1532:迷惑な。
あーでもない、こーでもないと各国の代表の方たちがまたアルバトロス王国へ集まり、双子星の物体X、もといAさまをどうしようかという話し合いを終えた。Aさまの『技術でも船でもくれてやる』という言葉に一部の方たち――特に南大陸の勝ち馬に乗りたい陛下――が反応を示し、Aさまの保護を名乗り出ていたものの他の陛下方に『駄目だ』と拒否されていた。
私たちがAさまを保護する理由はなく、王族ならば相手が嫌でも婚姻せよという考えが強く、本当に監禁されたならば同情するが、上手く付き合うのが夫としての務めだろうという見解になったのだ。そのためAさま方には他の星に移動していただくか、衛星軌道上に留まりこちらには関与しないで欲しいと告げることになる。
その話し合いを私がまた担うことになった。
曰く、グイーさまの使いを務めたのだから、星外生物の方とも問題なく渡り合えるだろうということである。なんだか腑に落ちないものの、常識的な国の陛下からはお給料を頂くことになっていた。しかもウチの国の爵位をいらないかと打診されてもいる。アルバトロス王国で侯爵位を得ているから必要ないし、方々の国の爵位を持てばアルバトロス王国に顔向けできないとやんわりと断ったけれど。
『爵位より、美味しいご飯のレシピや材料を頂ける方が嬉しいです』
と私が陛下方に伝えれば微妙な雰囲気になっていた。一応、国を通して取引をするため関係を築けると提案してみたのだが、爵位をと申し出てくれた陛下方はそれでは不満だったようである。とはいえ、しっかりとした方々なので時間を設けて取引の話をしようとなった。口に出してみるものだなと私は口元が伸びるのを我慢していたのが、つい先程である。
アルバトロス城の会議場を出て、アストライアー侯爵家一行と居候のヤーバン王と廊下を歩いていれば、魔術師団の隊舎に戻ろうとしている副団長さまと鉢合せした。副団長さまは先程までアルバトロスの陛下の後ろで護衛を担っていたから、廊下で出会ってもおかしくはない。副団長さまはアリーさまに気付いて廊下の隅へと寄るのだが、好奇心の強い彼女が立ち止まりにっと口の端を伸ばす。
「ふむ。魔術師か」
アリーさまの声に副団長さまが礼を執った。そういえばお二人は面識はなかったかと、私は副団長さまの方へと身体を寄せた。
「彼はアルバトロス王国魔術師団所属、ハインツ・ヴァレンシュタイン副団長です」
年上の男性を紹介するのは変な感がするものの、私が紹介しないと始まらないだろう。私の声に副団長さまが顔を上げる。
「お初お目に掛かります。ヤーバン王国、国王陛下」
「強いな。魔術はからっきしだが、魔術師と一度戦ってみたかった。いつか、手合わせ願いたいものだな!」
にこりと余所行きの顔で笑みを浮かべる副団長さまにアリーさまが声を張り上げる。アリーさまと副団長さまが手合わせした場合、勝敗はどうなるのだろうか。全く予想がつかないと苦笑いを浮かべていると、アリーさまが『行こう、ナイ』と告げる。私は副団長さまに目礼をしてその場から離れた。しばらく廊下を歩いていれば、アリーさまが私を見ていた。どうしたのかと首を捻れば、アリーさまがむっと口をへの字にした。
「胡散臭い笑みだったな」
アリーさまは副団長さまの笑みが余所行き用であると看破したようである。私は私で副団長さまのフォローは無理だと判断する。
「副団長さまですから」
私の声に後ろを歩くソフィーアさまが『先生だからな』と呟き、セレスティアさまが『お師匠さまですからね。気になさらないでしょう』と小さく笑っている。どうやらこの場にいる皆さまは副団長さまはアリーさまの言葉を気にする方ではないと考えているようだ。
アリーさまは手合わせしてみたいというのは本心とのことなので、機会があれば模擬戦をやらせて欲しいと私に告げる。私は時と場所が許せばと頷いて、王都のタウンハウスであるアストライアー侯爵邸へと戻るのだった。
