1531:撤収。
――一応、話は通じる相手なのだろう。
ただ変な方向に話が進んでいる気がするだけで。一応、各国の代表とAさま一行を保護するかどうかを決めたいと告げれば、彼らは『色よい返事を待っているよ』と双子星の近くまで戻ると告げ、船に乗って立ち去っていた。見送りを終え話し合いを行っていた天幕に戻って私はふうと深い息を吐いた。
「なんでしょう……どっと疲れた気がします」
本当に。Aさまは婚約者の度を過ぎた束縛から逃げたいようである。下手を打てば監禁が待っているとか。相手がアルファのため、オメガであるAさまを監禁したとしても特に問題視されないそうである。
たしかに大変だなと思うけれど、王族として立派に務めを果たせば監禁されない気がする。たしかに同情すべき状況かもしれないが……――お相手の方は物凄い美人で、仕事ができる方だそうである。それをAさまから聞いた私たち側は『なんだ問題なくね?』という意見に翻った。国や領地を問題なく統治できるのであれば多少は我慢しろという気持ちが大きいようである。私がまた溜息を吐けば、ミズガルズの皇太子殿下が苦笑いを浮かべる。
「そうだね。しかし各国の皆さまにどう説明すれば良いものか。婚約者から逃げてきた王族というだけで印象が悪くなる」
彼の声に私は頷いた。一応、取引の報酬は提示して頂いている。
「技術を渡すと言っておりましたが、文明の進化度合が違い過ぎて、我々には過ぎた物のような気がします」
私が皇太子殿下に告げれば、ミズガルズの技術力でも彼らが乗ってきていた小型艇を理解するのは難しいだろうと。でもまあAさまの技術提供という言葉に飛びつく方はいるのだろう。特に南大陸の勝ち馬に乗りたい陛下とか凄く怪しい。皇太子殿下と私が苦笑いを浮かべていると、天幕の片隅で護衛役を徹すると言っていたディアンさまとベリルさまとダリア姉さんとアイリス姉さんがこちらへやってきた。
「とんだ理由だったな」
「代表さま」
ディアンさまの声に私が返事をすれば、皇太子殿下は目礼して半歩下がる。ダリア姉さんとアイリス姉さんは私の後ろに立って顔を近付けてきた。
「そうね。覚悟もなにもない方のようだもの」
「でも時々あるよね。片方だけが運命を感じて、片方はなにも感じなかったパターン。関係が上手くいけば良いけど、きっと駄目だったんだろうね~」
ダリア姉さんが私の頭を撫でたあと、アイリス姉さんが腕を伸ばして抱き寄せる。なんだか久しぶりのようなと感じていれば、リンから『ずるい』と言いたげな視線を感じた。
しかし、まあ。ベータとかアルファとかオメガとか分からないし、番という運命もよく分からない。雪さんと夜さんと華さんもヴァナルのことを『番』だと言っていたが、ヴァナルが温和だったせいか特に問題は起こっていない。彼らの仲は普通に良いし、二頭の間には毛玉ちゃんたちが産まれている。
「監禁と女装の話は私たちから同情を引くために口にしたのでしょうか?」
私の疑問に皆さまが『さあ?』と口にした。一先ず、各国に連絡を入れてAさまたちの扱いをどうするのか決めようとなるのだった。
◇
初めて宇宙人を見たことに感動を覚えつつ……――ナイさまはオメガバースの話にピンときていないようである。
まあ、知らなければ一生耳にしない話だろうし、オタク文化に多少造形の深い俺だから知っていたというだけ。しかしオメガバースの説明をアルバトロス上層部の皆さまにどう説明したものだろうか。
BL作品から生まれた設定だと話せば、俺がBL作品を嗜んでいたと勘繰られそうである。BL作品が発祥であるものの、前世の俺が死亡した頃にはいろいろなジャンルに派生していた。同性愛の話を今いる世界で語るには少々難儀するよなと、俺が渋い顔をしているとユルゲンが首を傾げていた。
「ユルゲン、どうした?」
「いえ。どうして相手の方は婚約者との婚姻を嫌がっているのか不思議に思いまして。本当に監禁されるような未来が待っているのだろうかと考えていた次第です」
「女性上位の社会かもしれないと考えたけれど、どうなんだろう。でも、たしかに自由を奪われるのは頂けないな」
俺の声にユルゲンが『女性上位の社会ですか……そんな世界あり得るのでしょうか?』と問うてくる。世界は広いからどこかにあるかもしれないと俺は答えて、報告書を認めようと二人で仕事に取り掛かるのだった。
◇
なまじ、話し合いができただけに面倒なことになった。
アストライアー侯爵とベナンター準男爵とミズガルズ神聖大帝国と亜人連合国と同席していた者たちの報告書を読みながら、アルバトロス城の執務室で私は息を吐く。長い溜息だった所為か、執務室に一緒にいる宰相が不思議そうに私を見た。
「陛下、如何なさいました?」
「面倒なことになりそうだ、とな……」
会談の相手が横柄な態度でアストライアー侯爵や他の者たちに喧嘩を売っていれば果たしてどうなっていたのだろう。アストライアー侯爵が怒り、相手が消し炭になっている姿しか思い浮かばないが、現実はそう甘くなかった。
双子星の前に浮かぶ黒い物体は『クチクカン』だそうで武装もしているそうだ。地上に降り立った小型艇に武装はなく、戦う意思はないと相手は示したらしいが……本国に戻れば『クチクカン』より大きい『センカン』や『クウボ』などの移動要塞のようなものをたくさん所持しているらしい。
