1546:彼を呼んでくれ。
どこぞの創星神さまはグイーさまとテラさまの間に腰掛けて、羊羹が乗ったお皿を見つめていた。竹楊枝――切り分けるヤツ――も一緒にあるというのに、羊羹一切れを手で摘まんで口に運んだ。どこぞの創星神さまの見た目は五歳児くらいなので、かなり小さな一口である。ゆっくりと咀嚼しているどこぞの創星神さまの姿を執務室にいる一同が静かに見守っていた。そうして小さな一口分を嚥下すると、どこぞの創星神さまは不思議そうな顔を浮かべながら口を開く。
「美味いな、コレ。黒くて見た目悪いのに……でも一切れで十分だ」
ふうと息を吐いたどこぞの創星神さまはお腹を手で撫でていた。どうやらかなり小食のようで、羊羹を一切れ完食することも難しいようである。Aさまと婚約者の方たちの食が細いのは、どこぞの創星神さまの影響なのだろうか。
面白い進化だと思うけれど、私がAさまの星に住んだならば楽しみが一つ減ることになる。Aさまの星に移住はしたくないなあと私が目を細めていると、グイーさまとテラさまの後ろで恨めし気な視線を向けている方がいた。
「あたしのヨウカン……」
「フソウの越後屋さんから買う量を増やしますから、そんな顔しないでください」
ジルケさまが悲しそうな表情で一切れの羊羹が減ったお皿を見つめており、私はたまらず声を上げた。羊羹は甘くて美味しいし私も好きである。発注する量が増えたとしても、食べ切れるだろう。ジルケさまはしょっちゅう料理長さま方に強請っているから、増えたところで消費は早いはず。そういえば羊羹には芋羊羹とかあるから、越後屋さんに変わり種があるのか聞いてみよう。
「水羊羹とかあれば、発注してみますね」
「なんだ、それ?」
私の声にジルケさまがぱっと顔を輝かせる。どこぞの創星神さままで私の方を見ているのだが、ジルケさまは気付いていない。どこぞの創星神さまはご自身の星へと戻られるから、水羊羹が届く頃には屋敷にいないだろう。ジルケさまが満足する量を出せるか謎であるが、フソウから届いたら屋敷のみんなで食べようと私は口を開く。
「羊羹と同じですが、作る時の水分量とかが違うんです。冷やして食べると美味しいですよ」
詳しくは分からないけれど、記憶を掘り返して私はジルケさまに説明をする。食欲が落ちそうな夏――私は落ちたことがないけれど――に丁度良いなあと縁側で涼んでいる姿を思い浮かべた。
蚊取り線香とか花火もあれば楽しそうだけれど……贅沢は望むまい。とはいえ花火であれば確か江戸時代にはあったはずだから、フソウで花火大会を催していないか聞いてみても良さそうだ。来年の長期休暇にちょこっと予定を組み込めば、フソウの花火大会に参加できるだろうか。他所事を考えていれば、テラさまとグイーさまが私を見ながら笑っている。
「本当に食べ物の話ばかりねえ。貴女たち」
「まあ、健啖なのは良いことだ。末娘とナイの食べている姿は気持ち良いからなあ!」
そんなやり取りをしていると、テラさまとグイーさまがはっとした顔になる。どうしたのかと私が首を傾げれば、二柱の創星神さまは大したことではないと小さく頷いた。
「ちょっと他の創星神とやり取りしていたんだけれど」
「どこに集まるかという話になってなあ」
どうやら二柱の創星神さまは裏で他の創星神さまたちと話をしていたようである。流石、神さま。マルチタスクは得意なのかと私が考えていると、テラさまとグイーさまが顔を合わせる。どこぞの創星神さまは蚊帳の外のようで『あたし、呼ばれてねえぞ?』と小さい声で愚痴っていた。
「グイーの星で良いでしょ。神の島があるんだし。騒ぎにならないもの」
「そうだなあ……」
テラさまがあっけらかんと口にすれば、うーんとグイーさまは悩んでいる。確かに神さまの島があるのであれば、他の星の創星神さまが御降臨なさる場所として適切だろう。他の星にはないのかなと首を傾げていると、グイーさまが椅子から立ち上がる。するとテラさまも席から立って私を見下ろした。
「一旦、戻るかのう」
「そうね。他のみんなを迎える準備しなくちゃいけないし。あ、ナイ。ちゃんと報酬、よろしくねー!」
グイーさまとテラさまは立ち上がったため、私も慌てて立ち上がる。もちろん調べて貰った報酬を渡すつもりだし、グイーさまにも渡すお酒を選ばなければ。兎にも角にもお礼を伝えなければと私は頭を下げる。
「承知しました。テラさま、手間をお掛けしました。グイーさまもきてくださってありがとうございます。ナターリエさまとエーリカさまも機会があれば、また屋敷に遊びにきてください」
私がお礼を告げればグイーさまとテラさまは『またな!』『またね~』と軽い調子の声を上げたあと姿が消えていく。ナターリエさまとエーリカさまも『お嬢ちゃん、またね』『おチビちゃん、あまり迷惑を掛けては駄目よ』と言い残して、神さまの島へと戻って行った。ジルケさまは小声で『迷惑なんて掛けてねーし!』とプリプリしている。末妹さまの様子を見ていた一番上の姉神さまは面白そうに微笑んでいた。
