1551:集結中。
アストライアー侯爵領領主邸はてんやわんやの大騒ぎである。
秋から冬となりそうな十一月初旬。王家や高位貴族家から人員が多く派遣され、いろいろと話し合いの最中だ。グイーさまの一言でとんでもないことになっており、侯爵家の面子だけでは足りないことに当主である私は小さく溜息を吐く。
とはいえ、各方面から借り受けた方たちをぞんざいに扱えばアストライアー侯爵家の沽券に関わるだろう。皆さまが各家に戻るまで、彼らの健康と安全は私が守らなければ。
朝。よし、と気合を入れて階段下りてユーリの様子を伺いに行こうとすれば、見知った方が廊下を歩いていた。彼の後ろにはリーム王国の騎士の衣装を纏った方が二人控えている。彼付きの護衛の方かと私が首を傾げるとクロも首を傾げて『久しぶりだねえ』と呟いていた。
「ギド殿下。お久しぶりです」
学院を卒業した頃より少し背が伸びている彼を私は見上げる。相変わらず髪は短く切りそろえられているが、卒業を果たして大人びた顔になっているような。
数日前、ソフィーアさまからギド殿下を屋敷の警備に組み入れて欲しいとお願いされたのだ。私が家宰さまに視線を向ければ、人手が足りないということで家宰さまから快諾が降りた。私はグイーさまたちの相手を務めることが一番優先することだと言われており、人員配置についてはざっとしか知らされていなかった。私が小さく目線を下げると、ギド殿下は少し困り顔になりつつも口を開く。
「アストライアー侯爵閣下。お久しぶりです。今回は無理を申してしまったこと、また、私の願いを受け入れてくださったこと感謝致します」
謝罪と感謝を述べられているが、なんだかお尻がむず痒い。彼がきちんとした言葉を使うことは当然であるが、やはり南の島組に敬語を向けられると少々寂しい気持ちがある。
「あの……殿下の敬語に耐性がなくて。私的な場では普段通りでお願いします」
「分かった。しかし……ナイ殿より俺の地位は確実に下だ。周囲に示しがつかない気がする」
私の言葉にむうとギド殿下が腕を組んで悩む素振りをした。真剣に言っているのではなく、少しだけおどけているような感じだ。護衛の方も咎める様子はないので、私たちの会話は許されているらしい。たしかに関係性を知らない方が今のやり取りをみれば『小国の王子と侯爵位持ちが対等な関係なのだ?』と疑問を持つだろう。世間体は大事であるが、他にも大事なことがあると私は口を開く。
「ソフィーアさまの婚約者の方です。私は気にしません」
そう。ギド殿下はリーム王国の王子殿下という立場でありながら、他国の公爵令嬢さまへ婿入りすることになったのだ。ソフィーアさまが嫁入りするのではなく、彼が婿入りするのだ。
最初こそ関係が上手くいくのか心配だったけれど、ギド殿下は婿入りという立場に文句を言うことはないし、リーム王国の上層部、特に王族の皆さまはもろ手を挙げて『どうぞ、どうぞ』となっている。
国内の有力貴族のご令嬢と婚姻する話もあっただろうし、自国から文化風習の違う他国へと永住することになるという大きな決断を下したというのにギド殿下はあっけらかんとしている。もちろんソフィーアさまと関係が上手く保てていることも嫌がっていない要因だろうけれど、アルバトロス王国以外で生活することを思い描けない私にはしきりに感心するばかりだ。
「そう言われるとなにも言えなくなるのだが。まあ、こうして私的な場ではいつも通りに」
「はい。よろしくお願いします。別件になりますが、リームの国王陛下にお芋さんをたくさんありがとうございますとお伝え頂けますか? お礼の手紙は認めたのですが、ギド殿下からも一言伝えてくださると嬉しいです」
片眉を上げながら笑うギド殿下に私はお願いしたいことを伝えた。
「お安い御用だ。兄上……陛下に伝えておきます」
