1534:あっけない終わり。
戻ってくれたはずなのに。
どうして双子星の前にある黒点が凄く増えているのだろうか。顔を青くしているAさま曰く、彼を追いかけてきた婚約者が艦隊を出向させ、ここまでやってきたそうである。音楽を流しているのは彼女の趣味で、凄く凄く古い曲を好んでいるとか。
Aさまの星でも音楽を聴く文化があるようだが、今掛かっている曲は楽器を使って録音したもの。今、彼の星で流行っている曲は器械で打ち込んだ音が好まれているそうである。Aさまも打ち込みの曲が好みだそうであるが、婚約者の彼女は古く廃れた音楽が好みで、性格の不一致を嘆いていた。
『せめて趣味趣向が合っていれば……』
「個人の嗜みなら、触れないでいることが幸せでは」
ぐっと嘆いているAさまに私は突っ込みを入れずにはいられない。おそらく目の前の小型艇から降りてくるであろう婚約者の方の相手は私が務めることになりそうだ。彼の護衛の方たちは凄く申し訳なさそうな表情になっている。そしてAさまの婚約者には逆らわない方が良いと無言で訴えていた。
音楽の趣味なんて個人で決まるものである。一緒にいる部屋で一日中流しているとかでなければ特に気にすることではない。今、音楽が大音量で流れているのは相手側の演出のはず。意図がなにを示しているのか分からないけれど……そろそろ小型艇がこちらへと降りてくる。覚悟を決めろと私は息を呑み、魔術をいつでも発動させられるように準備しておく。
ゆっくりと降り立った小型艇の扉が開き、船内の光で逆光になっていた。扉に立つ方の背はAさまとさほど変わらない。もしかすると近寄れば少し高いくらいになるのではないだろうか。
いずれにせよ、私より背が高いことは確実であり、違う小型艇から護衛の方たちが十名ほど先に地面に立ち、シルエットで顔の見えない方の前に並んだ。随分と派手な演出だなと私は訝しむ。
この手の演出が派手な場合、アリーさまの様な方かアガレス帝国の元第一皇子殿下の様な方である気がする。私の予感が外れますようにと願っているとAさまが『ひっ』と息を呑んで私の後ろに隠れた。隠れてないけれど。Aさまの護衛の方が小さく息を吐けば、シルエット姿の方が小型艇のタラップを降りてくる。扉の金属と靴底が当たる音は随分と声高い。
『殿下……私の殿下。私の番。さあ、私たちの星へ戻りましょう。お遊びの時間は終わりです』
目が慣れたのか目の前に立つ方の姿を捉えることができた。Aさまと同じく綺麗で整ったご尊顔であるが、額の真ん中からはチョウチンアンコウのようなチョウチンが垂れている。暗闇の中だからうっすらと光っており、風に揺れて微かに動いている。私の後ろに立っているAさまは『ごきゅ』と喉を鳴らして、私越しに右手人差し指を伸ばして目の前の方を指す。
『わ、わ、わわわた、私は君との婚姻を果たすつもりはない! 番と君は言っているが、一方的な感情を私に向けているだけっ! 私の意思は全く慮っていないではないか!』
婚約破棄宣言みたいだが、果たして成功するのだろうか。成功したとしても多くの方が破滅の道を歩んでいるような気がする。そして私越しに指を指された相手の方は、私を全く意に介していない。相手にされていないというよりは、Aさましか視界に入れていないというのが正解だろうか。話ができる相手だと良いけれどと、私は一先ずじっとしてお二人の応酬を見守るしかない。
『大丈夫です、殿下。今は理解できずとも、いつの日か殿下は私の愛を受け入れてくださるでしょう』
ふふふと目の前の方が凄く良い顔で笑う。でも目が笑っておらず、見る人が見れば恐怖を抱いてしまうかもしれない。というか私の後ろで『ひい』と声が漏れている。誰とは言わないけれど。
たしかに目の前の方は怖いだろうが、こうして話して貰えるだけでもマシではなかろうか。護衛の方たちに命令を下してAさまを強制的に連行できるというのに話し合いで動いて貰おうとしている。うーんと私が唸っていれば突然、Aさまが私の肩を掴んだ。
『た、たたたたた、助けてくれ! 頼むから!!』
異性に触れることはNGであったはずなのに、彼は私に触れても良いのだろうか。その証なのか、目の前の方の怒気が一気に噴出しており、額から垂れているチョウチンの光が強くなっていた。
『殿下。誇り高き私たちが星外生物に頼るのは頂けませんわ。しかし殿下が助けを求めたのであれば、星外生物は期待できるということでしょうか?』
そう告げた目の前の方と私の視線が初めて合った。ようやく認識してくれたかと私はここぞとばかりに口を開く。状況的にAさまよりも目の前の方の方が格上だ。地位的なものではなく生物的な格上に。私がアルバトロス王国の侯爵位を持つ者であり、今、起きていることに対処する権限がある程度持っていることを伝える。
『ご丁寧に感謝致します。ですが殿下に未だ触れているのは如何なものでしょう? 私は怒りで貴女を殺してしまいそうなのですが……』
感情を御すのが大変ですと言わんばかりに目の前の方は目を細める。突然、斬り掛かられるようなことはないので私はまだ平静でいらるがジークとリンに緊張が走る。
「それは困ります」
私は守られているなあと片眉を上げれば、目の前の方がAさまを見た。
『で、ありましょうね。ですから殿下。その手をお放しになって?』
