1533:守ってくれ。
――何事だと王都の中は凄い騒ぎになっている。
夜だというのに、王都の街には野次馬が家の外へと出てきており、軍の方たちや騎士の方が家に入るようにと促しているそうだ。私たちは王都のタウンハウスである侯爵邸の地下から転移陣を使ってアルバトロス城へと移動していた。
右へ左へと廊下を走る官僚の皆さまに、城付きの侍女の方や下働きの方が不安そうに立ち話をして情報を得ようとしている。私たち一行はなにかあった時のために城へと足を踏み入れたのだが、さて、これからどう動くべきか。ゆっくりしている暇はないし『誰か助けて!』というAさまの情けない声は未だに響いている。おそらく小型艇を利用して拡声されているようだった。
いつも緊急時に集まっている会議室へ行ってみようと、アストライアー侯爵家一行が頷けば見知った顔がこちらへと走ってくる。
「アストライアー侯爵閣下!」
はっと短く息を切らしたエーリヒさまが私の家名を呼んだ。どうやら私的なものではなく、公的な呼び止めのようである。
「ベナンター卿」
如何しましたかとは口にはせず、私はしっかりとエーリヒさまと視線を合わせる。エーリヒさまはふうと息を吐いてすうと空気を肺に取り込んだ。
「城の最上階にくるようにと陛下が!」
「承知しました。では」
端的な彼の声はいつにも通る声だ。これは急いだ方が良いだろうと私たちはそそくさと移動を開始する。私が最上階を目指すことを理解したエーリヒさまは廊下をまた早足で進んでいるのだった。くるくると回る階段を昇ること少し。アルバトロス城の最上階、ようするに王都を見渡せる場所へと辿り着く。そこにはアルバトロス王国の陛下と宰相閣下が難しい表情で立っていた。
「アストライアー侯爵。側へ」
「はい」
陛下の下にこいと手招きをされた私は素直に頷く。こうして陛下の隣に立つのは久方ぶりのような気がする。以前はお尻がむずむずして落ち着かなかったけれど、今では普通に私は並び立っている。今まで起きた事件のせいで陛下くらいで驚かなくなっているのか……は分からないけれど。私は陛下と宰相閣下が見据える先へと視線を向ける。すると陛下がすっと右の人差し指を伸ばして真正面を指した。
「王都の正面門を抜けた先。見えるか?」
アルバトロス王都と各地を繋ぐ大きな正面門の少し先でなにやら光るものが見える。チカチカと光るソレは夜空に浮かぶ飛行機の光のようだ。そういえば双子星の前に現れていた物体Xも微かに光っていたと私は目を細めた。
「どうにか見えます。ミズガルズ神聖大帝国の大雪原で見た小型艇と同じに見えますが……確証はありません」
私は言い終えたあとジークとリンの方へと振り返る。するとそっくり兄妹は深く頷いた。どうやら正面門の少し先にある物体はあの時と同じ小型艇のようである。ジークとリンが頷いたことを見た陛下はすっと目を細めた。
「どうやら、ソレが空から落ちてきたらしい。対処を頼んでも?」
「相手方とは顔見知りとなっているので大丈夫かと。ただ、助けて欲しいという要望が出ているということは、相手は緊迫していると想像がつきます。彼ら以外の……彼の婚約者が現れた可能性もありますね」
陛下の命に私は頷く。Aさまと接触するならば私が適任だろう。話が通じない方ではないから特に問題はない。だが、助けを求めているということは面倒事が舞い込んできているはずで。それでも行くしかないと、陛下にいくつか確認を取って私はロゼさんを影の中から呼ぶ。緊急時だから転移で移動しても誰も咎めないはずだ。
私の声にロゼさんが影の中から勢いよく飛び出せば、陛下と宰相閣下が驚いた顔をしてロゼさんをじっと見ていた。そういえば報告書でロゼさんのことを上げているけれど、陛下方とロゼさんが直接会うのは初めてだ。
「お、驚いた。侯爵のスライムか」
「はい。名前をロゼと言います」
陛下が驚いて声を上げたので、私はロゼさんを紹介しておく。私がロゼさんを呼び捨てにしたことが新鮮だったのか、ぷよぷよ丸ボディーのロゼさんがびよーんと横に伸びた。一体どんな感情だろうと不思議になるものの、早く転移をしてAさまと邂逅しなければ。なにが起こったのか気になるし、これからなにが起こるかも調べないといけないのだから。もう一度私は『ロゼさん』と呼べば、横に伸ばした身体を丸に戻したロゼさんがプルンと震える。
『マスター! 転移するの?』
「うん。王都の正面門の少し先にお願いしたいんだけれど……大丈夫そう?」
『馬車で行ったことがあるから、イケる!』
ロゼさんが私の腕へとぴょんと飛び乗ったと同時に階段を昇る誰かの足音が聞こえた。私は聞いたことのある足音だと主の顔を想像できた。
「副団長さま」
やはり想像した通りの方がやってきていた。副団長さまは少し息を切らしているけれど、好奇心が勝っているのかいつもより良い顔になっている。副団長さまを見るなり陛下が『護衛として連れていけ。侯爵には不要かもしれないが』と私の隣で説明してくれた。
