1530:逃亡理由。
――案外、紳士的な態度である。
どんな無茶ぶりを言われるのかと覚悟しておいたのだが、相手の異星人の方は私たちを慮ってくれているようだ。本題を聞き出せていないため、無茶ぶりを言われる可能性が残っているものの、今のところ話し合いは順調であろう。天幕へ移動して話すことになったのだが、彼らはきょろきょろと周囲を物珍しそうに見ながら移動していた。
雪に触れるのが初めてなのか、歩くのに難儀しているようだけれど。そうして天幕の中に入って席に腰を下ろして、少し待っているとお茶が用意された。湯気の立つ紅茶は随分と熱そうである。私は冷ましてから飲もうと手を付けないまま正面を向く。ミズガルズの皇太子殿下は緊張を紛らわせるためなのか、出された紅茶に即口を付けてふうと息を吐いている。一方で目の前の異星人の方は不思議そうな顔をして紅茶が注がれたティーカップを覗き込んでいた。
『用意して貰って申し訳ないのだが、我々は水や食事を摂ることは滅多にないのだ……』
言葉通り、申し訳なさそうな表情を浮かべた異星人の方が告げた。滅多に食事を摂らないということは、エネルギー消費が少ないのだろう。異星人だし、食事を摂らない生き物がいてもおかしくはないかと私は目を細める。
私の場合、ご飯を楽しみにしているので、食べなくて良いという状況は正直言って辛いものがある。まあ異星人の方と同じ星に生まれて、同じ種族で、同じ環境で育てば食事は必要ないと判断できるようになるかもしれないが。皇太子殿下がはっとした表情になり、紅茶の方へと視線を向け、次に係の人に視線を向けた。
「そうでしたか。下げた方が良いでしょう」
『このままで構わない。君たちが私たちを気にして飲めない状況を避けたかっただけのこと。そう緊張しないで欲しい』
慌てる皇太子殿下に異星人の方は落ち着いた様子で答えていた。目の前の異星人の方の後ろには壮年の男性っぽい方と若そうな男性っぽい方が控えている。目の前の方が纏う衣装が一番豪華だから、代表者であるというのも理解できる。そして立ち居振る舞いから高貴な人であろうということも。しかし高貴な方が何故、私たちの住む星に目を付けたのか。まあ、あれこれ悩むより話を聞いた方が早いだろうと私は前を向く。
『貴殿は私に対して恐れを抱いていないね?』
目の前の異星人の方が私を見て微笑んだ。飛び上るほどのイケメンだけれど、額の真ん中から垂れているチョウチンアンコウのチョウチンが気になって仕方ない。揺れているチョウチンに視線を向けそうになるのを我慢して、私は異星人の方に口を開いた。
「敵意はないようですから」
異星人の方たちから敵意を感じられない。討伐遠征で『ヤバい』という状況に陥ったことは何度かあるのだが、魔物から発せられる殺意のようなものが彼らにはない。それ故か私は随分と落ち着いているようだ。たしかにミズガルズの皇太子殿下は命を落とすような場面に遭遇する機会はなかったのだろう。ミズガルズの次代だから当然と言えば当然であるが、経験の差でいろいろと出てしまうようである。
『もちろん敵意など持っていないよ。話し合いの場に立っているのだからね……――本題に入って良いだろうか?』
異星人の方の声に私は皇太子殿下を見やる。すると殿下は縦に首を振り、それを見た異星人の方は物凄く真面目な顔を浮かべて、先ずはと名乗りを上げた。凄く特徴的な名前で覚えられる気がしない。というか天幕にいる方たちは目の前の異星人の方の名前を憶えられたのだろうか。甚だ疑問であるが、覚えられなかったので私は目の前の異星人の方をAさまと心の中で呼ぶことにした。
『単刀直入に伝えよう。私たちを、いや、私を保護して貰えないかと相談にきたのだ』
保護ということは、私たちが彼の面倒を見るということになる。というか、これって。
「亡命、ということでしょうか?」
