1547:愚痴を吐ける者は貴重。
外務部の執務室で書類を捌いていれば、近衛騎士の人が陛下から俺宛ての連絡を寄越しにきてくれた。内容は陛下の執務室にきて欲しいというものなのだが、ナイさまのように俺はなにかやらかしてしまったのだろうか。
特に思い当たることはないのだが、今回の双子星の一件でアルバトロス王国上層部は随分と忙しかった。各大陸からの陛下方がお越しになられたため、警備には近衛騎士団、騎士団、軍が集められ、各国とのやり取りは王城に勤める官僚たちが担い、もてなすために宮廷料理人の方たちも忙しなく動いていたのである。騒ぎの原因は取り除かれたため落ち着きを取り戻しているものの、事後処理があるため官僚の方たちは通常業務と共に今回の件の纏めを執り行っている。
外務部に勤める俺もユルゲンもいろいろと書類仕事が溜まっており、割と忙しくしていたのだがようやく目処が立った。明日にはフィーネさまに向けた手紙を認めようとしていたのだが、陛下の話次第で少し先延ばししなければならないかもと、俺は隣の席に座るユルゲンを見る。
「なあ、ユルゲン。慌てずきてくれて構わないって、どうしたんだろうな。陛下」
俺の声にユルゲンが机から視線を外してこちらを見た。俺の問いの答えを考えているのか、眼鏡の縁をくいっと持ち上げている。
「急ぎではないものの、話をしておきたいことがあるということではないですか、エーリヒ」
たしかに急いでいれば俺は近衛騎士の人とともに陛下の執務室へと向かっていたはずだ。で、あれば尚更陛下の用事はなんだろうと首を傾げる。
「行ってみれば分かりますよ。悪い話ではないでしょうしね」
「確かに悪い話なら、先に俺たちの耳に情報が入るか……」
ユルゲンが肩を竦め、俺は執務室の天井を見上げる。今まで急ぎの用件や悪い話であれば、先に近衛騎士の人から情報が齎される。おそらく情報を得てなにか考えておけという意味合いで、俺やユルゲンに陛下方は情報を齎してくれているはず。
それに今回、俺たちの上司である外務卿経由ではないから、外交のことではなさそうだ。であれば、ナイさまについてだろうか。でも、ナイさまの案件であれば直ぐに話を齎してくれそうだ。本当になんの話だろうと俺は視線を天井から戻して、ユルゲンをもう一度見る。
「一段落したから、ちょっと行ってくる」
「ええ。良い話だと良いですね」
俺が席から立ち上がれば、ユルゲンは小さく笑う。急がなくても良いようだが、国王である方をあまり長く待たせるわけにはいかないと俺は足早に外務部の執務室を出て行く。途中、俺を待っていてくれた近衛騎士の方と合流して、一緒に陛下の執務室へと急ぐ。
長い廊下を歩いていると他の官僚の人とすれ違うことがある。爵位を持っていない方は廊下の端に寄って頭を下げてくれる。俺より爵位が上の人は軽く会釈を交わして、どこか目指している先へと歩いて行く。
時折、俺の顔を見た人が『アストライアー侯爵の太鼓持ち』とか『最近は陛下と懇意にしている』と囁くこともある。彼らの言う通り、俺はナイさまのお陰で成り上がったようなものである。
ナイさまがいなければフィーネさまと懇意……あ、いや、恋人になることもなかっただろうし、料理のレシピを屋敷の料理長の人に買って貰うこともなかった。だから囁かれる言葉に腹が立つこともない。まあ、フィーネさまやナイさまが小馬鹿にされていればムカつくし、爵位や立場を考えて釘を刺すことくらいはするかもしれない。
しかし陛下と懇意にしているというのは違う気がする……でも、ただの外務部職員が陛下と頻繁に顔を会わせている上に自慢のワインまで振舞って貰っている。これもまた事実だと自然と口の端が伸びていた。ただ、今回まで陛下の自慢のワインを口にすることはないと前を歩く近衛騎士の人の背を見つめる。
「如何なさいました、ベナンター準男爵」
「いえ、なんでもありません。急ぎましょう」
なにも言っていないのに近衛騎士の人が振り向いて俺を不思議そうに見つめた。気配に敏感な人に妙な視線を向けては駄目だなと思い直し、また長い廊下を歩いて行く。王城の上階にある陛下の執務室の前に辿り着き、近衛騎士の人の取次により俺は中へと歩を進めると、執務机に腰掛けている陛下と苦笑いを浮かべている宰相閣下が俺を招き入れてくれた。
「ベナンター卿」
「はい、陛下」
椅子に腰を掛けて真剣な眼差しの陛下が俺の貴族名を口にした。目の前の方の重い声に、俺は一体なんだろうと身構える。
「……アストライアー侯爵が双子星の前に船を寄せていた者たちの星の創星神をしばらく屋敷で預かることになったそうだ。侯爵から聞いているかね?」
陛下の言葉に俺は深く頷いた。いろいろあってナイさまがテラさまを呼び、双子星の前に現れた方たちは乙女ゲームに関係しているのではと問うたところ、本当にゲームに関連していたのだ。
テラさまが地球で調べていれば彼の星の創星神さまも見つけたそうである。テラさまが彼の星の創星神さまを連れてきた際に俺は話に同席することはなかった――テラさまが急にこちらへとこられたため――のだが、ナイさまがいろいろと話を進めてくれたのだ。そして何故か訳が分からないうちに、彼の星の創星神さまを屋敷で暫く預かることになったというわけだ。
