1544:異次元な空間で。
空気がピリついている……。
侍女の方には下がって貰ったけれど、家宰さまも下がって貰えば良かったと私は今更ながらに反省していた。家宰さまは空気の重さに顔を青くしているし、ソフィーアさまとセレスティアさまも気まずい顔をしているが、ご令嬢方はどうにか耐えられている。おそらくヴァルトルーデさまとジルケさまと長く接しているお陰だろう。家宰さまはどうしても一緒に過ごす時間が短くなっているため、神さま方の圧に耐えられないようだ。
ちょっと不味いなと私は部屋を見渡したあと、テラさまとグイーさまとどこぞの創星神さまを視界に入れた。お三方の後ろに控えている四女神さまは『どうなるのか?』と面白そうな、呆れているような、雰囲気で見守っている。
「家宰さま、新しいお茶請けを頂いてきて貰っても良いですか?」
「……――は、はいぃ!」
私の問いに間があった家宰さまであるが、部屋の扉を目指して早足で歩いて行く。途中、彼がつんのめって床に転倒しそうになったのはご愛敬だろう。パタンと扉が静かに閉まる音が聞こえると、ジルケさまが軽く息を吐き『ちょっと部屋出るなー』と姉神さまたちに告げている。後ろ手で頭を掻きながらジルケさまが部屋を出て行くのだが、家宰さまを気遣って追いかけてくれているのだろうか。やはり、感情の機微に聡いのはジルケさまだよなあと私は目を細めた。
「お? なにを持ってきてくれるのかな?」
テラさまがにししと笑う。重かった空気が霧散して、ソフィーアさまとセレスティアさまがほっと息を吐いていた。テラさまの期待に応えられるか分からないけれど、料理長さまたちが作ったお菓子であればハズレはない。私は『なにが出てくるのでしょうね?』と告げると、グイーさまがテラさまに顔を向けにっと笑う。
「なんでも良いだろう、テラ。ナイの家の飯は美味いのは分かっているんだし」
「そりゃそうだけれど、ナイが拘ってるから本当に美味しいのよ。だからなにが出されるのが楽しみなだけ」
グイーさまとテラさまのやり取りに、どこぞの創星神さまが右を見て左を見て前を向いた。
「太るぞ」
辛辣などこぞの創星神さまの一言にテラさまの両腕がバッと伸びる。伸びた手はぐーになり、どこぞの創星神さまの両のこめかみに当てられた。そうしてぐっとテラさまの腕に力が籠められる。
「一言余計よ!」
「あだだだだだだだだだだだだっ!」
テラさまのぐりぐり攻撃を受けたどこぞの創星神さまの声が執務室に響いた。まだ若い創星神さまのためか社交が上手くないようである。どうにも思ったことが口からストレートに出てくるらしい。
まあ、テラさまやグイーさまのお陰でいろいろ学んでいるはずだから、どこぞの創星神さまが成長することを願うのみである。しみじみと創星神さまのやり取りを見つめているのだが、話が進んでいないなと私は口を開いた。
「そういえば管理している星に住む生物が他の星へ向かうことは、創星神さま方的にはご法度なのですか?」
私の問いにテラさまとグイーさまがこちらに視線を向けて小さく首を傾げる。ちょっと可愛いと思うものの、グイーさまはその巨躯でその仕草は如何なものかと思ってしまう。
「ううん。別に」
「ただ、そうなりそうな時は向かう先の星の創星神に話を通せ、となっとる。だからそれを怠たれば儂に怒られて当然というわけだ」
私の心境を知ってか知らずか、テラさまとグイーさまが真面目に答えてくれた。グイーさまは今回の件で抗議に向かったものの、Aさまの星の創星神さまがおらず不思議に思っていたとか。
創星神さまが長期間不在だと星の命が縮むそうである。ある意味、今回のAさま逃走劇がこれ以上星の命を縮めないための役に立ったとか。テラさまは仕方のない子ねーみたいな顔を浮かべて、どこぞの創星神さまを見ている。