「えっと……創星神さまもお戻りになられないので?」
「あー自分の星に戻ってもやることねえしなあ。地球に戻ればさっきのおばさんがうるせえし……なあ、チビとでけえねーちゃんが住んでるんだよな?」
どこぞの創星神さまの声にジルケさまが青筋を立て、ヴァルトルーデさまは首を傾げる。まあどこぞの創星神さまから見ればヴァルトルーデさまの背は凄く高く見えるだろう。どこぞの創星神さまよりジルケさまは背が高いのに『チビ』と言われているのは、末妹神さまの運命なのだろうか。
「そうですね」
私が質問に答えると、どこぞの創星神さまが一つ頷く。
「後ろの奴は星由来の生き物じゃねえって分かる。なら、あたしもここにいて構わないだろ」
えっと……どこぞの創星神さまは、ヴァルトルーデさまとジルケさまは星から生まれた存在ではなく、グイーさまによって生み出された方であると分かるようだ。そうなると私はどうなるのだろうという疑問は置いておき、聞くべきことを聞いておく。
「本気ですか?」
「おう。寝床さえありゃ良いからよ。あと偶に飯を出してくれ」
どこぞの創星神さまは隠れる必要がなくて丁度良いと口にしているが、地球でどうやって過ごしていたのか謎である。そのあたりのことはテラさまから聞きそびれているので、また会った時に質問してみなければ。
私がソフィーアさまとセレスティアさまに視線を向ければ『え』『本当に?』という顔になっている。ジークとリンは『今更だ』『ナイのしたいようにすれば良い』という雰囲気を醸し出している。クロは私の肩の上で『騒がしくなりそうだねえ』と嵐の予感を感じ取っているようだ。
私は『テラさま、グイーさま! どこぞの創星神さまを引き取ってくださいー!!』と念じてみるものの、こういう時に限って切なる願いは届かないようだ。
ヴァルトルーデさまは『楽しくなると良いね』と小さく笑い、ジルケさまは『あたしのヨウカンが取られないならそれで良い』といった感じである。私はこれからどうなるのだろうと小さく息を吐き、先ずはどこぞの創星神さまのための部屋を用意しなければと思案し始めるのだった。
◇
――なんで! どうして! こんなことになっているのだ!!
アストライアー侯爵からアルバトロス上層部に届いた報告書には『双子星の前に現れた物体の星を創った創星神さまがしばらく領都の屋敷で過ごされることになった』と記されていた。アストライアー侯爵が記した報告書の紙を持ったまま、他のアストライアー侯爵家の面々が記した報告書にも私は目を通す。
「陛下。事実でございましょう。アストライアー侯爵が嘘を吐く必要はありますまい」
「それは、そうだが……叔父上、ボルドー男爵が面白そうな顔をして笑っている姿が見えて仕方ないのだ! ようやく双子星の前に現れた者たちについて解決したかと思えば……!!」
宰相の声に私はうっと痛くなった腹を抑える。この件を知った叔父上は『またナイが面白いことをしておるな! 本人は望んでいないだろうが!』と大笑いしていそうだ。西の女神さまと南の女神さまがアストライアー侯爵の下で過ごされているだけでも大事であるのに、他の星を創造せしめた神をも屋敷で過ごされるなんて……!
本当にあり得ないと叫びたくなるが、事実なので認める他ないのだろう。アストライアー侯爵に今更『駄目』とは言えないし、他の国の王たちから『創星神さまを追い払うなど無礼だ!』と抗議の書簡が大量に届きそうだ。
「とりあえず、王家で行えそうなことをアストライアー侯爵に伝えておきましょう。創星神さまが屋敷でお過ごしになられるのです。我々も一枚噛んでおいた方が良いでしょうし……」
宰相が煤けた姿で真っ当なことを告げる。私は腹を抑えながら『頼む』と口にしながら、次の句を考える。
「ベナンター準男爵はまだ外務部の執務室にいるだろうか?」
「如何でございましょう。遅い時間ですから、官舎に戻っている可能性もありますね。様子を見に行かせますか?」
私はアストライアー侯爵に近しい一人の男の名を口にした。いや、少し違うか。アストライアー侯爵の破天荒振りを一番理解している男と称した方が正しいだろうか。
アガレス帝国の拉致事件に巻き込まれたため、彼はアストライアー侯爵と懇意になっている。同郷故にアストライアー侯爵の考えを一番に理解している気がするのだ。もちろんジークフリード・ガル男爵もアストライアー侯爵を熟知しているが、少し方向性が違っている。だから私が重用するのはアルバトロス王国の外務部に勤める彼である。
「頼む。残っていれば、こちらにくるようにと。彼がいなければ、明日の今と同じ時間に顔を出すように伝えてくれ」
「承知致しました。では使いの者を出しましょう」
そう告げた宰相に私は首を縦に振る。さて。彼が残っていた場合、どの酒が今夜の話題に合うだろうかと思案を始めるのだった。
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