目の前の方の声にAさまが私の肩から手をどかす。そうして目の前の方は右手をAさまへと伸ばした。
『さあ、私の殿下。私たちの星へ帰りましょう。他の星の方たちに迷惑をお掛けするのはよろしくありません』
『い、嫌だ! 私は婚姻したくない!!』
目の前の方にAさまがぶるぶると顔を横に振って拒否を示す。目の前の方は私たちになるべく迷惑を掛けないようにと心掛けているようである。もしかするとAさまより話が通じるのではという気持ちを私は抱き始めた。嫌がるAさまに目の前の方はふうと息を吐き、胸に片手を当てる。
『困りました。私は番の言葉を無下にしたくはありませんが、本能が添い遂げよと訴えてきます』
目の前の方は理性と本能がせめぎ合っているようだ。もしかして監禁した云々の話は本能が勝ってしまった時の結末の一つなのだろうか。私は私の背に隠れているつもりのAさまを見た。
「歩み寄っては如何ですか? 拒否感を抱いたままではなにも物事は進まないかと」
私の声にAさまが『そんな……』と微妙な表情を浮かべ、目の前の方は目に光が宿る。
『貴女は番の宿命に好意的なのですね』
「?」
『おや?』
目の前の方が首を傾げ、Aさまから私はどんな話を聞かされたのかと問われた。私は正直に目の前の方に今までのことと彼から聞いた話を告げる。するとAさまは気まずそうな雰囲気を醸し出していた。どうやら私たちがAさまから聞いた話は一方的な情報であったようだ。助けを求めていたから、Aさまにとって都合の良い話をしている可能性はもちろん考えていた。
「社会問題になっていると聞き及んでおりませんでした」
Aさまの星では番の宿命の是非が問われ始めているそうだ。そして有能なアルファは必要であるが、番の相手を強く束縛することは止めよと声が世間から上がり始めているとか。
Aさまが話してくれた『監禁』云々の話は事実であり、精神的に追い込まれたオメガが自ら女装をし始めたのも事実であると。他にも危うい話がチラホラあり、運命の番という言葉の響きは良いけれど起きていることがヤバいのでは? と社会が気付き始めたそうである。
それに社会的立場が弱くなるオメガの人たちが乗っかって、社会運動に発展しているとか。曰く俺たち、私たちはアルファの玩具ではないと。とはいえ王族であるAさまは我が儘は言えない立場のため最近まで我慢していたが、堪忍袋の緒が切れて逃走を図ったのだろうと。
『上手く事が運べば問題ないのですが、番に捨てられた者は精神を病む可能性もあります。多くはオメガよりアルファが病みますので、私も番に嫌われぬようにと必死なのですよ』
有能なアルファが病めば経済的損失が大きいそうである。現に目の前の方もまた、働かなくなれば星一個分の経済が終わるほどの利益を失うとか。
「どう答えれば良いのか分かりませんが、一先ずAさまはご自身の務めを果たすべきかと」
私はもう一度Aさまを見る。やはり王族であるならば目の前の方との婚姻を果たすべきだろう。経済的損失も大きいならなおさらである。
『無理強いをしたくないのですが、番に拒否をされると心が疼きます。目の前の番を屈服させよと』
ヴァナルと雪さんと夜さんと華さんは番といって夫婦になったわけだけれど……相手の嫌がることはしない。ただそれは番として寄り添いあえているからだろう。目の前の方とAさまの関係はまだ発展途上であり、いろいろと不安定なもののようである。Aさまは目の前の方を恐れているようだから、あまり過激なことを言わない方が良さそうだ。
「口にしない方がよろしいのでは……」
『理解はしておりますが、本能が抑えられないのです。聞き汚い言葉であったならば謝罪いたしましょう』
そう告げた目の前の方が頭を下げ、私も口が過ぎましたと礼を執る。そして私はAさまから少し距離を取り、本来の居場所に戻りましょうと視線で訴える。するとAさまは諦めたのか『誰も私を救ってくれない』と肩を落として、護衛の方の方へと歩いて行った。
『地面に落ちた小型艇は回収いたします』
目の前の方が文化の成長度合いが全く違うため、残していくわけにはいかないと告げた。私も回収して貰った方が嬉しいと伝えれば、目の前の方はご迷惑を掛けてしまったと言い残して小型艇へと戻って行く。
そしてまた音楽が流れ始めると、幾台もの小型艇が空中に浮き空へと高く昇って行く。Aさまの助けて欲しいという望みは叶えられなかったけれど、ベターな終わり方だったと私は頷いた。副団長さまは相手方の技術解析ができないと凄く肩を落としていたが、星外生物がいると分かりいろいろと好奇心を刺激しているようだ。
さて、これで静かになると息を吐き、王都のタウンハウスに戻ろうとみんなの顔を見上げる。
「終わった、のか?」
「終わったのかな?」
「終わらないと困るよ。ジーク、リン。ねえ、クロ」
そっくり兄妹の声に私は苦笑いを浮かべながら、クロに問いかけてみる。
『そうだね。彼らの文化を僕たちが理解するのは難しいから、彼らは彼らで解決するしかないと思うよ。向こうもそう考えているんじゃないかな?』
クロの声に一同『そうだな』と頷いて屋敷に戻る。報告書を上げ落ち着きを取り戻し領地に辿り着いた。数日後、王都の正面門の前にまた小型艇が地面に突き刺さるなんて、全く思わないまま。




