1536:どうしてご当主さまは。
――どうしてご当主さまは!!!
簡単に女神さま方へ料理を提供なされるのだろう……しかも、大陸を司る女神さまではなく、星を創り給うた創星神さまの奥方さまにである。その奥方さまも遠く離れた場所の星を創造された方なのだとか。
しかも我々が住んでいる星より文明は栄え、巨大な鉄の塊が空を飛んでいたり、馬車ではなく燃料で動く車が平民の者たちにも利用できるとか。文明が発展しているならば、料理も発展しており、ご当主さまとベナンター準男爵閣下が提案される品がソレである。
「お腹いっぱい~! 美味しかったわ、作ってくれてありがとう!」
へらりと笑う創星神の奥方さまは不思議な恰好をして私ごときに礼を告げる。料理を作って欲しいと私に頼んだご当主さまは苦笑いで私を見つめていた。
「お褒めの言葉、感謝いたします」
私が礼を執ると創星神さまの奥方さまは満足そうな顔をして『また食べにくると思うから!』と言い残して食堂を出て行く。私は創星神さまの奥方さまとご当主さま方を見送り、しんと静かになった食堂のテーブルの上を見つめる。
提供した食事は全て食べておられているし、食後のデザートも凄く綺麗に口に納められていた。創星神さまの奥方さまは西の女神さまに似ていらっしゃるのだが、雰囲気はまるで違う。歯を見せながら朗らかに笑う姿はヤーバン王国の国王陛下に似ている気がする。比べてはいけないのかもしれないが……うん?
どうしてアルバトロス王国侯爵家お抱えの料理人が他国の陛下の名前を挙げるのだろう。
そういえば、フソウ国の征夷大将軍さまにも、アガレス帝国の皇帝陛下にも、聖王国の大聖女さまにも食事を提供したことがあるなあと、今更ながらに思い返した。私はアルバトロス王国の王城に勤める料理人ではない。
ご当主さまに悪気はないと分かっているものの、もう少し我々の腹に手加減をして欲しいところである。
創星神の奥方さまに料理を提供すると知った調理部の者の中には、顔を青褪めさせながら調理していた者もいる。毎日、西の女神さまと南の女神さまに食事を提供しているから、我々は慣れているとご当主さまは考えられているのだろうか。とはいえ粗相があれば責任はご当主さまが全て被ることになっている。まあ、だからこそ我々調理部一同は失敗できないと腹が痛くなるわけで。
他の貴族家の厨房より仕事量が多いものの、ご当主さまが提案された『有給休暇』や『ボーナス』は有難い。幼い子供は託児所に預けることができ、文字の読み書きや簡単な計算を教えてくれる。
親が子供の初期教育をやらずに済むし、他の屋敷で働く者たちと子供のことについて相談することもできた。ご当主さまもユーリさまのことで頭を悩ませており、時折、ご当主さまから相談を受けたと嬉しいやら恐れ多いやらという感じで部下から報告を受けることもある。
「はあ……」
私が長い息を吐けば、食堂の片付けに入っている給仕の侍女数名が苦笑いを浮かべていた。
「料理長、お疲れさまでした」
彼女たちの声に私は帽子を取って髪を手で撫でる。私も緊張したけれど、彼女たちも女神さま方に食事を提供するというとんでもな仕事を成し遂げている。
「君たちもお疲れさま。緊張したなあ」
「ですね。でも綺麗に食べてくださりましたし、私たち給仕にもありがとうとお礼を頂きました。凄く気さくなお方なのですねえ」
お互いにお互いを労いながら、今日、創星神さまの奥方さまに提供した料理の中で気になったものはあるかと私は彼女たちに問う。すると彼女たちは嬉しそうに目を細めた。
「やはり最後の甘いものが……」
「凄く綺麗な盛り付けで、心が惹かれました。食べるのは勿体ないって思うなんて!」
若い女性はやはり食後のデザートに興味が湧くようだ。創星神さまや女神さま方にご当主さまへ提供するデザートと同じ内容のものは出せないが、工夫を凝らして似たような品であれば作ることができる。私はなるほどと頷き、いつか彼女たちにも作ってみようと心に刻み込めば、給仕役の侍女数名が私を真剣に見ている。そしてその中の一人が口を開いた。
「料理長」
「うん?」
なんだと身構えるものの、私は平静を装って言葉を返す。
「アストライアー侯爵家料理人の皆さまが作ってくださる食事は美味しいです。それはもう、元いた屋敷で働けないなと思うくらいに」
そう言って貰えるのは嬉しい。料理人として本望である。そして他の侍女の者が悩まし気に片手を頬に当てた。
「美味し過ぎるのも問題ですよね。ご当主さまが健啖家ということもあって、私たちの食事は他家より豪華……最近、みんなで太ったと嘆いていますから」
いや、だって……ご当主さまがなにかあった時のためにと食料備蓄には余裕を持たせてくれている。ベントウという制度もあるため、本当に食材や調理器具に困らないようにとご当主さまは配慮してくれているのだ。いろいろな食材が常に食糧庫に十分あり、調理器具もドワーフの職人が作ってくれたものがたくさんある。時折、ドワーフの職人が作って、素材が竜の牙や鱗と聞いて戦慄することもある。
最近はジャドさまたちがいるからか、グリフォンの爪で加工されたものも試作品としてご当主さまはドワーフの職人に作って貰ったようである。そして試作品を試すと意気込んで調理場に顔を出し、ジークフリード殿とジークリンデ殿が心配そうにご当主さまを見つめるから、私がご当主さまに代わり試し切りや調理をするわけだが。
「下働きの小母さまたちも悩んでいたよね。お腹が出て衣装がキツくなっているって」
