1552:役得。
――あと二日で創星神さまの集会が始まる、そんな日のことだ。
朝、エーリヒさまが昨晩に少し懐かしいスイーツを作ったから手隙の時間に調理場にきて欲しいというお誘いがあり、私はうっきうきで仕事をお昼前に片付けたところである。調理部の皆さまは創星神さま方に軽食を提供するということで練習に余念がない。
そのためか食事の内容が普段より豪華だし、従業員の皆さまも試食会が多く開かれており女性陣は太ると言いながら料理の評価に努めているそうである。介添えの際にエッダさんが少しお腹が出てきたかもしれませんと苦笑いをしていた。貴族のご令嬢が運動することはほとんどなく、痩せるなら食事制限を科すことがほとんどである。それでは健康的に痩せられないと庭の散歩を薦めてみた。
エッダさんは有難い提案ではあるものの、陽差しが気になると苦笑いをしていたのだ。こうなると、空き部屋にウォーキングマシーンでも設置しようかと考えてしまう。筋トレ道具であれば単純な機構のものが多いから、侯爵領の鍛冶屋さんにお願いすれば作れそうである。難しそうならドワーフの職人さんに提案してみよう。千年壊れない筋トレ用具ができそうだなと苦笑いをしながら、私は執務室を出て調理場を目指す。
「なにを作ってくれたんだろう?」
『美味しいものだと良いねえ』
廊下を歩きながらクロとお喋りをする。ジークとリンはまだ訓練に励んでいるのだが、そろそろ戻ってくる時間だろうか。間食に間に合えば良いけれど……ギド殿下とアリーさまがいらっしゃるので訓練に時間を費やしている。
騎士組は身体を鍛えられて良いと言っているし、新たな面子が加わって充実しているようである。とはいえ無茶をすれば集会の際に倒れてしまっては意味がない。一応、無茶はしないでください~とやんわり注意したのだが、嬉々として訓練に参加している方がいるので少々心配だった。誰とは言わないけれど。
ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんは相変わらず、食糧庫と化した別邸で荷物運びに勤しんで貰っていた。ヴァナルは『群れのみんな困ってる。なら助ける』と言ってくれ、雪さんたちは『働かざる者喰うべからず』という理由での参加だ。フソウの神獣さまになにをさせていると言われそうだが、帝さまもナガノブさまも雪さんたちの意思を尊重して欲しいとのことで許しを得ている。
あとフソウから芋羊羹と水羊羹が届いているので、ジルケさまに提供しなければなあと私は目を細めながら肩の上のクロを見る。
「クロたちも食べられれば良いけれど……甘味はお砂糖とかたくさん入っているからなあ」
クロたちも一緒に味見できると良いけれど、そもそも屋敷内は魔素が濃く、食事から栄養を摂る必要がないという。クロたち的には良いことらしいが、食事でお腹を満たしている身としては寂しい気がするのだ。
ただ果物は好んで食しているし、野菜も食べられないわけではない。お肉も食べようと思えば食べれるそうだが、食事から得られる魔素量が圧倒的に少ないとか。屋敷の魔素が濃いというのも問題かもしれないが、単純に自分が食べているのにクロたちは口にしないのはちょっと寂しいというか。クロは私の気持ちを知ってか知らずか、肩の上で脚を揉み揉みしながら顔を擦り付ける。
『そうだねえ。僕たちの舌だと甘過ぎるかも』
クロの言葉にジークみたいだなあと私は苦笑いになる。ジークは甘い物が苦手で欲しいと思わないらしい。リンは普通に食べているので、双子で差があることが不思議である。