「まあ、他の創星神と交流を持っていなかったみたいだしね~所謂ボッチって奴ね!」
「うっせーよ! おばさん!」
どこぞの創星神さまの声にカラカラと笑っていたテラさまの顔が一瞬にして能面みたいになる。それとともに神圧が上がり、窓がビリビリと揺れていた。
「……――貴女の真似をして余計な一言を告げたと理解しなさいな!!」
「あだだだだだだだだだだだだっ!」
歯噛みしながらテラさまは再度ぐりぐり攻撃を繰り出していた。ソフィーアさまとセレスティアさまが神圧に驚いているようだが平気だろうか。自分たちにテラさまの怒気が向いていないから大丈夫なはず。
ふいに、ヴァルトルーデさまがご令嬢さま二人の様子に気付いたようで、トコトコとお二人の方へと進む。しばらくすると『二人とも大丈夫?』というヴァルトルーデさまの声が背中から聞こえ、ご令嬢さま二人は『は、はい』『どうにか』と声を絞り出していた。
『ご当主さまの魔力を上回っております。怖いですねえ』
私の腰元からヘルメスさんの呑気な声が上がる。本当に混沌とした執務室だなあと私は目を細めながら、ふいに疑問が浮かんだ。
「あの。グイーさま……彼の創星神さまから、知らせがなかったことを教えてくださっても良かったのでは……?」
そう。今回の件を教えてくださっていれば多少は立ち回り方に難儀しなかったような気がする。アルバトロス上層部を介して各国に知らせを入れたり、北大陸のミズガルズ神聖大帝国に何度も赴くこともなかったはずだ。私の質問にグイーさまがふむと真面目な顔をして腕を組む。
「星が滅ぶ勢いなら関わっていたが、逃げてきただけの者を追い払う必要もあるまい。それに自分たちで対応できていたではないか! ナイが巻き込まれたのは面白かったぞ! 自爆しとる気もするがな!!」
がははと笑うグイーさまに私は面白がっていたんかい! という言葉が喉から出そうになって他の言葉に変換した。
「お酒、没収しますよ……」
「えーやだやだ! 美味い酒、飲みたい!! 頂戴!!」
むっと私が目を細めると、グイーさまが足をバタバタさせながら抗議の声を上げる。約束したのでお酒を渡すつもりだけれど、神さまという立場の方が駄々をこねる子供のような態度は如何なものか。少し呆れていると、即座に三女神さまが声を上げる。
「父さん、子供じゃないんだから」
「みっともないですわ、お父さま」
「いくら親しいナイとの間とはいえ、創星神として如何なものかと」
ヴァルトルーデさまとナターリエさまとエーリカさまが言い終えれば、三柱さまが揃ってはあと溜息を吐いた。テラさまはぐりぐり攻撃を続けながらグイーさまを見る。
「娘たちに怒られているわねえ、グイー」
「……泣いていいかのう?」
しょんぼりとするグイーさまがティーカップに手を伸ばすのだが、持ち上げたカップが異様に小さく見える。遠近感がおかしいのか、グイーさまが巨躯なのか。
そんなことを考えていると少し冷えたお茶をグイーさまが口に運ぶ。そうして『やはり酒の方が美味い……いや、この茶も十分美味いが……やはり酒……』と零していた。アル中みたいなことを言い始めたなあと私が肩を竦めると、テラさまがぐりぐり攻撃を止めてどこぞの創星神さまのこめかみから手を放した。
「あー頭がくらくらする。こんなこと初めてだ……というか、ここどこだよ? いきなり拉致られたんだけど。誰か説明してくれ」
はあとどこぞの創星神さまはこめかみを撫でながら執務室をきょろきょろと見渡す。するとグイーさまとテラさまがなんとも言えない表情を浮かべた。
「儂の星」
「旦那の星」
端的過ぎる説明でどこぞの創星神さまは理解できたのだろうか。グイーさまの星と言われても、いきなり知らない場所へ連れてこられれば誰だって困惑するはず。創星神さまの掟を破っているどこぞの創星神さまには同情する気はないけれど、話を円滑に進めるためには説明は必要だろう。
