。姉御が口に出したのも不味いんじゃねえ?」
ジルケさまがヴァルトルーデさまにジト目を向けている。けれどヴァルトルーデさまはジルケさまの視線を全く気にしていない。それよりもお芋のパンケーキを焼いている匂いが厨房に充満してきていた。
凄く甘い美味しそうな香りが鼻をくすぐる。ヴァルトルーデさまは匂いの元を探しているのか、視線をきょろきょろと彷徨わせている。厨房では明日の仕込みに入っている方たちが多くいて忙しなさそうだ。
料理長さまの声も時折聞こえて、割と忙しそうだった。お芋のパンケーキを頂いたら、私たちは退散しましょうかと私が告げると、ヴァルトルーデさまとジルケさまは小さく頷く。拒否されなくて良かったと安堵していると、苦笑いを浮かべたエーリヒさまがお皿を持ってこちらにくる。
「昨日お伝えしていた芋のパンケーキです。火力調整が上手くいかなくて少し焦げてしまいましたが……皆さまに提供するのは綺麗に焼けたところですのでご安心ください」
照れ臭そうにエーリヒさまが笑いながら、白いお皿の上に乗ったお芋のパンケーキを出してくれた。焦げたと言っていたけれど、全然綺麗な焼き目だし、焦げ目があっても目に楽しいのではないだろうか。焦げた部分は他の方のお腹に収まるのだろうなと私が苦笑いを浮かべていれば、ヴァルトルーデさまとジルケさまがエーリヒさまにお礼を伝えて早速パンケーキを口に運んでいる。
「ジークフリードは甘いのが苦手だから、ちょっと工夫してみた。一口で良いから食べて感想を貰えると嬉しい」
「気を使わせたな、エーリヒ。分かった。上手く伝えられるか自信はないが正直に答えよう」
エーリヒさまはジーク用にと別のお芋のパンケーキを用意したようである。彼が告げたとおり私たちのものと比べると随分と小さい。少しジークが羨ましいなあと私がじっとお皿を見ていれば、エーリヒさまとジークが苦笑いを浮かべていた。私は失礼しましたと頭を下げて、さっそくエーリヒさまが作ってくれたパンケーキの試食を始めるのだった。
◇
ナイさまとヴァルトルーデさまとジルケさまは本当に美味そうに食べてくれるなあ。
というのが芋のパンケーキを作った俺の感想だ。俺の目の前ではとんでもない方たちが幸せそうな顔を浮かべながら食べている。ジークリンデさんは感情が表情に出ていないけれど、もくもくと手を進めているので不味くはないようだ。俺は芋のパンケーキの味に問題はなさそうだと安堵の息を吐けば、ナイさまが食べていた手を一旦止める……というか、味わうために止めたのだろう。
「お芋さんがゴロゴロしてる。贅沢」
ふふとナイさまが目を細めながら笑えば、ヴァルトルーデさまとジルケさまもうんうんと頷いている。贅沢な品とまでは言い切れない気がするし、ナイさまであればもっと高級なものを食べているのではと俺は肩を竦めた。なににせよ美味しそうに食べてくれるのは、作り手冥利に尽きるというものだ。とはいえ材料がなければ芋もふんだんには使えなかった。
「たくさん使って良いと料理長殿が許可をくださいましたから。ナイさまから味の感想をウーノさまに伝えて頂ければ、喜んでくださるかと」
さつまいもはアガレス帝国から送られた品だ。ウーノさまであればナイさまの手紙は飛び上るほど嬉しいはずである。ナイさまは俺の言葉に『ウーノさまにもお礼を言わないとですね。じゃなければエーリヒさまが作ってくれることはなかったでしょうし』と告げて、パンケーキをまた頬張っている。
ナイさまの様子を少し眺めていたジークフリードも更に手を伸ばして小さく切り分けていた。お試しで作った品だから味はどうだろうと、俺はジークフリードの方を見る。彼が咀嚼して嚥下するのを確認して俺は声を掛けようと口を開いた。
「どうだ、ジークフリード」
「菓子というより、料理みたいだな」
ジークフリードの感想は正しいのだろう。甘い物が苦手であれば方向性を変えてみようと考えて作ったのが今回ジークフリード用に作った品なのだから。
「だろうな。オリーブオイルと塩と黒胡椒を使ったから」
俺が今回作ったのは、いわゆるおかず系パンケーキというやつだ。ジークフリード用を作ったところで手間はそう掛かっていない。ジークフリードは甘いものより全然食べられると教えてくれ、美味いとも言ってくれた。良かったと俺は安堵しながら、今度フィーネさまにも作ってみよう。さつまいもはナイさまに少しばかり譲って貰えば良いだろう。次にフィーネさまに会えるのがいつになるか分からないけれど、近いうちに叶うはず。あ、いや叶えよう。
俺が他の事を考えていれば食べ終えたナイさまがいつの間にかジークフリードの横に立っている。ジークフリードはナイさまを見下ろしながら『どうした?』と聞いていた。やはりジークフリードのナイさまを見つめる目は優しいものになっている。さて、ナイさまはジークフリードになにを言うのかなと見守ろうと俺は黙り込む。
「ジーク……――一口貰って良い?」
なにか恋人らしいことでも言うのかと思いきや。俺の期待は外れたようだ。しかし……ナイさまの分も作っておけば良かったかと俺が反省していれば、ジークフリードは残っていたパンケーキをナイさまに差し出した。
「ナイ。食べたいなら全部食べて良い」
「ううん。味見してみたいだけだから。ちょっとで良いよ」
ジークフリードは片眉を上げながら笑い、ナイさまは真剣な顔をして残っていたパンケーキを小さく切り分けた。ナイさまは小さく切り分けたパンケーキを半分口にして『美味しい』と呟き、ジークリンデさんの口に残った半分を放り込む。
ジークリンデさんも『不思議な味だけれど、美味しい』と言い、ヴァルトルーデさまとジルケさまは『良いなあ』『ずるいぞ』と声を零す。俺はまた今度作りますし、レシピは料理長に渡したので作って欲しいとお願いしてみれば良いかなとと伝えれば、二柱さまはにっこりと笑みを深めた。本当に二柱さまはアストライアー侯爵家に餌付けされている。ナイさまの人柄なのか、料理長たちが偉大なのか分からないけれど。そうして女性陣は残っていたパンケーキを食べようと手を動かしている。
俺は残りのパンケーキを食べているジークフリードに『もっと甘酸っぱい雰囲気になっても良さそうなのに』と声を掛けた。
「いつものことだ。これで良い」
「ジークフリードが良いなら、なにも言わないけど」
余裕の笑みなのか分からないけれど、ジークフリードが良いなら俺はなにも言うまい。でもまあ、友の幸せを願っているから、どうにか甘酸っぱい空気を少しでも二人が醸し出せるようにと俺は願うのだった。