皇太子殿下が私の代わりに声を上げた。言葉尻を考えると、異星人の方は亡命してきたように見えると私はAさまの方を見る。すると渋い顔になったAさまがふうと息を吐いた。
『亡命……国を捨てたわけではないのだが……少し事情があってね』
翳りを見せた表情に私と皇太子殿下はどうしたものかと顔を見合わせればAさまが説明を始めた。曰く、運命に逆らうため一世一代の決心をして、信頼している部下と共に本星からグイーさまの星まで逃げてきたそうである。Aさまが住む星は文明が発展しており、宇宙空間を移動できる技術があるためこちらまできたそうだ。彼らの支配圏は随分と広いようで、銀河の一つが丸々国であるそうだ。人口も億単位を超えているとか。
はへーと感心しながら聞いていれば、Aさまが難しい表情になった。
彼は上位種という地位に生まれ――こちらの世界での貴族のようなものらしい――その中でも優れている超位種――王族みたいなもの――となるそうだ。だからこそ次代を生むために優れた相手と婚姻することが求められると。そして婚姻相手が決まり日々を過ごしていたのだが不満と不安が生まれたそうである。あれ、これって……と私は口を開いた。
「婚姻が嫌でここまで逃げてきた、と」
私の声にAさまが『そうだ』と言わんばかりの顔になった。王族に位置する方ならば婚姻は避けては通れないものである。嫌であったとしても、婚姻を果たさないのだろうか。
お相手の方と上手く話し合いをすれば契約結婚だってできるだろう。最悪、Aさまの血が入っていれば良いだろうから、誤魔化す方法はいくらでもありそうなのだが。なんだか変な方向に話が飛んでいきそうだと私はAさまの言葉を待つ。
『端的に表するならそうだね。だが君たちの文化では理解できない、我々故の深い事情がある』
「事情とは?」
皇太子殿下と私と天幕の中にいる方たちが、一体どんな事情があるのだと首を傾げた。
『少し長くなるが聞いて欲しい』
少し声のトーンを落としたAさまが語り始めた。Aさまの星に住んでいる上位種の方たちの間には性別の他に『アルファ』『オメガ』『ベータ』というグループ別があるそうだ。社会の中における『アルファ』は強い立場になりやすいそうである。
『ベータ』は一番数の多い普通の人たちで『オメガ』はヒート――発情期――があるため社会的地位が低くなるそうである。周りの方たちは真面目な顔でAさまの話を聞いていた。私はどこかで聞いたことがあるようなと首を傾げていれば、天幕の中の片隅にいるエーリヒさまの顔が微妙なものになっている。もしかしてゲームに関することだろうかとエーリヒさまに問いたくなる気持ちをぐっと堪えた。
『恥ずかしながら私はオメガでね……』
Aさまが片眉を上げながら微妙な雰囲気になった。王族であるならば、社会的地位の低くなる『オメガ』ならAさまが苦い顔をする理由は分かる。王族ならば圧倒的カリスマで皆さまを導いていかなければならないのだから。
ただ王族に位置する方が国から逃げてきて良いのか甚だ疑問である。しかも婚姻が嫌だからと言って。理由が理由のため、天幕の中にいる方たちの雰囲気が微妙なものへと変わっていく。おそらくきっと『王族が自国を捨てて逃げてきた』ことに反感を抱いているのだろう。
『そして婚約者はアルファなんだよ!』
目の前の方の顔がぐぎぎと歯軋りをせんばかりになっていて、護衛の方たちはご愁傷さまですと言いたそうな顔になっている。しかしなにか問題があるのだろうか。
立場が弱い国の王子さまが強国の王女さまとの婚姻を果たすことはままあること。国内で有力貴族のご令嬢と王子さまが婚姻することもある。イマイチ、彼が逃げてきた理由が分からないと私は素直に問うてみることにした。
「……なにか問題があるのですか?」
