1535:いつも通り。
乙女ゲームに詳しいフィーネさまに事の経緯を手紙で記せば、やたらと長文な返事が届いた。それはもうオメガバース設定と呼ばれる、同人界隈――商業作品として流通しているものではなく、個人で制作し即売会などで発表される作品のこと――の妄想が詰まった設定が事細かく記されている。
曰く、もともとは狼等の群れの呼称を海外の作家が人間同士の関係性として落とし込み、その魅力に気づいた日本の同人BL作家が新たなる要素として落とし込み、年月を経てBLを愛好している層に浸透したと。そしてまた時間を経てTL――ティーンズラブ――作品にも広まり、果てはエロ漫画にまで波及していたとか。
時代の変遷で乙女ゲームにも流入してもおかしくはないから、テラさまに一度話を聞いておいた方が良いかもしれないという助言も添えられて。
たしかにテラさまに一度話を聞いておいた方が良いのだろう。私だけでは頼りないし、大事なことを聞き逃してはいけないと陛下に頼んで、エーリヒさまも一緒の席に就いて貰うようにとお願いしておいた。そして最後にフィーネさまらしくない力を込めた文字で……――
――オクラ納豆は最&高っ!!
とテンション高く締めくくられていた。私は納豆が苦手なために、オクラ納豆の魅力は分からない。だた、オクラのネバネバと納豆のネバネバで美容に良い食べ物だとフィーネさまは力説している。そして、オクラを買い付けたいとも。
オクラ納豆を作るならカツオブシとお醤油さんが必要なので、世間一般の方に広まるのは少々難しそうだ。そもそもオクラも納豆も手に入れ辛い品であるため、フソウから西大陸に流通させることも難儀しそうだけれど。フソウも大国ではないので大豆の増産をし、納豆作りも加速させ、他国に輸出するとなれば一大事業となる。コケた時を考えると大博打だろうから、個人輸入が限界かと私は息を吐いた。
とりあえずオクラを購入できるようになれば、フィーネさまの下に届けよう。ついでにカツオブシとお醤油さんも添えて。
手紙の返事を記していれば、侍女のエッダさんが自室――侯爵領に戻っている――に顔を出して、エーリヒさまがやってきたと教えてくれた。陛下にお願いをしてから然程時間が経っていないため、エーリヒさまは飛竜便を使って移動してきたようである。
ユルゲンさまも一緒にきているとのことだから、ジークたち男性陣とゆっくり話ができると良いのだが。先ずはテラさまとの話をしなければと私は来賓室へと移動した。来賓室に移動して中へ足を踏み入れば、くすんだ金色の髪と明るい緑色の髪が見えた。お二人は部屋に人が入ってきたと分かるなり、静かに応接用の椅子から立ち上がる。私は歩いて彼らの前に立ち小さく礼を執り口を開いた。
「エーリヒさま、ユルゲンさま、遠路はるばる感謝致します。突然、呼びつけて申しわけありませんでした」
頭を上げ窓の外をチラリと見れば、鞍を付けた中型の竜のお方がこちらを見上げていた。私が目を細めると中型の竜の方と視線が合い、返事代わりなのか尻尾を左右に振っている。
大きい身体なのに行動が可愛いと私が笑みを深めれば、庭にいたルカとジアが中型の竜の方の方へと歩み寄り、なにやら会話を始めていた。なにを話しているのか分からないけれど、微笑ましい光景だと私は前を向く。すると至極真面目な顔をしたエーリヒさまとユルゲンさまが言葉を紡ぐ。
「いえ。大事な話ですから問題ありません」
「国外の方を呼び寄せますからね。そうなれば我々、外務部の出番です」
苦笑いをしているお二人に私も苦笑いを作った。
「こられて早々申し訳ないのですが、移動をお願いします。話はそちらで行いましょう」
本来ならば来賓室で話を進めるべきであるが、いろいろと事情があってお二人には移動をお願いしなければならなかった。私の後ろに控えているジークとリンが微妙な雰囲気を醸し出し、ソフィーアさまとセレスティアさまは早く行こうと言いたげだ。ヴァルトルーデさまとジルケさまはエーリヒさまとユルゲンさまが客人と知るなり移動先へ向かっていた。エーリヒさまとユルゲンさまは一瞬不思議そうな表情を浮かべるものの直ぐに雰囲気を変えた。
「承知しました」
「はい」
キリリとした表情を浮かべたお二人はお仕事モードに突入したようである。私も気合を入れて背を伸ばし歩き始めるのだが、移動先に近づくにつれて良い匂いが漂ってくる。移動先の扉の前に立ち入っても良いかとノック――私は屋敷の主人であるが念のため――をすれば『どうぞ~』と聞き慣れた声が耳に届く。私は後ろを振り向いてみんなの顔を見渡して、入るねと頷いた。
ドアノブを握り込み扉を開ければ、数種類の良い匂いが鼻腔をくすぐる。そして、ヴァルトルーデさまとジルケさまが椅子に腰を下ろし、テーブルの上に大量に並べられた料理の数々と嬉々とした表情で口に運ぶテラさまが視界に入る。
「母さん、ここはナイの家。少しは遠慮しよう」
「母上殿。食い過ぎだろ……」
呆れ声を上げる二柱さまにテラさまが口に入ったものをごくりと嚥下して、ぱっとこちらへ顔を向ける。
「だって、ナイの家のご飯は美味しいんだもの。あ、エーリヒとユルゲンじゃない! なになに。もしかしてナイに無理矢理連れてこられたの?」