殿下はにっと笑って『では、警備部の方たちとの手合わせに行ってまいります』と言って歩みを再開させた。私もユーリの部屋へ向かおうと足を動かす。今回、リーム王にはお芋さんをたくさん融通して貰った。これでポテトチップスやポテトサラダにコロッケにとお芋料理を提供できるだろう。
アガレス帝国から改良版のさつま芋も届いているので、軽く芋祭りができそうである。今、調理部では試作品をたくさん作っているので、つまみ食いができそうだ。
ヴァルトルーデさまとジルケさまは今回の件で調理場に居着いている。料理長さまに邪魔ではないかと、こっそり問うたところ女神さまが裁定を下されているので問題ないと言っていた。なににせよ、今日の私の仕事は執務室で各国の皆さまに御礼状を認めることである。量が多くて大変だけれど、助かっているので文句は言えない。
今日やるべきことを廊下を歩きながら反芻していると、目の前にまた歩いてくる人がいる。これまたよく知った顔であり、私は片眉を上げ、クロは『あれ?』と不思議そうにしている。前を歩く人は良い顔を浮かべているから私を認めたようである。ぬうと私が肩を上げれば、前を歩く人は良い顔から苦笑いに変わった。そうして私の前に立つのだが、先に口を開いたのは私である。
「アリーさま……というか、偽りましたね!?」
そう。ヤーバン王国にもなにか特産物を送って欲しいとお願いしたのだが、送れそうなものがないし、食に関しては他国に任せ警備の者を派遣すると返事を貰っていた。警備の面々の名前と経歴も送ってくれていたのだが、そこにアリーさまの名前はなかったというのに。
「ヤーバン王としてではなく、個人の立場で参加だからな。嘘は吐いていないぞ、幼名を使っただけのこと! というか、何故ナイは怒っているんだ? 私なりの茶目っ気だったのだが?」
にっと歯を見せながら笑うアリーさまに私は顔を上げて目線を合わせる。この際、幼名を使ったことは構わないとして。
「赤子はどうされたのです?」
まだ生まれて一ケ月くらいだ。まだまだ目が離せない時期というのに、赤子の元を離れて良いのだろうか。寂しくて泣き叫んでいたりしないだろうかという不安が募る。
「乳母に任せていれば良いからな!」
ハハハとアリーさまが笑うが、私はやはり母親は子の下にいて欲しいと我が儘な気持ちを抱いてしまう。
「むう……それが普通……反論できない」
「そう、普通だ。ナイは過保護ではないか?」
私もアリーさまも口にした通り、王侯貴族の女性が子を生んだあとは乳母の方に任せるのが一般的だ。私がアリーさまに怒っている方が変わっているというか……言いがかりというか。むーと悩んでいると。私が廊下に視線を落とせばアリーさまが少し声色を抑えて『なに、放っておいても子は育つさ』と、クロが肩にいない逆の方へ手をポンと置いた。
「過保護なつもりはないのですが……約一週間、お世話になります」
「なに。栄誉なことだからな! 侯爵はどんと構えていればいいさ! では、訓練に加わらせて貰ってくる! ヤーバン以外の者と手合わせできる良い機会だからな!」
兎にも角にも力を借りているのだから、お礼をと私はアリーさまに頭を下げる。彼女は私の肩に置いた手をまたぽんぽんと二度叩いた。先程よりも力強いのか私の視界が揺れる。しかしアリーさまが手合わせするのは良いけれど……大丈夫だろうか。いや、侯爵家の警備部の皆さまの身を案じるべきだろうか? でもとりあえず。
「産後から日が経っていないので、無理と無茶は駄目ですよ!」
「やはりナイは過保護だ!」
言うべきことは言わなければと私が声を上げれば、アリーさまはまた白い歯を見せながらカラカラ笑う。もうと私が息を吐くとアリーさまは『ではな!』と元気良く告げて廊下を歩き始めた。
しかし、母親から離れて過ごす赤子も心配だが、王配となる旦那さまも放置されているので夫婦関係は大丈夫だろうかと疑問が湧いてくる。風の噂によれば、アリーさまが豪傑過ぎるので婚約者の方はヤーバン国内で理知的な血筋の方が選ばれたそうである。幼い頃に決定したそうで仲は悪くないらしい。ただアリーさまが竹を割ったような性格故に男性がリードすることは滅多にないとか。