Aさまが『よくぞ聞いてくれた!』と言わんばかりの顔になり、私は聞かない方が良かったと少々の後悔を覚える。でも聞いておかなければ大事になるかもしれない。今は目の前の方の話に耳を傾けよう。
『アルファなんだよぉ!!』
もう一度Aさまが勢いよく同じ台詞を吐きだして、机に突っ伏してしまっている。大丈夫かと心配していれば、目の前の方の護衛の方は哀れみの視線を当人へと向けていた。変な方向に話が向き始めたかもしれないと、皇太子殿下と視線を合わせるものの、話を最後まで聞いておかねばと背を正して続きを促す。
『君たちの星には私の星のように第二の性別はないんだね……羨ましいよ』
はははと煤けて笑うAさまが続けて声を上げた。どうやらオメガの方がヒートの時期がくると強くアルファの方を引き寄せる場合があるそうだ。初めてAさまがヒートを経験した際に、偶然通りかかった婚約者に助けられたそうである。助けられた時は婚約者ではなかったそうだが、Aさまを介抱したお相手は『運命の番』と公言してしまったそうである。Aさまのお相手は国内で有力な上位種に位置する家柄だそうである。
アルファを多く輩出し、盤石な地位を持っているとか。政治にも経済にも秀でているため、王族でも無下にはできない相手とか。そして王族のオメガであるAさまは、ご両親から嬉々として婿入りでも嫁取りでも良いから婚姻を果たせと命じられたそうだ。
Aさまはご両親の命に逆らえるわけはなく、渋々婚約を受け入れてお相手の方とのお付き合いを始めたそうだ。最初こそぎこちなかったけれど、年月を経て良き夫婦になれるかもしれないと希望を抱けたらしい。
でも、何度かヒートの時期を共に経験してお相手の態度が気になるようになったそうだ。
曰く、接吻を度々求められたとか、婚前交渉を果たしそうになったとか。Aさまは顔を真っ赤に染めながら恥ずかしそうに私たちに力説している。オメガがアルファに対してどれだけ苦労しているかを。
なんだか聞いてはならないことを聞いてしまったような気がするのだが、Aさまの愚痴に近い説明は終わりそうにない。なんだろう。男女という性別があるのに、第二の性別のお陰で物事がややこしくなっているような。とはいえ目の前の方たちの文化に異を唱えるのは無粋というもの。私たちは彼らの話を聞くしかないと黙っているしかできなかった。そうしてヒートアップしたAさまが椅子から立ち上がる。
『そういうことは男である私がリードすべきだろう!?』
『しかし殿下はオメガです。アルファの彼女を受け入れるべきでは?』
力説しているAさまに後ろの方がしれっと突っ込んだ。良いのかなと首を傾げるのだが、Aさまは『今は黙っていてくれ!』と言葉を返しただけである。信頼をおいている方と聞いているから、無礼だと斬り捨てる気はないようだ。
『私を保護してくれるなら、貴殿らには我が星の技術を提供しても構わない。どうか私を助けて欲しい!』
「そこまでして頭を下げる理由が我々には理解できません。王族に相当する地位の方であれば、意にそぐわない婚姻を果たすこともありましょう」
Aさまが再度私たちに頭を下げるものの、イマイチ保護を強く求める理由に納得がいかない。
『たしかにそうだ。たしかにね……――だが!』
そう告げたAさまが更に言葉を続けた。
『関係を拗らせて、アルファに監禁されたあげく、しまいには精神的に追い詰められ女装し豊胸手術までしたオメガがいるんだよぅ!! そんな結末、私は迎えたくないっ!! だから逃げてきた!!』
凄く真剣な顔をして言い切っていた。そのアルファとオメガの方に一体なにがあったのだろうか。そしてAさまは飛び抜けた美形である。女装して豊胸手術を果たしても違和感はなさそうだ……なんて考えていると、豊胸手術が分からない方たちがいる。今は説明している暇はないのだが、一先ず話を持ち帰って各国のお偉いさんたちと話し合ってみると私が告げて、結論は先延ばしになるのだった。