「はい。先日の一件について他の星の創星神さまに調べて貰えば、今回アストライアー侯爵閣下の屋敷で過ごされる創星神さまが原因の一端だろうと伺いました。詳しいことは現在、報告書に纏めておりますが、急いだ方が良いでしょうか?」
ナイさまから聞いたことを俺とユルゲンは報告書に纏めている最中だ。本当に何故こんなことが起こるのかと言いたくなるものの、ファンタジーな世界であることとテラさまの願望が少しグイーさまの星に影響されたのだから仕方ない。巻き込まれてしまうナイさまはたまったものではないだろうが、彼女であればどうにかしてくれるという気持ちがどこかにある。おそらく陛下方もそう捉えているからナイさまを派遣しているはずだ。
まあ、ナイさまは時折大事なことをすっぽ抜けてしまうから、俺たちやジークフリードとジークリンデさんにハイゼンベルグ公爵嬢やヴァイセンベルク辺境伯嬢が漏れがないかと、いろいろと報告書に纏めている。みんな慣れているし、報告書に纏めることを苦としていない。ただナイさまが巻き込まれることは想定の一つ二つ上をいくから少々困るだけで。
俺が陛下の言葉を待っていれば、宰相閣下が口を開いた。
「報告書はゆっくりでよろしいかと。大筋は我々も把握しておりますし、あの星の王子の方の婚約者と連絡する手段を我々は持っていますから」
大陸会議の際に『迷惑を掛けるかもしれない』と婚約者の方が言っていたことは対処できるであろうと宰相閣下が続けた。そういえばあの王子さまは婚約者の人と婚姻することになるのだろうか。
監禁女装は嫌だと口にしていたが、俺にはその未来が見えて仕方ない。というか女装はなくとも監禁はあり得そうなくらいに婚約者の人が王子さまを好いていた。オメガバースのアルファとオメガに番設定というカオスな状況に俺は『どうか無事で』と祈る――こちらに迷惑を掛けたことは許しがたいことである――しかない。
「大陸の女神さまのみならず、創星神さままでアストライアー侯爵の下に集うとは……何故だと思う、ベナンター卿」
「魔力の多さが一番の原因かと思いますが、ナイさまは去る者追わず来る者拒まずですから。その辺りが一番大きな要因ではないでしょうか?」
陛下。テラさまとグイーさまも遊びにくるアストライアー侯爵邸なのだから、今更なのではと口が裂けても俺は言えない。でもまあ、まさか違う星の創星神さままでやってくるとは思わなかった。グイーさまとテラさまは彼の星の創星神さまをどうすべきかと他の創星神さまたちを集めて話し合うそうである。その話をナイさまから聞いたのが数日前だ。
「うん?」
ふと思い浮かんだ光景に俺は首を傾げる。話し合うと聞いているが、テラさまとグイーさまはどこで話し合うのだろう。第一候補は神さまの島だと聞いている。そう聞いて陛下は凄く安堵していたと聞き及んでいるが……テラさまとグイーさまの気が突然変わって、アストライアー侯爵邸でも良いか! となる可能性は十分にあるのではなかろうか。
「陛下」
俺は思いついたことに『まさかなあ』という気持ちを抱えつつも、そうなる可能性があるのであれば目の前のお方に伝えておくべきだと口を開いた。
「どうした、ベナンター卿?」
「創星神さま方が集まって、彼の星の創星神さまの扱いをどうするかということを神さまの島で話し合うのは御存じですよね?」
「もちろん。アストライアー侯爵からの報告書で目を通したからな」
陛下が俺の顔をじっと見つめる。目の前の方の眼は俺が言わんとしていることを探っていた。流石、この辺りはアルバトロス王国という国を統治している方で、各国の陛下方とも対等に遣り合えるお方なのだなと感心した。だからこそ俺は先程、思い至ったことを告げる。可能性の話であるがナイさまの屋敷に創星神さまたちが集るかもと。
「……まさか。いや、まさかなのか?」
「アストライアー侯爵ですからね。ご本人にその気がなくともあり得るかと……陛下、そうなった場合は如何なさいますか?」
陛下のまさかという声に宰相閣下が俺の援護射撃を担ってくれた。お二人とも俺が声に出して創星神さま方がナイさまの屋敷にくるかもしれないと考え始めたようである。そして一秒、一秒と時間が経つごとにお二人の顔色が悪くなってきた。
創星神さまがナイさまの屋敷に集まることは悪い話ではないだろう。凄く立派な神さま方が集うのだから、聖王国も真っ青になる案件だ。とはいえまたアルバトロス王国の国王陛下として周辺国、というかいろいろな国からいろいろと言われる羽目になるはずである。
「どうするも、こうするも……アストライアー侯爵に任せるしかないだろう。私たちは食事の支援や警備などの人員を派遣することくらいだ」
「そうなりますよね」
遠い目になりながら陛下が視線を横に向ける。そこにはワインが収納されているセラーがあった。凄く立派なもので、陛下自慢のワインを置いているらしい。
「ベナンター卿、宰相。一杯、付き合ってくれ」
はあと息を吐いた陛下がグラスを三つ用意して、セラーの中から一本を選び、俺と宰相閣下に注いでくれるのだった。どうしよう、陛下からワインを注がれてしまった……。