性別の違いかもしれないが、甘い物は美味しいから機会損失ではと思わなくもない。とはいえ無理強いはできないだろう。私だってフィーネさまが大好きな納豆が苦手なのだから。しかし甘い物の試作品がたくさん調理部の皆さまの手により作られているため、ここ最近は普段より倍近く甘い物を食べている。そのためか懐かしい記憶が蘇った。
「甘い物食べ過ぎると、お腹の中に虫が湧くよって脅されたなあ。懐かしい」
前世の幼い頃、施設の人に言われた言葉である。大人が子供を嗜めるための方便だろうが、知識の少ない時分に聞くとお腹を押さえて虫がうじゃうじゃしている姿を思い描いてしまうのだ。
今ではそんなことはない――とはいえ身体にはよろしくない――と言い切れる。施設では教訓的な言葉をたくさん聞いていたなあと感傷に耽っていれば、クロがまた肩の上で脚をふみふみしながら尻尾を背に叩きつける。
『……それは想像すると怖いねえ』
うーんと悩ましそうな顔でクロが言った。どうやら前世の幼い頃の私と同じことを想像したようだ。
「まあ、食べ過ぎなきゃ良いだけだよ。うん」
私はクロを見ながらしっかりと縦に頷く。そう食べ過ぎなければ良いのだ。食べ過ぎなければ……いつも満足して手でお腹を食べている私が言える台詞ではないかもしれないが。
『ナイ。自分に言い聞かせてるようだけど、ナイは人一倍どころか二倍、三倍食べても平気そうだよ?』
「美味しいのがいけない」
クロが冗談めかしながら私の顔を覗き込んでいる。本当に美味しいのがいけないのだ。まあ、美味しくなくてもお残しは良くないと教えられてきたため、不味いからと言って食べないという選択は取らないが。辛い品だと私の舌がギブアップを上げて中断する可能性は高いけれど。
『誰かの所為にしちゃ駄目だよ~? でもヴァルトルーデさまもジルケさまもナイ並に食べているよねえ。他のところで食べると物足りなさそうな雰囲気醸し出している』
「どこに入っているんだろうってくらいに、二柱さまはよく食べるよねえ」
私はヴァルトルーデさまとジルケさまが黙々と食事を摂っている姿を思い返す。本当に二柱さまは屋敷で出る料理に旅先の料理を美味しそうに食べている。時折、口に合わない時は眉を八の字に下げながら困り顔を浮かべつつ食べ切っている。
ジルケさまは私と同様に辛い物が苦手だ。だというのに何故、南大陸では香辛料の生産が盛んになったのか不思議である。ヴァルトルーデさまはオールマイティーに食べておられる。苦手なものがあっても頑張って克服する口だ。無理に食べなくてもと見ている私は思うのだが、ヴァルトルーデさま的に許せないことらしい。
まあ、本当に騒がしいアストライアー侯爵邸となったものである。
庭からは警備部の皆の声が響いているし、廊下では妖精さんが居着いて偶にピカっと光っている。天馬さまたちも禁忌の森で過ごしたり、屋敷の庭で過ごしたり様々だ。
ジャドさんたちグリフォン組も庭の一角でのんびり過ごしている上に、亜人連合国から竜の方が『遊びにきたよー』と飛来することもある。今度は創星神さまかあと遠い目になっていると、料理場まで辿り着いていた。中からはお昼ご飯の良い匂いが漂ってきている。今日のメニューはなにかなあ――楽しみにしたいから聞かないでいる――と私はにやけながら調理場の扉を開く。
中では料理人の方たちが忙しなさそうに動いているかと思いきや、一段落して片付けの方に力を入れているようだ。調理台を布巾で丁寧に拭いていたり、調理用具を元の位置へと仕舞い込んでいた。私が訪れたことに気付いた方は頭を下げてくれる。もう少し中へと足を進めると、見知った方が調理台を取り囲んでいる。
「ヨウカンも美味いが、このだいがくいもってやつ、美味いな!」
「うん。甘い蜜と芋の味が楽しめる」
ジルケさまが感心しながら、ヴァルトルーデさまが小さく笑いながら告げていた。どうやらエーリヒさまは大学いもを昨晩作ったようで、二柱さまの分も用意していたようだ。