「テラさま、乱暴なのは如何かと」
「えー! まだ優しいわよ! ちょっとだけ話をして、首根っこ捕まえて急いでナイの所にきたんだもん!」
テラさまが『記憶を見ることもできたけれど、話をしてから拉致ったの!』とぷりぷりしている。どこぞの創星神さまは『もっと言ってやれー!』と言いたげな雰囲気を醸し出し、テラさまをニヤニヤしながら見ている。
「有難いことですが、創星神さまは事態を理解しておられませんよ?」
どこぞの創星神さまはここがどこだか分かっていないようである。グイーさまの星とは理解しただろうけれど、どうしてここに連れてこられたのか不思議そうにしているのだから。
「そりゃそうだけどさーこの子、勝手に地球に居着いてるし! 下手したら地球が変な方へ進化することだってあるんだからねー!」
「……出しゃばり過ぎました。申し訳ございません」
どこぞの創星神さまの頭にテラさまがチョップを落としながら抗議の声を上げたので、私は頭を下げておく。するとテラさまは慌てた様子で正面を向き私と視線を合わせる。
「あーナイ。本気で言ってないから謝らなくて良いの! そもそもナイは創星神じゃないから、私たちのルールを知らなくて当然でしょう?」
知らないけれど、神さま同士のことに突っ込んでしまってはいけない気もする。頭を下げて解決するならいくらでも下げるけれど、テラさまは少し驚いた様子で私にフォローを入れてくれた。有難いと私が顔を上げると同時に、ジルケさまがワゴンを押して執務室へと戻ってきた。中へと進みながらジルケさまはきょろきょろと部屋を見渡す。
「追加の菓子貰ってきたぞーあん? なんだこの空気」
ワゴンの上には三段トレイが鎮座しており、下段には小さく切り分けられたサンドイッチが乗り、中段には焼き菓子が、上段には小さなケーキとタルトが乗っていた。ジルケさまはちゃっかりとご自身の分を確保しており、三段トレイの横には羊羹が乗ったお皿がちょこんとある。
「末娘が凄い良いタイミングで! それにしても豪華!」
テラさまがパンと手を叩いて席から立ち上がり、ジルケさまの下へと向かう。ジルケさまはにっと笑ってテラさまを見上げた。
「料理長がどんなものを出せば良いかすげー悩んでいたからな。母上殿が好きそうなやつを伝えたら、こうなった」
ジルケさまは悩んでいる料理長さまにアドバイスを送ってくれたようだ。南の女神さまの助言があったらなら、料理長さまも然程悩まずにお菓子を提供できたはず。有難いとジルケさまを見ていると、テラさまが両手を広げている。
「我が娘は良い子に育ったわねー! 母親として凄く鼻が高いわよー!」
「なんだよ母上殿は食い気が先行……いでででででで! 母上殿、締まる! 締まる!!」
むぎゅっとテラさまがジルケさまを抱きしめた。身長差でテラさまの胸にジルケさまの顔が埋まっていた。テラさまの両手はジルケさまの細い腰に回っており、確りと抱き留められている。微笑ましいなと見守っていると、不意にテラさまが抱きしめていた腕の力を弱めてジルケさまと視線を合わせる。
「あ、羊羹、私も頂戴」
なるほど。テラさまは羊羹が食べたかったようだ。しかし紅茶に合うのかという疑問が浮かんでくれば、ジルケさまが片眉を上げていた。
「え、嫌だ……あだだだだだだだだだだだだっ!」
条件反射で本心が出たジルケさまにテラさまは緩めた腕に力を再度込めていた。随分とテラさまの込められた力が強いのか、ジルケさまが悲鳴を上げている。
「仲睦まじい母娘愛だのう」
グイーさまがふふふと笑い、ヴァルトルーデさまとナターリエさまとエーリカさまもジルケさまを助けようとはせず、微笑んで見守ることに徹していた。あれ、どこぞの創星神さまが放置されているけれど、まあ良いかと私は息を吐くのだった。