話題に上がったお二人は否定も肯定もしないまま苦笑いを浮かべ、忙しいわねえとしみじみとテラさまは口に出したあと、ジークとリンとソフィーアさまとセレスティアさまに、一緒についてきているクロたちにも手を振った。私はテラさまのコミュ力の高さを羨みつつ、テラさまの前に立つ。
部屋の片隅には料理長さまが所在なさそうに立ち尽くし、配膳係の侍女の方も緊張した様子で立っていた。テラさまであれば多少の粗相は見逃してくれるはずだ。それより気を払わなければならないのは、しきたりに厳しいお貴族さまだろう。そんなに緊張しなくても良いと私は料理長さまと侍女の方を見やったあと、テラさまと再度視線を合わせる。口元にご飯がついていますよとは告げないまま。
「テラさま、お話を伺っても宜しいでしょうか?」
「もちろん! 対価は貰っているから、なんでも聞いて頂戴!」
私の声にテラさまが指で口元を拭って、付いたご飯を舐めとった。革ジャケットは椅子の背に掛けており、長袖の白Tシャツ姿のためか妙に様になる姿だ。お貴族さま的な恰好をしていれば、お行儀が悪いと指導が飛んできそうである。
女神さまに苦言を呈す人はいないし、私も口煩くするつもりはない。カラカラと笑っているテラさまに私が話を聞いて欲しいことがあると伝えると『じゃあ、ナイの家のご飯食べれるなら話聞くわよー』と軽く了承を得られたのだ。一緒にテラさまとの通信を試みてくれたヴァルトルーデさまとジルケさまは『母さん、ご飯はナイの家で食べるものになってない?』『あり得るな。自炊、面倒だろうし』と息を吐いていた。
私はさっそく本題に入ろうと、ソフィーアさまとセレスティアさまに目配せしてから口を開く。
「この方たちを見たことはありませんか?」
私の声と同時にソフィーアさまとセレスティアさまはすっとテーブルの上に紙を置く。それは絵師の方に描いて貰った似顔絵である。もちろんAさまと婚約者の方を描いて貰っていた。テラさまは差し出された似顔絵を覗き込み、首を傾げながら眉根を寄せた。
「ん? ん~~~~~?」
艶めかしいような、ただのおっさんの唸り声のようなものを上げながらテラさまはカッと目を見開く。
「あ! ちょっと前に配信され始めたソシャゲのキャラ! でも、どうしてナイたちが知っているの?」
テラさまの声に私は事の経緯を語る。ついでに今回テラさまをこちらに呼んだ理由も。
「え? 関わってきたの?」
目を見開きながらテラさまが驚いている。
「しかも番が嫌だからって? たしかに監禁女装ENDがあったけれど……不評だったのよねえ。その話。だからソシャゲの制作会社や配信会社に抗議のメールがたくさん届いたと聞いたことあるわ~」
女性が主人公で女性上位モノのゲームであったが、監禁女装ENDは『あたしたちはそんなもの求めていない。そんな碌でもない要素を入れるなら最初から告知しておけ』と純真無垢な乙女たちからの抗議が止まらなかったようである。そして不買い運動に発展したそうな。参加したメンバーは声の大きい人たちで、今でも問題なくゲームは配信されて一定の売り上げを計上しているとか。私はよく分からないと顔を顰めていれば、面白そうな雰囲気でテラさまは話を続けた。
「キャラ絵は良いから、観賞用だって割り切っているみたいよ~シナリオはぼちぼちって感じらしいわ」
たしかにAさまの顔は良いし、婚約者の方のご尊顔もいわずもがなである。シナリオはぼちぼち面白いとのことで、なんだかAさまが逃避した理由の補強になっている気がする。
ちなみにそのソシャゲはブラウザでもプレイでき、十八禁版も配信されているそうな。なるほど。続いている理由にはエロ要素も関係しているらしい。きちんとボイスも付いて、裏名義ではあるもののアニメで活躍している男性声優さんが多く参加している、と。
「最近の子は耐性が低いわね~古いゲームをプレイすれば憤死しちゃうんじゃないかしら?」
「規制で表現方法が限られていますからね」
テラさまが肩を竦めると、エーリヒさまも肩を竦めていた。エーリヒさまは幼い頃、日本の据え置き機のRPGをプレイするのが楽しみだったそうである。時間が進むにつれてゲームに規制が入り、シナリオが薄くなったり過激な描写ができなくなったりと、制限が多くなってつまらなくなったとか。
そこで目を付けたのがエッチなゲーム界隈で、まだ規制が緩かった上に気骨のあるクリエーターの方たちの表現の場として使われていたとか。エロはオマケとプレイヤーの間で囁かれているエロゲーも多数あるとか。テラさまとエーリヒさまの声を聞きながら私は窓の外を見た。
「嫌な予感しかしない……」
ぽつりと口から勝手に出てきた私の声にテラさまが一つ頷く。
「んー……私は興味ないからスルーしてたソシャゲだし、どうしてグイーの星に逃げてきたのかしら?」
こてんと女神さまが首を傾げるものの、私に問われても答えようがないと黙っておいた。そうしてテラさまが数瞬考える素振りを見せたあと。
「ねえ、ナイ。美味しいデザート付けてくれたら、ちょっと調べてみる。気になるしね」
条件のハードルが超低いけれど、私は有難いとテラさまに頷き、料理長さまに美味しいデザートをお願いしますと申し出るのだった。