アガレス帝国からさつまいもさんをたくさん買い付けているので問題はないが、どうしてエーリヒさまは大学いもを作ったのか。でも本当に懐かし品だ。スーパーの総菜コーナーで売っていたり、回転ずし店のスイーツで提供されていたと、私は二柱さまの下へ行く。
「ジルケさま、ヴァルトルーデさま……調理場に入り浸り過ぎではないでしょうか? 私だって試食したいのに」
ジルケさまとヴァルトルーデさまの前には他の試作品の残骸があった。お皿には微かに食べ物が乗っていた形跡がある。大学いもはまだ残っており食べても良いですかと私が許可を求めれば、ジルケさまに大学いもが入ったお皿を差し出された。ジルケさまとヴァルトルーデさまは『食い意地張ってんな』『問答無用で手が伸びてる』と呆れていた。とはいえ二柱さまは創星神さま方に出す軽食の味見役という大切な役目を負っている。その役は本来家人である私では……? と思うものの、野暮なことは言ってはならぬのだ。
つまようじを手に取って、大学いもを口に運ぶ。甘く煮詰められたタレの香りが口の中に広がる。タレの作り方は料理人の方のセンスによるが私好みの味付けだ。お芋さんも皮つきで、カリっとした歯ごたえが楽しい。もう一個と手を伸ばせば、二柱さまは呆れながら口を開く。
「ナイは接待役だろ。適当に頑張れ」
「父さんと母さんがいるから、ナイが気負わなくても。でも他の創星神が揃うって凄く稀有なこと」
肩を竦めるジルケさまとヴァルトルーデさまが苦笑いで答えてくれる。集会まであと二日に迫っているから、私的には『どうにでもな~れ!』という心境だ。屋敷で働く方たちと応援でこられている方たちも日が経つにつれて気合が入っている。
一番呑気なのはジルケさまとヴァルトルーデさまだし、グイーさまとテラさまからも特に指示されることはなく、単に場所を提供して美味しいご飯を食べさせて欲しいというものだ。
どこぞの創星神さまは部屋で寝ているか、起きて妖精さんと戯れたり、おばあの背に乗ってみたり、天馬さまと話し込んでいたりと、至って平和そうに過ごしている。
逃げる気はないようで集会についても『逃げたら、あのおばさんとおっさんに一生追いかけられそうだ』と言っていた。逃走する気がないのであれば、無難に話し合いで終わるだろう。どこぞの創星神さまが逃げれば大変なことになりそうであると、私が三個目の大学いもに手を伸ばそうとした時だ。
「お気に召されましたか? なんとなく作ってみたのですが好評のようでなによりです」
エーリヒさまが私を見つけて顔を出してくれた。私が大学いも美味しいですと告げれば彼は嬉しそうにはにかむ。そうして手が止まらないと三個目の大学いもを食べ、四個目に食指を伸ばそうとすれば二柱さまから『食べ過ぎ』とストップが掛かる。
私がむっと眉を顰めればエーリヒさまは『また作りますから』と声を上げた。するとジルケさまとヴァルトルーデさまが凄く嬉しそうに喜んでいる。現金だなあと私は苦笑いになるが、また食べられることが嬉しいのだから二柱さまを笑えない。明日はカレーの試作品を作りつつ、お芋のパンケーキを作ると彼は言うのだが……えっと働き過ぎではと思わず私は突っ込みをいれてしまう。するとエーリヒさまは小さく笑い口を開いた。
「ここ最近、外務部の執務室での作業が多かったので、侯爵家の調理部の皆さまと作業するのは楽しいですよ」
へらりと笑うエーリヒさまに、私は外務部から首を切られたならばアストライアー侯爵家の料理人になって欲しいと口から出そうになるのをぐっと堪える。
「お芋のパンケーキ楽しみです……!」
そして心からの本音を彼に送るのだった。