「お待たせ致しました。さあ、参りましょう!」
『ハインツも一緒?』
嬉々とした声を上げる副団長さまにロゼさんも嬉しそうな声を上げた。一先ず、問答無用で魔術をブッパするのはナシですよと、師弟コンビに告げて私は陛下と宰相閣下に礼を執る。すると同時にロゼさんが転移魔術を発動させてくれ、王都の正面門の少し先に移動を終えているのだった。
『やっぱりちょっと重い……でも、前よりマシ』
ぬふん、とちょっと悩ましそうな声でロゼさんがぼそりと呟く。女神さま二柱さまを連れての転移は以前であれば『重い』とロゼさんはぼやいていたのに、今日は『ちょっと重い』に変わっている。ロゼさんはどこまで強くなるのかと私が首を傾げると、副団長さまは『まだまだ成長の余地がありそうですねえ』と目を細めて笑う。そして重いと言われた張本人ではなく張本神さまが口を開いた。
「スライムなのにまだ強くなるんだ」
「ナイの影響だろうな。少し前、一緒に六節の魔術唱えて、随分と魔力を消費したみてえだからな」
末恐ろしいスライムだと二柱さまが口にするのを聞きながら私は前を向く。五十メートルほど先には小型艇が地面にぶっ刺さっていた。急いで降下してきたようで、小型艇の前面が地面とキスをしている。
Aさまはどこだときょろきょろと周りを見渡すが彼らの姿はどこにも見えない。暗闇の中ということもあり周囲の状況確認が難しい。一応、ソフィーアさまとセレスティアさまが魔術で光を灯してくれているものの、効果の範囲は限定的である。
とはいえ探さないわけにはいかないと、また顔をキョロキョロ動かしていれば、ぼんやりと蛍の光のようなものが宙に浮いていた。私は幽霊かと身構えるとジークが『落ち着け。大丈夫だ』と声を上げ、リンが『額からチョウチン垂れてる人だね』と教えてくれた。私はぼんやりと光る蛍のようなものしか確認できないけれど、視力の良いジークとリンにはAさまの姿が見えているらしい。
ようやく目が慣れると岩陰にAさまが隠れているようで、ちょろりと顔を出してこちらを見たあと、ぱっと笑みを浮かべてこちらへと歩いてくる。
『た、た、助けにきてくれたのか!?』
とりあえず怪我はないようだけれど、地面に突き刺さっている小型艇の状況を見るに無傷であることが信じられない。いや、星外生物なのだから私たちとは身体の構造が違うのかと他所事を考えている暇はないと、私はAさまと視線を合わせた。
「いえ、事情と様子を伺いにきただけです。アルバトロス王国で自由に闊歩されては困るので」
期待されても困るため、はっきりとこちら側の事情を告げておく。するとAさまは眉尻を下げて『どうして』と言いたげな表情になっていた。ぷらんと揺れたチョウチンの光が微妙に哀愁を漂わせているのは気のせいだろうか。
哀愁に誘われて手を差し伸べて大事になってはいけないし、さてはてどうしたものか。小型艇が壊れていないのであれば、本隊であろう船に戻ってくださいと言えるはず。なにはともあれ私は状況を確認しようとすればAさまが空の上を見上げる。
「……え?」
釣られて私も空を見上げ、視線に捉えた光景に驚きの声を上げてしまった。双子星の前にある影が増えている。それもひとつやふたつではなく、数を数えるのも億劫なほどに増えていた。
「か、彼女が私を迎えに……捕らえにきたんだ! だから私は小型艇でこちらまで逃げてきた!!」
「……申し訳ありませんが」
Aさまの声を聞いた私の口から出そうになる迷惑極まりないという言葉を無理矢理に置き換えた。迎えにきたのか、捕らえにきたのか分からないし、アルファとオメガの関係性もよく分からないが、Aさまには自国に戻って貰わねば。Aさまが歯をカチカチ鳴らしながら空を見上げたまま、膝を突き『もう終わりだ』と頭を抱える。本当にAさまのお相手の方は彼を監禁しようと考えているのだろうか。
大丈夫かと少し心配していると、空の上にチカチカと光るなにかが増えている。肉眼では光しか確認できないけれど、数機の小型艇がこちらに降りようと試みているようだ。
それを見ていた副団長さまは嬉々とした雰囲気で、次になにが起こるのかと期待に胸を膨らませている。私は大事にならないようにと祈るのだが、後ろで二柱さまが『大丈夫かな?』『さあな。ナイだしな』と小声で話しているのが聞こえた。酷い言われようだと肩を竦めると、聞き慣れない音が頭上から聞こえてきた。なんだと耳を済ませれば、なんとなく曲になっているような。
「どうして音楽が……」
空を見上げながら私が呟くと、地面に膝を突いたままのAさまも空を見上げた。
『大気があるから、ここぞとばかりに流しているのだろう。ちなみに彼女が好いている曲だ……――私とは趣味が合わない。現地の者と喧嘩をする気は彼女にないはずだ! 頼む! どうか私を守ってくれないだろうか?』
Aさまの声に答えられないまま、私たち一行は空の上に浮かんだ複数の小型艇に視線を向けたまま、相手の動向を見守るのだった。