種馬疑惑があったのだが、その話を聞いたアストライアー侯爵家の面々は一応夫婦の体は成していると安堵したのだ。
そんなこんなを考えていれば、いつの間にかユーリの部屋の前に辿り着いている。扉をノックして名乗りを上げれば、乳母の方が対応して中へどうぞと進めてくれた。ユーリは寝ぼけ眼であるものの、玩具で遊ぼうと箱の中を漁っている。私が近づくと『にゃいねー』と声を上げ、とことこと歩きながら私の足下へきて両手を挙げた。なんだかあざとい気もするが、私はユーリの両脇に腕を差し込んで抱き上げる。
「ユーリは今日も可愛いね~良い子でいるんだよ~お姉ちゃんは仕事に行ってくるから、乳母の皆さまと仲良くしてね?」
もちもちのほっぺに私が自身の頬を当てればユーリがきゃっきゃと声を上げながら、両手を首に回して落ちないようにとしがみ付いた。クロはユーリの行動を理解しているのか、さっさと逃げており被害を受けることなない。
「あいー!」
私の声に元気に返事をくれたユーリに今生の別れのような寂しさを覚えつつ部屋を出て、二階の執務室へと向かう。既にいつもの面子、家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまは自席に腰を下ろして作業を開始していた。
私は遅れて申し訳ないと声を上げ執務机に陣取る。目の前には今回の創星神さまの集会のために送った手紙の返事が大量に届いている。ふうと私は手紙を見つめて、返事を認めるかと気合を入れた。お肉のお礼はマグデレーベン王国に。お野菜のお礼は亜人連合国に。お芋さんのお礼は先程ギド殿下と話した通り、リーム王国に。他にもいろいろな国から取り寄せているから、お礼状を書き終えるまで時間はどれほど掛かるのやら。
仕事を捌きながらふと、私は思い出したことを口にする。
「そういえばどこぞの創星神さまは?」
「まだ寝ているそうだ」
「ナイ。その呼び方は如何なものかと」
私の疑問にご令嬢さま二人が答えてくれる。どこぞの創星神さまは若い故か睡眠時間が長い。そして食事量は心配になるくらい少ない。ご本神さま曰く問題ないということなので無理強いはしないないが、食事量は本気で足りるのかと言いたくなる量しか口にしない。Aさまの星の皆さまのお腹の中が退化したのはどこぞの創星神さまの影響ではと勘繰っているところだ。かと言って鱈腹食べて貰うわけにはいかない。食事が嫌になって食べなくなれば本末転倒なのだから。
「といっても名前を勝手につけるわけにもいきませんから。便宜上ということで認めてくだされば……」
「まあ、この部屋だけなら問題はないが……ただ他の方が耳にした場合、ナイの品格を疑われてしまうぞ」
私の声にソフィーアさまが真面目な顔で答えてくれる。私に品格なんてないに等しいけれど……神さまがとても大事にされている世の中では白い目で見られてもおかしくはない。
「じゃあ、グイーさまとテラさまにお願いしてみましょうか」
困りはしないが、名前はあった方が良いのだから当事者の方にお願いしてみよう。集会を我が家で開くのだから対価としてどこぞの創星神さまの名を付けて頂いても良い筈だ。決して私が名付け親になりそうだから事前に逃げたということではない。
私の答えを聞いた家宰さまとソフィーアさまとセレスティアさまは驚きつつも、私だからなと肩を竦めて作業を再開させていた。私は腑に落ちないとむっとするものの、無駄話は止めて仕事をしなければと机に視線を戻した。庭から響く特徴的な声をBGMにして。
「ギド殿下、以前より強くなっていた。ヤーバン王は……面白い動きをするな」
「剣筋が予測できない。滅茶苦茶。でも強い」
訓練から戻ってきたジークとリンが少し疲れた様子で、そんなことを口にしたのだった。