◇
――愛しい、愛しい私の殿下。私の番。どこへ逃げようとも必ず見つけ出してみせるわ。
◇
事前に打ち合わせていた発光信号を送れば、相手側からも発光信号が返ってきた。
本当に宇宙船の技術は凄いよねと感心しながら、またミズガルズ神聖大帝国の大雪原に立っている。目の前には小型艇が降り立ち、中からAさま方が出てきたところだ。私の隣にはミズガルズの皇太子殿下が立っている。
場所を提供したために会談の場に立たざるを得なくなった殿下は大変だろう。でも、この事件が解決すればミズガルズ神聖大帝国の中での地位は盤石なものになるのではないだろうか。他星の者と交渉をしたという事実があるし、皇帝陛下の代わりにいろいろと動いている。アルバトロス王国へも何度も顔を出していた。
自称勇者さまと彼を唆したお貴族さまのお陰で大変だったけれど、ミズガルズ神聖大帝国の帝室は実権を掌握しているそうだから。
ベルナルディダ第一皇女殿下の婚約者も決まったと聞いているし、聖女さまと聖騎士さまも国内で活躍しているとか。アルバトロス王国の学院でいろいろあったけれど、今では友好的にお付き合いもできている……はず。皇太子殿下は今回が頑張り処かなと、私は小型艇から降りてきたAさま方に姿勢を正した。定型の挨拶を交わせば、Aさまがさっそく口を開く。
『色よい返事を聞けると良いのだが』
「その話ですが……」
Aさまに皇太子殿下が申し訳なさそうな声を上げた。各国で話し合った結果、Aさま方を保護することはできないと伝えた。そして衛星軌道上に留まることは自由であるが、地上に降りるのは駄目だということも伝えられる。皇太子殿下の声にAさまが残念そうな表情を浮かべているものの、護衛の方たちは『ですよねー』と言いたげな雰囲気を醸し出していた。私も伝えるべきことを伝えなければと口を開く。
「申し訳ありませんが、母国の星へ帰るべきかと」
私の声にAさまが額から出ているチョウチンを揺らしながら眉根を潜めた。
『……やはり、皆、婚約者と添い遂げよというのだな……たしかに王子である私には自由などない。だが……彼女の……いや、止めよう。君たちに話をしても私の気持ちを理解して貰えることはないのだろうな』
口を真一文字に伸ばしたAさまが踵を返して小型艇へと乗り込んだ。護衛の方の一人は私たちに礼を執ってから小型艇へと乗り込んでいく。プシュッという音と共にタラップ兼扉が閉まり、暫く待っているとエンジンの音が聞こえ、底面からロケットエンジンの火が噴き始める。ゆっくりと地面から浮き上がった小型艇がどんどんと高度を上げていき、一定の高さに辿り着くとさらに加速して空の彼方へと消えた。
「申し訳ないことをしたと感じてしまいますが、仕方ないですよね」
私はミズガルズの皇太子殿下を見上げる。
「ですね。厄介なことに我々が巻き込まれて滅びてしまう可能性だってありますし、彼を助けて本国の者たちが激怒すれば我々はどうなるのか分かりませんから」
皇太子殿下は目を細めながら言葉を紡いだ。そう。Aさまが全てを語っているとは思えないし、宇宙船を持つ彼らの技術力であれば私たちが住む星の制圧なんてあっという間だろう。
余計なことに巻き込まれないために、Aさまを助けないというより助けられないのである。頼られてしまえば助けたい気持ちが湧くのが人情というものだけれど、人情に付け込まれて痛い目を見た人はたくさんいるはず。私たちもそうならないように、話し合いを持ってAさまに諦めて貰ったのだ。後ろ髪を引かれる思いだが、致し方ないことだと割り切るしかない。
「殿下、戻りましょうか」
「そうしましょう。アストライアー侯爵。帝宮で甘い物を用意させましょう」