「婚約者が嫌で保護を求めているそうだが……はあ……」
まさか私の息子と同じようなことを求める者が現れようとは。王族だというのであれば、王族らしく覚悟を決めて振舞えと言いたい。ただ相手が監禁してくる可能性があるとはどういうことだろうか。理解に苦しむとまた溜息を吐けば、宰相もまた溜息を吐く。
「一先ず、各国に連絡を。協議を行う」
「承知致しました」
面倒なことになりそうだが、やるべきことはやらねばと私は宰相を頷くのだった。
◇
――アルバトロス王国、王都。アストライアー侯爵邸。
「わ、私を殺す気か? ナイ」
胸を押さえて床に膝を突いたアリーさまが私を見上げて言葉を絞り出していた。
ぴゅーっと超大型竜の方の背に乗り、アルバトロス王国王都までアストライアー侯爵家一行は戻っていた。かなり短い間隔で北大陸のミズガルズ神聖大帝国入りを何度も果たしたから、みんな疲れてはいないだろうか。
王家に報告を済ませたあと、きちんと気を配らなければならないと私は自室で着替えて、アリーさまが滞在している部屋を訪ね、何度か彼女と私が言葉を交わした最後に『私を殺す気か?』と失礼極まりないことを言ってのけた。
「陛下であるアリーさまを誅し奉ればヤーバンの方たちが黙っていませんよ」
私ははあと息を吐いてアリーさまを見下ろす。彼女は床に膝を突いているため、珍しく私が見下ろす形となっていた。
「それはそうだ。だがナイは今やこの世界で一番有名な者だ。私を殺したくらいで、その地位は揺るがないだろうよ」
ふふと不敵に笑うアリーさまに私の表情が変わっていくのが分かる。
「嫌そうな顔になるな!!」
素早く突っ込んでくれたアリーさまが床から立ち上がれば、窓から彼女を見ていたおばあとジャドさんと雌グリフォンさん四頭にイルとイヴが一斉に首を傾げた。
「うっ!」
どこぞの誰かさんみたいな反応を示したアリーさまであるが、先程、床にしゃがみ込んで胸を押さえていた理由の一端でもある。アリーさまが滞在している部屋に尋ねた私がミズガルズの件を話したあと、ヤーバン王国にそろそろ戻らなくても平気なのかと問うたのだ。
その際におばあとジャドさんたちに窓から私たちの話を聞いて欲しいともお願いしておいた。だから部屋の窓からおばあたちグリフォンさんが顔を覗かせていたのだが、私が首を傾げるとおばあも首を傾げ、釣られてジャドさんたちも首を傾げるのだ。アリーさまはその光景にやられて、胸を押さえて床に蹲った次第である。
流石にそろそろ侯爵邸に滞在していることに限度がある気がする。
アリーさまの執務はヤーバン王国から王都のアストライアー侯爵邸まで大事な案件は送られてくるのだが、様子を見るに向こうの方たちも大変そうだ。
アリーさまが留守にしているからか、幅を利かせている人が出てきているようで困っていると話を聞いた。アリーさまは戻って『ぶん殴れば解決だ』と仰っているが、それは早く対処した方が良いのではと思わなくもない。
子供の顔を旦那さまに見せなくてはならないだろうし、他の親しい方たちにも顔見せは必要だろう。そんなことを考えていれば、アリーさまの赤子がベビーベッドの中でぐずり始める。私とアリーさまはそちらに視線を向けた。
「あーはいはい。今、行くね~」
「私より、ナイがしっかりと母親役をしていないか?」
私は声を上げてベビーベッドの側に寄り、アリーさまは片眉を上げながら片手を腰に当てていた。
「アリーさまがお子の世話をなさるわけにはならないでしょう?」
流石に仕事のある時は赤子の面倒を私は見れないが、こうして時間がある時にはおしめの交換をしたり、乳母さんに預けに行ったりと動いている。アリーさまは私たちや乳母さんたちを『子育てはそうやるのだな』という表情で見ていることが多かった。彼女は王族なのだから赤子の面倒を見る機会などなかっただろうし、これが普通である。
まあ、他国の王さまの赤子のおむつを替える、他国の侯爵というのは凄く珍しいだろうが、屋敷の方たちも『流石に他国の陛下のお子の面倒を見るのは……』と遠慮したので私がお世話をできる時は行っていた。
「うむ。さっぱり扱いが分からん!」
更に反対の手を腰に当てたアリーさまは自慢気に笑っている。私はぐずる赤子のお尻に手を当てて見れば、しっとりとしている。そりゃ気持ち悪いなと苦笑いを浮かべて、そそくさと布のおむつを取り替えた。ちなみに赤子の股には立派なモノがある。
私は赤子のお世話をしているのだが、布おむつの洗濯は下働きの方たちに任せている。良いとこどりをしている気もするが、私がおむつの洗濯まで担えば下働きの方の立つ瀬がない。
「しかし、まあ。そろそろ戻るべきか。双子星の件が片付くまでは滞在したかったのだがな」
アリーさまが腰に当てていた手を胸の位置で組み直した。双子星の物体Xの件を解決するにはもう少し時間が掛かりそうである。たしかにアルバトロス王国を中心として動いているから、アリーさまがアストライアー侯爵邸に留まっている意味はあるかもしれない。ただ。
「面倒なことになりそうなので、長引く可能性がありますね」
「婚約者に尻に敷かれているとは軟弱者め!」
私の声にアリーさまはふんと鼻を鳴らす。たしかにAさまは婚約者に尻を敷かれているととれるのかと、私は少しだけ納得するのだった。