そういえば下働きの者たちや侍女たち以外も体重を気にかける屋敷の者が多くなっている。ハイゼンベルグ公爵令嬢とヴァイセンベルク辺境伯令嬢も庭に出て運動している姿を見た。
「太りづらい料理、考えるか。もしくはフソウの食事を増やすか……」
私が呟けば、侍女の者たちが嬉しそうな顔を浮かべた。私は調理場に戻ると彼女たちに告げ食堂を出る。そうして自分の持ち場に戻れば、部下たちが私を取り囲んだ。
「料理長! 料理長ー!! 如何でしたか!? 俺たちの首、飛びませんよね!?」
「なにか起これば責任はご当主さまが負ってくれると公言してくれているだろう。だから落ち着け」
困り顔を浮かべる若手の部下に私は声を掛けた。ご当主さまは聖女であり、創星神さまの使いを務めた方である。嘘は吐かない、というより吐けないだろう。そしてなによりご当主さまの性格上、口にしたことを取り消すことなんてしないと私は知っている。アストライアー侯爵家お抱えの料理人が慌てふためいて不格好だぞと窘めたくなるのを我慢していると、若手の部下が眉尻を下げながら口を開いた。
「そりゃ、ご当主さまがそう言ってくださったなら、そうですけれど! でも、やっぱり怖いですよぅ!」
「ほら、愚痴や文句は仕事が終わってからだな! 夕食の準備に入るぞー! 今日も気合を入れて美味い食事を作ろう!」
私は苦笑いを浮かべて、今日の夕飯のメニューを皆に告げる。そしてご当主さまから創星神さまの奥方さまも夕食を共にするかもしれないと告げれば、調理場にいる皆に緊張が走るのだった。――うん。皆、頑張ろうな。
◇
テラさまにアストライアー侯爵領の領主邸にきて貰った数日後。アルバトロス城から私に至急王都へ戻ってきて欲しいと連絡が入った。どうやらまた、王都の正面門の少し離れた場所に小型艇が突き刺さったようである。突き刺さった小型艇を放置するわけにもいかず、副団長さまを護衛役として、エーリヒさまとユルゲンさまが小型艇との接触を試みたそうだ。そうして。
――なんで、またAさまがきたの!?
というのが話を聞いた私の正直な感想である。というか他のアストライアー侯爵家の方たちも私と同じ気持ちだし、ヴァルトルーデさまとジルケさまもまた厄介事がやってきたと呆れていた。
出発前、侯爵邸の地下室に王城へと向かう面子が集まっていた。一報を耳にした面子は一様に怪訝な顔をしていた。私もまた妙な表情を浮かべているのだが、一番呆れているのはソフィーアさまとセレスティアさまである。
「あの婚約者からよく逃げられたな……」
「根性のない方が婚約者の方から逃げおおせるだなんて」
ソフィーアさまは婚約破棄を突き付けられたことがあるため、ちょいと複雑な心境のようである。セレスティアさまもそれに近い状況になっていたため、なんとも言えない雰囲気を醸し出していた。
「逃げ足だけは速かったということでしょうかね」
そう思うしかないだろうと私は片眉を上げ、アストライアー侯爵家一行に『移動しましょう』と伝えて、魔力を転移魔術陣へと込める。腰元のヘルメスさんが『ああん! マスター、込めるべき魔力が少々、いえ随分と多いです!』と声を上げると同時に、転移魔術陣に光が灯りふっとお腹が浮く感覚に襲われる。すると屋敷の地下室の光景からアルバトロス城の転移陣が施されている部屋へと移動を終えていた。すると近衛騎士の方がバタバタと足音を立てて、私たち一行の前に立ち礼を執る。
「アストライアー侯爵閣下。陛下から『急いで欲しい』とのことでございます」
「お疲れさまです。承知致しました。どちらへ向かえば?」
近衛騎士の方と私は数度のやり取りを経て、陛下方が待つ会議室へと急いだ。部屋に入るなり、既にアルバトロス王国上層部の主要なメンバーは席に腰を下ろしており、陛下も上座の席で難しい表情で座っている。私は遅れて申し訳ありませんと告げれば早々に席を薦められた。そうして陛下が重い口を開く。どうやらアルファとオメガの説明を報告書に纏めたことが、皆さまに知れ渡り頭を抱えているようだ。
王族や貴族であれば親が決めた婚姻をするのが当たり前だけれど、監禁と女装はちょっとな……という見解のようである。とはいえ相手と良好な関係を築けば問題ないのである。皆さまの考えは、恋はできないが、相手との愛情を芽生えさせることはできるという考えのようだ。そして更に陛下が微妙な視線を私に向けていた。
「以前、話をした黒髪黒目の小さい子供を寄越して欲しいと一点張りでな……――文化も文明も違うのだから、腹を立てても仕方あるまい」
どうして子供と勘違いされるのだろう。もう少しで二十歳を迎えるというのに悲しい限りだと憤っていれば、陛下が呆れ顔を浮かべて私に苦言を呈した。私は申し訳ありませんと目線を下げれば、宰相閣下と外務卿さまと内務卿さま他数名が胸を撫でおろしていた。
クロはクロで私から魔力が漏れたと察し、尻尾を揺らしながら漏れた魔力を回収しているようだ。影の中に控えていたロゼさんとヴァナルと雪さんと夜さんと華さんと毛玉ちゃんたちも顔を出している。みんな貪欲だねと私は苦笑いを浮かべると、陛下がもう一度口を開く。
「ベナンター準男爵とジータス卿の子息が対応中だ。アストライアー侯爵も現場に向かって貰えるか?」
「承知致しました。ではさっそく」
真剣な眼差しで陛下が私を見ている。陛下の期待に答えねばと私は席を立ち、ロゼさんにお願いして現場へと向かうのだった。