皇太子殿下が片眉を上げながら告げた。なんだか餌付けされていると首を傾げれば、肩の上のクロが『ナイのことよく分かっているねえ』と納得していた。皇太子殿下は単に客人に茶菓子を用意しようとしているだけのはずと私は苦笑いを浮かべて、彼らと一緒に帝都へと戻る。そうして次の日にはアルバトロス王国へ戻って、報告を済ませれば、双子星に浮かんでいた物体X、もといAさまの船団はどこかへと移動しているのだった。
――日常が訪れた。
双子星の前に浮かんでいた影が消えたと市井の方たちの間で騒ぎになるも、恐怖は薄れたようで日常が戻ってきている。Aさまと最後の会談を終えた三日後、そろそろ領地の侯爵邸に戻ろうかと皆さまで相談していた。アルバトロス王国の陛下からも日常に戻って良しと許可を頂いているから、明日にでも王都を出発してゆっくり侯爵領を目指すことになる。ヤーバン王であるアリーさまも私が領地へ戻るため、国へ帰る決意を下したようだ。
夜。出発を明日に控えた自室でジークとリンと私はいつもの駄弁りの時間を迎えていた。ちょっと忙しかったから、こうしてそっくり兄妹と話すことが新鮮である。
「ユーリにお土産、なにが良いかなあ。エルたちもお留守番組だから、喜ぶなにか買いたいよね」
移動で何泊かするため、寄り道をする予定がある。各地の有名な品はどんなものがあったかと思い浮かべながら、椅子に腰を下ろした私はジークとリンを見上げる。
「ナイ。ナイの欲しいものはないのか?」
「ね。ナイは買っても食べ物ばかりだし、いつも誰かのことを考えてる」
同じく椅子に腰を下ろしているジークとリンが肩を竦めていた。私の欲しいものは食べ物関連が多いためか、ジークとリンは他の物を買えと言いたいらしい。ソフィーアさまとセレスティアさまにも言われているのだが、特に思い浮かぶものはなくどうしたものかと考える。食べ物以外の物で私はなにが欲しいだろうか。うーんと考えてみるものの、物欲は満たされているため思い浮かばない。とはいえなにも言わないままだと、そっくり兄妹が訝しむと私は口を開く。
「でも考えながら、あれこれ買い付けるのは楽しいよ。前までできなかったことだし。ジークとリンは欲しい物ないの?」
私に矛先が向かないようにと、ジークとリンに逆質問をすれば二人はしばし考えた様子を見せる。
「……訓練着か」
「袖口、傷んでいたね。私はナイとの時間が欲しい」
ジークは訓練着を買い替えたいようである。動いてナンボだから、割と傷みやすいようだ。リンは私との時間が欲しいようだが、割と一緒に過ごしているような。
でも確かに、二人で一緒のベッドに入る機会は減っているから寂しいのだろうか。領地に戻ったら一緒に寝るのもアリかと考えていれば、窓の外が明るく光ったあと耳をつんざくような重い音が聞こえた。地面が微かに揺れて、窓の硝子もビリビリと音を立てて揺れていた。私はなにごとと窓の方へと顔を向ける。
「な、なに!? なんの音!?」
一度も耳にしたことのない音だ。でも例えるならば、車と車がぶつかったような音というか。凄く重いなにかが地面に当たった音とでも言おうか。ジークとリンにクロたちも『どうしたの!?』と慌てふためいている。
「なにかが落ちたような音だが……窓が揺れていたな」
「聞いたことのない音だね。少し離れた場所みたいだけれど……それにしても凄い音だった」
三人とみんなで顔を見合わせて窓の側に立つ。外はいつものタウンハウスの侯爵邸の中庭しか見えない。ということは侯爵邸より外でなにかが起こっているのだろう。さて、どう動くべきかと頭を悩ませる。一先ず、アルバトロス王国上層部になにが起こったのか問い合わせてみるのもアリだろうか。よしと私が動こうとしたその時。
――た、助けてっ!!
どこからともなくAさまの情けない声が王都の街中に響くのだった。




